第二十八話 からくり
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
数時間前にも足を踏み入れた神室。だが、別の空間と見紛うほど内装に変化が起きていた。
壁紙や床や天井の紋様、丸窓、電灯、御影の座るデスクなどに変化はないのだが、部屋の中央に置かれた低めのテーブルに、一度腰を沈めてしまえば立つことが億劫になりそうな二人掛けのソファーと一人掛けのソファー、その下に敷かれた絨毯、花瓶の置かれた棚や本棚など、家具らが追加されていたのだ。
「して、どうだった?」
そう言いつつ御影は目線で天戯に指示を送る。受け取った彼は夕柊に近づくと、中央の二人掛けのソファーに腰を掛けるよう促した。
促されるまま座った夕柊の前に置かれる茶托と湯呑み、そして栗饅頭と羊羹の乗った漆器の銘々皿。用意したのは天司だ。
デスクから立ち上がった御影は、
「好きにお食べ」
と言いながら夕柊同様二人掛けのソファーへ腰を掛けた。
「……窮屈なんだけど」
だが、向かいのソファーではなくなぜか夕柊の隣に座ったのだ。
「いいじゃない」
「いくない」
夕柊は御影の体を両手で押し、向かいのソファーに座るように追い出す。
渋々向かいのソファーに座ったが、「懐がさびしぃのぅ」と袖を目元に当て泣き真似をする御影。
そんな神様には目もくれず「いただきます」と手を合わせた夕柊は、菓子切りを手に取り羊羹を一口大に切ると突き刺して口に運んだ。
「美味しいですか?」
「うん」
柔らかな声で味を聞く天司に顔を向けて頷いた夕柊。
ふふっ、と笑った天司の雑面に隠れている顔もさぞ優しく微笑んでいることだろう。
「で、どうなのよ?」
御影の腰かけるソファーの後ろに立った天司と天戯。天戯が話を戻すように夕柊に尋ねた。
「ビンゴ、だね」
口の中にあった羊羹を嚥下し答えた夕柊。
「ほう?」
組んだ足の上で頬杖をついた御影は楽しそうに声を漏らす。
菓子切りを置いた夕柊は、口元に袖に隠れた両手を持ってきて上がる口角を隠した。伏せられた左右で色の異なる長いまつ毛は、まるで人形のよう。
「初羽の中にいたよ、回し者」
やおら開いたブロンドと淡い茶色の瞳が真っ直ぐに、御影の金色の瞳を見つめる。
「そいつの名前は■■■」
一度流れた沈黙ののち、頬杖をやめた御影がため息を吐き出した。
「あの子か。あやつのやり口は大方予想ついていたが、のう、あの子が」
そう呟いて、御影はもう一度盛大なため息を吐き出した。
「特定に至った要因は?」天司が問う。
「俺が自己紹介で綸と兄妹って言った時に反応を示さなかった」
「ほう。柊と綸は容姿が似ておらん。反応を示さなかったということは、事前に知っておったということ、か」
夕柊の言葉を受け理解を示す御影。
「だが、それだけじゃ弱いだろう?」
腰に左手を当てた天戯が先を促す。
「うん。だから、試した」
一度瞬きをした夕柊は手を下から掬い上げるように動かし、口を開く。
「初見の、それに突然の重力操作にもかかわらず、最適な受け身を取っていた」
「重力操作に最適とされる受け身は、現世に数ある武道の受け身どれとも異なる。おお、これもおぬしのことを事前に知っておらんとできないことよのう」
御影の補足に頷いて同意を示す夕柊。
「でも厄介なのが……」
手をソファーの上に戻し言葉を止めた夕柊に続けるように、
「あの二人ですね」と天司が言葉にする。
「柊の目にはどう映った?」
足を組みかえ首を傾けた御影。だが、その顔には笑みの面影すらない。光を孕む、射抜くような金色の瞳に、夕柊は無意識に唾を飲み込んでいた。
「……確実に奴の息がかかっている、ね。でも自覚はないと思う」
小さく息を吐き出した夕柊は淡々とそう述べる。抑揚のない声と感情の浮かばない顔が助長させていた。
おもむろに菓子切りを手に取って再び羊羹に向き合った彼は、重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように残りの羊羹を口の前に持ってくる。
「先生があえてここで戦ってみせたのも、みかちゃんたちに直接見せるためだし」
そう言い、一口で羊羹を口の中に収めた。要領ギリギリだったそれを両頬にため込み必死に咀嚼している姿に、御影の相好が崩れていく。
「ほぉ、即興授業にそのような意図があったとはのう」
口に手を当て笑いながら御影はすっとぼけた。
