第二十一話 神との契約
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
ほどなくして、結界内が静かになった。
「……なん、でっ……」
「一発も、当たらない……」
肩で息をして膝をついている綴に來。方や手を後ろで組んで立っている吟丸。結果は目に見えていた。
「息が上がっている二人に対して、吟丸先生は余裕!?」
この状況を見て陸斗が声を上げる。
「……いや、それだけじゃないでしょ。先生、目をずっと瞑っていたんだけど?」
腕を組んでわずかに顔をひきつらせたトトが指摘した。
「「「……っっ……」」」
その言葉に、綴と來含めて初羽の子たちが息を呑む。
「まだ勝負は終わっていないよ。だが――」
興奮している彼らをよそに淡々と告げた吟丸。途中で言葉を切ると二人を見つめた。
『まだ終わっていない』その言葉に自身を鼓舞し動き出そうとした二人だったが、
――ガクン
「……っ……」
「……体が……」
動き出そうとした体は言うことを聞かずその場にくずおれた。
「もう立てないと思うけどね」
吟丸が先程途中で切った言葉の続きを呟く。儚げで美しい笑みを添えて。
顔を見合わせ頷き合った綴と來は声を合わせて宣言をした。
「「……参りました」」
御影が再び手を掲げて『解除』と唱える。結界は上から下がるように消えていく。この戦いの幕が下ろされた。
「ごめんね。怪我はない?」
動けずにいる二人に近づき、膝を付けて様子を伺う吟丸。
「怪我はありません、ただ体が言うことを聞かないだけで……」
綴は隣の來に視線を送りながら答えた。
「暫くしたら動けるようになるから大丈夫だよ」
平気そうな二人の様子を見て吟丸は立ち上がる。そして振り返り、初羽の子たちの顔を見渡した。
「このように器の大きさと強さは直結しない。派手ではなくとも十分に渡り合うことは可能だ」
「でも、先生『妖術』使ってなくない?」
首を傾げて問うトト。その言葉に「うんうん」と皆が頷く。彼らの目にはただの肉弾戦に見えたことだろう。
「たしかに『妖術』は使っていないね。でも、『妖力』は使っていたよ。こことここにね」
「耳と指先?」
吟丸の指さしを真似して恒心が呟いた。
「視覚情報をシャットアウトして聴覚情報に集中する。そこに妖力を流すことで刺激を与え、より音を拾えるようにしたんだ」
「音だけでも生物の形は見えるんだよ。服の擦れる音、息遣い、心音、筋肉の伸縮、血管に血液が流れる音、弱っている体の部位、全部聞こえて、見える。感知したいちばん脆いところに触れて微力な『妖力』を流すことで、脳からの伝達を切った。一時麻痺させたようなものだね」
「……事実は小説よりも奇なり」
吟丸の説明を聞いて呟いた丈。
(わっ、喋った!)
唐突に発せられた彼の声に、隣にいた陸斗と市露は目を丸くする。
「でも、地味だね。妖力?妖術?って難しい」
恒心は眉をしかめて首を傾げた。
「うん。この二つは混同してしまいがちだよね。『妖術』とは、神使契約を結んだ妖の能力の行使。その元となるものが『妖力』」
「そうだ、乃々子。『閉鎖領域』を展開してもらえる?」
「……わかりました。『閉鎖領域』」
突然の指名に驚くも、素直に頷いた乃々子は唱えて閉鎖領域を展開させた。一瞬にして彼女がいなくなる。
「うわ! 乃々子ちゃんがいなくなった!」
恒心は初めて見たようで、彼女がいた場所を体を横に動かして確認する。その動きに合わせて揺れるポニーテールと二の腕に巻かれた襷。だが、謎は深まったようで首を傾げた。
「『閉鎖領域』。術者を中心に展開される結界だ。この中にいるものは外から視認及び聴取されなくなる、というもの。解いていいよ」
領域の中で頷いた乃々子は閉鎖領域を解除する。突然姿を現した彼女にこれまた恒心が驚く。
「このように、領域の中では外の音は聞こえる。もちろん外の状況も見えている」
吟丸の指示が乃々子に届いていたことからも見受けられるだろう。
「いきなり『閉鎖領域』って、あっちいったりこっちいったりするな」
と、頭を押さえて困り顔で零す陸斗に吟丸が笑う。
「そうだね。だが、おおいに関係あるんだ、これが。実は『閉鎖領域』って妖術じゃないんだよ」
「「「……え!?」」」
と声を上げた一族の子たち。丈は顔だけで表現している。
「『閉鎖領域』は妖力を形として顕現しているものでね。よく思い出してごらん。まだ神使契約をしていない、『神恵子』でもない君たちが使えるものなんだから」
「「「……あ」」」
一族の子たちは自ずと声を漏らし、口を開く。こちらも丈は顔だけで表現だ。
「僕がさっきやったことも同じこと。妖力を微弱な電気に形をかえて体内に流す。ね、関係あるでしょう?」
吟丸に向けられた視線に陸斗は二度頷き納得を示した。
「『妖術』は魅力的だ。だが、戦う術は妖術だけではない。しっかり覚えておくように」
