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第四十一話 薄紅色の桜の首飾り


 陸斗からやや離れた位置に仰向けで倒れていた丈。意識はあるが、全身が痛い。何度も投げ倒されればやる気だって削がれていく。


 青々と光を発している空に浮かぶ、異様な雰囲気を醸し出している『空蝉物怪録』。


(なんか寝転がった状態で空蝉物怪録を見ると、天国へ続く扉のよう)


 丈は空蝉物怪録へと伸ばした手を、そのまま胸元に持ってきた。制服の下をまさぐりあるものを掴み取り出す。


 首飾りだ。薄紅色の桜の首飾り。


 それを眺めながら彼は呟く。

「ごめんね……」

 

――――――


 僕の口は毒を吐く。僕の言葉は人を殺す。


 大好きだった三人は僕のせいで壊れた。

 あんな言葉なんて言わずにコニーをちゃんと止めていれば、死ぬことなんてなかったのに。


 今でも夜思い出す時がある。夢に出てくることがある。だから眠れない日もある。


 重くて冷たく怖い大きなコンクリートの下に広がる赤。割れたお揃いの首飾り。わずかに露出した子どもの手。その手のひらにできた豆。小さい時から竹刀を振っていた彼の努力の証。


「俺、大きくなったら御前試合で勝ち上がって、ぜってぇー神威学園に入るんだ! そんで前線で妖と戦う!」

 彼の口癖のようなものだった。


 彼がそう言っても笑う人は誰もいなかった。彼は皆から期待されていたから。それに足る実力があったから。


「じゃあ、俺も学園はいる!」

「ぼ、ぼくも!」

「ジュジュは無理だよ。だって泣きべその弱虫じゃん」

「泣きべその弱虫じゃないやい!」


 コニーはいつも僕を揶揄った。でも、泣いている時は笑わせてくれる。りっくんは何も言わず傍にいてくれる。ずっとこの三人はなかよし『さくら組』なんだって、そう信じて疑わなかった。


 でも、壊したのは僕だ。夢を思い描いていた人の未来を奪った。大切な人の大切な人を奪ってしまった。


 あの日、僕の頭上にもコンクリートは確かに降ってきた。けど、潰されることはなかった。降ってきたコンクリートは戦いによって、小柄なこどもがひとり入るほどの窪みが中にできていたからだ。


 運が良かった。それからは誰かがコンクリートを片付けてくれるのを待った。一応見えないように自分に小さな閉鎖領域を張った。内側には自分を守るように結界も張った。


 だから、誰にもばれずに戻ってくることができた。


 でも、そこに僕はもういないことになっていた。僕は死んだ、らしい。お母さんもお父さんも兄さんも姉さんもおじいちゃんもおばあちゃんも、みんな泣いていた。他のみんなも泣いていた。


「ねぇ、僕はここにいるよ!」

「死んでいないよ!」

 何度も声をかけたのに、誰も僕に気が付かない。まるで、僕が見えていないかのようだった。


 悲しくて、意味が分からなくて泣き続けた。


「……綻びが見える。そこに誰かいるな」

 帰ってきて初めて声がかけられた。


 左目に大きな傷がある隻眼の男性。鼓一族当主『雅臣(まさおみ)』さんだ。


「僕が見えるの?」

「見えないよ。だってお前閉鎖領域貼ってるもん」

 そう言って、ちょぴりと生えたひげに囲われた口を二ッと横に広げた。


 僕の張った閉鎖領域の小さな綻びから、雅臣さんは僕の存在と声を聞き取った。さすが当主様だと僕は感心した。


 その日から僕は雅臣さんの元で隠れて暮らすようになった。

 どうして親元に帰らなかったか。まだ幼かった僕は帰らない方が良いと思ったからだ。僕は人を殺した。人殺しがいる家族も人殺しだと思われ、一族のみんなに後ろ指を差されてしまうんじゃないか、と怖かったから。


 違う。僕のせいで人が死んじゃったことを家族にはバレたくなかったんだ。だから僕は逃げた。


 雅臣さんはそんな僕の気持ちを優先してくれた。


「自分が許せるようになって、帰りたくなったらその時帰りゃいいさ」

 そして怪我しているはずの左目を開けて笑った。


「その目は見えているの?」

「ああ、見えているさ」

「じゃあ、なんで瞑っているの?」

「だって、その方が威厳があってかっこいいじゃん?」


 彼はちょっと変わっていて、おもしろくて、元気がもらえて、そしてとんでもなく強い人。神使に『蟒蛇(うわばみ)』じゃなくて、『八岐大蛇(やまたのおろち)』を持つすごい人。


 僕が雅臣さん以外の人と話せないことを知ると、彼はスケッチブックを買ってくれた。自分の言葉が紡げないことを知ると、辞典を買ってくれた。


「自分の言葉で話したくなけりゃ人の言葉を借りればいい。この世界には、特定の意味を持った言葉で溢れている。お前の気持ちに会った言葉もきっとあるさ」


 色々な種類の辞典を俺に買い与えてくれた。


「大丈夫だ。話したくないなら話さないでいいんだよ」


 雅臣さんは豪快に笑った。僕の泣き声が他の人に聞こえないように笑ってかき消してくれた。

 彼は、僕にとっては誰よりもかっこいい人だ。


――――――


(あの日のりっくんの泣き叫ぶ声が頭から離れない。謝りたい。泣かせてごめんね。怖がらせてごめんね。……コニーを死なせちゃってごめんね。たくさんたくさん謝りたいけど、でも僕の口は毒を吐く。僕の言葉は人を殺す)


 薄紅色の桜の首飾りに太陽が反射し彼の顔に光を当てる。それは、まるで大きな涙のようだった。


(僕の手が綴るのは、僕の口が発するのは僕の言葉ではない。だからまだ、僕がジュジュであることは伝えない)


「はい、次陸斗くんと丈くんの番だよー」

 まったく疲れを見せない真幌は朗らかに二人を呼ぶ。


 その傍らには干からびたカエルのように倒れている馨と綴。


 丈は、制服の下に薄紅色の桜の首飾りを隠し立ち上がった。そして、強く頬を叩く。コニーの分も彼はここで生きると決めたから。



 神威学園寮『菊の棟――205』にて


――ガラ

 鍵のかかっているはずの窓を開けて人影が入ってきた。

 その人物は眠っている綸に近づいていく。そして、その頭を愛おしそうに撫でた。


「……ごめんね、綸。傍にいてあげられなくて、ごめんね」


 その人影は綸の額に手をかざし何かを唱える。綸の体は優しい光に包まれた。

「……ごめんね。君から僕の記憶を消す」


 光が収まると、また窓から出て行く人影。そして去り際、振り向いて呟いた。

「綸。父さんは君のことをずっと愛しているから」


 彼が窓から出ると、窓のカギは自動で閉まる。


 地面に降り立った彼は下で待っていた吟丸に深く頭を下げると、自分の額に手をかざした。淡い光が収まると、彼の表情はまるで人形のように冷たいものへと変わる。


 歩き出した彼は頭を下げ返す吟丸がまるで見えていないかのように素通りし、そのまま学園を後にした。


 綸の頬から一筋涙が伝った。




 神威学園入学篇 ――完――


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


第二章『神威学園入学』篇 ――完――です。

明日から、第三章『神威学園襲撃』篇が始動です。


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