第三十五話 黎明ツアー その①『神宮城と竜宮城』
神威学園に入学してから三日目のこと。
「と、いうことで、本日はお待ちかねの『黎明ツアー』だよ」
「「「やったー!」」」
吟丸の言葉に歓声を上げた陸斗、市露、丈。澪も声は発さずとも待ち遠しかった様が、胸の前で握られた拳で見て取れた。
「れいめい?」
焚は首を傾げながら反芻する。
「うん。妖怪を倒すべく、神が立ち上げた組織だ」
「ああ、あの鎖国を宣言したという」
馨は昨日御影が述べていたことを思い出し言葉にした。吟丸はにこやかな笑みを浮かべて馨に頷く。
「『黎明』の主要な配属先は、皆も昨日行った『神宮城』、そして海にある『竜宮城』、警察組織の『神来』。希望によっては、空蝉の書物が眠る『神宮博物館』の研究室『ラボ』、空蝉に欠かせない病院『岐神病院』、孤児院『千日草』に行く人もいるかな」
黒板にチョークを走らせていく吟丸。彼の字は手本のように整っている。
「そして、もうひとつ。隠密部隊『白夜』だ」
「隠密部隊!」
「『白夜』!」
『隠密部隊』、『白夜』、その男心をくすぐる単語に男子らが反応を示す。
「黎明ツアーは、彼らの仕事を知ってもらうための初羽の恒例企画でね。では早速、神宮城から行ってみようか」
吟丸先導の元、廊下のどん詰まりにある社さんに乗り込んだ一行は、神宮城へと向かった。
「いやぁ、いつ見ても壮観やなぁ」
目の上に手をかざし、神宮城を見上げて市露は朗らかに呟く。
「それじゃあ見学に行こうか……と、言いたいところだが、まずは神様への挨拶を済ませよう」
そうして、昨日通りに神室に向かい御影と天戯に挨拶をした。天司は、本日は神威学園にいるのか姿が見えなかい。が、学園長なのだから基本的には神威学園にいるのだ。
神室を出て吹き抜けに出た時、
「おや、吟丸くん。なにか用かな?」
正面から声がかけられる。
顔を隠すほど山になった書類を持ち歩いていた男性。書類の後ろから覗いた褐色肌に深緑の瞳、そして優しく細められた目に長い下まつ毛。
神宮城の頭領『斑鳩 飛真』(35)だ。
「おはようございます、飛真さん」
挨拶をする吟丸の背後に見えた初羽の子たちを見て、飛真の目が開いてくる。
「あ、違う。これは……」
飛真の背後に立っていた深緑の髪と瞳の長身男性、飛真の神使だいだらぼっちの『碧』に自身の持っていた資料をすべて預けると、彼は懐から小型の拡声器を取り出した。
――スチャッ
「スゥー……」
息を吸い込んで拡声器を口に当てると、飛真は笑顔で告げた。
「はいはーい、良い子のみんなー。ツアーのひよこちゃんたちのお出ましだよ。速やかに身だしなみを整えて、覇気のある顔してねー。あと、それとなく勧誘しましょう」
その言葉に反応するように、バッと様々な扉から人間が姿を現す。
「「「アイアイサー!」」」
そして、元気よく答えた。
「……これ、いつもなんですか?」
戸惑い気味に吟丸に問いかけた馨。
「うん。楽しいね」
後ろで手を組んで笑顔を咲かせる吟丸を見て、馨は思った。
(空蝉の人たちって、たぶん新種の人間だ)
自分がこれまでに会ってきた人間との乖離に、そう思わざるを得なかったのだろう。
(……で、なんでこいつは得意そうなんだ?)
最後尾で腕を組み頷く、という後方彼氏面をしている夕柊に馨はほとほと呆れるのだった。
「飛真さん、久しぶりです」
「おや、りっくん。おおきくなったねぇ」
拡声器を仕舞っている飛真に小走りで近づいていった陸斗。飛真は陸斗を見つけると、その頭を撫でた。
「お知り合い?」
首を傾げた恒心。
「お知り合いもなんも、同じ斑鳩一族だかんね。血の繋がった親戚よ」
陸斗は恒心にニカッと嬉しそうな笑顔を向ける。
恒心は「あ、そうか!」と納得を示したようだ。
「はい。さて、挨拶も一段落したところで、ここでの神恵子が就く仕事を説明しよう。それは『記録管理室』の書記官です。主な内容は、『空蝉物怪録』の記録処理」
飛真と手を振って別れた一行は、歩きながらの吟丸の説明を聞いていた。
「『空蝉物怪録』の記録はここ、神宮城に送られてきます。空蝉全ての記録となると、1日で莫大な量の記録が送られてくるよね。その混乱を避けるために『書記官』がある程度の処理を施す。例えば、どの場所で何人『朽篭』が出た。何人対処できた、できなかった。いくつ『穢れ』を浄化させた。……などね」
(『空蝉物怪録』のこと、もっと知りたいと思っていたから嬉しい)
綸は、持って来ていた小さなメモ帳にペンを走らせる。その顔からは楽しさが滲み出ていた。
「そして、その記録を元に、人数や体制を変更させていくんだ。さあ、着いたよ」
吟丸が差し伸べた手の先には重厚な扉。その扉の横の壁に掛けられた札に彫られていた文字は『記録管理室』。
「生体スキャンを行います。……入室を許可します」
スキャンが完了し、扉が自動で開いていく。
