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第三十九話 黎明ツアー その⑤『傷だらけの手のひらを』


 「待っていてって言ったよね?」

 初羽(ういば)の子たちへ向けて説教を始める吟丸(うたまる)


「「「……だってトトが」」」

 だが、彼らは一斉にトトへと視線を送った。その中にはちゃっかり(つづる)もいたり。


「薄情だねぇ。一緒についてきたんだから君らも同じでしょうに」

 やれやれ、と肩をすくめてため息を零すトト。


「ほら、邪魔になるから病室の入り口を塞がない」

 吟丸に促され、一行は病院のロビーへと踵を返した。


「……」

「どうしたの、王子?」

 立ち止まっている馨に声をかけたトト。


「あ、今行く」

 馨は先を歩く皆の後ろに着いた。歩きながら振り返り病室を一瞥すると、顔を正面に戻す。その顔は、どこか悲痛を滲ませていた。


 馨は見逃さなかった。額から離れた夕柊(ゆうひ)の手のひらが傷だらけだったことを。



 病室に残っている、夕柊と千輝(ちぎら)


「お前なあ、それやるなって」

 大きくため息をついた千輝は、袖で隠されている夕柊の右手を掴む。そして、赤く腫れて傷だらけになったその手のひらに自分の手をかざした。


「『加密列之箱庭(かみつれのはこにわ)』」

 千輝が唱えると傷は瞬く間に消え、彼の手は元の白く冷たい手に戻る。


「ありがとう」

 千輝の手が離れると夕柊はすぐに長い袖を下した。


 病室に置いてある丸椅子にドカッと腰かけた千輝は眉をしかめる。


「少しは自分を大切にしなさいよ。傷見た感じだと、今の前にもう一回くらい使ったんだろう? 傷が完全に治りきっていない状態でまた使ったのが、ありありとわかったぜ」


「わかるもんなの?」

 首をこてんと傾けて尋ねる夕柊。


「医者の目なめんな」

 千輝はそう吐き捨てるように言い、足を組んだ。


「『御影清めの儀』は朽篭となった人間に苦痛が強いられる。だから、あまり苦しませたくないってお前の気持ちもわかる。お前の持つ精神に干渉できる能力『玉響(たまゆら)』なら苦しませず解放できるからなあ」


