第三十六話 黎明ツアー その②『新種の人間たち』
「……いや、なんでこども用の車乗ってんの!?」
反射というべきツッコミを披露した馨。
当の本人は、その場にクルクルと円を描くように笑顔で車を走らせている。
「今日の海はどうですか?」
「正常正常。この通り~」
いつも通りの声のトーンで話しかける吟丸と、車を走らせながら答える侠真。
吟丸の様子から、彼が普段からこの車を乗り回していることが伝わってきたが、俄かには信じられなかった。
(……うん。空蝉の人たちは、新種の人間だな)
そして、馨は侠真を見て確証を得たのだった。
「キョンキョン、後ろ乗せてー」
両手を伸ばして侠真に近づいていった夕柊。
「あらら柊ちゃん。乗る? いいよ~」
承諾をしてくれたようだが、どこに乗るというのだ。その電動乗用車は一人乗り。席はひとつしかない。
下駄を脱いで手に持った夕柊は、座席の横の僅かな隙間に足を入れると立ったまま侠真の肩に掴まった。その手慣れた様子から、これもいつものことだと伺える。
吟丸は、そんな二人に思わず笑みを零した。
――ブーン
ゆったりと侠真が走らせる車の後をついて行く一行。
神宮城同様形代が動いているが、あちらではきびきび動いていた形代がこちらではどこかゆっくりと動いている。
「なんかゆったりしているなあ」
「はい。神宮城がせかせかしていたので尚更ですね」
馨と綸は顔を見合わせて共感を示した。
「ほい、ついた~」
神宮城の神室ほどではないが、豪華な装飾が施された扉がひとりでに開いていく。
――プップー
「連れてきたよ~」
クラクションひと鳴らし、侠真は車に乗ったまま中に入っていった。吟丸も続く。
「侠真! 入る前にクラクションを鳴らすなといつも言っているだろう!」
彼が入った途端響く怒声。
様々な茶色が大雑把に混じり合った髪に、目尻は吊り上がっているが開ききっていない黒の目。への字がスタンダードの口。
聖神使。神獣 海亀。名を『海守』。
「堅苦しいよ~、海守ーん」
「その呼び方をやめろといつも言っているだろう! そして、ここで車を動かすな!」
「いいじゃないの」
と、侠真と海守は言い合い――互いの言い分を各々のテンションで伝え合っていた。
(車を降りろとは、言わないんだなぁ)
なんだか車を乗り回す侠真を微笑ましく思い始めていた馨の、心の中のゆるいツッコミである。
夕柊は飛び降りるようにして、侠真の車から地面に降り立った。
「吟丸、待っていたよ」
「お邪魔させていただいています、『海竜』さん」
部屋の奥のデスクに座っていた者が立ち上がり、こちらに近づきながら朗らかに笑う。
白金の髪に瞳は藍玉。筋肉のついた大きな体に凛とした佇まい。反して、優しい顔つき。
聖神使。神獣 海竜。名を『海竜』。
「竜宮城のことを御影くんから任されている聖神使『海竜』さんだよ」
海竜を手のひらで示しながら説明をした吟丸に、海竜は胸に手を当て丁寧に頭を下げる。
「はじめまして『初羽』。海竜だ。よろしくな」
「「「よろしくお願いします」」」
彼に倣うように初羽の子たちも丁寧に頭を下げ返した。
「そしてこちらが、神獣 海亀の大神使『海守』くん」
「よろしく頼む」
「わあ、たしかに海竜って感じの雰囲気と、亀顔だね」
「シー。ねぇ、それわざと? わざとなんでしょう!」
屈託なく述べるトトにすかさず止めに入るのはいつも馨。
「それでは、これで失礼します」
一行は竜宮城の最も格式高い部屋を後にし、ハンドルを巧みに操りながら笑顔でこども用の電動乗用車を乗り回す侠真について行く。
「ここでの仕事は、海にいる妖達を監視し、記録すること。海での朽篭化はないけど、妖達の悪戯によって海の状態が悪くなるからね。まあ、基本的に海は安定している。だから、竜宮城は少数精鋭。神恵子は侠真さんを含めて、三人だけだ」
