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第三十三話 銘苅一族


 「銘苅(めかり)一族においては御前試合なんてそもそも行われないのよ。他の一族と違って、学園に通うことは恥さらし同然だからね」


 たまごサンドを食べ終わった乃々子は、「こっちもいい?」とハムチーズレタスサンドを手に取り口に運ぶ。


「どうして?」

 同様にハムチーズレタスサンドを手に取った(いと)が問うた。


 一口齧り嚥下したのち乃々子は答える。

「銘苅一族が契約している妖は『百々目鬼(どどめき)』。能力はテリトリーに百の目を出現させること。『可視化』なんて一族間では呼ばれているわ」


「契約している妖、とはどういうことでしょうか」

 こちらはまだ口はつけていない。サンドイッチより彼女の話に夢中のようだ。


「一族の始祖となる者が初めて契約した妖のことよ。そして各一族の始祖様は妖と契約を結ぶ際に、こう誓約を立てた。『この血がそなたらを呼ぶだろう。この血が途切れるまで、そなたらは我が血族に応じ続けよ』と。その妖――言わば神使ね、が銘苅一族は『百々目鬼』だったということ」


「なるほど。途切れぬ血の契約。一族の証明のようなものですね」


「ええ」

「話の腰を折ってすみません。続きをお願いします」


 乃々子は頷いて続きを語る。


「『可視化』は能力的に援護向きなわけ。わざわざ前線に出向いて戦うなんざ馬鹿のすることだ、なんて大人たちは言っていたわ。当然、こどもたちにも教育としてそう伝えられる。例に漏れずあたしもそう教わった」


 ハムチーズレタスサンドの最後の一口を頬張った乃々子。彼女の顔は美味しさからか頬が仄かに色付いている。


「では、神威学園には銘苅一族は入学してこないということですね」


 いつの間に平らげたのか、綸の手の中にサンドイッチはない。最後のイチゴホイップサンドに手を伸ばしていた。


「そういうこと。でも?」

 頬杖をつき、口角を上げながら先を促す乃々子。


「乃々子ちゃんが入ってきた」

 サンドイッチに伸ばしかけていた手を引っ込めて、前のめりになった綸が続いた。


「ええ。あの銘苅一族からの入学者。言うなれば異常事態よ。先生方もさぞ驚いたことでしょうね」


 乃々子は頬杖をやめて肩を竦めると、重箱に二つ残されているイチゴホイップサンドを手に取った。


「なぜ許可が下りたんですか?」

 乃々子の動作を目で追っていた綸は、彼女と視線を合わせると首を傾げる。


「ああ、違う、違う。あたし、一族から追放されたから」


「……す、すみません!」

 肩を震わせた綸は勢いよく頭を下げて謝った。そんな綸に、眉を下げて頭を上げるように促す乃々子。


「謝らないでよ。今になってはあんな一族から離れられて清々しているんだから」


 顔を上げた綸が見た彼女の顔は、本当に晴れやかであった。どうやら本心からの言葉のようだ。


「ま、一時死んでやろうかとも思ったけどね」

 そう吐き捨てながら乃々子は残りのイチゴホイップサンドを、綸はまだ手の付けていないホイップサンドを頬張る。


 またしてもいつの間に食べたのやら、乃々子よりも綸が先に食べ終わっていた。二度目の出来事に乃々子は「え、なに。吸い込んで食べているの?」と聞かずにはいられなかったよう。


 返答は「美味しく食べていますよ」と、どこか的外れな返答であったが、乃々子は「まあ、いいわ」と、受け流すことにした。


 広縁の机には、湯呑みが二つ。中にはミルクティー。アンマッチ甚だしいが、この場にあったのが一本のミルクティーのペットボトル、部屋に常備されている湯呑み人数分しかなかったため、致し方ないだろう。


 癖で湯呑みに息を吹きかけてしまった乃々子だったが、綸に「それ冷たいですよ?」と指摘され頬を紅潮しつつ湯呑みを口に運んだ。向かいに座る綸に目をやると、自分で指摘しておきながら無意識に息を吹きかけてしまった綸を見つけてしまう。