 彼の口の動きに合わせて頬のハートの傷もわずかに動く。


「うん。でも、俺はこれからも使うよ。いくら止められようとね。それが、俺がこっちの世界で生きている意味だから」


 そう言い残して、病室を出て行く夕柊。


 彼を目で見送った後、千輝は再びため息を吐き出した。

「……一回脳みそいじくんねぇと、あの頑固さは治りそうもねぇな」


「物騒なこと言わないでくださいよ。荒くれ者だと思われても知りませんからね。ただでさえ容姿がやんちゃ坊主なんだから」


 病室へと戻ってきた医師が苦言を呈す。


 長身に眼鏡の人畜無害そうな男性。名を『浅桜(あさくら) (しょう)』(35)。

 千輝が医師としてここに努めた時から側で支えているベテランだ。実はグレていた時期があり金髪だった時もあった。彼の黒歴史らしい。


「俺は誰に何と言われようとこのスタイルはやめねぇぜ? おお、そうか。俺のこの頑固な脳みそもいじくりまわさなきゃ変わんねぇな。お前やるか?」


「やりません!」

 病室は賑やかに――千輝の豪快な笑い声に包まれたのでした。



「千輝さん、忙しい中ありがとうございました」

 病院の壁に無数にある扉のひとつの前で頭を下げる吟丸。


「おう」

 と、片手を上げてニカリと笑った千輝に、初羽の子たちもすかさず頭を下げた。


「あ、最後にひとつ。

ここは妖関連専門の病院。ただの病気は専門外だ。ただし、お前ら神恵子の心のケアは専門分野。

いいか覚えとけ。苦しくなったり、逃げたくなったりしたら俺を呼べ。必ずお前らと繋げる。遠慮は無用だ。俺にそれは通じねぇからな」


 白衣に両手を入れた千輝は、上半身を前に傾け初羽の子たちに顔を近づけて言う。


「苦しむ者には慈悲の心で。前向く者の背を押し、後ろ向く者の手を取り、悩める者にも門戸を開く。

それがここ『岐神(ふなどのかみ)病院』だ」


「「「……か、かっこいい…!!」」」

 そんな千輝に、口に手を当て輝いた瞳を向けた恒心、陸斗、文哉、丈。


 吟丸を筆頭に扉へ入っていく一行。


 最後尾にいた馨は、夕柊に小さく声をかけた。

「……右手」

「ああ、見えちゃった?」

「大丈夫、なのか?」


「うん。いつものことだし。『玉響』を使うとこうなる。代償みたいなものだよ」

 抑揚のない声、表情を露にさせない顔で夕柊は答えた。


(強力な力故に代償を払う必要があるのか……。じゃあ、俺の時も――)


「俺がやりたくてやっていることだし。痛いのはその一瞬。その痛みで誰かを少しでも和らげることができるなら、俺は安いと思うけどね」


 馨の思考を遮るように告げる夕柊。


「……そっか」

 馨は、そう返す外なかった。


「……夕柊くん。無理しないでくださいね」

 恐る恐る夕柊の左袖を握った綸は呟いた。


「うん」

 夕柊は、わずかに綻んだ顔を綸に向ける。



「……さあ、ここがツアー最後の場所、『神宮博物館』だ!」

 岐神病院の扉を開けると、目前には立派な博物館が聳え立っていた。


「おおー! 大きい!」

 両手を上にあげ興奮を露にする恒心。ふわりと吹いた風が、彼の枯葉色のポニーテールと腕に巻かれたころの(たすき)を靡かせる。


「一般公開はされてない、空蝉専用の博物館だよ。妖の資料だったり、武器や妖具だったり、妖術の書物等がここには眠っています」


 吟丸の説明に初羽の子たちは興味津々だ。


「ここでの神恵子(かみえのこ)の仕事は空蝉(うつせみ)の『過去』を守ること。それは代々『門廻(せど)』一族が担っている。そして、博物館の中には研究室『ラボ』があり、発明家の神恵子達が日々研究したり発明したり工作したりしています。作っているのは主に妖具で、注文も受け付けているよ。発明が好きな子にはオススメだ」


「さあ、入ろうか」


 入り口前に立つ形代の生体スキャン後、模様が刻まれた扉は彼らを迎え入れるように独りでに開いた。


 ロビーに入れば、本物と見紛うほど精巧に作られた巨大な龍の置物がお出迎え。案内板や内部紹介動画の流れたモニター、天井や窓からは太陽の光が入り込む。


 見上げると、天井には三体の天狗たちがこちらを見下ろしていた。今にも動き出しそうなほどその眼光は鋭く、真っ赤な体に長い鼻は艶を発していた。


「お、来たか」

 入口の左手にある受付から声が聞こえる。


「うん、よろしく(がく)さん」

 彼に近づいた吟丸は、親しげに言葉を交わした。


「初めましてだな。神宮博物館館長の『門廻(せど)……』、門廻だ」

 吟丸の後ろに佇む初羽の子たちに声をかけた男性。


「「「はじめまして」」」


「ん。では、実りある時間を」

 岳斎はにこやかな笑顔を浮かべて館内へ続く扉を手で指し示した。


 顔が見えるように分けられた眺めの前髪、白髪の割合が多い赤みを帯びた黒い髪は後頭部で軽く結われている。足元には天狗下駄、縦に傷の入った左眉毛、目鼻立ちがはっきりした顔立ちに凛々しさが全身から醸し出されている男性。


 名を『門廻 岳斎(がくさい)』(33)。神威学園『優羽(ゆうば)』の担任、『門廻 北斎(ほくさい)』の実弟だ。


「よし、三十分後にまたこのロビーに集合。好きに回っておいで」

 


