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第三十七話 黎明ツアー その③『型破り系少年再来』


 梟――『琥珀(こはく)』に導かれ、朽篭(くろう)の出現場所へと向かった一行。宇響(うきょう)を先頭に現場へと向かう。吟丸(うたまる)がいるからということで、弐対(につい)(二人組の呼び方)の(みちる)神来(かみく)に残った。


――ズザザザッ

 下駄なのに風のように走っていく宇響は、目の前を飛んでいた梟が突然上方へ方向転換を行ったことを見て、下駄を土に食い込ませ勢いを殺すように止まる。地面は抉れていた。


 琥珀は黒い靄の上空を、円を描いて飛んでいる。見るからに禍々しいそれ。突風が宇響のターバンをはためかせた。


「ここか」

 彼は呟く。

 発生地は、人気のない廃れた公園。


「あの日、高校で見た『穢れ』よりも黒くて重い……」

 目前の穢れを見て、馨はポツリと零す。


「……ああああああ!!」

 限界を迎えた人間が発する咆哮と共に、穢れの中からスーツ姿の中年男性が現れた。右手に握られているのは血に濡れた包丁。


「……黒いオーラを纏っている? ……いや、妖力なのか?」

 一歩後退りしかけた馨は何とか踏みとどまり呟く。


「……ころす。……ころす」

 穢れの中から男性の体がすべて露になった。声を漏らしながら、左手で何かを引きずっている。


「……た、助けて……」

 と、弱々しい声。


 男性が引きずっていたのは、女子高生だった。女子高生のワイシャツの右肩は赤く染まっている。未だじわりじわりと、赤が白を侵食していっていた。


「……これが、朽篭……」

 こっちの世界に来て初めて朽篭を目にしたのか、恒心が震えた声を零す。


「朽篭……」

 同じように、綴と(らい)も初めて見たそれに肩を強張らせていた。


「最優先は人質の救助。君らは下がっててね。来い! 『左京(さきょう)』!」

 その声に反応してか、カラッと晴れていた青空を突然黒い雲が覆った。


――ドゴンッ

 白い閃光と共に近くに落ちる雷。初羽(ういば)の子たちは咄嗟に目を瞑って耳を塞いだ。


――ビカッ

 息つく暇もなくもう一度落ちる雷。直後、


「っああああ!!」

 辺りを震わせる絶叫。発したのは男性だった。


 目を開けた彼らが目にしたのは、左手を押さえて蹲る男性の姿。左手を直撃するように雷が落ちたのだ。否、落としたのだ。


 そう、彼――宇響が。

 彼の体を纏う雷を伴う黒い雲、手足は虎へと変わっていた。 虎の手の中には気絶している女子高生。


「この子を頼みます」

 宇響は後方に跳んで朽篭と距離を取ると、見ていた吟丸に女子高生を預けた。


「うん」

 と、女子高生を預かった吟丸はやや考え込んだのち、

「……いや、ここは(しゅう)にお手本を見せてもらおうか」

 と、提案した。


「……ん?」

 この提案に目を点にしている宇響。


「さ、いっておいで」

「任された」

 宇響が我に返る前に夕柊(ゆうひ)は飛び出していた。背中から濡羽色(ぬればいろ)の二対の翼を生やして、軽やかに飛んでいく。


 宇響は、「ナニガ ナンダカ ワカラナイ」と目を点にしたまま。


「『うーたん』、雷雲とぱらってよー」

 そんな夕柊の声にやっと我に返った宇響は、

「お疲れ様、『左京』」

 と、告げた。


 パッと空から消え去る雷雲。


 次の瞬間、淡く光り出した宇響の体から、はじき出されるように虎ほどの大きさの生き物が出てきた。頭は猿、手足は虎、胴体は狸、尻尾は蛇、と奇妙奇天烈な生き物だ。


 馨らこの世界に来たばかりの元現世組は唖然としている。


「この子は宇響くんの神使、『(ぬえ)』の『左京』さんだよ」

 宇響に代わって吟丸が説明をした。


「神使の能力、即ち妖術を使う時、二つの『型』に分けられる。神使を自分に憑依させる『憑依型』、神使が姿を現したまま共闘する『維持型』。宇響くん『轟』一族は前者だ」


(ああ、だから自身に神使である鵺を憑依させて宇響さんの姿が一時変わったのか)