「プッ」と吹き出した乃々子を皮切りに、二人は笑い合った。


 落ち着いた頃を見計らって口を開く乃々子。


「追放されて現世でひとり途方に暮れている時に、この学園の相談員『鶯生(おうしょう) 千春(ちはる)』さんが拾ってくれたのよ。そうね、あとで会いに行く?」


「ぜひ!」

 放課後の約束がとりつけられた。頬を綻ばせながら両手で持った湯呑みを口に運ぶ綸。


「彼女のところで世話になって一年ほどたった時、彼女が『学園に通ってみない』って唐突に言ってきてね」


 一度言葉を区切り湯呑みのミルクティーで口を潤すと、乃々子は続きの言葉を紡ぐ。


「もちろん反対したわ。だって学園というか、前線に立つ人間は男性の割合が高いから。必然的に学園も男性の割合が高くなる」


 飲み終わった湯呑みをテーブルに置いた綸は思案顔。

「……やはり、御前試合に勝ちあがるというのは、男性のほうが優位になるのでしょうか」


「まあ、そういうことでしょうね」

 そう同意を示した彼女も飲み終わった湯呑みをテーブルに置いた。


「そんなこんなで彼女――千春さんは反対したあたしを意に介さず入学の手続きを行ったってわけ。酷いでしょう?」


「それは酷いですね!」

 眉をしかめて正直に述べた綸に思わず笑ってしまう乃々子。


「あはは、でもこうとも言っていたの。『あんたはずっと狭くつまらない世界の中にいたんだから、広くて面白い世界を見てきなさい』って。その時、ああそうだな、って思っちゃった」


「狭くて、つまらない世界……」

 言葉をおもむろに反芻した綸に頷いて、乃々子は俯き気味に語る。


「……銘苅一族は『女人一族』。女性だけの一族。そして、そこに根強く巣食うは女尊男卑(じょそんだんぴ)。援護として駆り出された時も、男性とは一切口を利かない。自分たちに歯向かえば容赦なく殺しにかかる。実際には殺さないらしいけど、死相当の恐怖を与えるとかなんとか」


「お、恐ろしいです」

「でしょう?」と、顔を上げた乃々子に、数度頷いて同調する綸。


「でも、そんな一族でも切り捨てられていない。どうしてかわかる?」

「……契約している妖『百々目鬼』の能力が必要だから、ですか?」


「そう。肉眼では届かないところまで一斉に目が行き届くから、これほど索敵に向いた能力もないってこと。上は重宝したがるわけよ」


「なるほど」


 テーブルの上の湯吞みに手を伸ばした乃々子だったが、途中で中身がなくなっていることに気付き、元から腕を組む予定でしたよ、と言わんばかりに平然とした顔で腕を組んだ。そして、窓を見やる。


 そんな乃々子を見て、彼女に気付かれないようにくすりと笑った綸は、同様に窓の外へと視線を移した。


 昼休みだからか、学び舎の外に生徒がちらほらと見える。

 彼らを見下ろしながら乃々子は呟くように言った。


「銘苅は他の一族から毛嫌いされている一族。だから、自己紹介の時は視線が痛かったわ。今だって私が『銘苅』って言ったら、学園中の一族の人間はきっと全員が嫌な顔をする。あたしが何かしたわけじゃないのにね」

