第四十二話 龍の鳴き声
辺りに何も見えないほど闇のように悍ましい空間で、男二人が向き合っていた。暗さからか顔は見えない。互いの顔が見えているのかも不明だ。
「首尾よく頼む」
暖かさのない淡々とした声。だが、声もおそらく容貌も人の形をしている。ただ、温度がない。人間特有の温度が全く感じられないのだ。
その男と向かい合っていたもう一人の男は無言で頷くとその場を後にした。
ふと見えた袖。それは、神威学園の制服であった。
◇
入学してから早二週間が過ぎ、学園にも慣れ始めてきている今日この頃。
「やーっとお昼だー! 学食行こ! はやくーはやくー!」
四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、神威学園の一学年『初羽』の担任をしている『吟丸』が教室から出たのを見計らって少年が叫んだ。
『佐野 恒心』(14)。枯葉色のポニーテールに、オーダーメイドの袖なし制服、露になっている右の二の腕には黒い襷が巻かれている。
「お前いつもそれやるけど、なにルーティンなの?」
片眉を下げて呆れ気味に尋ねる青年。
『斑鳩 陸斗』(15)。褐色肌に深緑色の瞳をもつ好青年。御前試合で勝ち上がった、斑鳩一族の代表だ。首には薄紅色の桜の首飾り。過去の思い出と自身への戒めが詰まった、彼の宝物である。
そんな恒心と陸斗を筆頭に一行は食堂へ向かった。
「綸、おいて行かないでね」
「おいていきませんよ」
自分の腕を組んで恐る恐る後をついて行く少女に、優しく微笑む少女。
『七々扇 綸』(15)。淡く染まった頬と唇、滑らかな白い肌、色素の薄い茶色の瞳を持つ美少女だ。神様の恵みによってほとんどが白髪へと変わった髪は彼女の魅力を底上げしている。緩やかに弧を描いている口からは、春の日差しのように暖かな声が紡がれるのだ。
「……ありがとう」
僅かに頬を染めてお礼を述べる少女。
『銘苅 乃々子』(16)。艶やかな黒い髪と、一見意志が強そうに見えるきりっとした眉と目。だが、彼女は強がってそう見せているだけ。本来は可愛らしい女性なのだ。
過去の経験から男性恐怖症を患っている乃々子は、徐々に初羽の子らと距離を詰められてきていた。かならず綸を介してだが、話したり、何かを一緒にしたりできることも増えてきている現状。昨日からだが、食堂で共に昼食を食べるということにも挑戦し始めたのだ。
「なぁなぁ、あんさんたち。俺たちも一緒してええ?」
背後から掛けられた柔らかな声に一斉に振り向く初羽の子ら。
『篷 市露』(17)。前髪含め耳から上の毛を団子にまとめている折り鶴のついた簪は、今日も平和を象徴している。下半分の髪は下ろされていて、少し長さが伸びたよう。関西圏にある篷一族の代表者な彼。語気はとても優しく、初羽の一番年上のお兄ちゃんとして日々面倒を見ているのだ。
「お、いいねー」
片手を上げた青年が喜びを露にする。
『野呂 文哉』(17)。元現世にいた人間であり、途中まで工業高校に通っていた。特技が機械設計と機械工作ということもあり、定期的に小型の機械を作っては男児たちを虜にさせているのだ。
「珍しいね?」
市露の正面に移動してきた、ブロンドの髪の少年が抑揚のない声で言う。
『夕柊』(15)。髪と同色の右瞳とまつ毛、淡い茶色の左瞳とまつ毛。乏しい表情。人間離れした人形のように奇麗な顔立ち。それは彼が人間ではないからだ。半分妖の魂を併せ持つ、こちらの世界で『半魂』と呼ばれる存在。
そして、精神に干渉できる能力『玉響』を持っているが故に、生まれた瞬間から妖に命を狙われ続けている。
「うん、ちょっとね」
体に似合わない大きな着物を纏う小柄な夕柊に、市露はやや腰を屈めて頷いた。
「市、ねぼーしてベントウない」
市の隣にいた小さな少年が理由を教えてくれた。
『兎田 焚』(12)。年齢よりも明らかに小さな体は、栄養失調と見紛うほど細い。語彙力が乏しく、言葉遣いも時々乱暴だ。だが制服は一番上のホックまで止めているという。訳あって市露が兄をしてくれている。
