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空蝉物怪録   作者: 暮色 ―Boshoku―
第二章:神威学園入学 篇

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第二十九話 迷子のお知らせをいたします

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。


 「おかえり」

 神室(かむろ)を出た夕柊(ゆうひ)にかけられた声。

 扉の外、壁に寄りかかり笑みを携えた飛真(あすま)が片手を上げて声をかけたのだ。


 その傍らには同じように壁に寄りかかっている陽炎(かげろう)。白衣のポケットに入れられた両手、能面がつけられ見えない顔、微動さえしない様子から夕柊は陽炎が眠っているのではないかと思った。


「用はこれで済んだ?」

 姿勢そのままに声を発した陽炎。眠ってはいなかったようだ。


「あともう二つほど」

「あっそ。んじゃ、行くぞ」

 詳しくは聞かず壁から背を離した陽炎は歩き出した。後をついて行く夕柊と飛真。


 だが、つと足を止めると陽炎はくるりと体の向きを変え、夕柊らに向かって歩き出すと二人の後ろへと回って、あの一言。


「……やっぱお前前歩け」

「かっこわる」

「うっせ」

 本日二度目のやり取りだ。


「そうやって行き先も聞かずに歩き出すから」

 小さくため息をついて苦言を呈す夕柊。


 夕柊の隣を歩く飛真は腰を屈め彼に耳打ちをする。


「かっこつけたいお年頃なのかね?」

「まったくねぇ」


 顔を見合わせ共鳴する二人に、後ろから悪態をつく陽炎。


「お二人さんは僕を慮る気はさらさらないってか。ケッ」


 そんな陽炎が可愛いのか笑った飛真は、歩みを緩め隣に並ぶと自分より下に位置する肩に手を置いた。


「割り切れてきているみたいで、少し安心したよ『○○(※彼の本名)』」


「だから『陽炎』ですよ」

「『陽炎』ってその能面の名前でしょうに」

「この面をつけていたら僕も『陽炎』なんです」


 陽炎は自身の顔を隠す小面(こおもて)の能面に触れる。その面は、陽炎の体温か、はたまたその面自身の体温か、ほんのりと熱を持っていた。


「ふーん。それが能面を付けた保健室の先生ね。たしかに個性はある。私も初対面だったらもっと興味持っていただろうなぁ」


「面白がらないでくださいよ」

 目尻に皺を作って笑う飛真に能面の下から睨みを利かせる陽炎。


 ひとり前を歩いて二人の会話を聞いていた夕柊は足を止めて、歩いている陽炎が隣に並ぶと再び足を動かし始める。


 そして、首を軽く傾けて陽炎の顔ないし能面を覗いて言った。

「でも、これが保健室にいたら見物人で溢れかえりそう」


 白衣のポケットに手を入れなおした陽炎は夕柊を一瞥すると、やや沈みかけていた声の調子を元に戻して答える。


「せめて怪我とか体調不良でこい。……まあ、理想は誰も保健室に来ないことなんだけどな」


「早速理想崩れたね」

 夕柊は自分が保健室に運んでいった(かおる)を思い浮かべた。陽炎もさきほど運ばれてきた第一号を思い出し同意を示す。


「まったくだ。学生たるもの安心安全健全笑顔が一番。命を()けて命を懸ける者になるなんて、馬鹿馬鹿しい。そんなの学校じゃないだろ。……なーんて口では言ってみたものの、僕に変える権利も度胸もないんだけど」


 と、鼻を鳴らした陽炎に飛真は優しい笑みを浮かべる。一時期自分の下についていた頃を思い出し、そしてまたクスクスと笑いながら言葉をかけた。


「だから、今までなかった保健室の先生に新が選ばれたんだろうね。いきなり能面を付け始めた君が保健室に居たら面白そうって理由もあると思うけど」


「割合的に後者が大半じゃないですか、それ。……ま、いいさ。僕は裏でやりたい放題するんで」


「ふーん」

「なんです、その含みのある言い方」


 そう言い合いをしながらも、一行はひとつめの行き先に辿り着いたようだ。


 神宮城(じんぐうじょう)内の一角。装飾の凝った大きな両開きの扉の前には、門番のように二体の形代(かたしろ)が立っていた。


 引きずるほど裾の長い着物に、顔には印の刻まれた雑面(ぞうめん)、着物に負けないほど長い艶やかな黒髪。


 そのうちの一体が声を発した。

「生体スキャンを行います」


 機械音声ではなく生身のものの声帯から発せられている声。だがひどく平坦で、冷たくも感じる。そして、その声は形代が発したものではないようだ。刻まれた印にあらかじめ込められていた音声なのだろう。


