第二十六話 終末の到来?
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
「すみません、戻りました」
武道場へと駆けこむ馨。皆の視線が集まった。結界を壊す実践は終わったようで、今は集まって説明を聞いているようだった。
「もう大丈夫?」
手を後ろで組んだまま尋ねる吟丸。
「はい(時間的に四時間目あたり。一時間ちょっと気を失っていたのか。ただでさえ開いている差にこの遅れ。どうにかして取り戻さないと)」
馨は大きく頷き、現状を把握するとともに焦りを露にした。
「そんなに気負わない」
馨の険しい顔を見て朗らかに言った吟丸。馨は強張っていた肩の力を抜いて頷いた。
「よし。馨が合流したことだし、次へと行こうか。器に妖力を取り込んだ者の使える『妖術』については理解できたね?」
「はい! 神使契約した妖の能力の行使のこと!」
吟丸の問いかけに手をあげて元気に答えた恒心。
「そう。そして、神恵子となった今、君たちに使える妖術ができました。二つほどね。そのうちのひとつがこれ」
吟丸は懐から折込小刀を取り出すと、左の着物の袖を捲って腕を出した。そして、真っ白な腕に勢いよく小刀を走らせる。あふれた鮮血は彼の腕を流れ、床へと滴った。
「「「ひっ!」」」
と、数人から上がる悲鳴。
痛さを感じていないのか、笑みを浮かべたまま吟丸は説明を始めた。
「ここにまあまあの傷があります。一日やそこらでは治らない傷だね。あ、あと血も止まらないね」
その一言に、馨、綸、恒心の顔からサッと血の気が引いていく。
「でも、大丈夫」
吟丸は血の止まらない左腕の傷に右手をかざして唱えた。
「『加密列之箱庭』」
すると、彼の左腕が光を発し、みるみると傷が治って――
「……あれ? ちょっと深く切りすぎちゃったかな?」
傷がある程度塞がった段階で光が消えた。血はまだ止まっていなく滴っている。
「なんか、クラクラしてきたかも……」
段々と吟丸の顔からも血の気が引いてきた。だが、まだ彼の顔に浮かんでいる笑み。それが余計怖さを演出していた。
ふと、吟丸の左腕が下から誰かの手に支えられる。
「先生ってば、これ得意じゃないのにかっこつけるから」
夕柊だ。長い袖から右手を出すと、吟丸の左腕の傷にかざす。そして唱えた。
「『加密列之箱庭』」
再び光り出した彼の左腕。今度こそ傷はみるみる塞がっていき、元の奇麗な白い肌へと戻る。おまけに血の気の引いていた顔にも赤みが戻っていた。
「はい。次は俺に任せてよ」
吟丸の左腕から手を離し呟いた夕柊。
「うん、ありがとう」
吟丸は夕柊の頭に手を置いて、柔らかなブロンドの髪を撫でる。
自主的に離れた夕柊にもう一度笑みを向けた後、初羽の子たちへと向き直り吟丸は平然と告げた。
「このように神恵子であれば誰にでも使える治癒を施す妖術。だが、治る範囲や程度は器内にある妖力の量と比例する。放出するのではなく、怪我の部位に器から妖力を送って自己修復を図るものだから。つまり、僕は苦手だ」
彼の言わんとしていることが皆に伝わる。
「でも、なんだか今日は行けそうだなぁ、って毎回挑戦しちゃうんだよね。まあ、今日のように治らないんだけど。だから良かったね、今回は柊がいてくれて。例年であれば血を流したままの僕の授業を受けていたところだよ」
と、治った左腕を皆に見せつつ笑った吟丸。
「「「(……いや、こえーよ)」」」
その状況を想像し、初羽の子たちは戦慄した。
そんな彼らをよそに授業は進んでいく。
「柊。次、あれお願い」
「ん」
吟丸の指示に袖に隠れたままの右手を額に持ってきて了承の意を示した夕柊は、背中から濡羽色の大きな二対の翼を生やした。次いで自身の翼から烏の羽を一枚抜く。
「創式妖術 幻想具現『千変万化之烏羽』変化『ピロピロ笛』」
彼がそう唱えると、羽が煙を出して『ピロピロ笛』へと形を変えた。
「わあ!」
恒心が反応を示す。彼は毎回リアクションを取ってくれるのだ。アクションを起こした者にとっては有り難いことこの上ないだろう。
「なぜにピロピロ笛?」
ボソリと呟いた馨。
だが、夕柊はその声を聞き逃さなかった。翼をはためかせ馨の死角から背後に回り込む。そして、ピロピロ笛を馨の後頭部めがけて勢いよく吹いた。
――プピー
伸びた笛の先は的にヒット。
「いたっ」