「ごめんね」
そんな焚の小さな頭に手を置いて謝る市露。血は繋がっていないが、本当のきょうだいのようだ。
そんなこんなで二人追加された一行は食堂へと向かうのだった。
「澪ってさ、忍者だよね?」
夕柊は唐突に妹の綸の耳元で囁いた。
「うーん、どうでしょう。でも、気が付いた時には姿が消えていますよね。何度も陸斗さんが昼食に誘おうとしていますが、成功した試しがありませんし」
「隠れ身の術、していそう」
「それはあるかもしれませんね……!」
似通った背丈で声を潜めて話し合っている二人を後ろから見ていた青年が微笑む。
『那珂町 馨』(15)。元現世人で、コロッケパンを夕柊に齧られたせいで妖が見えるようになってしまった不憫な青年だ。(※七話参照)。
目の前で『神隠し』によって失った友の形見の眼鏡を付けている。が、その眼鏡はレンズがない。友は少々変わった人であったために。
彼自身の顔も整っている部類に入る。神様の恵みで白髪に変わった部分が前髪の一部ということもあって、あだ名は『王子』だ。主にそう呼ぶのは一人しかいないが。
可愛らしい夕柊と綸を横から、後ろで手を組んで笑み見守っている彼だ。
『霄 トト』(16)。名に相応しい縹色の瞳に、左耳には青空を写し取ったかのようなガラス玉とタッセルの耳飾りをしている。兄の名が『テテ』であることから、『タタ』『チチ』『ツツ』という名の兄か姉もいるのではないか、と絶賛捜索中とのこと。
馨の見解では、彼は『女性が好き』らしい。
「そうなの!?」
前方から恒心の驚いた声が聞こえ、夕柊らは話をやめて視線を前に向けた。
「斑鳩一族が経営しとんのは『林間ウォーターパーク』やしなぁ」
「林間ウォーターパークって、あの?」
朗らかに答えた市露に問いかける青年。
『蛍藺 綴』(16)。聡明な容姿と佇まいだが、性格は意外とユーモラス。だが、その一面を知っているのは今のところ馨だけ。神隠しに会った弟を探す為にこっちの世界『空蝉』へと来た。彼の隣にいる中性的な子も同様に。
『泉井 來』(16)。幼馴染である綴を助けるために一緒に空蝉に来た。綴以上に陰りのある瞳をしており、焚ほどではないが線の細い体に、男性にしてはやや高めな声。話す姿はほとんど見られていない。
「そう、あの! キャンプかプールかで迷うところを両方満喫できる場所。それが、林間ウォーターパーク『GREEDY』!」
胸を張った陸斗は自慢げに告げる。
一族は情報収集のために現世に店舗を構えて交流を図るのだ。斑鳩一族が経営しているこの林間ウォーターパークも、現世のテレビで取り上げられるほど大盛況を博している。
――ジャンッ
恒心、綴、來の前に出されたスケッチブック。そこには、
【名物は林間ウォータースライダー! キャンプ場の上を滑り抜ける全長400mのウォータースライダーに、声の限り叫び倒せ!】
と書かれてある。パークの謳い文句である。
スケッチブックを出した青年は何故か得意そうに鼻を鳴らした。
『鼓 丈』(15)。過去に自分の言葉で友を死なせてしまい、それ以降声と言葉を封印している。故に、彼はスケッチブックで会話し、言葉は既存の言葉を巧みに使う。
鼓一族の契約している妖――神使は『蟒蛇』。能力が体内で毒を生成し口から吐き出すという、人間では為し得ないことを行うため、一族の者は生まれつき舌が蛇のように長く先が二股に分かれている。進化の賜物だ。
「良いとこ取りじゃん! 楽しそう!」
「今度遊びにおいでよ。入場料安くするからさ」
「「「うぇーい」」」
と、盛り上がりを見せたところで食堂へ到着だ。
「綸ちゃん、何にする? 今日は冷製パスタもあるらしいけど」
綸の前に受け取り口に並んでいる陸斗が声をかけた。
「うわぁ、美味しそう。これにします!」
綸はメニューの写真を一目見て冷製パスタに決めたようだ。
「乃々子ちゃんは? 綸ちゃんと同じのにする?」
陸斗は続けて綸の後ろに隠れるように並んでいた乃々子にも声をかける。乃々子は肩を震わせて頷くだけであった。
(会話はまだ厳しそうかな?)
