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第三十話 常庭の間

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。


 『繰り返し――』

「しなくていい!」


 手で持てないほど大きい拡声器で声を拡散させていた夕柊(ゆうひ)の口を、飛びついて塞ぎにかかる飛真(あすま)

 荒い息遣いに、恥ずかしさから紅潮した顔。深緑の瞳が、左右で色の異なる夕柊の瞳を見つめる。


「やってくれたねぇ」

 そして、彼は目を細め、片眉を下げて口角を上げた。


 口から手が離されると夕柊はほんのりと口角を上げて呟く。

「あ、羽織の色は紺だったね」


 そんな呑気な彼に、飛真と陽炎(かげろう)はもう何度目かわからないため息をつくのだった。


「あ。いたいた、主ー」

 こちらに走ってくる(みどり)。周囲を探しに行っていたようで、すれ違ったのだろう。


「元凶はお前かい?」

 と、碧に視線を送りながら夕柊から離れる飛真。


 解放された夕柊は翼を仕舞う。同時に、大きな拡声器もふわりと跡形なく消えていった。


「かわいい子ちゃんの『試す?』に頷いただけよ?」

「じゃあ、お前も悪い」

 飛真は碧の胸にゆっくりと拳を当てた。


「で、なにかあったの?」

「そうそう、記録管理室でちょっとトラブルがあってね」

「あー、またあの二人?」

「そうそう」


「本当に馬が合わないな」

 額に手を当て呆れ笑いを零す飛真。トラブルと言っても、日常の一部のようだ。


「ですからここは――」

「お前はいちいち細けぇんだよ」

 すると、言い合いをする二人の声が聞こえてきた。次第に近づいてくる声。廊下の曲がり角から現れた二つの影。


「あ、トラブルのほうからこっちにやってきてくれたみたいだね」

 口を横に大きく広げいたずらを仕掛けたこどものように笑う碧。


 現れた二つの影のうち、背の高いほうが飛真らに気が付き早足で迫りくる。

「あ、いた頭領! こいつがさぁ」


 前髪の片側がかきあげられた短髪に、木綿着物の胸元を大胆に開いて着ている。だが、胸にはさらしが巻かれており、わずかに膨らみがあった。たすき掛け、尻端折(しりっぱしょり)に七分丈の股引(ももひき)と一見男性と見紛うほど勇ましい女性。


 名を『宝生(ほうしょう) ゆの』(26)。


「ゆのさん、まだ話の途中です」

 彼女の後を追うように小股で近づいてきた小柄な男性。両手に資料を抱えており、小さな顔の半分を覆うような丸眼鏡をしている。着物の下には立襟シャツ、行灯袴、頭には丸帽といわゆる書生スタイルだ。


 名を『弓庭(ゆば) 奏鈴(かりん)』(19)。


「はいはい、なあに?」

 二人を仲立ちするように手を広げる飛真。彼の様子から日常茶飯事であることが伺える。


「俺たちはお役御免だね」

 後ろに下がりつつ呟いた夕柊は、離れて見ていた陽炎の隣に並んで能面に隠れた顔を見上げた。


「だな。あともうひとつ寄るところがあるんだろう?」

「うん」

「ご飯は食べたか?」

「羊羹と栗饅頭」

「満腹にならないでしょう、それだけじゃ」

「最近はお腹空かないから」

「でも、食べるのは好きなんだろう?」

「好きだよ」

「じゃあ、帰る前にソフトクリーム買ってやろうね」

「わーい」


「……(素直に喜んでも何も起きやしないってのに。ムカつくから小突いてやろう)」


「ちょっと、いたいんだけど」


「こどもはこどもらしくしていて欲しいもんなんだよ、大人にとってはな」

 陽炎は自分が小突いた夕柊の頭に手を置き、髪を乱雑に撫でた。


(本当、こどもは目を離した隙に大きくなるよくわからない生き物だ。……あれ? この前植えた苗のパンジーがもう大きくなっている!? ……みたいな、意味わからない成長速度で僕らの前に出てくる。そんで、『もう大人だから、大人みたいに扱ってね』って。おいおい、はえーよ。大人も自分のほうが先にいたい、自分のほうがよく知っている、強い、優しい、とか思っていたいめんどくさい生き物なんだよ。だから、気を利かせてまだこどものままでいてくれって。え? 『こども扱いするな』? ほら。こんな大人の事情を知らないお前らはまだまだこどもだってーの)


「……ケッ。可愛くねぇ」

 面でくぐもった声で突然悪態をついた陽炎に、何か言いたげに僅かに眉をひそめた夕柊だったが、移動しようとしている陽炎の袖を引っ張りこの場に留めた。


「用はここだから」

「……ああ。『常庭(とこにわ)の間』か」


 袖から手を離した夕柊は陽炎に軽く手を振ると、『常庭の間』と刻印された扉へと近づいていく。


「はいはい、あとは管理室に戻ってからやりなさいよ。……って、あれ? (しゅう)は?」


 いまだ言い合いを続けている二人に辟易し離れた飛真は、壁に寄りかかり腕を組んでいた陽炎に声をかけた。


「あっち」

 と、腕を組んだまま顎で彼の立っている扉を差す陽炎。


「なるほど、『常庭の間』ね」


 『常庭の間』の扉横の立て看板には『関係者以外立ち入り禁止』と書かれてある。丁度、扉前に立つ形代の生体スキャンが終わったようで夕柊が中に入るところであった。今までの扉とは違い、小さな扉で手動だ。