「入室を許可します」

 スキャンらしい動作はひとつも見受けられなかったが完了したらしい。扉が自動で開いていく。


「行ってくる」

 一歩前に出て後ろを振り返った夕柊は二人に告げると、その扉に吸い込まれるように中へと入っていった。


「行ってらっしゃい」

 手を振る飛真と頷くのみの陽炎を残し、扉はまたも自動で閉まっていく。


(……最近、また増えたな)

 顔を俯かせる飛真。その顔はどこか悲しそうに微笑んでいた。


 そんな飛真に目を向けた陽炎だったが、空気を変えるように大きく手を上にあげて伸びをする。


「時間かかりそうだし、僕らも休憩しましょうよ。あいつに連れまわされて昼食食べそこなっているんですよね」


「奢れって?」

「可愛い部下の甘えは素直に受け止めておくもんですよ」


「〝元〟だけどね。こういう時だけ調子が良いんだから」

 そうして二人は神宮城内にある食堂へと向かっていった。



 夕柊の入っていった扉の横の壁に掛けられた札。そこに彫られていた文字は『空蝉物怪録 記録閲覧所』である。


 「こんにちは」

 中に入った夕柊は、すぐさま出迎えてくれるカウンターにいる形代に挨拶をする。


「お望みの人物名と”時”を木札にご記入ください」

 この形代のつけている雑面に刻まれた印に込められている音声が流れ、寸分の狂いもない決まった動作で夕柊に木札と筆を渡す。


 夕柊は慣れた手つきでそれぞれの項目に筆を走らせていった。”時”の項目には年月日の他に時間帯の記入欄も設けられている。時間帯は記入せず人物名と年月日を記入し、夕柊は形代に木札を渡した。


 形代はその木札を見つめる。内容の確認をしているのだ。


 空蝉物怪録の記録には、空蝉で生きるものたちのことが記録されている。だが、そのすべてを閲覧できるわけではないのだ。プライベートに関する記録、本人や遺族が閲覧を禁じた日時や事象は見ることができない。


「承りました。『参』の間へどうぞ」

 夕柊の提出した内容は禁止事項に抵触していなかったようだ。


「毎度どうもです」

 ペコリと頭を下げた夕柊は指定された箇所へと向かっていく。


 『空蝉物怪録 記録閲覧所』は宮殿の一角を占める広大な間だ。内部には小間(こま)が三十、大間(おおま)が十と閲覧できる区画がある。


 夕柊は『参』と大字で大きく刻印された扉に、同様に『参』と印字された札を差し込み口に入れた。すると、重厚な扉が回転するように開き、動く扉に合わせて中に彼が入ると半回転した扉は鈍い音を立てて閉じる。


 表では『参』と刻印されていたが、裏には一様に『閉』と刻印されている。使用中であることが明確になっており、(あまつさ)え錠がかかる。間同士は隣り合っているも内部に張られた防音結界により音が漏れることはない。ここでは思う存分記録の閲覧が行えるのだ。


 参の間に入った夕柊。正面に待ち構えていたのは閉じられた観音開きの扉のようなもの。そのものの前には一人掛けのソファーと横にはシンプルなサイドテーブル。飲食物の持ち込みも許可されているのだ。だが、夕柊は持ち込まない。なぜか。