陸斗は無理に距離を詰めてこない紳士的な一面を見せた。初羽の子らは皆そうであり、馨に『女性が好き』と思われているトトでさえ、乃々子に対しては遠巻きから見ているだけだ。
「あ、そうそう。気になってたことがあるんだけど」
ほとんどの人が食べ終わった頃を見計らい、恒心が口を開いた。
「伝説の100期生だっけ? って一体なんなの?」
入学してすぐに行われた黎明ツアー中に突然現れ、颯爽と綸を助けて気が付けばいなくなっていた黒いレンズの鼻眼鏡をした甘い顔のあの男性。『几 弦宥』という名の彼を、一族の者らが『伝説とも言われている100期生の一人』と述べたのだ。
「まあ所謂、一世紀に一人いれば儲けものだよね、と言われるような人たちが一挙に五人現れた奇跡のような世代が100期生なんだよ」
両手で頬杖をついた陸斗が述べる。その顔は憧れを馳せていた。
「へぇ、これまたすごいね」
と、陸斗を真似するように頬杖をついた恒心。
「でも、表に出ているのは名前だけ。顔は誰も知らない、ベールに包まれた五人でね」
「せやねんなぁ。まさか会えるなんて思ってへんもん。……まさに?」
陸斗に同意を示した市露は、『まさに?』と言いながら丈へ視線を向けた。
【驚天動地】
期待通りに上げられたスケッチブックに市露は満足そうに笑う。
「顔を知らない……。なら、もしかしたら他の100期生にも会ってるかもな」
今日もカレー。週三でカレーを食す男・文哉が純粋に思っていたことを口にした。
やや沈黙があり、
「なわけないだろ。どんな確立だよ」
「あらへん。あらへんよ」
【豆腐で歯を痛める】(※あるはずがないことのたとえ)
と、陸斗、市露、丈の総ツッコミが入った。
猫舌故に最後までラーメンをすすっていた夕柊は、やっとのことでスープを飲み干し、手に持っている器を机に置きながら至極淡々と言う。
「うん、会っているよ」
そして、手を合わせて丁寧に「ごちそうさま」。
「「……は!?」」
一族出身の男子三人が、身を乗り出すようにして夕柊に顔を向ける。
「もうすでに二人に会っているよ。教えないけど」
そんな三人を一瞥するとナプキンで口を吹き、口が隠れているのをいいことに彼は僅かに口角を上げた。
――ドンッ
【青天の霹靂】
(※予期しない突発的な大事件、人を驚かす大変動のたとえ)
丈のスケッチブックリアクションを合図に皆が思い思いのことを口にしている中、奇妙な音が鳴り響いた。なにかの鳴き声のような、だが、思い当たるものはないような、そんな妙に惹きつけられるどこか神秘ささえ感じられる音。
――キュルルル、キュロロロ、コルルル、コロロロ
「……龍が鳴いた」
おもむろに立ち上がった夕柊が窓の外に目を向けて呟く。
「学園に敵襲だ」
夕柊のその言葉に呼応するように、学園の庭からドゴーンと轟音が鳴り響いた。
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第三章:『神威学園襲撃』篇 開幕です!
人物紹介込みの一話目でしたが、最後には龍が鳴きましたね。
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