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第二十二話 元凶

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。



 「ふむ。(かおる)、おぬしが最後か」


「……は、はい」


 一目でわかる緊張具合に、御影(みかげ)は安心させるように彼の肩に手を置いた。ゆっくりと深呼吸をした馨は御影の手の上に自分の手を重ねる。


 初羽(ういば)の子たちも最後である彼の変化に興味津々だ。


 御影が目を瞑り光り出す馨の体。刻まれて、そして吸収される神紋。


「終わったぞ」

 その声に馨はまつ毛を瞬かせ目を開いた。


「「「……」」」

 彼の前に契約した子たちまであった皆の反応がない。途端に不安に襲われる馨。


「変わったのどこだろう」

「見えへんなぁ」

 コソコソと聞こえてくる声が余計に不安を募らせた。


「心配なぞいらん。おぬしもちゃんと『神恵子』じゃ」


 彼の心を解かすような柔らかな声。視線を合わせると、御影は目を細め馨の顔へと手を伸ばした。突然のことで目を瞑ってしまった馨。だが何をされるでもなく、ふわりと甘く心が落ち着くような香りがしただけであった。


 目を開ければ、目の前には着物の袖。香りの源はここのようだ。御影の手は馨の前髪へ伸ばされていた。


「ここに現れておる」

 どうやら御影が触っている前髪の部分に変化があったようだ。だが、前髪故に自分では確認できない。


 スッと前に出された鏡。察した夕柊(ゆうひ)が御影の机をまさぐり見つけた鏡を馨に向けたのだ。


 離れた御影の手により隠れていた前髪が鏡に映る。前髪に交じった白髪。たしかに変化は起きていた。だが、馨は喜ぶに喜べない。


 吟丸ほど少なくはないが、これを変化が起きたと言ってもいいか不安になるほど少量であったのだ。手に白いペンキが付いていることを忘れて指で前髪を直し、ちょっとペンキが付着しちゃった、程度なのだ。


(先生は気に病むことないって言っていたし、実際恵みが少ない先生は強かったから落ち込むことはまだ性急なんだろうけど、でも……)


 馨は自分の前に契約した(いと)を思い出す。彼女はクラス一番の恵みの授かり者だった。髪のほとんどが白くなり、元の色素の薄い茶色の髪はメッシュのように左右に一束ずつ残っているのみ。


 他にも一族では(みお)乃々子(ののこ)。元現世人では文哉(ふみや)(つづる)。地毛より白髪の割合が多いクラスメイトが多かったのだ。


 ダメ押しで、馨の次に少ないとされる恒心(こうしん)ですら、五分の一は白髪に変化していた。馨の心が折れかける要因は揃っていたのだ。


 綸を見て呟かれた天司(てんし)の一言。

「これは、豊作ですね」


 馨は期待に応えられなかった不甲斐なさと、そんな自分が恥ずかしくて居た堪れなかった。気付かれないように慌てて俯く。


――チョン、チョン

 と、背中に感じる感触。誰かが指で彼の背をつついたのだ。


 馨は顔を俯かせたまま確認する。視界に映るひよこのような柔らかな毛。見慣れた脳天に彼は顔をしかめた。この結果を一番見せたくない相手だったからだ。


 夕柊と対等でいたいと思っていた馨。だが、彼は強い。実力面でも精神面でも。だから自分が隣で少しでも支えになれたらと思っていた。しかしこの結果。顕在化した明確な差。


(……なにが支えたいだ。これじゃあ足手まといになるだけだろ……)


 この場から逃げ出したい衝動に駆られる。


「馨」

 彼に名を呼ばれ、馨は体を無意識に身構えた。どんな言葉も聞きたくない。耳を塞いでしまいたい。


 声を潜めるために袖に隠れた右手を口元に持ってきて夕柊は言う。


「俺さ、実は反対だと思っていてね」


「……は?」

 その突拍子もない言葉に、馨の口から情けない声が漏れた。


「だってさ、見てよ。あの強い先生がたった一本なんだよ。おかしくない?」


「え? それは吟丸先生がすごいだけで……」


「そうともとれる。でも、俺の考えは、こう。神の恵みは足りない分を補うためのもの」


「……それって……」

 期待してしまう言葉。『お前はすごいから恵みが少ないんだ』。頬が自ずと緩みかける。


「つまり、みんな平等」

 だが、返ってきた言葉は期待していたものではなかった。


「……っあはははは!」

 呆気にとられた馨だったが、腹を抱えて突然笑い出す。期待した言葉ではなかった。だが、彼らしい言葉。誰も傷つけない優しさ溢れた言葉。


 突然笑い出した馨に夕柊も仄かに目を細める。


 この会話が聞こえていなかった他の初羽の子たちは状況が呑み込めず困惑していた。だが、吟丸はじめ夕柊を幼い頃から知っているものは、頬を綻ばせ子どもの成長を喜ぶ親のような眼差しを向けている。


