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第三十八話 黎明ツアー その④『その訳は――』


 「(しゅう)に任せたらこうなる未来は見えていただろうに」

  苦笑いで吟丸(うたまる)に視線を送った弦宥(げんゆう)


「……。っ柊―! 独自のやり方は控えるようにって、あれほど言っているだろう!」

 吟丸はとうとう堪忍袋の緒が切れた。


「だって、俺正式なやり方しらないもーん」

 当の本人は翼を仕舞って地面に降り立ちながらお気楽に呟く。翼が仕舞われると、投げ縄は跡形なく消えていく。


「そういえば。はぁ……」

 呆れて物も言えない吟丸。


(吟丸先生も苦労しているんだなぁ)

 治癒し終わった女子高生の元で一連の流れを見ていた宇響(うきょう)は、吟丸の心中を察せざるを得なかった。


 何度目かわからないため息を零して吟丸は次の解説に移る。


「はぁ。……最後は『穢れ』を浄化する方法だね。

①印を書いた護符を駅の中心部に置く。

②護符を囲むように神恵子(かみえのこ)の血で円を描く。

③護符の上に右手を乗せ唱える。

弦さん、お願い――」


 吟丸の言葉を遮るように、両腕を空に突き上げた夕柊は言い放った。


「晴れろー」

 その声に呼応するように辺りが淡く光りだす。そして、瞬く間に穢れは晴れていった。


 白目を向いて開いた口が塞がらない吟丸。


「……柊くん、ちょっとこっちに来なさい」

「えー」

 幾筋もの青筋を浮かべた吟丸に襟首掴まれて引きずられていく夕柊。


 いつの間に移動していたのやら、初羽(ういば)の子たちの背後から弦宥が姿を見せる。その手に握られていたのは黒い護符。弦宥が息を吹きかけると、護符はサラサラと跡形もなく消えていった。


「こどもたちには特別に、マジックの種明かし」

 そして、甘い顔で微笑んだ。


 穢れが晴れたのは、夕柊の後ろで弦宥が穢れを浄化させる行動をとっていたからだった。夕柊のあの一言は何も関係はない、というからくり。


 夕柊を周囲の視線から遮られる場に連れていき立ち止まった吟丸。


「もー、先生。みんなを待たせているのに」

 不満をあらわにしている夕柊の右腕を掴み、吟丸は勢いよく彼の袖を下ろす。


 露になった夕柊の手のひらはひどくただれていた。赤く腫れ、ひび割れた個所からは血が滲み、ところどころに水泡もできている。


「……僕が軽率だった。ごめんね、痛いだろうに」


「平気。だっていつも先生が治してくれるから」

 眉を下げて優しく微笑んだ吟丸は、彼の手のひらに治癒を施した。


「『加密列之箱庭(かみつれのはこにわ)』」

 淡い光と共に夕柊の傷が治っていく。が、完全に治る前に淡い光は消えた。


「……ごめんね。僕ができるのはここまでだ」

「ありがとう」

 腕から吟丸の手が離れると、夕柊は手のひらを隠すように長い袖を下した。



「えっと、一体何が……」

 正気に戻りはしたが、記憶の混濁が見られる男性に近づいていく弦宥。


「すまないね」

 そう小さく零すと、彼の額に人差し指を当て首が後ろに傾く強さで押した。その動作によって気を失った男性を弦宥は背負う。


「病院に運ぶから、ついておいで」

 そう告げ、公園内の公衆トイレに向かって歩き出した。そして、公衆トイレの側面に付いた掃除用具入れのドアを開けて中に入っていく。

 次いで、女子高生を抱えた宇響も入っていった。


「……え、なんか掃除用具入れの中に入っていったんだけど。ちょっとよくわからない」

 戸惑いを隠せず、首をフリフリ呟く恒心。


「大丈夫だよ。あの扉の先は病院だから」

 戻ってきた吟丸はそんな恒心の肩に手を置いて、閉じかけていた掃除用具入れのドアを再び開く。


「病院には、とても見えませんけど……」

 と、公衆トイレの全貌を見渡し戸惑いを露にする馨。


「ふふん。なんと、妖術によってどの扉からでも、妖関連専門の病院『岐神(ふなどのかみ)病院』に繋がるようになっているんだよ。岐神病院は存在がない。建物は現世には存在せず、繋がった扉のみでしか行くことができないんだ。一般人が紛れ込まないようにする意図もあり、忙しい彼らに余計な仕事をさせない意図もあるみたいだね」