「ここばかりは私らは入ることのできない間だからな」


 『常庭の間』。別名『半魂(はんこん)住処(すみか)』。半魂のものしか入ることが許されない間なのだ。


「……まったく、律儀なものだ」

 陽炎は物憂げな声で呟いた。



 ゆっくりと扉を開けて中に入った夕柊。差し込む光に目をすぼめる。


 目前に広がった光景。それは、雲がまばらにある青空、本来の燃えるような色に反し何にも染まっていない色に輝く太陽、揺れる木々、散る若葉。中央で意気揚々と水を噴き上げる噴水、石畳の広い道の左右には軒を連ねる家屋。外れには公園。


 ここが天空にある宮殿の中であると忘れてしまうほど、そこは外の世界を写し取ったかのような空間――ひとつの”街”であった。


 扉が完全に閉まった音を聞いて夕柊は振り返る。扉は消えていた。元からそこには何もなかったかのように先にも”街”が続いていた。


 ガチャリと音を立てて家屋の扉が開く。中から出てきた小さな女の子が立ち尽くしている夕柊を見つけて嬉しそうに声を零した。


「あ、ゆうひおにいちゃんだ!」

 もつれそうになりながら足を動かして夕柊に近づくと、小さな腕を精一杯広げて夕柊の足に飛びつく。


 受け止めた夕柊は女の子の頭を優しく撫でた。その子のお尻からは二又の猫の尻尾が生えている。上げた顔にも猫のひげがあり、目は猫にように瞳孔が縦、大きい目の目尻が上がっている。


「ここは楽しい?」


「うん! みんなやさしくてね、あとあたらしいおにいちゃんもとってもおもしろいの! いっつも、まわりにひとがいっぱいなの」


 そう言い振り返った女の子の視線の先には、両手が鳥の翼の男性がいた。こちらに背を向けているが、彼を囲むように集まっている者らの顔は笑顔だ。きっと彼も笑顔なのだろう。むしろ笑わせようと面白い顔をしているのかもしれない。


「あの妖は……」

「あのね、『いつまで』って言っていたよ?」

「ああ、『以津真天(いつまで)』」


 『以津真天』は、人の顔、蛇の胴体、鳥の翼を持ち、「いつまで、いつまで」と悲しげな声で鳴く妖だ。


「とりさんのつばさは、ゆうひおにいちゃんとおそろいさんだね」


「そうだね」

 夕柊はもう一度女の子の頭を撫でる。次の瞬間、彼女の頭部二か所が小ぶりな山のように盛り上がり、そして猫の耳が生えた。


 一瞬夕柊の手は頭から離れるも、女の子に上目遣いで催促され再び撫でる。猫の耳は彼女の感情に沿うように少し外側を向いた。


「あれ? 夕柊くんじゃないか」

「本当だ、夕柊くん!」


 夕柊に気付いた者らが近づいてくるが、やはり容姿は人間ではなかった。

 足が蛇だったり、腕が複数あったり、頭から三本の角が生え反転目だったり。首が長い者や、体が半分透けている女性もいる。他にも、一つ目の少年、ふわふわと宙に浮かんでいる少女など、皆笑顔で夕柊を囲むように集う。


「夕柊兄、あのな――」

 夕柊ないし夕は笑みを浮かべて、彼ら彼女らの話に耳を傾けた。


 ふと、右側にかかる重力。夕柊の体はやや傾いた。右下に視線を送ると、木の枝の両腕で夕柊の着物をむんずと掴んでいる小さな男の子がいた。つぶらな瞳が夕柊を真っ直ぐと見上げている。


「……おいで」

 と、その男の子を抱き上げた夕柊。こどもらしくない固い抱き心地に、胸元に触れているカエデの葉のような手からは温度を感じない。


 『常庭の間』とは、半魂となった現世(うつしよ)人を隔離する異空間である。衣食住整っているここでは何不自由なく暮らすことができ、彼ら彼女らはここが異空間であることすら知らない。それは幸せなことか、はたまたそうではないのか、楽しくここで暮らしている様を見ているとどうしても前者に思えてならない。


 だが、彼ら彼女らは半魂になる前の記憶がなく、自らの容姿にも疑問を持たないほど下界と隔離されてしまっているのだ。


 夕柊は目を瞑り、男の子のなだらかな肩に顔を埋めた。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


夕柊以外の半魂が出てきましたね。彼らは人間と妖が混じり合った容姿をしています。

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