第十九話 神様の住処
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
~ 翌日 ~
「さあ、今日から本格的に授業を始めていくよ。まずは世界の成り立ちについて説明していこう。一族の子たちはもう知っているよ、と思うかもしれないが、筆記試験もあるからしっかりと聞いておいてね。その前に今一度――」
一度言葉を区切った吟丸は教室を見渡したのち、もう一度口を開いた。
「前線で妖と戦う術を学ぶところ、それがここ神威学園。だが、そこは常に死と隣り合わせの場所。素質がない子、試練が乗り越えられない子は即退学となります」
「た、退学……」
陸斗は声を震わせ呟く。
陸斗然り、一族の名をもつ者は御前試合で認められた、言わば一族代表者なのだ。その代表者が退学となっては一族の名を汚す行為となりうる。
「厳しすぎませんか?」
やや怒りの込められた声で首を傾げたのは乃々子。
吟丸は表情一つ変えず彼女の言葉を真正面から受け止めた。
「自分が死ぬならまだしも、仲間を死に追いやる可能性がある者を前線に出すわけにはいかないからね。厳しくて結構」
「割り切っているねー。そういうの好みだ」
吟丸の言葉を聞いてトトは楽しげに笑った。
「さ、どんどん説明していくよ」
吟丸はそう言いながら黒板に丸を三つ描いた。丸の中に文字が入れられていく。
「ご存じの通り、この世界には二つの世界があるよね? それが表の『現世』と裏の『空蝉』。だが、実はもう一つ世界があるんだ。それが『隠世』。人ならざるものの世界だ」
「え? でも、妖って空蝉にいるじゃん」
「うん、いいところに気が付いたね、恒心。ということで、本人に聞いてみようか」
ということで、一行は今雲の上にいた。
「いや、どういうこと!?」
叫ばずにはいられなかった馨。
「雲に、乗れている?」
「なんで?」
と、口数も少なく冷静であった綴と來すら驚きを口に出しているほどだ。
「で、このおっきい扉やろう? 『神の住処』なるもんがあるとは聞いとったけど、これほどとはなあ」
学園で乗り込んだ祠――社さんが連れてきた雲の上。目の前には明らか人用ではない大きな扉がお出迎え。
市露が反応を示したことから、一族の子たちも知らない情報らしい。
スケッチブックを取ろうと腹元に手を伸ばした丈。が、目的のものは首にかかっていない。教室に置いてきたことを思い出し、片眉をしかめ口をへの字に曲げた。
「この中に入るんですか?」と尋ねた文哉に、「こっちだよ」と答え歩き出した吟丸。
どうやら扉の裏に回るようだ。
扉を過ぎてまた自ずと開いてしまう口。待っていたのは、創作上で出てくるような宮殿であった。赤い壁と柱、一目で伝わる美麗荘厳。
城の前で立ち止まった吟丸は振り返り口を開く。
「海にある城と言えば『竜宮城』。では、天空にある城と言えば?」
「ラp――」
「いや、絶対ダメ!」
吟丸の問題に真っ先に答えたのは夕柊だったが、危険を察知した馨に後ろから口を塞がれ最後まで答えることができなかった。
「あはは、言うと思ったよ。止めてくれてありがとう、馨。ここは空蝉の中核の建物。神の宮殿『神宮城』だ」
「……神宮城」
夕柊の口を押さえたまま独り言ちる馨。
首が痛くなるほど上を向かなければ全貌を見ることができないその大きな城、そこは雲の上、天空にあった。
「さあ、行こうか」
吟丸を先頭に神宮城の中に足を踏み入れる。期待と不安が入り混じっているが、非現実的な城への一歩には押し並べて好奇心に満ち溢れていた。
まばゆい光に目をすぼめる。
開くと期待通りの光景が待ち構えていた。中は吹き抜けになっており、見上げれば上に幾層も階が見える。床、窓、柱、壁、どれをとっても一級品。
真っ先に目に付いたのは、着物の裾を引き擦りながら駆けていく者たち。だが、その顔には紋様違いの雑面がかけられていた。どれも同じ背丈、同じ着物、と容姿が似通っている。動く様は走っているような速さなのに頭が上下しない。動きがあまりにも人間らしくないのだ。
「これは『形代』と言ってね、雑面に刻まれた印の通りに動く『式神』だ」
説明をしながら迷いなく歩みを進める吟丸。
そして、絢爛豪華な扉の前で立ち止まった。
ノックをせずとも開いていく扉。その先にひとりの人影。
「待っておったぞ」
川のせせらぎのような、ずっと耳を傾けていたいと思える声。その者は生徒たちを見ると慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
光を吸い込んでいるような奇麗な白髪、朝焼けが見せる一瞬の輝きを閉じ込めたような金色の瞳、これ以上ないほど美しい顔。
「お初にお目にかかる。わしが神だ」
包み込むような柔らかい声に年老いた者のような口調がアンバランスでもあるが、妙にしっくりもきている。
彼らが入った部屋は『神室』であった。その名の通り神のいる部屋、とどのつまりこの神宮城の中で最も格式高い部屋である。
だが、広い部屋にデスクがひとつのみと質素であったのだ。紋様が刻まれた壁紙や床に天井、太陽の光を拡散させる格子デザインの大きな丸窓、天井にぶら下げられた精巧な装飾の施された電灯、と一つ一つが上質ではあるものの、広い空間を持て余していることは否めない。