 馨ら元現世組はやっと理解が追い付いた。


「あぶない!」

 夕柊の焦ったような声で我に返った馨ら。


 朽篭がこちらに包丁を投げていたのだ。標的は定めていなかったのかもしれない。だが、鋭利な切っ先は吟丸から一番離れた位置にいた綸へと向かっていた。


「綸!」

 彼女の名を叫んだ夕柊の顔と声は、彼に珍しく感情がそのまま表れていた。


 トトも咄嗟に手を伸ばす。が、伸ばされた手より、切っ先のほうが速く彼女に到達してしまう。綸は痛みに備えるように目を瞑ることしかできない。


――ピチャン

創式妖術(そうしきようじゅつ) 幻想具現(げんそうぐげん)

 波を凪ぐような声が辺りを鎮めさせる。


「『(いたずら)羽衣(はごろも)』」

 瞬き一つの間に、綸の前にはベールのような薄く透けた布が現れた。


 風を切るように飛んできていた包丁だったがその布に触れた瞬間、勢いを完全に失いその場に落ちる。

 『徒な羽衣』。それは、()(もの)が創り出した、物理攻撃を無効化させる羽衣である。


「大丈夫かい?」

 羽衣を綸の前に出した者が尋ねる。


「は、はい」

「それは良かった」

 その者はふわりと微笑んだ。


 綸に手を伸ばしたままだったトトは手を降ろし、胸を撫で下ろす。


「綸!」

 翼をはためかせ駆け寄る夕柊。


「ごめんね」

 彼女の手を握り、申し訳なさと安堵が混じり合った表情を浮かべている。


「君が柊の双子の妹か」

 儚さが天元突破しているその男性は、腰を屈めて夕柊と綸の顔を交互に見た。


「うん、似ていないね」

 黒いレンズの鼻眼鏡に付いたチェーンが、彼の傾けられた首の動きに合わせて揺れる。


 心の奥を見透かされているような瑠璃色の瞳、白髪を基調とし前髪にだけ混じる黒の髪。その甘い顔立ちに、幾人の人が心を奪われただろうか。


 おもむろに伸ばされた手はそれぞれ、夕柊と綸の頭を撫でた。

「よしよし」

 その動作に慣れっこな夕柊はされるがままだが、片や綸の顔はたちまち赤くなっていく。


 そんな綸の反応を見て「かわいいね」と、彼はまたふわりと微笑んだ。

 名を『(おしまずき) 弦宥(げんゆう)』(35)。


「弦さん!」

 女子高生を抱えていたために遅れて駆け寄ってきた吟丸に、弦宥は目を閉じて笑み片手を上げて応える。


「ありがとうござ――」

 お礼を述べた吟丸だったが、その声をかき消すように再び発せられた咆哮。


「うあああああ!! かえせー。……返せー!!」

 その怒気が溢れに溢れた声に、皆の意識は引き戻される。


「『げんげん』、そっちは任せるね」

「はいはい、任された」

 翼をはためかせて再び朽篭へと向かっていく夕柊に、弦宥は手を振ってにこやかに答えた。


 やや間が開いて、

「……え? あの子に任せちゃったの?」

 弦宥は隣にいる吟丸に視線を送る。


「うん。……ん?」

 どうしてそんな問いかけをするのか、と首を傾げた吟丸。


「はぁ。(大方、我が子の良いところを見せてあげたいって言ったところかな?)」

 弦宥は額に手を当て苦笑いをしつつため息を零した。


「弦さんって、もしかしなくとも『几 弦侑』さんだよな? 100期生の」

「やんなぁ」

【驚天動地】


 突然の来訪者に、陸斗、市露、丈の一族組は顔を見合わせていた。


「まさかの登場ね」

 集団から離れた位置で腕を組んで呟く乃々子に、言葉は発さずとも驚きを隠せない様が動作からにじみ出ている澪。


「なになに、どういうこと?」

 と問うのは恒心。


「ああ、現世(うつしよ)組は知らへんもんなぁ。反対に一族の子なら誰もが知っている有名人やで」

 市露(いちろ)は朗らかに答えた。


「あれよ、伝説とも言われている100期生の一人!」


「「伝説の、100期生?」」

 興奮冷めやらない陸斗に、恒心と、いつの間にか腕を組んで彼らを見物していたトトが同時に首を傾げた。