 夕柊はソファーに座らず閉じられた扉の前に正座した。


 彼は毎回食い入るように記録を見るからだ。食べている暇も飲む暇もないほどに。


 その扉に見覚えがあるだろう。それは、『空蝉物怪録』とまったく同じ姿かたちをしているのだから。

観音扉がゆっくりと開かれ中から現れたのは鏡。吸い込まれてしまいそうなほど黒く、何も映ってはいない。だが、鏡なのだ。


 次の瞬間、鏡面が水面のように波を打った。次第に明るくなっていく鏡面。そして、徐々に何かが映されていく。記録という名の在りし日の映像だ。


 夕柊の淡い茶色の瞳に映る人影。それは振り向き、まるで鏡面を見つめる夕柊と目を合わせたかのようだった。



 「お世話様でした」

 といつも通りのお礼を述べ、『参』と印字された札をカウンターにいる形代に返し、夕柊は『空蝉物怪録 記録閲覧所』の間を後にした。


 ひとり廊下を進んでいく夕柊。途中で見知った顔とすれ違う。


「あ、かわいい子ちゃん。主、見なかった?」

 飛真の神使、『だいだらぼっち』の(みどり)だ。腰を屈めた彼は、新緑の瞳で夕柊を見つめる。


「探しているの?」

「そう、ちょっと記録管理室でトラブル的な?」


「俺いい方法あるよ。試す?」

「うん、試そう」

 意気投合しガッチリと腕を組み合わせた夕柊と碧。


 一度瞬きした夕柊は、背中から濡羽色(ぬればいろ)の二対の翼を生やして羽を左右から五枚ずつ、まとめて十枚を両手で持ち唱えた。


創式妖術(そうしきようじゅつ) 幻想具現(げんそうぐげん)千変万化之烏(せんぺんばんかのうば)変化(へんげ)――」



 空になった食器を前に手を合わせている陽炎。正面には右手で頬杖をついた飛真。彼の前に食器は置かれていない。


「……君、食べるのめちゃくちゃ遅いんだったっけね。忘れていたよ」

 頬杖をついたまま飛真はため息を零す。


ナプキンで口を拭くと、陽炎はすぐさま小面の能面を付け答えた。

「よく噛んで食べろ、と小さい頃からさんざ言われてきたんでね。一種の呪いとでも思ってくださいよ」

 

「何度席を立とうとしたことか」

 そしてもう一度吐き出される盛大なため息。


 飛真の前に食器がなかったのは彼が食べていないからではなく、とっくのとうに食べ終わり、暇を持て余して下膳まで行ったからなのだ。


「これじゃあむしろ柊のほうが私らを迎えに――」


――キーン

 飛真の声を遮るように鳴り響くハウリング。ふたりは咄嗟に耳を塞いだ。


『あー、あー』 

 籠りつつ広がる音。否、声。低くもなく高くもない、抑揚のない声。


「おいおい、嫌な予感が……」

「奇遇だね。私もだ」

 苦笑いで顔を見合わせた二人の予感は的中。


『迷子のお知らせをいたします』

 その一言を聞いて、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった飛真は食堂を飛び出す。慌てて下膳した陽炎も彼の後を追う。


『柄も色も忘れましたがとにかく着物と、その上に――え? あ、判明しました。白から深緑のグラデーションの着物とのこと。でー、羽織の色はなんだっけ? ――はい、こちらの色は忘れました。焼けた肌に優しい顔の35歳、斑鳩(いかるが) 飛真くんを探しています』


 宮殿内に響き渡る放送。


「あ、迷子の頭領様だ」

「おーい、焼けた肌に優しい顔の35歳迷子さんここいるよー」

「迷子みっけ!」


 声の出所まで駆けていく飛真だったが、その道中彼を見かけたものは押し並べて彼を面白がって『迷子』と呼んだ。


「迷子じゃないんだけどねー」

 さすがの優しい頭領の額にも青筋が浮かんでいる。


「やらかしてくれますねー、あいつ」

 飛真に追いついた陽炎が他人事のように笑って言った。そんな陽炎にキッと睨みを利かせる飛真。


『見つけた方は至急、碧くんの元までお連れください。――えー、じゃあ、ここでいい? ”庭常(とこにわ)の間”前までお連れください』


 走る二人に降り注ぐ雑な迷子放送。


 奴がいるであろう『空蝉物怪録 記録閲覧所』に向かっていた二人はその場で切り返し、『庭常の間』へと進路変更をしてまた駆け出す。



「またぞろやっておるのう」

「騒がしいったらないぜ」

「今回の被害者は飛真ですか」


 神室にも迷子放送は届いていたのでした。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


タイトルでもある『空蝉物怪録』。

『空蝉』は御影の創り出したこの世界のこと。

『物怪』は思いがけないこと。意外なこと。

つまり、『空蝉』で起きた『物怪』なことを記『録』するもの、という意味です。

解説をここまで引き延ばしてしまい申し訳ないです。ここまで辛抱強く読んでくださった方には感謝の言葉もありません。


引き続き、『空蝉物怪録』をよろしくお願いいたします。

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