第二十話 勝手に神前授業
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
――パンッ
と、手を打ち合わせた神は爽やかに告げる。
「わしが神だ」
二度目の紹介である。
が、初羽の子たちの顔を見渡した御影の顔が僅かに曇った。
「ほう、向けられる視線が冷たいのう」
「いえ、気のせいです」
代表して恒心が答えた。だが、その声はひどく平坦。あからさまなお世辞だ。
「うぅ、わし神なんにぃ」
「さもありなん」
天司に声で縋りついたが跳ねのけられる御影。神の威厳はどこへいったのやら。
そんな神らしからぬ神の姿を見て、ますます彼らの顔から温度が消えていく。
「うちの”神”が、見苦しいところをお見せいたしました」
”神”という単語を強調して謝罪を口にした天司。初羽の子たちにはなぜだか『うちの”ばか”』と聞こえるという錯覚が起きたとかなんとか……。
「改めまして、私は『天司』。創造神『御影』様の補佐を務めております『聖神使』です」
「右に同じ『天戯』だ」
『聖神使』。それは神使の中でも上位に当たるもの。神に直接使える神使である。位は神の次、吟丸ら人間より上だ。
「え? 学園長って人間じゃなかったんすね」
と疑問を口にしたのは文哉。
「ええ。妖ですよ。人間に変化することのできる」
雑面がかけられているため、彼が今妖の姿なのか、人間の姿なのか、判別することはできない。
「俺は『天狐』だ」
一方天戯は爽やかに髪をかきあげると、煙を出しながら狐の姿へと戻った。白く美しい毛並みの四尾の狐だ。
「狐だ! かっこいい!」と上がる感嘆の声。
そして、また煙を出して人間の姿へ変化すると目を瞑って笑った。きゅっと吊り上がった目が狐そのもの。だがきつい印象はなく、柔らかさも持ち合わせていた。
「ごほんっ」と、わざとらしい咳をして自分へと視線を向けさせた御影。
「つまるところ、わしと契約をしに来たのだろう? そら、ひとりずつ手の甲を出してみよ」
先程の醜態はなかったことにしたように、神々しいオーラを醸し出して彼は手を差し出すよう促す。
「「けいやく?」」
声を揃えて呟いた恒心と焚。
「そうだよ。じゃあ説明していこうか」
答えたのは吟丸。そして、彼による授業が始まった。
「ここ『神室』なんだが」
困惑気味に呟いた御影。だが、吟丸はお構いなく続けた。
「前提に場を弁えず授業を始める教師がどうかしておるが、受け入れているあやつらも大概よのう」
と、御影はため息。
「ええ。ですね」
「あんたに威厳がないからだろ」
「……。天司、そやつをちょいと黙らせておけ」
応えた天司が指を動かすと、彼の袖口からひらりと紙が舞い天戯の口へ張り付いた。人型のような形をしているその紙は、式神だ。
自身の口に付いた式神を剥がそうともがいている天戯に、その様を見て愉悦に浸っている御影。程よいところで式神を外そうと考えている天司。
神室は賑やかだ。
「へぇ。つまりこういうことですね」
吟丸の即興授業を要約する恒心。
「一般人である僕たちは否応なく学園入学だけど、『一族』は二分化される。
まず、入学希望者募集 → 御前試合。そして『及第者』と『残留者』に選別。入学を希望しない一族の人間も『残留者』に含まれる。
『及第者』 『残留者』
↓ ↓
神と契約 自主練習
↓ ↓
『神恵子』 当主承認
↓ ↓
神使契約 神使契約
てな感じか」
恒心のわかりやすい説明に吟丸は笑顔で数度頷いた。
「じゃあ『神恵子』って?」
手をあげて尋ねたのは文哉。
「名の示す通り『神の恵みを受けた子』だよ。効果としては、身体能力の向上。ざっと常人の5、6倍くらいかな? それから、若さを保てたり、寿命が伸びたり」
「わぁお」と恒心。
「そして、神の名を借りた浄化行為が行える。これもいずれ覚えてもらうからね」
『浄化行為』と聞いて、馨と綸の脳裏に一昨日の光景が浮かぶ。校舎にまとわりついた黒い靄――『穢れ』、護符に血に印、詠唱。そして、瞬く間に護符に吸い込まれていった黒い靄。
いずれ自分たちも行うことになる。恐れか武者震いか、馨の体に震えが走った。
「ここまでは潜在的なもの。次は顕在的なものを話そう。現世から来た子に聞こうか。自分を空蝉に入れてくれた人、関わった人に共通する身体的特徴は何かなかった?」
吟丸に向けられた視線に、眼鏡のブリッジを押し付けながら思考する馨。
(目に映る身体的特徴……。関わった空蝉の人は、夕柊、玄葉さん、槐さん、それから吟丸先生。その四人の共通しているところ? 夕柊は除外してもよさそうだな)
「……髪が白い?」
可憐で小さな声。答えたのは綸だった。
「うん、よく気が付いたね、綸」
吟丸は綸に賛辞を送る。
「そう。神の恵みを受けた子は髪が白髪になる。そして、ここからがポイント。穢れなき純白は神の色。髪が白くなった状態、それは一部神と化しているということ。恵みによってね」
「マジ?」と文哉。
「まじだよ。でも個人差があるんだ。受けられる恵みの量は同じではないということ。白髪の割合が人によって違うのはそこに起因するね。そして恵みの量は器と直結している。つまり、器の大きさ=白髪の割合=恵みの量、と言うことだ」
手ぶりを合わせ、吟丸はわかりやすく説明をしていく。
「器の大きさが違うと何か違うんですか?」
と尋ねたのは馨。
