7 神との契約
ほどなくして、結界内が静かになった。
「……なん、でっ……」
「一発も、当たらない……」
肩で息をして膝をついている綴に來。片や、手を後ろで組んで悠然と立っている吟丸。結果は目に見えていた。
「息が上がっている二人に対して、吟丸先生は余裕?」
この状況を見て陸斗が声を上げる。
「……いや、それだけじゃないでしょ。先生、目をずっと瞑っていたんだけど?」
腕を組んでわずかに顔をひきつらせたトトが指摘した。
その言葉に、綴と來含めて初羽の子たちが息を呑む。
「まだ勝負は終わっていないよ。だが――」
興奮している彼らをよそに淡々と告げた吟丸。途中で言葉を切ると二人を見つめた。
『まだ終わっていない』その言葉に自身を鼓舞し動き出そうとした二人だったが、
「……っ……」
「……体が……」
動き出そうとした体は言うことを聞かずその場に崩れ落ちた。
「もう立てないと思うけどね」
吟丸が先程途中で切った言葉の続きを呟く。儚げで美しい笑みを添えて。
顔を見合わせ頷き合った綴と來は声を合わせて宣言をした。
「「……参りました」」
御影が再び手を掲げて『解除』と唱える。結界は上から下がるように消えていき、戦いの幕が下ろされた。
「ごめんね。怪我はない?」
動けずにいる二人に近づき、膝を付けて様子を伺う吟丸。
「怪我はありません、ただ体が言うことを聞かないだけで……」
綴は隣の來に視線を送りながら答えた。
「暫くしたら動けるようになるから大丈夫だよ」
平気そうな二人の様子を見て吟丸は立ち上がる。そして振り返り、初羽の子たちの顔を見渡した。
「このように器の大きさと強さは直結しない。派手ではなくとも十分に渡り合うことは可能だ」
「でも、先生『妖術』使ってなくない?」
首を傾げて問うトト。その言葉に「うんうん」と一様に頷く。彼らの目にはただの肉弾戦に見えていたのだ。
「たしかに『妖術』は使っていないね。でも、『妖力』は使っていたよ。こことここにね」
「耳と指先?」
吟丸の指さしを真似して呟く恒心。
「視覚情報をシャットアウトして聴覚情報に集中する。そこに妖力を流すことで刺激を与え、より音を拾えるようにしたんだ」
「音だけでも生物の形は見えるんだよ。服の擦れる音、息遣い、心音、筋肉の伸縮、血管に血液が流れる音、弱っている体の部位、全部聞こえて、見える。感知したいちばん脆いところに触れて微力な『妖力』を流すことで、脳からの伝達を切った。一時麻痺させたようなものだね」
【事実は小説よりも奇なり】
吟丸の説明を聞いてスケッチブックを掲げた丈に、市露は「まさにフリップ芸やな」と笑った。
「でも、地味だね。妖力?妖術?って難しい」
眉をしかめて首を傾げる恒心に微笑んだ吟丸は、若干乱れた着物を直しつつ答える。
「うん。この二つは混同してしまいがちだよね。『妖術』とは、神使契約を結んだ妖の能力行使。その元となるものが『妖力』。そうだ、乃々子。『閉鎖領域』を展開してもらえる?」
「……わかりました。『閉鎖領域』」
突然の指名に驚くも、素直に頷いた乃々子は閉鎖領域を展開させた。一瞬にして彼女がいなくなる。
「うわ! 乃々子ちゃんがいなくなった!」
恒心は初めて見た『閉鎖領域』に驚いたようで、彼女がいた場所を体を動かして確認する。だが、謎は深まったようで首を傾げた。
「『閉鎖領域』。術者を中心に展開される結界だ。この中にいるものは外から視認及び聴取されなくなる、というもの。解いていいよ」
頷いた乃々子は閉鎖領域を解除する。突然姿を現した彼女にこれまた恒心が驚いた。
「このように、領域の中では外の音は聞こえる。もちろん外の状況も見えている」
「いきなり『閉鎖領域』って、あっちいったりこっちいったりするな」
と、頭を押さえて困り顔で零す陸斗に吟丸が笑う。
「そうだね。だが、おおいに関係あるんだ、これが。実は『閉鎖領域』って妖術じゃないんだよ。『閉鎖領域』は妖力を形として顕現しているものでね。証拠に、まだ神使と契約していない君たちにも使えている」
「僕がさっきやったことも同じこと。妖力を微弱な電気に形をかえて体内に流す。ね、関係あるでしょう?」
吟丸に向けられた視線に陸斗は二度頷き納得を示した。
「『妖術』は魅力的だ。だが、戦う術は妖術だけではない。しっかり覚えておくように」
そうして、吟丸の実践込みの授業は成功に終わったのである。
「吟丸先生、すごい!」
「もっと教えて!」
