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第二十五話 保健室の能面先生

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。



 「創式妖術(そうしきようじゅつ) 幻想具現(げんそうぐげん)千変万化之烏羽(せんぺんばんかのうば)変化(へんげ)『ガラスカッター』」

 夕柊(ゆうひ)は自分の翼から烏の羽を一枚取り唱える。その羽は煙を出して『ガラスカッター』へと変わり彼の手に収まった。


 ガラスカッターを手に、夕柊は(かおる)の入っている結界に刃を滑らせる。床からアーチ形ドアのように切り込みを入れ、終わるとその部分に蹴りをいれた。切り込み線に沿うように外れた結界の一部は中に倒れるも、馨に当たる前に霧散するように消える。


 翼を仕舞い、ドア状に切り抜かれた結界をくぐって馨に近づいた夕柊。そしてしゃがみ、うつ伏せで倒れている彼の顔を覗き込む。


「おーい、おーい」


「……体が、動かない……」

 意識は辛うじてあるようだ。


 苦笑いで近づいてきた吟丸(うたまる)は、馨に張った結界に触れ解除しつつ告げた。

「今ので器内の妖力を使い切っちゃったみたいだね」


「あは……こんなんで妖力なくなるとか、器小さすぎでしょ……」

 そう言い残し、馨はガクンと気を失った。


「あ、気失った。おーい、おーい?」

 夕柊は彼の頬をペチペチと叩いて声をかける。だが反応はない。


「王子ー?」

 いつの間に近くに来ていたのか、トトも馨の頬を叩いて意識確認をした。もちろん反応はない。


「こりゃダメっすね」

「ですな」

 顔を見合わせて頷き合う二人。


(しゅ)、馨を保健室に連れていってくれる?」


「ん、いいよ」

 頼みを快く引き受けた夕柊は、馨を脇に抱きかかえる。


「よい、しょ。……おも」


 持つ方が体の小さな夕柊、持たれる方が長身の馨。見ているほうが冷や冷やとするほどのアンバランスさ。馨のつま先は床についており引きずられているようなもの。


「一人で行ける?」

「よゆー」


 心配で声をかけたトトだったが、夕柊は左手で彼にサムズアップを見せ保健室に向かっていった。だが、袖に手が隠れているためトトには夕柊がただ手をあげたようにしか見えていない。


 ヨロヨロと渡り廊下を進んでいく夕柊。とうとう馨を抱えている右側に傾き彼ごと倒れてしまった。


「……重い。……あっ」

 床に座り込み不満げに呟いた夕柊だったが、なにか思いついたようだ。


――ズリ、ズリ


「あー、らくらく」

 夕柊は持ち方を変えた。それが先程に比べるとだいぶ楽なようだ。その方法が、馨の足首を後ろ手に持ち引きずるというもの。


 彼の後頭部が犠牲にならないことを祈る。



「……うっ……」

 目を覚ました馨。


「起きたか」

 そんな馨を確認するように、声をかけた人物は彼の顔を上から覗き込んだ。


「……ぎゃああああ!!」

 覗いてきた顔を見て飛び起きた馨は悲鳴を上げ、ベッドから降りて床に尻もちをつくとそのまま勢いよく後退る。


「な、な……こわっ!」

 そして声を上げた。


「そんな反応されると傷つくんだけど」

 その人物はデスクの椅子に座りなおし、足を組んでため息をついた。


「だって能面って! 目を開けてそれが居たら誰だって驚きますから!」

 馨はその人物の顔を指さして叫ぶ。


 能面。そう、入学式で司会を務めていた、着物の上から白衣を羽織り、能面を付けたあの人物だ。


「僕はこれが通常なんだよ」

 能面の人物は足を組んだまま左手で頬杖をついてそう主張する。


「……そうなんですね、すみません」


「いいさ。よく怖いって言われているから自覚あるし。自重しないだけで」


「そう、なんですか(……能面で面白がってそうだな、この人)」

 開き直っているその人物に、馨は苦笑いを零した。


「……ところでここは?」

 促された丸椅子に座りながら尋ねる馨。


「保健室。僕は保健室の先生だ。『陽炎(かげろう)』とでも呼んでくれ」


 中性的な体つきと声。髪は全体的に白く、右側にまとまって黒髪が残っている。なにより印象的なのが、小面(こおもて)の能面。


 名を『陽炎』(25)。


「わかりました。……ところで、俺はどうやってここに来たんですか?」


 記憶を辿っていく馨。

(たしか、妖力放出の練習をしていて……あ)