痛くはなかったが、予想だにしない軽い打撃に咄嗟に口に出た言葉。
振り向かずとも誰がやったかは明白。タイミングを図るように後ろに振り向き手を伸ばしたが、すでにそこに彼の姿はない。
が次の瞬間、今度は音とともに馨の額にピロピロ笛攻撃が放たれた。
「うっ」
馨は驚いて声を上げる。
夕柊は馨が背後に腕を伸ばすことをわかっていたため、また死角を縫って今度は上に移動していた。そして、当てが外れたことによる一瞬の隙に、彼は馨の頭上から覗き込むように額に追撃を行ったのである。
「……っな!」
額を抑え悔しがる馨を煽るように、空中で笛を鳴らしている夕柊。に手を伸ばす馨。だが届く気配はない。
そんな二人をよそに、吟丸は解説を始める。
「と、まあ、これが二つ目。創造神の恵みを受けたからこそできる妖術。『創式妖術 幻想具現』。その名の通り、イメージしたものを具現化させる能力だ。だが、ここでひとつ注意点。この妖術は神の能力の代行行使に等しい。消耗する妖力は比ではない。だから自分との相談をしっかりと行う必要がある」
「誰もが使えるわけではないということね」
「その点においてはノーコメントといこうか。ここですべて僕が話してしまうと皆の挑戦と失敗、そして成長の機会を奪いかねないからね」
乃々子の見解に肯定も否定もせず答えた吟丸。
「そして、創式妖術で作ることのできるものは生涯でひとつのみ。その場のノリではなく、自分に合っているものなのかよく吟味して作るように」
武道場の入り口、学び舎へと指を差して彼は続けた。
「イメージが湧かなければ見せてもらうといいよ。上級生や先生にも面白い『創式妖術』の使い手がいてね。ここには自発的に学ぼうとする子を撥ねつける人はいない。大いに学び、大いに励みなさい」
「「「はい!」」」
彼らは声を揃えて返事をした。
「だったらもっとおおきいのにしてやる」
いまだ馨と言い合いをしていた夕柊は不穏な言葉を口にすると、自身の翼から羽を五枚取るとまとめて右手で持つ。
「創式妖術 幻想具現『千変万化之烏羽』変化『ギャラルホルン』」
彼の唱えに合わせ、羽が煙を出して大きな角笛へと形を変えた。その角笛を両手で持ち、大きく口を開けて空気中の息を吸いこんでいく。
「あ、ばかっ――」
空中で浮かんでいる夕柊に手を伸ばし必死に止めようとした馨だったが、その甲斐なく空気が溜まった口元に角笛は吸い寄せられるように運ばれた。
――ブオーン
直後、武道場を震わせたのは、地底深くから登り上がるような鋭い音。
その音は武道場を抜け学び舎まで到達していた。教室にいた生徒はいきなりの轟音に咄嗟に耳を塞ぐ。
「……なんだ? 終末の到来か?」
二学年――『真羽』の教室で教科書片手にチョークを握っていた暖が、角笛の音を聞いて淡々と呟いた。
「ラグナロク?」
同様に、三学年――『優羽』の教室にいた北斎もその場で窓の外、武道場へと視線を送って首を傾げつつも平然と呟く。
一方武道場では、近くで鳴り響いた轟音に目を回した初羽の子たちが、床に座り込んだり倒れ込んだりしていた。
事前に察知できていた馨は耳を塞いでいたおかげで辛うじて立っていられたが、そののち腰を抜かしたのかその場にしりもちをつく。
翼をはためかせ床に降り立った夕柊。馨の隣に立った彼は両手に持つ角笛を眺めながらけろりと言った。
「あちゃー、音量調節間違えた」
その背後に漂う気配。バッと振り向いた馨は目にしてしまった。笑顔を浮かべ、一歩、また一歩と近づいてくる恐ろしい影を。
馨の口から漏れた短い悲鳴。
その影の存在に、どうやら夕柊は気が付いていないようだ。
音もたてず自分らに近づいてくる影にガタガタと震え出す馨。
ギャラルホルンを胸に抱えた当の本人は、首をこてんと傾けてお気楽に呟いた。
「ま、いっか」
間近に迫った影は目標へと拳骨を落とす。そして――
「よくない!」
雷を落としたのだった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
加密列は「カモミール」の漢字表記です。
カモミールの花言葉は、逆境に耐える、あなたを癒す、清楚、仲直り、です。素敵ですね。
紹介し忘れました、第二十話で出てきます『鏡草之鳥居』の『鏡草』はカタバミの別称になります。
花言葉は、喜び、輝く心、母のやさしさ、です。こちらも素敵ですね。




