第二十七話 くいしんぼう
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
「かくかくしかじか……ってことで、一緒に来て」
武道場を追い出された夕柊はなぜか保健室に足を運び、保健室の主――陽炎と対面していた。
「いや、なんもわからん」
夕柊の言い分に怪訝な声を出す陽炎。能面で表情は見えないが、さぞかし声相応の顔をしていることだろう。
「かくかくしかじかって言ったじゃん」
「本当に『かくかくしかじか』って言うやつがあるか」
夕柊は端的に説明したわけではなく、ただ口から『かくかくしかじか』と発しただけなのだ。だもん陽炎に伝わるわけがない。
「で、なぜに僕?」
大きなため息をつき左手で頬杖をついた陽炎。
「一番暇そうだから」
「あっ、そう」
だが陽炎は動かない。
「……え、行ってくれないの?」
「僕にだって拒否権はある」
「却下します」
「床に寝そべって駄々でもこねてやろうか?」
夕柊は袖に隠れた右手を口元に持ってきて首をこてんと傾げると呟いた。
「……あなた、本当は10歳くらいなんじゃない?」
「言うに事欠いて中途半端な歳を選んでくれたこと」
頬杖をやめて肩を竦めた陽炎。
「それじゃあ、僕と面白い話をしよう」
ゴソゴソとデスクの下の大きな段ボールをまさぐった陽炎は、大きさの違う赤色の箱を二つ取り出した。
「ここに大小ふたつの箱が───」
「こっち。はい、変えて」
陽炎の説明を聞く前に、口元に持ってきていた右手でそのまま大きい方の赤い箱をさした夕柊。だが受け取らず、次の動作を待っているようだ。
「……は?」
陽炎から呆けた声が漏れる。
「ほら、ほら」
と、陽炎に催促するは指パッチン。
「……ケッ。可愛くねぇ」
状況を理解し悪態をついた陽炎は左手で頬杖をつきながら唱えた。
「創式妖術 幻想具現『味変化』」
陽炎の右手を包む煙。霧散すると、その右手には指を覆う黒のハーフグローブがつけられていた。
――パチンッ
陽炎がグローブに覆われた指を鳴らすと、大きい箱と小さい箱両方のコインチョコの味が変化していく。
陽炎の創式妖術 幻想具現『味変化』は、グローブで覆われた指を鳴らすと対象のものの味を変化させることができるというもの。
戦いではなく私利私欲に全振りした、極稀な創式妖術の使い手である。
「はいよ」
味の変わったコインチョコが20枚入った大きい箱を夕柊に渡した陽炎。
「わーい」と喜んでいるのかわかり兼ねる抑揚のない声と変わらない表情で受け取った夕柊は、箱を小脇に抱えて陽炎の右手を見やる。
「なにさ」
「うむ。おしゃれしたいお年頃ってやつ?」
創式妖術で生み出された、手をすべて覆わないハーフグローブを見た夕柊の見解だ。
「単に妖力が足りなかったんだよ。こんな中途半端な位置で長さが止まるとは僕も思わなかったんでね」
「満更でもなさそうだけど」
「だって、似合っちゃっているし?」
そう言い首を傾けた陽炎。能面の隙間からサラリと髪が流れた。
夕柊は陽炎の全身を眺める。顔には能面、着物の上に白衣、手にはハーフグローブ。アンバランスこの上ないファッションだ。わずかに引きつる夕柊の頬。
(ちょっと夕くん、バトンタッチ)
唐突に脳内に語り掛けた夕柊は、彼の中にいるもう一つの魂――夕に体の操作権を渡した。
(え、ちょっと……!)
突然渡された操作権に戸惑いつつも、臨機応変に対応すべく夕は陽炎に笑みを浮かべて同意を示した。
「……ん、ま、そうね」
ただ、その笑みは夕にしては珍しく控えめだ。
「うっわ、あからさまに気を遣われたんだけど」
無表情な夕柊が浮かべた笑みに、陽炎も声を引きつらせた。
(ほら、もういいでしょう?)