「邪魔をしないように、静かに入ろうね」
吟丸の促しに頷いた初羽の子たちは、息を潜めその間の中に足を踏み入れた。
――カリカリカリ
話し声は一切なく、鉛筆の摩擦の音だけが響く異様な空気。まるで受験のようだ。
横に長い文机が十ほどあり、正座や胡坐で座する者らは皆一様に同じ眼鏡をかけていた。
「眼鏡をかけた人が就職するのなら、王子、君に打ってつけじゃない?」
声を潜め馨に耳打ちをしてきたトト。あからさまに揶揄っていることが伺える。
眉をひそめた馨は一歩移動しトトから離れた。
「あれは『妖具』だよ」
その空いた隙間にニュッと現れた夕柊が言う。
突然の登場に叫びそうになった馨だが、反射で口を押さえることができすんでのところで耐えた。
馨の隣にいた綸にも夕柊の声は届いていたようで、彼女は上半身を傾けて夕柊に視線を送りつつ問う。
「妖具、ですか?」
「『倍速処理眼鏡』、通称 スピグラ。この眼鏡をかけることで、処理速度を倍にすることができます」
「なにそれ、使ってみたい!」
恒心が興奮隠しきれない声で叫んだ。どうやら、トトの隣にいた恒心にも聞こえていたようだ。
口の前に人差し指を当てた馨は慌てて恒心に静かにするよう促した。気が付いた恒心も「あっ」と声を漏らすと慌てて口を両手で覆う。
「残念。これは非売品で且つここからの持ち出しは禁止されているのですよ。使いたければここに就くことですね」
無い眼鏡のブリッジを上げるふりをして語る夕柊。
「誰の真似だ」と呆れた馨は、本物の眼鏡のブリッジを押し上げた。
恒心の叫び声で、記録と向き合っていた書記官の面々が鉛筆を止める。正面に向いていた顔を左に向かせ、初羽の子たちと視線を合わせた。
「眼鏡、ここなら使い放題ですよ」
「ふふ、有望そうなのがいますね」
「うわ、あの子向いてそうですよ」
「また、ここでお待ちしています」
それぞれの方法で眼鏡を動かして呟く書記官の面々。眼鏡の反射で目は見えないが口は笑っており、それが余計に妖しさを醸し出していた。
「「「……(あ、それとなく勧誘されている)」」」
初羽の総意である。
「おーい、次の回ってきたぜー」
奥の扉が開いて、はだけた胸元に晒しを巻き、着物はたすき掛け、尻端折に七分丈の股引と一見男性と見紛うほど勇ましい女性。
『宝生 ゆの』(26)と、
「こちらもお願いいたします」
小さな顔の半分を覆うような丸眼鏡、着物の下には立襟シャツ、行灯袴、頭には丸帽といわゆる書生スタイルの真面目そうな青年。
『弓庭 奏鈴』(19)がたくさんの書類を手に入ってきた。
「「「了」」」
書記官の面々は答えると、もう一度眼鏡をスチャッと上げ配られた書類に向かう。
――カリカリカリカリカリカリカリカリ
「……次に行こっか」
苦笑いを浮かべた吟丸は、記録管理室を後にした。
「お次は、ここの真下『竜宮城』に行くよ」
「竜宮城って実在したんだ。……ってことは、海の中!?」
驚きを隠せず叫んだ恒心に、「その気持ち、わかるよ」と言いたげに彼の肩に手を置いた陸斗と丈。一族の者は、神宮城同様、『竜宮城』の存在と海の中にあるという情報は聞き及んでいたようだ。
「うん。大丈夫、ちゃんと空気はあるから」
戸惑っている馨と綸の背中を押し、神宮城の中にある祠――社さんに乗り込ませる吟丸。
竜宮城。そこは、赤を基調とした神宮城とは対照的に青を基調とした宮殿であった。
そして、
「さ、さかな、魚が見えます!」
窓の外に広がる光景はまさに海の中であった。
――プップー
可愛らしいクラクションが聞こえ、一行は窓の外に釘付けになっていた視線を正面に戻す。否、やや下に向ける。
「吟丸ちゃんじゃない。おひさ~」
褐色肌に、深青色の瞳、長い下まつ毛。髪は白髪と深い海のような色の髪が混じり合っていた。割合的には白髪のほうが多い。垂れた優しげな目元が誰かを彷彿とさせる。
名を『斑鳩 侠真』(37)。竜宮城の頭領だ。
「お久しぶりです、侠真さん」
「案内するよ。ついておいで~」
語尾の伸びたゆるりとした声が柔らかな顔とマッチしている。
――プップー
もう一度鳴らされた可愛らしいクラクション。
そして、ギュルルと回るモーター音。否、車輪の駆動音。侠真はゆったりと進み始めた。
初羽の子たちは、口をあんぐりと開けたままその場から一歩も動くことができない。
「「「……(え? 車?)」」」
それもそのはず。彼が、こども用の電動乗用車に乗っていたのだから。大きな体に似合わない小さなオープンカーを。
「ん? どうしたの?」
振り返った彼は、心底不思議そうに首を傾げ、もう一度クラクションを鳴らした。
――プップー
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
竜宮城の登場です。
そして、侠真と飛真は兄弟です。それぞれが頭領を務めていますね。