「さすが基礎のクラス『初羽』の先生やなぁ」
吟丸を囲むように集まった初羽の子たち。なんとも素敵な光景だ。
だが、忘れてはいけない。ここは神室。神のいる最も格式高い部屋だ。そこで現在授業及び実践が行われていたという事実を。
「立てるかい?」
いまだ膝をついていた綴と來に手を差し伸べる吟丸。二人は素直に手を乗せる。彼らの手を引き自分に寄せた際、吟丸は彼らに耳打ちした。
「君たちの拳や足には妖力が纏わせてあった。相手への威力は増し、自分へのダメージは軽減。……そんな使い方、どこで習った」
始めは穏やかだったものの最後に伴っていた地を這うような威圧。二人は目を見開いて息を呑む。來の首から背にかけて冷汗が流れ落ちた。
耳元から顔を離し、二人を立たせた吟丸は打って変わって優しく告げる。
「その使い方は体に大きな負担がかかる。もうしないようにね」
「「……はい」」
二人は早鐘を打つ鼓動を鎮めながら返事をした。
「さあ、本題に戻ろうか」
落ち着いた頃を見計らって御影が声をかける。
「え? なんだっけ」
と、首を傾げたのは恒心。
その言葉を聞いて頬杖から顔がずり落ちる御影。彼は頬杖をし直し眉をしかめて不満げに零した。
「……おぬしらはここに何しに来た?」
「……何しに?」
考えたのち思いつかず恒心は隣にいる、頭にゴーグルを乗せた青年へ視線を向ける。
『野呂 文哉』。市露同様、17歳の最年長だ。数か月前まで現世の工業高校に通っており、ゴーグルは幼少期からの愛用品。
「『ということで、本人に聞いてみようか』とここへ連れてこられたな」
彼の視線を受け、吟丸の声真似をしながら答えた彼。これがなかなか似ている。
「吟丸くん、此度のおぬしはなんだか適当やしないか?」
初羽の子たちに向けていた視線を吟丸に向け、御影は呆れ笑いを浮かべながら指摘をした。
「やですねぇ、いつも通りですよ」
向けられた指摘をはね飛ばすようなにこやかな笑顔を浮かべる吟丸。だが、視線は御影に向いていない。
「然る方に問題大有りさよ」
そんな彼に御影は大きなため息をつく。そして、椅子から立ち上がると吟丸の隣へ並び、初羽の子たちの前に自身の手を差し出した。
「『契約』だろうて。そら、手の甲を出せ。一人ずつ契約を結ぶぞ」
「はーい。僕やります」
切り込み隊長ならぬ、目を輝かせた恒心が前に出て御影に手の甲を見せる。
契約が始まる前に忠告を口にする吟丸。
「もう一度言うよ。たとえ白髪の割合が少なくとも弱いということではないからね。だから悲観しなくて大丈夫。そして逆も然り。白髪の割合が多いことは自慢にはならない。誇示をするなんて以ての外だ。強さの証明は戦って証明しなさい」
初羽の子たちは、頷いたり、返事をしたり、と各々反応を示した。
恒心へ視線を落とし、彼の手を下から掬い上げるように取った御影は、おもむろに目を閉じる。すると光り出す恒心の体。
だがそれは一瞬で、「終わったぞ」と、御影の手は離れた。
目を瞬かせ御影を見上げる恒心。彼に視線で促され手の甲を見る。そこには、龍の爪を模した円形の神紋が刻まれていた。
「かっこいい!」
目を輝かせ手の甲を見つめる恒心。だが、その神紋は皮膚に吸収されていくようにたちまち消えていく。
「消えちゃった……」
「そういうものでな、すまぬ」
寂しそうに呟いた恒心の頭に御影の手が乗せられた。恒心は勢いよく首を横に振って「大丈夫」の意を示す。
「お、おい。それ……」
恒心を指さしながら言い淀んだ文哉。
振り返り首を傾げた恒心の動きに合わせて揺れたポニーテール。その中に先程まではなかった白髪が一束混じっていた。
指摘され自分のポニーテールを手に取った恒心の目が開く。
「……ぼ、僕、老けちゃった……」
「ちげーよ!」
「ちゃう、ちゃう」
「ちがう、ちがう!」
目を潤ませた恒心に、陸斗、市露、文哉がすかさず突っ込んだ。
「先生の言っていたことを思い出しなさい。あなたはもう神の恵みを受けて『神恵子』になったのよ」
腰に右手を当てた乃々子が補足をする。吟丸も頷いて同意を示した。
「恒心。喜べ。一部神になったぞ」
袖に隠れた両手を上げ喜びを表現した夕柊。もちろん、表情も声色も伴っていない。だが、恒心は嬉しそうに頬を染めて体を震わせると、夕柊に駆け寄り一緒に体を揺らし跳んで喜んだ。
「それ、どんどんやろうか」
顔を綻ばせた御影に、初羽の子たちは次々と手の甲を差し出していく。