(うん、ありがとう)
夕柊へと戻された体の操作権。魂の共鳴で夕の苦笑いは夕柊にも伝わっていたのだった。
「よし」と、グローブを消し、立ち上がった陽炎は体を上に伸ばす。陽炎の背はあまり高くない。声も相まって中性的だ。
「とりあえずお前のおもりをすればいいわけね?」
「おもりって、ちいさなこどもとかに使う言葉なんだよ。知らないの?」
「お前をちいさなこどもみたいだって皮肉ってんの。わからないの?」
鋭い言葉が飛び交うもお互いダメージは入っていないもよう。
白衣の襟を正した陽炎は、両ポケットに手を入れ歩き出した。
「いいから行くぞ」
「はーい」
夕柊は陽炎の後をついて行く。
「……やっぱお前前歩け」
「かっこわる」
「うっせ。行き先を知らないもんでね。お前がなにも教えてくれなかったもんでねぇ」
腕を組んで頭を傾けて睨みつける(能面で表情は見えないが)陽炎を華麗にスルーしている夕柊は、学び舎のどん詰まりにある祠――社さんへと向かっていった。
歩きながら脳内で夕に語りかける夕柊。
(眠っていたの? ここ最近でてこなかったから)
(そうだね。これからも多くなると思う)
(もっと出てきてもいいのに)
(今は君の体なんだから僕に気を使う必要はないんだよ。それに、僕は眠るのが好きだから)
(……そっか。ありがとう)
夕柊は自分の胸に手を当てお礼を述べる。ほんのりと温度を増した胸は、まるで夕の魂が呼応したかのように彼には感じられたのだった。
社さんに乗り込み彼らが向かった先は、
「行き先『神宮城』」
今朝ぶりの天空の宮殿だ。
「おや?」
宮殿に入ってきた夕柊らを見て、柱から顔を覗かせた褐色肌の男性が呟いた。その手の中には溢れんばかりの紙の束。彼の顔を隠すほどに積みあがっている。
「おやおや?」
男性の後ろから同じく顔を覗かせた、深緑の髪と瞳の長身の男性も同じように呟いた。彼の手の中には対照的になにもない。
顔を見合わせた二人は夕柊らへと近づいていく。
「なにか御用かな? かわいい子ちゃん」
長身の男性が手を振りながら夕柊に声をかけた。
「碧くんだ。じゃあ、アーズーもいる?」
碧という名の長身の男性に小走りで近づいていった夕柊。
「いるよー」と声を発した褐色肌の男性。紙の束の重さがかかっているため滑らかな歩行は困難らしく、碧とは距離が離れてしまっていた。
「アーズーだ」
その男性を見つけた夕柊は碧の元から離れ、彼の元まで駆けていく。心なしか嬉しそうだ。
何も言わず夕柊の後を追っていく陽炎。その後ろには碧もいた。
顔の前まで積み重なった資料の後ろから顔を覗かせ声をかける男性。
「お遣いかい? 柊」
全体が白髪で、後ろに流された前髪に混じる大地のような茶の地毛。深緑の瞳に焼けた肌。陸斗と同じく、斑鳩一族の一人だ。
名を『斑鳩 飛真』(35)。神恵子として神宮城の頭領を務めている。
「……そうとも言える」
躊躇いを見せつつ夕柊は答えた。
「追い出されたくせに」
すかさず指摘する陽炎。事情は知らなくとも、当然保健室にまでギャラルホルンの角笛の音は届いていた。そんなことをしでかすのはあいつしかいないだろう、と踏んでいたため、自身の元に彼が来た時、吟丸から追い出されたことは容易に想像がついていたのだ。
「おやおやおや、君もいたかね」
「げ」
夕柊の後ろにいた陽炎を、わざとらしく見つけたふりをする飛真。白衣に小面の能面をつけている人物が目を惹かないわけがないだろうに。
「はいはい、僕はおまけですよ」
白衣のポケットに手を入れたまま悪態をつく陽炎にクスリと笑った飛真は、自身の手にあった資料をそのまま陽炎の前に突き出した。
「おまけなら、これ、よろしくね。場所はわかるでしょう?」
「ケッ。人使いが荒い」
「上司の頼み事は素直に聞いておくものだよ」
「〝元〟ですけどね」
盛大なため息をつきながらもポケットから手を出した陽炎は、彼から資料を受け取る。が、想像していたよりも重かったことに加え、頭半個分飛真より背が低い陽炎の頭上を滑り落ちるように雪崩れていく資料たち。
一歩下がってバランスを取ろうとした陽炎の頭が何かにぶつかる。
「せーふ」
碧の胸だ。ついでに緑の手は滑り落ちた資料をも押さえていた。
「碧。その子の付き添い頼むよ」
「はいよー」
朗らかに返事した碧は陽炎から資料を半分以上受け取ると、「こっちにおいで」と歩き出す。
「ありがとう、ございます」と、小さな声でお礼を述べた陽炎は、素直に彼の後ろをついて行った。
『碧』。彼は飛真の神使である。妖は『だいだらぼっち』。
「さ、私らも行こうか。用は御影様に、でしょう?」
新緑の目を細めて彼は笑う。褐色の焼けた肌に長い下まつ毛が優しさを象徴し頭領らしさを希釈するが、歩くたびに靡く羽織と伸びた背筋、時々彼の元へ来る部下への端的でいて的確な指示出しが上に立つ者たらしめていた。
「学園はどう?」
歩きながら顔を夕柊に向けて尋ねる飛真。
「天井貼り付けとギャラルホルンでもう先生に二回も叱られた」
「うん、よくわからないけど、一日一回はやらかしている換算でいいのかな?」
「そうなっちゃうね」
「ほどほどにって言いたいところだけど、自由気ままなところが君らしくもあるからなぁ」
「そうなのよ」
「あ、認めちゃったねー」
「先生には内緒だよ? よ?」
袖に隠れた両手を口元に持ってきて声を潜めた夕柊に、飛真は思わず笑いを零す。
――コン、コン、コン
「はーいー」
絢爛豪華な扉を飛真が三度叩くと中から返事が聞こえ、すぐさま扉は自ら開いていった。
「失礼します。飛真です。柊を連れてきました」
慣れたように丁寧に頭を下げる飛真に釣られて夕柊も頭を下げたが、「しなくてよくない?」と我に返り頭を上げる。
「ご苦労。下がってよいぞ」
椅子に座りデスクに組んだ手を置いていた神様――御影は、飛真に笑みを向け労いの言葉をかけた。
「了」と口にして神室から出た飛真を隔てるように閉じていく扉。
残された夕柊を含め、神室には御影、天司、天戯の四人。
デスクの上で組んでいた手を解き、右手で頬杖をついた御影は妖艶に笑って口を開いた。
「存外早く送り出されたのう、吟丸に」
僅かに口角を上げた夕柊は、
「まあね」
と、答えると御影の元へと歩みを進めていく。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
いましたね。面白い『創式妖術』を使う人。私利私欲に全振りした使い方、嫌いではないです。