「取り込める『妖力』の量が異なるんだ。器が大きければより多くの妖力が取りこめ、妖力はそのまま『妖術』に変換できる。即ち妖力があればそれだけ妖術に使うことが可能ということ」
「なるほどー。器が大きい=妖術が沢山使える、ということでもあるのか」
と、再び恒心。
「数や威力にも応用が効くからね。だが、器が大きい=強い、というわけでもないから勘違いしないように」
「はいはい。器はどうして大きさが違うんですか? 才能とか?」
と、またまた恒心。
「その人の素質によるみたいだよ。素質はもう生まれつきのものだからはっきり言っちゃうけど、器の大きさは運だね」
頷きながら聞いていた市露の視界にふらふらした頭が入る。焚だ。その細く小さな背中に手を添え、腰をかがめた市露は問いかけた。
「焚、ここまでの授業わかった?」
「あたまグルグル」
「やろうな。後で一緒に復習しようか」
「ふくしゅうって何?」
「今習たことをもう一度勉強すること」
焚は市露の顔を見上げて頷く。彼も笑顔を向け返すとその頭を優しく撫でた。
「……そうだなぁ。言葉で言うより実際に見せたほうがイメージが湧くかな?」
そう言い、吟丸は髪を縛っていた組紐をほどいた。たらし団子が崩れ、彼の肩に艶やかな黒髪が落ちる。
「見ての通り僕は髪が黒い。だが『神恵子』だ。恵みも受けている。僕の髪の変化はたった1本。……見つけた、これだ」
黒髪を手で流したった一本の白髪を見つけ出すと、彼は初羽の子たちに見せた。
「……ということは……」
「そう。僕の『器』はとても小さい」
陸斗の言葉を続けるように吟丸は答える。
髪を組紐で結いなおしながら、吟丸は静かに後方で話を聞いていた二人に視線を送った。
「綴、來。君たちには師匠がいたよね? 妖術を使うものとの戦い方はある程度学んでいるんじゃないかな?」
「……はい」と答えた綴と、無言で頷いた來。
「よし、僕と勝負をしよう。勝てたら君たちは飛び級で一番上のクラス『優羽』にいかせてあげよう」
髪を結い終わった吟丸は後ろで手を組んで二人に提案する。
「「……っ!!」」
吟丸の挑発とも取れるその言葉に目を見開いた綴と來。
「早く卒業したい君たちにとって美味しい話でしょう?」
「いいんですか? 先生が思っているより、俺たち手強いと思いますけど」
顎を引き吟丸を見つめる綴。
「そのようだね」
「……負けてもその言葉、取り消さないでくださいね」
來は綴の隣で吟丸を睨みつけた。
「もちろん」
そんな二人をものともせず、彼はいつも通りの穏やかな顔と声で微笑んだ。
「皆さん、危ないのでこちらに来てください」
天司の呼びかけに、吟丸、綴、來を残して初羽の子たちが集まる。
見るからに高級そうな椅子に座っていた御影が立ち上がり、手を軽く掲げ唱えた。
「『鏡草之鳥居』」
すると、吟丸ら三人を閉じ込めるように現れた半球型の結界。
「入るもの拒み、去るもの拒む結界です」
再び椅子に座った御影に変わり天司が説明をする。
この結界の説明にどこか引っ掛かりを覚えた馨だったが、目の前で起ころうとしている戦いに意識がもっていかれた。
「すみません、ありがとうございます」
振り返り御影にお礼を述べた吟丸。
「好きにおやり」
御影は手を振ってにこやかに返した。懐の深い神だ。
「遠慮はしないので」
その言葉と同時に綴は床を蹴った。
一瞬にして吟丸との距離を詰める。振りかぶった右拳。だが、吟丸はその動きを読んでいたかのように躱し、伸ばされた右腕の内側の関節に手を当てた。
距離を取った綴だったが、その背後には來が潜んでいた。畳みかけるように吟丸に蹴りをけしかける。だが、それもなんなく躱され、伸ばされた膝の裏を手ではじかれた。
後ろに飛んで距離を取る二人。
「……す、すごい」
激しい攻防に澪が小さく声を漏らした。慌てて口当ての上から手で押さえる。
「やんなぁ」
だが近くの市露には聞こえていたようで、彼は澪の肩に手を置いて同意を示した。傾いた頭の後ろから簪の先に付いた折り鶴が、ひょこりと顔を覗かせた。
澪は恥ずかしそうに顔を俯かせつつ頷き返す。
「ねぇ」と、長い袖で隠れた両手を口に持ってきて天司に声をかけた夕柊。彼の口元に耳を寄せるために天司は腰をかがめる。
「止めなくてよかったの?」
そう囁いた夕柊。あのぶりっ子のような両手は声が他の人に聞こえないようにするためだったらしい。
腰をあげた天司は後ろで手を組み答えた。
「それはこの戦いについてでしょうか? それとも、ここで授業を始めたことについてでしょうか?」
雑面で顔は見えていないのに、こめかみには青筋が浮かんでいるように感じた夕柊。語気が強まったのは後者。どうやら戦いより授業のほうが彼の不興を買ったらしい。
夕柊は彼から距離を取るように天戯の後ろに隠れた。なにかを察した天戯は夕柊を抱きしめると、「グルルルル」と吊り上げた目で天司に威嚇する。
天司はそんな天戯など気にも留めず吟丸たちの戦いに目を向けた。
「……ボス、怖い」
天司はあの夕柊を震えさせるほどの存在なのである。
そして、戦いはあっけなく終了を迎えたのだ。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
今後、一部神と化した人間たちがわんさと出てきます。
そして、皆白髪という。
髪以外で特徴を出していきます。