「すごいです……、三人だけということは本当に精鋭揃いなんですね」
綸は顔を輝かせながらメモをしている。
「ほんと~? うれしいなぁ。でも、少数精鋭とか言われていたけど、僕みたいなのでも就けちゃうから気負わず考えてみてね~。それじゃあまたねぇ」
そう言い残し、侠真は先程のゆったりとした速度はどこ吹く風、角をドリフトしながら曲がってあっという間に姿を消した。
「あっ、侠真さん……挨拶できなかった」
肩を落とす陸斗に、丈は労いを込めて肩に手を置いた。その首からぶら下がっているスケッチブックには、
【縁と浮世は末を待て】
(※良縁と人生における好機は、あせらずにじっくりと待つのが良いということ)
と書かれてあった。
「なんか、ほんとゆるいわ」
綸の後ろに隠れつつ言葉を発した乃々子。
「マジ、ゆるいな」
彼女に共感を示す文哉。
「この雰囲気ええなぁ。俺好きやわ」
辺りを見渡しながら呟いた市露。そんな市露を見上げている焚は言う。
「じゃあ、タキもすき」
初羽の面々も竜宮城に引っ張られてか緩んだ顔をしていた。
「お次は警察組織『神来』にお邪魔しようか」
竜宮城の中にある社さんに乗って、次の目的地まで向かう。
「……本当に警察署だ。というか、交番か」
社さんを出て、すぐ目の前にあった建物を見上げて文哉が零した。
「そう。公安第五課 特殊課。通称『神来』。特殊課の名の通り、妖や妖術の絡んだ現世の事件を専門に扱う警察だよ」
「そんなのがあったなんて……」
生きてきて約16年、馨は、知った世界でもまだ知らないことはあるのだ、と驚いていた。
「表向きには存在しない課だからね。事件も世間には隠蔽されている」
「なるほど」
納得を示した馨は今、自分の心が僅かに弾んでいることを知る。
「お疲れ様です」
「「「お疲れ様です」」」
吟丸に倣い挨拶をしながら交番の中に入っていく初羽の子たち。
「はいはい、待っていたよ」
出迎えてくれたのは、警察の制服ではなく着物に身を包んだ一人の男性であった。
「忙しい時に承諾してくださりありがとうございます」
「いーえ」
頭を上げた吟丸ににこやかに返す男性。
センターパートの髪は左三分の一が白く、その他は青みがかった黒色。瞳も髪と同色で、細い目と左目の下に縦に二つ並んでいる黒子が妖艶さを醸し出している。
名を『円舞堂 満』(28)。『神来』の隊長を務めている。
「見学の前に、この方とはぜひ会ってもらわないとね」
そう言い立ち上がった満は、一行を交番の奥の扉へと案内する。
「紹介しよう。『神来』の伝書梟、聖神使の『天羽』さんだ」
――ガチャリ
開けられた扉の先、太陽の光がよく入る窓の前には、ふわふわで汚れを一切知らない真っ白な毛の大きな梟が居た。畳の上に座っているのか足が見えない。
ゆっくりと開かれた目は、ダイヤモンドのように透き通り、そして光っている。
天羽は初羽の子たちと目を合わせると、目をキュッと細め首をこてんと傾けた。そのあまりの可愛さに綸と乃々子は今にも飛びつかんとしている。
だが、その梟には一点おかしな点があった。
そう。ふわふわな体の右側に、なぜか人間の足(着物を着た)が斜めに刺さっていたのだ。
もぞもぞと動く人間の足。下向きに斜めに刺さっているために着物がはだけ、足の付け根が覗きそうだ。
いち早く気が付いた乃々子が、自分とそして綸の目を塞ぐ。
「……いい時間だった」
天羽の毛の中からくぐもった声が聞こえる。こんな突飛なことをする人間だからテンションの高い声をしているのかと思えば、低く落ち着いた声。
徐々に天羽の毛の中から出てくる人間。そして、とうとうその姿が露になった。
はじめは天羽に視線を向けていたその人間だったが、複数の視線が向けられていることに気付きこちらに顔を向ける。