そんな違和感も、目下目前に立つ人物に打ち消されているのだが。
あまりの神々しさに直視ができない、恒心、陸斗、文哉、焚、綸、そして馨は手で目を覆った。丈と市露も手で覆ったものの指と指の間から覗くスタイルだ。その他の面々も表面には出していないものの、突然の神との相対。動揺せずにはいられないというもの。
ただひとり。夕柊だけは悠然としていた。
「入学式ぶりですね、皆さん」
自らを神と名乗った人物の後ろから現れたもう一人。顔にかけられた雑面、長身に纏わせた着物、やや低めの澄んだ声。神威学園 学園長『天司』である。
「この方が、空蝉をお創りになった創造神『御影』様であらせられます」
神の一歩後ろに立ち、彼を紹介する天司。
初羽の子たちはまだ状況が呑み込めずにいた。それほどこの状況が異質であるということだろう。
だが、この空気を換えるのはやはり彼なのだ。
「おはよう、『みか』ちゃん」
吟丸の後ろから姿を現した夕柊。
そんな彼を見て相好を崩した神――御影。
「柊!」
と、彼に駆け寄りその小柄な体を軽々と抱き上げた。当の夕柊もされるがまま。慣れているようだ。
「斯くも大きくなりおって。こどもの成長はほんに早い」
夕柊のふわふわな髪を愛おしそうに撫で、御影は一段と優しい笑顔を向ける。
「たった二か月じゃ変わってないよ」
「いや? 二ミリほど身長が伸びておる」
――バンッ
突如開け放たれた扉。自動でゆっくりと開く扉を抉じ開けて入ってきたようだ。
息を切らして入ってきた人物。天司と同じ白金の髪をもち、瞳は暁。目は、閉じると狐のように吊り上がった。
「本当か、それ。あいつが来ているって……っ!!」
と、小さい声で呟きながら髪をかきあげる彼。その険しい顔の何たるや。が、目的のものを見つけるとこれまた相好を崩した。
「……しゅ、柊ー!」
そう叫びながら駆け寄ると御影が抱き上げている夕柊を奪い取る。
「こら『天戯』、今はわしと柊との時間じゃ!」
先程の神々しさはどこ吹く風。およそ神らしからぬむくれた顔をしていた。
「は? 知るか。にしても、本当に美少年だなぁ、お前は」
「もう下ろしてよ、天兄。俺もうそんな歳じゃ――」
その訴えを無視して『天戯』と呼ばれた彼は夕柊を抱きしめる。夕柊は腕の中でもがくも解放には至らなかった。
「柊、おいで。助けてやろう」
そんな状況を見兼ねて彼へ手を伸ばした御影。だが、その手は天戯によって弾かれた。
御影の奇麗な顔が引きつる。
「……おぬし、それは神に対する仕打ちじゃなかろうよ」
「今はそんなことどうだっていいんだよ。うっせぇな」
神にとんでもない暴言を吐く天戯。
「ふむ。いいもん、力ずくで取り返してやる!」
そうして神と狐目による夕柊の取り合いが始まった。
当の本人はため息をついて、はた迷惑そうだ。
その様子を見て「ふふっ」と笑った天司は、吟丸に目配せをした。話していいかの確認のためだ。吟丸は頷く。
天司は初羽の生徒たちの顔を一通り見ると、夕柊へ視線を戻し語り出した。
「柊――夕柊は特別な力をもって生まれました。初代器保持者と同じ能力『玉響』を持つ子として」
「たま、ゆら?」
焚が首を傾げた。
「『玉響』。それは、人の精神に干渉できる能力」
「「人の精神に干渉できる……」」
天司の言葉を反芻した陸斗と市露。その隣にいた丈と乃々子は眉をしかめた。
「そうですね。一例で言うと、夢の中に干渉することができます」
(夢の中に干渉。……あ)
昨日見た夢を思い出した馨。
(……あれは君だったんだね、夕柊。ありがとう)
あの時の柔らかく冷たい小さな手を思い出して、馨は泣きそうになった。
「精神干渉、恐ろしい能力です。この能力を持った人間が優しいあの子で良かった」
いまだ夕柊の取り合いをしている二人を見て、天司が呟く。
「故に、彼は生まれた瞬間から命を狙われました。今まさに私たちが敵対している妖共から執拗に。それは現在も続いています。目の当たりにした子もいるでしょう」
向けられた視線に頷き返す馨と綸。
「ですので、彼は親元を離れ一番安全であるこの神宮城で育てることになったのです。あの二人は特に世話を焼きたがりました。ミルクを飲ませ、おしめを替えて、沐浴をさせて、そして一緒に眠る」
「四歳になった頃、親代わりとして任命された吟丸が育てるようになりましたが、それまでは彼はここで育ったのです」
「ああ、なら夕柊くんは神に育てられたってことですね」
天司を見つめ笑顔を向けたトトが見解を述べた。
「神だけではありません。神宮城は空蝉の中心。人が集う場。ここに来る者たちすべてに愛情を注がれてきたのです。彼の境遇を知ってしまってはなお、目をかけずにはいられなかったのでしょう」
雑面で顔は見えないが、天司が微笑んでいるように馨には感じられた。
「……まあ、少々あの二人は彼をまだ五歳くらいに思っている節はありますが」
と、一転して告げる。それにはこの場にいる皆が共感した。例に漏れず、夕柊も「ほんとそれ。勘弁して」と共感を示したのだった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
神様の神々しさや美しさは筆舌に尽くし難いです。難しいです。