「また、ぶっ飛んだ妖術が出てきたな」

「もうなんでもありなんじゃない?」

 呆れ笑いを零して呟いた文哉に、反してトトはとても楽しげだ。我先にと扉の中に入っていく。



「いや、マジか!? いや、マジかー!!」

 扉の先が本当に病院になっており、「うおおおー!」と興奮している文哉。


 扉に入る時から市露(いちろ)の手を握っていた(たき)も全方向を見渡して不思議がっている。


「……信じ、られません」

 と、口を手で押さえ驚いている綸に、乃々子は「ほんと、それ」と苦笑いで共感を示した。


 あの日、綸と打ち解けてからというもの、いまだ男子を割ける傾向はあるものの表情は明らかに柔らかくなってきていた。特に綸に対しては友達でもあり、どこか姉のようにも接している。


「わぁお兄ちゃん達がいっぱい!」

 一箇所に固まっていた彼らの元に、病院服を着た小さな女の子が近づいてきた。


「こんにちは」

 目線を合わせるためにしゃがんだ馨は、優しく微笑んで挨拶をする。


「こんに――わっ!」

 挨拶を返そうと歩み出た女の子は、スリッパの先を床に引っ掛け前に傾いた。

咄嗟に片膝をついて受け止める馨。


「……っと、大丈夫?」

「ありがとうお兄ちゃん」

「うん」と、頷いた馨は、女の子の手を下からすくい上げ立たせた。


「気をつけてね」

 そして、ニコッと笑み、女の子の頭を撫でる。


「……うんっ!!」

 頬を色付かせた女の子は大きく頷くと、嬉しそうにその場から走り去っていった。


「王子だ」と、声を潜めて陸斗。

「本物の王子だ!」と、続く恒心。

「あの子の初恋奪ってしもうてるなぁ」と、ここでも朗らかな市露。

【恋に上下の隔てなし】と、スケッチブックを手放さない丈。

「……は、初恋キラー」と、あわあわする綸に、

「言い得て妙ね」と、共感を示す乃々子。


 そして、最後はやっぱりこの男たち。

「ひゅー、ひゅー、王子ー」

「よっ、王子! かっこいいね!」

 そんな茶化しに頬を紅潮させた馨は「やめろ!」と二人に飛び掛かった。


「おいおい、賑やかじゃねぇか」

 騒がしい声を聞きこちらに近づいてきた白衣を着た男性。陽炎(かげろう)とは違い、しっかりと病院に相応しい格好をしている。


 後ろを刈り上げたマンバンヘアに、片側から垂れた長い前髪はウェーブしている。尖った耳にはリングピアス、笑顔を見せた口からは八重歯が覗いた。そして、右頬に刻まれたハート型の傷。


 名を『鶯生(おうしょう) 千輝(ちぎら)』(26)。ここ岐神病院の院長だ。


 ふと、昨日の食堂で自分が読んだ一族の謳い文句を思い出した馨。

(『稀に居ますはハート型』って、この人のことだったのか)


 マンバンヘアとリングピアスというイカつい容姿の割に怖くないのは、右頬にあるハート型の傷が中和させているからかな、と一人思う馨だった。


「千輝先生、お邪魔します」

「おう、好きなだけ見ていけ」

 頭を下げた吟丸の肩を叩いて、千輝は明るく笑う。


「千輝くん、やっほー」

「よお、柊」

「「いえーい」」

 と、ハイタッチをする二人。


 馨は改めて思う。

(夕柊は、本当に小さい頃からこっちの世界で大切にされてきたんだな)