 そして、自嘲気味に笑う。


 綸は視線を乃々子、空の重箱、中身が僅かに入っている湯呑み、膝の上に置かれた自分の手と順番に移した。


「……あの、不躾なことを尋ねますが、どうして『銘苅』の名を捨てなかったのですか?追放されたから名乗らなくてもと思い……すみません」


 膝に力なく置かれていた手は、今や強く握られている。


「……そうね。追放された時に『名を捨てろ』って言われたわ。で、捨てた」


「ではなぜ? あえてマイナスな印象を抱かれる名は、私はきっと捨てたままでいると思います」


 彼女と視線を合わせるために顔を上げた綸だったが、彼女はまだ窓の外を見ていた。綸の視線を感じてか、やおら動いた視線。二人の瞳が見つめ合う。


「学園に入ることになったからわざわざ拾いに行ったのよ」

 乃々子は両手で頬杖をつくと、目を細め口角を上げて歯を見せた。


「だって、銘苅の名を持つあたしが名を馳せ前線で活躍をすれば、あたしを捨てたあの人たちは絶対に悔しがるから。もし退学になったとしても一族の名を貶めることができるし。あたしにとってはどっちに転んでも徳しかないのよ」


「乃々子ちゃん、悪い顔していますね」

 綸も口を横に開いて歯を見せて笑う。


「当然じゃない。あいつらを見返す唯一のチャンスと言ってもいいもの」

 頬杖をやめ再び腕を組むと、お嬢様よろしく顎を上げた乃々子。なかなか様になっている。


 だが上を向いていたのは一瞬のこと。勢いを無くしたように下げられた顎はそのまま彼女の顔を俯かせる。


「……あたしは、どうしてもあいつらの吠え面が見たいのよ。『銘苅一族で一番戦果を挙げたのは、かつて一族から追放された者だ』って後世まで語り継がれたいわけ。だから、どうしてもあたしは卒業しなければならないの」


 彼女の不安が綸にまで伝播してきた。綸は返す言葉が見つからず口を横に結ぶ。だって此処は、軽々しく『一緒に頑張ろう』と言えるような場所ではないから。


 卒業は当たり前ではない。生きていることだって当たり前ではない。未来の話をしたいけれど、今でさえ精一杯なのだからできようっこない。


 俯いている綸の視界に肩から滑り落ちた髪が入る。つい数時間前まで薄い茶色をしていた髪が、今はどうだ白いではないか。非現実的なようで、現実のこと。


 綸は改めて思った。


(私は、この世界のことを知らなさすぎる。夕柊(ゆうひ)くんの――兄の口八丁に乗せられるような形でこっちの世界に来て、どこか浮かれていたのかもしれない。自分が特別になったように感じて、新しく知ることが楽しくて、本質を見落としていた)


 切らないように唇に立てた歯。わずかな痛みが今は欲しい。


(ここは私のいた世界とは別物。まだここに来て日が浅いからかもしれないけれど、私が見たものは奇麗な部分でしかない。『銘苅』一族の話は、まるでフィクションのようだった。他の一族だって、クラスメイトにだって、あるいは先生方にだって、ひとりではおよそ抱えきれないものを抱えていたり、死んでしまいたいほどの経験をしたり、(あまつさ)え死のうとしたかもしれない。私は何も知らない。『無知』がこれほどまでに怖くて、ずっとこのままでいたいと思わせてしまうような引力のあるものだと思わなかった。気を引き締めないと。このままじゃ私は、この世界に順応できない)


――バシンッ

 突如叩かれた背に綸の体が跳ねる。顔を上げれば正面に座っていた乃々子の姿がない。肩越しに後ろを見れば、そこに彼女は立っていた。とても怪訝そうな顔で。


「ちょっと。なに辛気臭い顔をしているの。せっかく美味しいもの食べて口の中が『おいしかったね』と和気あいあいしているのに、これじゃあ唾と一緒に『やっぱちがうや』って飛んでいっちゃうじゃない」


 目を点にして乃々子を見つめる綸。

 ほどなくして、彼女は破顔した。


「かわいいね、乃々子ちゃん」と、ホクホク顔。


「だから、それ止めてってば!」

 二人は言い合い、笑い合いながら寮を後にする。


『205』の扉に描かれている菊の花が、少しく花びらを開くように動いたような気がした。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


銘苅一族は女性しかいない一族です。現世で旅館を経営しています。旅館では男性客も受け入れているそうですよ。そして、監視カメラがひとつもないそうです。代わりに百の目が……

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