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第十八話 トリ

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。



 (あかん。なんも聞き取れんかった)と市露(いちろ)


(あの感じじゃ、『もう一度』は頼めなさそうだよね)と恒心(こうしん)


(いや、よく頑張った! けども、顔見えん!)と、陸斗(りくと)


 彼の自己紹介を聞き取れた者は誰もいなかったようだ。声が小さいだけあらずくぐもっていたからだ。その原因は、口と鼻を覆う黒い口当てがしてあるからだろう。そして、前髪も目を隠すほどに長い。故に、彼の顔は一切見えていない状態だ。


(なんか、親近感湧くなぁ)

 今朝まで自分も長い前髪で過ごしていたため、(かおる)は親近感を覚えずにはいられなかったよう。少しだけクラスメイトと違う反応を示した。


「うん、ありがとう、光穂(こうすい) (みお)くん」


「「「……!!(吟丸(うたまる)先生、ナイス!)」」」


 すかさずフォローに入った吟丸に、クラスメイトは感謝の眼差しを向ける。そして、彼の緊張をほぐそうと声をかける。


「よろしくねー、澪くん」

「仲ようしようね、澪くん」

「可愛いね、澪くん」


「忍者の末裔? 澪くん」


「どさくさに紛れて何聞いているんだよ。気にしないでね、澪くん」


 クラスメイト達の優しい声かけに澪はコクンと小さく頷くと静かに席に座った。


 くすりと笑った吟丸は夕柊(ゆうひ)へ視線を送る。


「おまたせ、(しゅう)


 名を呼ばれ立ち上がった彼は、長い袖を遊ぶように腕を振って前に出た。


 そして一言。

「『夕柊』です」


「……え? それだけ?」

 あっけない自己紹介に、さすがの吟丸も黙っていない。


「じゃあ。(いと)は俺の妹なので、欲しくば俺に勝ってからにしてね」


「二人って兄妹なの!?」

 夕柊の言葉を聞いて恒心が驚く。他の初羽の子たちも驚いた素振りを見せていた。


「うん、同い年の」

 そんな恒心に夕柊はピースをした右手を上げる。が、袖で手は隠れているため、ただ手をあげているようにしか見えない。


「ほな、双子やなぁ」

 顎に手を当て、前にいる夕柊と後ろの席にいる綸を見比べながら穏やかに呟いた市露。


「……うん、君自身の紹介をしようか」


 苦笑いの吟丸に頷いた夕柊は自分の魂について短く語った。


「うむ。あとは……半魂(はんこん)で、妖は『烏天狗(からすてんぐ)』。名前は『(ゆう)』。時々出てくるからその時はよろしく」


 トリにしておいたがまったく面白みのない夕柊に、トトは肩をすくめるばかり。


「半魂なんやね。烏天狗とはまた珍しい妖やわ」


【烏天狗の絵】


 市露と丈(スケッチブックに烏天狗の絵を描く)が反応を示す。一族出身である二人には『半魂』についての知識があるようだ。


 一方、

「半魂ってなに?」

 現世にいた恒心は知らないようで、後ろの席の一族出身者・陸斗に声を潜めて尋ねた。


「半分が人間の魂、もう半分が妖の魂ってこと」


 恒心に合わせるように陸斗も声を潜めて応える。


 陸斗の後ろの席に座っていた元工業高校生・文哉(ふみや)も聞き耳を立てていた。


「そうなるとどうなるの?」


「併せ持った妖の魂の能力が使える」


「え、すご! はいはい、夕柊くん。烏天狗ってどんな能力なの?」


 面白い情報を聞いた、と彼は一転して大きい声を出す。元気よく手をあげて夕柊に質問。


 恒心と目を合わせた夕柊は色の異なる長いまつ毛を伏せると、背中から濡羽色(ぬればいろ)の二対の翼を生やしてはためかせた。


「『重力操作』」

 彼のその言葉を合図に、男子の制服を着た者たちのみが浮かび上がる。

 

「浮いた!」と恒心。

「飛んだ!」と文哉。


 夕柊はいつものように空へと浮かせる要領で手を下から(すく)い上げた。夕柊の手の動きに合わせて上へと向かっていく彼らの体。だが、ここは教室。上限は案外すぐなのだ。彼らは抵抗もできずそのまま天井にビダンッと式紙の如く張り付けられた。


「いだっ!」

「ぐぇっ!」

「なんでやー」


 突然の天井貼り付けに幾人かの声が漏れる。


 重力操作の対象者とならなかった三人は、「あら」と対岸の火事な乃々子(ののこ)、天井と夕柊を交互に見てあわあわしている綸、怒りのオーラを(ほとばし)らせ微笑む吟丸、と三者三様だ。


「あははっ、新体験だ。やっぱり君をトリにして正解だったね!」


 先程と打って変わり好反応を示したトト。今一度夕柊を見つめ、彼は頬を紅潮させて楽しそうに笑う。


 方や夕柊は、「あちゃー」と、自分の作りだしてしまった惨状であるにもかかわらず、他人事のように天井にいる彼らを見つめていた。


 そして、首をこてんと傾けてお気楽に呟く。

「ま、いっか」


「「「よくない!!」」」

 この一体となった空気感。なんだかんだでこのクラスはやっていけそうだ。



 「ここが寮……」

「広いですね。旅館のようです」


 あの騒動の後、入学式ということもあり本日の授業は終了となった。一族の子たち、住まいがある者は帰路に付いたが、新入生13名(夕柊を除いて)のうち8人が学園に残っていた。