「だからさ、馨が証明してよ。俺の説が正しいことを」


 口を両手で隠した夕柊は言う。そして馨と目を合わせてわずかに顔を変化させた。いたずらっ子のような顔。彼には珍しい表情変化に、馨も同じようにいたずらっ子然とした笑みを浮かべた。


(ああ、やっぱりお前は俺を乗せるのがうまいな)


「任せろ」

 馨が空蝉でやるべきことが一つ増えた。彼と――夕柊との二つ目の誓い。



 全員が神との契約を終え一段落した頃、天司が口を開いた。


「神の恵みを受けたあなた方は『神恵子(かみえのこ)』としてこれから前線で妖怪と戦うようになります。死の恐怖は常に付きまとうでしょう」


 天司に続くように御影が尋ねる。

「誰が為に力を奮うてくれるかい?」


「「「はい!」」」

 初羽の子たちは声を揃えて答えた。


「感謝を述べよう。ありがとう、そしてすまない」


 と、頭を下げた御影と聖神使(せいしんし)二人に、戸惑う彼ら。


「な、なぜ神様が謝るんですか! 頭を上げてください!」


 手を胸の前で振り慌てながら困惑を前面に出している陸斗(りくと)


「そうにもいかなくてのう」

 息を吐き出した御影は大胆に椅子に座った。そして、両手で頬杖をつき大きくため息。


「この方は過去の自分が為した悪行の尻拭いを自らしている最中なのです」


 御影に負けず大きなため息をついた天司が言う。ため息によって雑面(ぞうめん)は揺れたが、やはり顔は見えない。


「正確には、おぬしらに尻拭いさせておるのだがな」


 天司の言い分を訂正する御影。頬杖をつきながら「あははー」とごまかし笑いをした。


「かっるいなぁ、あの神様。あはは」

「シーッ、聞こえちゃうでしょ……!」

 そんな神を見て軽口を叩くトトに、馨は口の前に人差し指を持ってきて焦りながら小声で注意をする。


「尻拭いとは具体的になんですか?」

 と、問う乃々子。


「人ならざるものの淘汰だ」

 答えたのは天戯(あまぎ)


「創造神の力を『恵み』としてこどもたちに分け与え、自身の代わりにあなた方を戦わせております」


 続けて天司。


「言い方に悪意が見えるぞ。わしだってちゃんと仕事をしておる」


 御影は頬杖をついた状態で頬を膨らませて、二人に不服を申し立てる。


「なにをですか?」

「なにをだよ?」


「結界を張って逃げられないようにしておろう?」


「……けっかい?」首を傾げた焚。


「ああ。すべての妖が日本に留まるよう結界を張っておるのよ。『鏡草之鳥居(かたばみのとりい)』でな」


「……範囲は?」

 無意識に馨の口から出た疑問。


「日本全土。おぬしらもよく知っておろう? 『鎖国』だ」


 先程覚えた引っ掛かりが馨の脳内でつながっていく。勇成(ゆうせい)の声と共に。


(その① 『鎖国宣言をした者』

 今から約二百年前、ある国に侵略されそうになった日本を救ったのはたった5秒の音声だった。名前、人数、顔も誰も見たことなく、その実態は不明。実在するかもわからない。だが、一夜にして侵略に関わっていたものが殲滅されたという功績のみが残っているのだ)


 以下、馨と御影&聖神使のやり取りだ。(時々、周囲の反応あり)


「……と、いうことは『日本七不思議』その①『鎖国を宣言した者』って……」


「わしだ。正確にはわしが立てた組織『黎明(れいめい)』が、だがな」


「某国の侵略というのは?」


「半分(まこと)、半分(いつわり)といったところかのう?」


「日本から離れた妖たちが隣の国の人間まで『朽篭(くろう)』にしてしまいましたので、侵略を装い日本に呼び寄せ、悪事を働いた妖の一斉掃討を行ったのです」


「なら鎖国って自作自演なんですか?」


「平たく言えばそうでしょうね」


「再発防止として日本内に妖を留めておくための手段は結界が最適。だがそのまま言っても信じてもらえないだろう、ということで苦し紛れ、というかあれは強行だな。まあ、一番違和感なくできるのが『鎖国』だったというわけだ」