 自分が倒れたことを思い出し、馨は両手で顔を覆った。恥ずかしくて居た堪れなくなっている。


 まあまあ、と馨を宥めつつ陽炎は答えた。

「夕柊が引きずって運んできたさ」


「夕柊が? ……その夕柊は?」

「授業に戻るって飛んでいったが」


「そっか。まだ授業中……。あ、俺ここにいるのまずくないですか?」

「まずいな。基礎中の基礎を学ぶ頃だろうし」


「俺も戻らないと!」

 音を立てて丸椅子から立ち上がろうとした馨の肩に手を置き、もう一度強制的に座らせ引き止めた陽炎。その右手にはいつのまにか指を覆う黒のハーフグローブがつけられていた。


「まあ待て。僕と面白い話をしようじゃないか」


 肩を抑えつける力に対抗できないと察した馨は、素直に丸椅子に座る。


 ゴソゴソとデスクの下の大きな段ボールをまさぐった陽炎は、大きさの違う赤色の箱を二つ取り出した。蓋が付いていて中身は見えない。


「ここに大小ふたつの箱があります。大きい箱にはコインチョコが20枚。小さい箱にはコインチョコが10枚あります。那珂町(なかまち)はどっちを選ぶ?」


 蓋を開けるとそれぞれを左右の手の乗せ、馨の前に突き出した陽炎。


 馨は箱の中を覗き込んだ。

(箱の内部もパッケージも、コインチョコひとつひとつの大きさも同じ。違うのはその数)


「……値段は? 製造元とか」

 思考ののち、馨は問うた。


「数以外すべて同じ」


「でしたら大きい箱ですね」

 馨は迷わず大きい箱を指さした。頷いた陽炎はその大きい箱を馨に手渡す。


「うん。僕もそうするし大抵がそうするな。じゃあ……こうしたら?」


――パチンッ

 グローブで覆われた右手の指を鳴らした陽炎。


 すると、箱の中身に変化が現れた。


「……あ、大きい箱は同じ味のままだけど、小さい箱の方は味が変化した」


 小さい箱に入っていた十枚のコインチョコはミルクの他に、ホワイト、ブラック、ストロベリー、グリーンティー等、味とパッケージの色が変化したのだ。


 馨から大きい箱を受け取り、再び選ばせる陽炎。

「さあ、どっちを選ぶ?」


「……だったら、小さい箱かも」

 即決とまではいかなかったが迷いはなく、今度は小さい箱を指す。


「僕もだ。アソートの方がいい」

 頷いた陽炎は両方の箱をデスクに置き、組んだ膝の上に両手を乗せると話し出した。


「『器』にも同じことが言える。いくら大きくても中身がつまらないとそれまで。逆に小さくても中身が充実していたら、それは人を惹きつける。要は量より質だ」


――トン

 馨の胸の中心に左の人差し指を当てた陽炎は、柔らかくした声で言う。


「『器』が小さいならその内容で戦え。考えて試して変えて、『器』を最大限に活かせ」


「……はいっ!」

 膝の上に置いていた拳を握り締め、目を瞑って返事をした馨。


 陽炎は「ふっ」と笑い声を零すと、馨の右肩に励ますように手を置いた。


「そのチョコやるよ」

 立ち上がった陽炎は、小さい箱に蓋を付けると馨に差し出す。


「いいんですか? 先生もアソートの方がいいんじゃ……?」


「前途ある若者に譲るさ」

「……ありがとうございます! では、失礼しました」

 手本のように頭を下げた馨は笑顔を浮かべて保健室を後にした。


「はいよー」

 と、手を振って馨を見送る陽炎。


 彼の足音が遠ざかっていくのを確認すると、陽炎は椅子に座りデスクに左手で頬杖をつく。


「若いっていーね。単純で操りやすい」

 そう言うと、パチンッ、ともう一度右手の指を鳴らして、残った大きい箱の中身をアソートへ変化させた。


 そのうちのひとつ、クリーム色のパッケージ、ホワイトチョコへと味が変わったコインチョコを取り出すと、フィルムを外して口に放り込む。


「あー、ホワイトチョコうま、うま。やっぱ量と質、両方大事だよな」



 武道場へと向かう渡り廊下を歩きながら、馨は陽炎からもらった箱を眺めていた。


「(いい先生だったな。アソートの方のチョコもくれたし――)……ん?」


 違和感を抱き、つと足を止めた馨。箱を見つめるとその正体に気付いてしまった。


「……ハッ! 騙されたー!!」

 気付いた頃には、時すでに遅し。


「味を変化させたのあの人じゃん。だったら20枚の方も味変えられるじゃんか!……負けた、はぁ……」


 その場で項垂れた馨。

 だが、その胸には悔しさより小さな炎のほうが強く残っていた。


――トンッ

 陽炎にされたように自分の胸の中心に指を当てた馨は呟く。


「『器』が小さいなら中身で勝負、か。やれるだけやってみようかな」


 顔を上げ、馨は武道場へと駆けだした。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


やっと登場です。能面先生。

入学式で学園長である天司に生意気な態度をとっていた者ですね。

なかなかにユニークなキャラですよ。

今後とも登場しますので、どうぞ良しなに。

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