 彼ら彼女らは現世から移ってきた等、様々な事情で住まいがないため寮に入る。吟丸に案内され学園の敷地内にある屋敷へと案内されたのだが、それがまた寮とは思えないほど立派な造りとなっていた。


「渡した鍵に書いてある部屋に向かってね。右の『菊の棟』が女子寮。左の『蓮の棟』が男子寮。ちなみに二人一部屋だよ」


 馨の鍵には『402』と書かれてある。ふと、隣からの視線を感じた馨。


「お、同室は馨くんか」

 ポニーテールを(なび)かせて見上げてきた彼。クリッとした目を細めた人懐っこい笑顔にはまだあどけなさが残っていた。


「よろしく恒心くん」

「恒心でいいよ。僕のが年下だもん」


「うん」

 二人は並んで『蓮の棟』へと入っていく。


(チワワの赤ちゃんみたい)

 恒心を見て密かにそう思う馨だった。


「あ、乃々子ちゃん。よろしくお願いします」

「ええ」

 『205』綸―乃々子


「俺らが一緒か」

「そうだね。よろしく」

 『401』トト―文哉


「行こう」

「うん」

 『403』綴―來


 それぞれが寮部屋へと向かっていったことを確認し、吟丸は『初羽』の教室へと踵を返す。ひとり残している彼のお説教のために、ね。


「うわぁ。寮は寮でも『和』だね」

「『和』だね」


 寮の部屋を見て恒心と馨は、高さの違う顔を見合わせて共感を示した。


「あっ、見て見て馨くん。ここ襖があって二部屋に分けることもできるみたい!」


 和室の中央に設けられた襖を開け閉めしながら自分に報告してくる恒心を見て、馨は思わず笑みを零す。


「そうだね」

 と返し、同じ寮生が彼で良かったと痛感した。


 各々軽く荷物を整理し、障子の向こうにある広縁(ひろえん)(広縁:くつろぐ空間として旅館等窓際に置かれたイスとテーブル)で向かい合って座る馨と恒心。窓からは学園の学び舎と庭が一望とまではいかないが眺めることができた。


「……どうしたの?」

 恒心の雰囲気が変わったことを感じ取り尋ねる馨。


 一度馨と視線を合わせたあと俯き、恒心は口を開いた。


「……これから長くて三年間、一緒の部屋になるじゃん? だからいずれバレちゃうことは早めに話しておきたいなって思ってさ。あ、これ僕の個人的なポリシーだからね? 勝手にすることだから深く受け取らないでね?」


「……うん」

 馨は柔らかな笑みを浮かべて頷く。


 窓の外へ視線を移し恒心は語り出した。


「……僕さ、こっちの世界に来たのはあっちの世界から逃げるためなんだ。毎日喧嘩する両親の声や容姿を揶揄(からか)うクラスメイトの声が聞きたくなくて……。まあ、ずっと家出状態でホームレス生活してたんだけどね。なんか今日のみんなの自己紹介聞いていたら、こんな自分が居た堪れなくなっちゃってさ。えへへ」


「来たからにはちゃんと学ぶし、現世の人たちを守るために妖とも戦うよ? でも、ちょっと温度差を感じちゃった」


 俯いた恒心。手は制服のズボンの上で握られていた。馨はその手の甲を人差し指で二度つつく。


「俺がこっちに来た理由教えてあげようか」


 眼鏡のブリッジを押し上げ馨は口角を上げた。おもむろに顔を上げた恒心と視線が合わさる。馨は息を吐き出すと真剣な面持ちで口を開いた。


「夕柊さんの、ただのうっかりなんだ」

「……え?」


 一転して笑みを浮かべた馨は肩をすくめて話し出す。


「俺が食べていたコロッケパンをあいつが一口勝手に食べちゃってさ。しかも初対面。俺も意地になって残りを食べたらこのざま。どう? しょうもない理由でしょう」


 目を開いて馨を見つめた後、恒心は吹き出して笑い始めた。


「ほんと酷くてさ。今日みたいに『あちゃー。ま、いっか』って。よくないよ! なんだよ、こっちの世界に来た理由『コロッケパンの間接キス』とか。笑えないって!」


 畳みかけた馨に恒心はお腹を抱えて笑い出す。


「……だからね、そんな気に病むことじゃないよ。俺が言うのもおかしいと思うけど、むしろ罪悪感を抱ける時点で君はこの世界と充分向き合っている」


「……そっか。ありがとう、馨くん」


「うん」と返した馨だったが、今彼の胸中にはまさに罪悪感が渦巻いていた。


(ごめんね、恒心。本当のことを言えなくて……)


 昨夜、自分で出した結論を思い出しひとり勝手に落ち込む。だが同時に、夕柊の事情や人柄が脳裏に浮かび胸が詰まる思いがした。


 それを恒心に悟られぬよう立ち上がり背を向けた馨は、わざとらしく腕を上に伸ばす。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


丈は、字も絵もとても上手です。

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