「「「はい!」」」
と声を揃えた初羽の子たち。幾人かの目が輝いていた。
吟丸の実践込みの授業は成功に終わったのである。
「ははっ……(恐ろしいなこの先生)」
あまりの凄さに乾いた笑いを零さずにはいられなかったトト。
「吟丸先生、すごい!」
「さすが基礎のクラス『初羽』の先生やなぁ」
「もっと教えて!」
吟丸を囲むように集まった初羽の子たち。なんとも素敵な光景だ。
だが、忘れてはいけない。ここは神室。神のいる最も格式高い部屋だ。そこで現在授業及び実践が行われていたという事実を。
「立てるかい?」
いまだ膝をついていた綴と來に手を差し伸べる吟丸。二人は素直にその手に自分の手を乗せる。彼らの手を引き自分に寄せた際、吟丸は彼らに耳打ちした。
「君たちの拳や足には妖力が纏わせてあった。相手への威力は増し、自分へのダメージは軽減。……そんな使い方、どこで習った」
はじめは穏やかだった声が、最後には地を這うような威圧を伴っていた。綴と來は目を見開いて息を呑む。來の首から背にかけて冷汗が流れ落ちた。
耳元から顔を離し、二人を立たせた吟丸は打って変わって優しく告げる。
「その使い方は体に大きな負担がかかる。もうしないようにね」
「「……はい」」
二人は早鐘を打つ鼓動を鎮めながら返事をした。
「さあ、本題に戻ろうか」
落ち着いた頃を見計らって御影が声をかける。
「え? なんだっけ」
と、首を傾げたのは恒心。
その言葉を聞いて頬杖から顔がずり落ちる御影。
「……おぬしらはここに何しに来た?」
御影は頬杖をし直し眉をしかめて不満げに零した。
「……何しに?」
考えたのち思いつかず隣にいる文哉へと視線を向けた恒心。
「『ということで、本人に聞いてみようか』とここへ連れてこられたな」
彼の視線を受け、文哉は『』内の言葉を吟丸の真似をしながら答えた。これがなかなか似ている。
「吟丸くん、此度のおぬしはなんだか適当やしないか?」
初羽の子たちに向けていた視線を吟丸に向け、御影は呆れ笑いをしながら指摘をした。
「やですねぇ、いつも通りですよ」
向けられた指摘をはね飛ばすようなにこやかな笑顔を浮かべる吟丸。だが、視線は御影に向いていない。
「然る方に問題大有りさよ」
そんな彼に御影は大きなため息をつく。そして、椅子から立ち上がると吟丸の隣へ並び初羽の子たちの前に自分の手を差し出した。
「『契約』だろうて。そら、手の甲を出せ。一人ずつ契約を結ぶぞ」
切り込み隊長はやはりこの男。目を輝かせた恒心が前に出て御影に手の甲を見せる。
契約が始まる前に忠告を口にする吟丸。
「もう一度言うよ。たとえ白髪の割合が少なくとも弱いということではないからね。だから悲観しなくて大丈夫。そして逆も然り。白髪の割合が多いことは自慢にはならない。誇示をするなんて以ての外だ。強さの証明は戦って証明しなさい」
初羽の子たちは、頷いたり、返事をしたり、と各々反応を示した。
恒心へ視線を落とし、彼の手を下から掬い上げるように取った御影は、おもむろに目を閉じる。
すると光り出す恒心の体。だがそれは一瞬で、
「終わったぞ」
と、御影の手は離れた。
目をパチクリさせ御影を見上げる恒心。御影に視線で促され手の甲を見る。彼の手の甲には、龍の爪を模した円形の神紋が刻まれていた。
「かっこいい!」
目を輝かせ自分の手の甲を見つめる恒心。だが、その神紋は皮膚に吸収されていくように消えていく。
「消えちゃった……」
と、寂しそうに呟いた恒心の頭に御影の手が乗せられた。
「そういうものでな、すまぬ」
御影は眉を下げ笑み謝る。恒心は勢いよく首を横に振って「大丈夫」の意を示した。
「お、おい。それ……」
恒心を指さしながら言い淀んだ文哉。
後ろに振り返り首を傾げた恒心。彼の動きに合わせて揺れたポニーテール、その中に先程まではなかった白髪が一束混じっていた。
指摘され自分のポニーテールを手に取った恒心の目が開く。
「……ぼ、僕、老けちゃった……」
「ちげーよ!」
「ちゃう、ちゃう」
「ちがう、ちがう!」
目を潤ませた恒心に、陸斗、市露、文哉がすかさず突っ込んだ。
「先生の言っていたことを思い出しなさい。あなたはもう神の恵みを受けて『神恵子』になったのよ」
腰に右手を当てた乃々子が補足をする。吟丸も頷いて同意を示した。
「恒心。喜べ。一部神になったぞ」
袖に隠れた両手を上にあげ喜びを表現した夕柊。もちろん、表情も声色も伴っていない。だが、恒心は嬉しそうに頬を染めて体を震わせると、夕柊に駆け寄り一緒に体を揺らし跳んで喜んだ。
「それ、どんどん行こうか」
顔を綻ばせた御影に、初羽の子たちは次々と手の甲を差し出していく。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
ここら辺は、独自の世界観てんこ盛りですね。