夕柊は音を鳴らして羊羹を嚥下すると、桜の柄があしらわれた湯呑みを右手で持ち、左手を底面に添えて口に運ぶ。
湯吞みを置くと息を吐き出し、言葉を返した。
「惚けちゃって。みかちゃんもそれがわかっていたから、部屋に何も置いていなかったんでしょう?」
首をこてんと傾けた夕柊。
「ああ。具体的なことは何も知らなんだがな」
御影も同じようにこてんと首を傾けた。
否、逆である。御影のこの癖が夕柊のルーツなのだ。相手を見下しているように受け取られなくもないこの首を傾げる動作。神に育てられたが故の弊害とでも言っておこうか。
「おお、あれじゃ、天啓というやつ」
「要するに『感』でしょう?」
「要するに『感』だろう?」
御影の言い草に、同じ言葉を同時に発した聖神使二人は顔を見合わせる。
二人が言うように『神への天啓』、それ即ちただの『感』なのだ。天啓は神からのお告げ、なのだから。
「差し当たり、惨事になる前にあの子の排除を考えねばな。場合によっては……」
真向いからの視線を受け言葉途中で止めた御影。
「……わしとの契約の破棄、器の破壊、記憶処理で留めておこう」
「ありがとう」
僅かに胸を撫で下ろし感謝を述べる夕柊。
「いや、わしこそ早計であった。ただの操り人形の可能性も捨てきれん。何しろあやつ――ぬらりひょんの能力は『洗脳』だ」
流れる沈黙が、より目下の敵の存在の影を強める。
「まじであんたとんでもないもんを生み出してくれたよな」
やれやれと肩を竦めるは天戯。瞑られた目は狐のように吊り上がっている。
「さればとて、人間が『物怪』といった架空の存在を作りおったんでな。やつら、ただの自然現象を『物怪』のせいにしおって。よしんば魔が差したにせよ、おもしろうに創りたくなるにきまっておろう!」
肩越しに振り返り、御影は天戯に不満を漏らした。
彼は「はいはい」と受け流している。
「なにが『ぬらりひょんとは、勝手に家に入り込み、自分があたかも家主であるように振舞う物怪である。故に家主は別人のように豹変しているのだが、周囲の人間はどういうわけか気付かない』だ。ただ、変わりよった家主を認めたくなんだ、物怪をあてがったのだろう?」
腕を組んで珍しく憤慨している御影。
「そんな存在を地上に生み出してしまったのは?」
上半身を前に傾け、ソファーに座る御影の顔を覗き込んで問いかける天司。
口をつぐんだ御影はがくんと項垂れると、
「……わしだ。相すまぬ」
と、自らの罪を認めた。
神の威厳はどこへいったのやら。
「ごちそうさまでした」
手を合わせた夕柊。彼の前の銘々皿と湯吞みから奇麗に中身が消えている。目の前で繰り広げられたコントは、栗饅頭を平らげ暖かい緑茶で口を潤すには充分であった。
「そろそろ俺は戻るね」
立ち上がった夕柊は御影に告げる。
「手間をかけさせてすまんな」
眉を下げて笑みを見せた御影に、夕柊は僅かに目を細めて応えた。
「しょうがないよ。だって、空蝉にいなかった人間の情報は『空蝉物怪録』には記録されていないんだから」
「ふむ。肩の荷が下りる思いじゃ。また、いつでもこい」
やんわりと振られた手に袖ごと手を振り返した夕柊。そんな彼の歩みに合わせて自ら開いていく扉。彼が神室から出ると、扉は反対に動き出し彼らを隔つ。
仄かにぬくもりが薄れていく神室で御影は呟いた。
「……あやつはあえて現世人を自らの懐に引き入れ、こちらに一切の情報を与えず学園に潜り込ませた。知能があって嫌になるのう。……元来わしは物怪ないし妖をそのようには作っておらんぞ」
その声は時々掠れ、垣間見えた弱々しさ。
「……ええ」の天司の言葉の後に、
「わかっていますよ」
「わかってんよ」
と二人の聖神使の声はまたしても同時に同じ言葉を紡いだ。
「ありがとう」
お礼を述べた御影は、自らの両肩に置かれた温度のないそれぞれの手の上に自分の手を重ねる。
ひんやりとした冷たさが、彼らの中に心臓がないことを御影に痛感させたのだった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
よろしければ、リアクションや評価、ブックマークで応援してください。励みになります!
黒幕の正体が徐々に現れてきました。
そして、回し者とは……
神様『御影』のことが気になった方は、ぜひ短編のほうの『空蝉物怪録 ~ひとりになった神様のお話~』を読んでみてください。