「うわぁ、教科書には載っていない裏の事情ですね」

 口を押さえて綸は呟く。


「俺そう言うの好きー!」と、文哉。

「僕もー!」と、恒心。


「鎖国……、結界……」

 現世で解明されていない不思議な現象として語られていた事実が明るみになっていく。馨の脳内の勇成がまた語り出した。


(その④ 『透明な壁』

 海外への飛行機は飛んでいない。ある者は考えた。空がダメなら海を行こう。船を買って海を渡った。だが、ついぞ辿り着くことはなかった。その者は語った『まるで透明な壁があったようだ』と)


「じゃ、じゃあ その④『透明な壁』は……」


「わしが張った結界の効果で外に出られなくなっているからかのう?」


(その⑦ 『鎖国国家 日本』

 鎖国がされてから今日まで、日本が侵攻されたことはない。日本という小さな国に攻め入ろうとした国はあっただろう。だが、実際になにかに閉ざされているかのように何者の侵入も許さないのだ)


「その⑦『鎖国国家 日本』の元を辿れば?」


「わしの張った結界に誰も入ることができないからだ」


 考え込む馨。

(妖を倒すことが尻拭い。それって……)


(その⑤ 『人ならざるもの』

 そのもの、長い手足を持つ。そのもの、目が無数にある。そのもの、奇妙な言葉を話す。それは実在する生物か、はたまた幻か)


 違ってほしいと願いながら馨は問うた。

「……妖を作ったのも?」


「わし!」

 頬杖をしていた両手を体の横でパッと開き、あっけらかんと認める御影。


「「「(あんたなのかい!!)」」」

 初羽の総意である。


「はぁ。悪いな、こんなのが神で」

 頭に手を当て天戯は項垂れた。


「こんな、とは失礼なやつめ。次ぬかしおったら、おぬしのこと消しかねんぞ」


「シャレになんねぇよ……。とまあ、こんなでも『創造神』。力が強大すぎて、こいつが動けば日本が滅亡しかねないんでな」


「ええ。ですので、力を分け与えて皆さんに動いてもらっております」


(なるほど。この世界について理解ができてきたな)


 馨はここで得た情報を頭の中で整理しつつ、何を考えているかよくわからない夕柊に視線を送った。


「……なぜ妖なんていう『人ならざるもの』を作ったのですか?」


 あれ以降口を開いていなかった(つづる)が御影に問う。


 再び両手を顔に持ってきて頬杖をついた御影は首を傾げた。


「ふむ。なぜだったかのう?」


「では、なぜ人ならざるものの世界『隠世(かくりよ)』があるのに空蝉に妖が溢れているのですか?」


 綴に続いて(らい)が問う。ここに来た目的を來はしっかりと覚えていた。


「今は稼働させておらんからな」


「なにゆえ?」と恒心。


「……なんとなく?」

「この神適当だな!」

 その適当さに思わず突っ込んでしまった陸斗。隣では馨が口を開きかけていた。陸斗が突っ込まなければ彼が突っ込んでいたことだろう。


「……あ、いや。不躾言ってすみません……」

 陸斗は失言に即座に謝罪を口にした。


「いいですよ。私が許可します」

「俺も許す」

 だが、返ってきたのはお叱りの言葉ではなく、なぜか聖神使による許可。


「……のう、聖神使たるおぬしらが主人を蔑ろにするとは如何なものよ」


 頬杖を右手のみにして不満を露にした御影。


「みかちゃんが神らしくなったら?」

 夕柊の一言に御影の背筋が伸びる。そして項垂れ小さな声で呟いた。


「うっ。ごもっともだ……」


「「「(あ、ちゃんと自覚はあるんだ)」」」

 初羽の総意である。


(にしても、『日本七不思議』が空蝉とここまで関係があったなんて。その②『神隠し』もある妖の仕業らしいし、その他の その③『死因のない死体』、その⑥『死に誘われる踏切』も関係があったりして。……もしかして、この『日本七不思議』たるものを作ったのも……。いやいや、考えすぎ、考えすぎ)


 馨は頭を振って邪推を払い落とした。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


馨は頭のよく回る子です。いらんところまで考えてしまうのが玉に瑕。

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