「わぁ。これ千年前に使われていた武器みたいですよ!」

「こっちの資料には武器の特徴が事細かに書かれてあるわ」


 綸と乃々子はショーケースを覗いて感嘆の声を上げる。そんな二人の後方にはトトの姿。


「ちゃんと残っているんだねー」

 前にいる二人に聞こえるようにやや声を張り上げたトトに、すかさず乃々子の睨みが飛ぶ。これ以上距離を詰めるな、と目線が訴えておりトトは肩を竦めた。



「……ここって……」

「どないしたん澪くん」

 一箇所のショーケースを眺めながら独りでに呟いた澪に後ろから声をかけた市露(いちろ)。その隣には(たき)の姿もある。


 肩を震わせた澪は、おずおずと自分の見ていたものを指さした。


「……ん? 割られた、ショーケース? これ、大丈夫なんか? 盗まれた感満載なんやけど」


 顎に手を当てて眉を顰める市露。彼の前に傾いた頭に合わせて、団子に刺されてある簪の先に着いた折り鶴と、下ろされた髪が前に傾く。


「こわれてる」

 と、ショーケースに手を伸ばした焚の手を掴み、「ケガするやろ」と市露が止める。


「大丈夫」


「のわぁ!」

 ぬん、と市露と焚の間に登場した夕柊に声を上げる市露。


「夕柊くんかぁ。驚かせんといてぇや」

 胸を撫で下ろした彼に、夕柊は「ごめんね」と謝罪を口にした。


「もしかしてこういう作品? 美術展でよくある破れてるキャンバスごと作品みたいな」


「いや、盗まれたものだよ。でもそれでいい」

 割れたショーケースを見つめ答える夕柊。


「このまま残しておくことが、ここに何かがあったという証拠になるから」


「なら、何かが盗まれたという事実だけを後世に伝えるために、ショーケースを割れた状態で残しとるってこと?」


「うん。そこに大切な何かがあった。それが盗まれたことを忘れてはいけない」

そう言い残して、彼は立ち去った。


「……?」

 澪は首を傾げ、角を曲がり彼が見えなくなるまでその姿を見つめていた。


「……一体どんな資料があったんやろうなぁ」

 市露の呟きに、澪は控えめに頷いた。



 ショーケースを歩きながらひとり眺めていた馨は、むき出しになっている資料の前で立ち止まっている綴と(らい)を見つけた。


「何を見ているの?」

「一族についての資料」

 尋ねた馨に綴は自身の持っていた資料を馨に手渡し答えた。


 受け取った資料を眺めていると、あることに気付いた馨。

(……あ、昨日の丈君の謳い文句はここからきていたのか)

 一言一句違わぬ様にくすりと笑って、資料をもとの位置に戻す。


 突然笑った馨に來は怪訝な目を向けた。


 その場で二人とは別れ、また歩き出した馨。


 すると、ふと前方でひとつの資料がパラリと捲れた。馨は導かれるように近づいていく。


(……『蘆名悲譚(あしなひたん) ~今は亡き一族の真実の物語~』?)

 その資料に書いてある文字を心の中で読み上げ次のページへ捲ろうとした時、


「馨」

 と、遠めから声をかけられ振り返る。夕柊が手招きをしていた。馨と視線が合うと、彼は斜め上を指さした。馨はそこへ視線を送る。デジタル時計の数字が集合時間を表示している。


「あ、もう時間か」

 呟いた馨は開いていた資料を閉じようと視線を戻した。が、その資料がなくなっている。


 こちらの世界に来る前の馨であれば驚きを隠せなかったのだろうが、もうすでに非現実的な事象はこれほどかと見てきた。これしきの事で動揺は見せない。


「今行くー!」

 と、夕柊に声をかけ早足でロビーへと向かう。


(蘆名……どこかで聞いたような……)


「よし、ちょうど30分。みんな集まっているね」

「「「はーい」」」


「ひとまず、黎明ツアーは終了です。学園に帰ってお昼ご飯にしよう。午後は黎明ツアーのレポート作成をしてもらいます」


「「「はーい」」」


「ありがとう岳さん」

 そうして、黎明ツアーは終わりを迎えた。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


黎明ツアー終了です。

第二章の完結まで残り二話です。

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