「……あ」
目が合って一秒、人間は低く良い声を零した。
「……っぷ」
こらえきれず吹き出したトト。両手で口を押さえ必死に堪えようとしているが、限界も近い。
馨は隣で冷や冷やしていた。
(絶対笑うなよ。初対面の人に失礼だからな。笑うなよ、トト)
目を鋭くさせ、いざ彼が笑い出した時にはこの部屋から連れて逃げようと、脱出の算段まで整えるほど。
「あー、どうも?」
天羽の中から出てきた人間は少し照れ臭そう(顔の紅潮は見られない)に頭を掻きながら挨拶をする。
毛の中にいたからかややはだけた木綿着物。頭にはターバンを巻いている。前髪を上げるように巻かれているターバンだが、乱れてか、一部長い前髪が顔の前に垂れていた。瞼が開ききっていない眠そうな濃い茶色の目は、彼の通常だ。
名を『轟 宇響』(27)。一応、神来の副隊長である。見えないが。
「お前。またやってたのか、それ」
ため息をつきながら呆れている満。
「うん。天羽さんを吸うと生き返るから」
良い声で何を言っているのやら。二人の会話から、これもよくある光景のようだ。
(もうこれ確定で新種の人間でしょう)
馨はさらに確証を深めるのだった。
先ほどは奇行ばかりに目がいっていて気が付かなかったが、宇響のはだけた着物の間から覗く太ももには雷の入れ墨があった。
ムクリと起き上がった天羽。やはり畳に座っていたようで、今は山吹色の足が出ている。
「ピィー、ピィー」
天羽からではない梟の鳴き声。交番の開け放たれた入り口から一羽の白い梟が入ってきた。その左の翼は黒く変色している。
「『琥珀』」
その梟の名を呼び、腕を伸ばした満。その腕に梟はとまった。その瞳はオレンジの宝石のようだ。
「いいところに来たね」
後ろで手を組んでいた吟丸はやおら琥珀に手を伸ばすと、その黒く変色した翼を優しく撫でた。
「腕にとまっているのは、宝石から作られた梟。そして、『穢れ』の発生を知らせてくれる伝書梟だ」
「え? 宝石から?」
恒心が首を傾げる。
「そうだよ。天羽くんの羽と宝石を組み合わせて作られた存在。梟達の目は宝石で、個体の名も宝石の名と同じ。この子の宝石は琥珀。だから名前も『琥珀』だ」
「なぜ、翼が黒く変色してしまっているのですか?」
「穢れに触れると触れた部位が黒く変色するためだ。そして、穢れを感知した梟は近くの神恵子に知らせる。安心してね。穢れを浄化させると羽は元の真っ白に戻るよ」
その言葉を聞いて綸や恒心、馨は胸を撫で下ろした。
「さらに、朽篭を見つけることに特化した透明な梟がいて、朽篭を見つけると天羽くんにしか聞こえない鳴き声で知らせる。それを聞いた天羽くんは神来の面々と、その近くにいる神恵子に淘汰の依頼をする。という流れだ」
「てか、透明でいいの?」
投げかけたのは文哉。
「見えないほうが良くてね。見えると知能のある妖に殺されてしまうから。それに、特殊な目をもつ天羽くんには見えるから、大丈夫」
「透明な梟を使っての探索か。よくできているね」
トトは顎に手を当て上半身を前に曲げると、満の腕に乗る梟に顔を近づけた。
空気を引き締めるように大きな翼をはためかせた天羽。何もいない空間と視線を合わせている。その場にいた満と宇響がピクリと顔を動かした。どうやら透明梟が朽篭を見つけたらしい。
細い目を更に細め、口角を上げた満が告げる。
「さあ、お仕事の時間だ」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
満と宇響は弐対(二人組の呼び方)です。さらに、宇響は天羽さんのお世話係でもあります。自ら志願したそうです。そして、定期的に天羽さんの中に突っ込んでは吸っています。猫吸いと同じです。