 それが微笑ましいようで、彼の過酷な運命の表れでもあるような気がして、馨の胸中は複雑に絡み合っていた。


 夕柊は千輝に向けていた体を初羽の子たちへ向けると、袖に隠れた両手をキラキラとさせ、千輝を紹介しだした。


「26歳にして、この道13年。院長に就任したのは15歳の時、岐神病院歴代最高の医師。『医師界の神童』。それが彼『鶯生 千輝』です」


「元『神童』だけどな」

 そんな自身への紹介に苦笑いを浮かべる千輝。笑った姿は近所のヤンキー兄ちゃんみたいだが、腕は確かである。


「先生、患者が!」

 一人の看護師が千輝を呼びに来る。


「わかった」

 一瞬で表情を真剣なものへと変えた彼は、吟丸に「悪い」と断りを入れると白衣を翻して看護師の後を早足でついて行った。


 そんな千輝を追うように走り出した夕柊。

「あ、柊!」

 吟丸の制止を無視してそのまま角に消えていった。


「ああ、しょうがない! 皆はここで待っていて」

 吟丸はそう残し、夕柊を追いかけた。


 先生不在となった生徒ら。

「よし、僕らも行こうか」

 にこやかに彼らの消えていった角を指さして提案するトト。


「いや待っててって言われたじゃん」と、反対する陸斗。


「ううん。今僕らに求められているのは自主性ではなく、主体性だよ!」

 そう言い、自分の近くにいた綸と澪の小さな背を押してトトは歩き始めた。


―――ジャン

【自主性:決まったことを自ら行うこと

 主体性:自ら決め、自ら行うこと】


(補足説明ありがとうございます、丈さん)

 頭を下げた馨に、丈も丁寧に頭を下げ返す。

 そして、先に行った彼らを追うように早足で向かい始めた。



「……ああ、うああー! 愛、愛っ!」

 看護師や複数の医師に押さえつけられている男性。先ほど朽篭となっていたスーツ姿の男性だ。


「どうした、どうした」

 病室に千輝が入ってきた途端、看護師や医師の顔から安堵が漏れ出す。


「なるほどな。『(しょう)』くん、鎮静剤持ってきて!」

「わかりました」

 名指しされ、押さえていた医師の一人が小走りで病室を出て行った。


 その男性に近づく夕柊。そして手を伸ばす。

「離せー! あいつを、あいつをっ!」

 暴れる男性の腕が体に当たろうとも、夕柊は腕を伸ばした。そして、右手を男性の額に当てて唱える。


「『玉響(たまゆら)』」

 夕柊と男性を包む、暖かく白い光。


 一瞬にして勢いを失った男性はおもむろに目を瞑った。ほどなくして寝息を立て始めた男性。その顔はとても穏やかである。


「先生、鎮静剤を――必要なかったみたいですね」

 先ほど出て行った医師が戻ってきたが、落ち着いた患者の様子を見て小さく呟いた。


「……『愛』…。ああ、そうか。この人どこかで見覚えあると思ったら、この前ニュースに出ていた人だ」

 病室の外で中の様子を見ていたトトが零す。


「ニュース? 有名人?」と、問う恒心にトトは遣る瀬ない顔を向けた。

「違うよ。……いじめで自殺した女子高生のお父さんだ」


 周りで聞いていた初羽の子たちが息を呑む。


「学校でいじめが起きていたことを調査するよう、学校側に必死に訴えていたよ。……でも、加害者側の女子高校生達が泣きながら、『愛』とは仲が良かったと言ったために、いじめはなかったと主張されたんだ」


 もう一度、ベッドの上で眠る男性に視線を向けたトト。


「その悲しみと怒りで妖に乗っ取られ、恨みへと変わってしまったんだろうね。どうか、ひと時でも幸せな夢が見られますように」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


この朽篭然り、背景を知ると一気に見え方が変わるものですね。

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