「ほらそこ。私語は慎むこと。一応授業中だからね」


「「「はーい」」」

 吟丸に注意され、初羽の子たちは解散する。


 吟丸は抱えていた女子高生を公園の端にある木に立てかけ治癒を施し始めた。


 一方、朽篭と相対していた夕柊は、包丁を失い素手で掴みかかろうとする朽篭の手をひらりと躱し、顎に手を当てつつ考えていた。


「今日は何を創ろうか。うーん、あれにしようか、あれもいいな」


「宇響くん、宇響くん」

 と声を潜めて宇響を手招きした弦宥。


「吟があの子の傷を治癒してくれているけど、きっと途中で止まるからバトンタッチお願いできる?」


「わかりました」

 頷いた宇響は、女子高生の血塗られた肩に手をかざしている吟丸の元へ駆け寄ると、介抱を代わって出た。


 お礼を述べた吟丸は彼女を宇響に託し、初羽の子たちの元へと戻る。


「よし、あれに決めた」

 くるりと翼を上手く使って空中で宙返りをしつつ攻撃をかわした夕柊は、手を打ち合わせた。


 戻ってきた吟丸が彼らに伝える。


「朽篭になってしまったら清められた神具と儀式を行わない限り妖から精神が解放されることはないんだ」


 夕柊を見守りながら、初羽の子たちに向けて説明をしていく吟丸。


「まずは、妖を人間から引き離し、決まった手順で器を割る」


 自身の翼から羽を四枚取った夕柊は唱える。


「創式妖術 幻想具現『千変万化之烏(せんぺんばんかのうば)変化(へんげ)『投げ縄』」

 羽は煙を出して、黒い投げ縄へと変化した。


「せーのがさん、はいっ」

 と、投げ縄で妖怪だけを抜き取る夕柊。


 こちらでは、吟丸が夕柊の動きを見ながらの解説中。


「器を割る詠唱は『破邪顕清(はじゃけんせい)』。

①人差し指と中指を伸ばし揃えて片手で『刀印』をつくる

②結んだ刀印を口の前に持ってきて唱える。

さあ、見ていてね」


 と、吟丸は手で指し示し夕柊へと視線を集めた。


 ところがどっこい、

「バイバーイ」

 と、夕柊は投げ縄で捕まえた妖をそのまま空中に放ってしまったのだ。


――パリンッ

 投げ出された妖は、器諸共音を立てて割れ弾けるように消えた。


「「「……え?」」」

 吟丸含め初羽の子たちは目を点にして声を漏らす。


「……いや、ちょっとちょっと詠唱は?」と、陸斗。

「刀印は?」と、恒心。

「破邪顕清は?」と、文哉。

【霞に千鳥(※あり得ないことや相応しくないこと)】と、丈。


「……。ま、まあ。次に移ろうか。朽篭となってしまった人間は例え妖が離れたとしても正気を失ったまま。故にお清めが必要なんだ」


 咳払い一つ、今度こそは、と吟丸はもう一度解説をする。


「それは、『御影清めの儀』

①対象を式紙で作った清明桔梗の決壊に閉じ込める。

②柏手ひとつ、神の紋様がついた神楽鈴をふた振り。

③神恵子の息を吹きかけ瘴気を払う。

 さあ、今度こそ……!」


――ムクリ


「私は一体……」

 朽篭となっていたスーツ姿の中年男性は頭を抱えて現状を把握しようと辺りを見渡していた。


「……ん?」

「……え?」

 これまた動揺を隠せない初羽の子たち。


「……(正気を失っているんじゃあ?)」と、心の中で馨。


「あはっ」と笑ったトトは、皆を代弁するように口に出した。


「ふっつーに、立っているんだけど?」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


一族の神使は基本的に憑依型です。玄葉の『ケサランパサラン』や槐の『三つ目小僧』も憑依型ですね。

夕柊の神使コロポックルの『ちま』は維持型です。ちなみに吟丸の神使八咫烏『玖』も維持型。能力は今後のお楽しみです。

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