第十六話 神威学園 入学式
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
――ゴンッ
「いてっ」
雑面の人物を『ボス』と呼んだ夕柊の頭にすかさず北斎の拳が降ってくる。
「失礼なやつめ」
殴られた箇所を押さえて、北斎に不満をあらわにする夕柊。
「失礼はお前だ」
夕柊に呆れた北斎は腰に手を当てため息をついた。
「だって、ボスはボスじゃん」
「そうだが、そう呼ぶのはお前くらいだ」
「北斎も呼べばいいのに」
けろりと答えた夕柊。
「いや、怖くてできねぇよ……」
雑面の人物を横目で見やり、北斎は小さく零す。
「相変わらず柊の周りは賑やかですね」
雑面の男は吟丸にそう言うと、そのまま講堂のステージ裏へと消えていった。
「ふふ、そうですね」
微笑みながら同意を示した吟丸。
「ほら、そこは先生の席だ。お前はあっちにいってなさい」
「あーい」
北斎に襟を掴まれどかされる夕柊。苦笑いを浮かべた吟丸が席に着いたと同時に開会が告げられた。
――五月一日 神威学園入学式 挙行。
「これから神威学園 入学式を開会いたします。それでは学園長挨拶お願いいたします」
小面の能面を付け着物の上から白衣を着た司会者が緩やかに告げると、ステージ裏から一人の人物が出てきた。先程の雑面の人物だ。
「皆さん、おはようございます。神威学園 学園長 『天司』と申します。
まずは、ご入学おめでとうございます。私達一同皆さんがこの学園に来ることを心からお待ちしておりました」
雑面の人物――天司は深く頭を下げる。そして、演台に両手を置くと全体を見渡し、丁寧な口調で話し出した。
「一族の子たちは幼少から触れてきた世界ではありますが、最近こちらの世界へ入ってきた子たちにとっては、驚きに満ち溢れていたのではありませんか?」
雑面をつけた学園長ということもあり入学生は驚きの顔をしていたが、あまりにも丁寧な口調と聞き心地良い声にみんな惹き込まれていた。
「ですが、これはまだ序の口。『空蝉』という世界はこんなものではありません。今までの常識は全くと言っていいほど通用しないことでしょう」
そこで一度言葉を区切ると、天司は軽く深呼吸をする。
その刹那、先程の丁寧な口調と声はそのままに威圧感が一気に増した。
「……そして、この世界では常に死と隣り合わせです。その恐怖に打ち勝っていかなければなりません。その覚悟がない者は今すぐこの世界から出ていきなさい」
天司は殺気を放った。凄まじい殺気に入学生達は恐怖で身がすくむ。
十人程の入学生がその殺気に耐えられず倒れた。すかさず壁際にいた人達が駆け寄り、倒れた入学生を担いで講堂から出ていく。
「今倒れた者は、この世界に入る資格はありません。それから、今足がすくんで一歩も動けない者も例外ではありませんよ。この程度の殺気で恐怖を抱くようなら直ぐに命を落とすことでしょう。この世界から出ていきたいという者はこの後、出入口に立っている方に申し出てください。器を壊し記憶処理をして元の世界へと戻れるようにいたします」
言い終わると天司は殺気をしまった。
その途端、複数の入学生が席を立ち出入口へ押しかけていった。その入学生達も出入口にいた人達に連れられ講堂から出ていく。
静まった講堂。初めは三十人近くいた入学生は、今や十数人しか残っていない。
その惨状を見て、入学生の一人が薄らと笑みを浮かべる。
(ふーん。もうここで選別するんだ。まあ、中途半端に死なれても困るもんね)
その人物は職員席を一瞥するとステージの学園長へと視線を戻した。彼の顔の動きに合わせて、夜空を閉じ込めたようなガラス玉とタッセルの耳飾りが揺れる。
(……俺も危うく立ちそうになった。凄まじい殺気……。とういうか、こっちに来てから俺は何回脅されればいいんだ! まあ、事前に経験していたおかげで今回も何とか耐えられましたけども)
内心で怒りを露にする馨。ことあるごとに脅しをかけられていた彼は、もう辟易していたのだった。
講堂を見渡し、再び天司は話し始める。
「皆さん、よく残ってくださいました。他人に左右されない強い意志が伺えます。素晴らしい。
では、これからよろしくお願いいたします。より良い学園生活を送っていきましょう」
大きな拍手の中、天司はステージから降りていった。横を向いた時にもその素顔は雑面に守られており、正体はわからずじまい。
「以上をもちまして、神威学園 入学式を閉会いたします」
小面の能面を付けた司会者が告げ、入学式は閉会した。
天司はステージを降りそのまま職員席の後ろを通る。
「毎年恒例ですね、これ」
そんな声に天司は歩みを止めた。
声の主は司会をしていた人物だ。入学生のいる講堂の中央へ顔を向けているため、天司には背を向けている。
「ええ」
天司はその後ろ姿を見つめ同意を示す。
司会者は後ろへ体ごと振り返り天司と向き合った。その司会者もまた小面の能面を被っているため、お互いの表情はわからない。
中性的な体つきと声の能面の人物。髪は全体的に白く、右側にまとまって黒髪が残っている。
司会のために用意された演台に能面の人物は背をもたれさせ、生意気に白衣のポケットに手を入れ且つ足をクロスさせて言った。
「これじゃあ、入学生減る一方すよ」
天司は声色一つ変えず答える。
「何か支障をきたすことがあると?」
「人数はいるに越したことないと思いますけどねぇ」
「重いだけの無駄な足枷は少なくて良い。そうでしょう?」
「……」
天司の辛辣な物言いに何も言葉が返せない能面の人物。
「上からのお達しがあればこのやり方も考え直しますよ。ご忠告ありがとうございます」
そう優しい声で言うと、天司は足音立てず歩き出した。
能面の人物は天司を見送り、首をガクンと天井に向け呟く。
「……お優しいこった」
――バシンッ
「いたっ」
「その態度、学園長に失礼だろう」
上を向いている能面を入学式の資料で叩いたのは北斎。彼は叩いた腕をそのまま組んで呆れ顔だ。
能面の人物はポケットから手を出し、演台に後ろ向きのまま肘をついて顔を北斎の方へ向けた。顔を傾けたことで能面の隙間からサラリと髪が出てくる。
「あの人怒らないじゃないですか。時々怒らせたくなるんですよね」
「やりたくなってもやるんじゃない」
「はーい」
能面の人物はそう緩く返事をすると、白衣のポケットに両手を入れ出入口へと歩き出した。
「……俺も戻りますわ。今日から通常授業だし」
その様子を職員席から横目で見ていた暖も席を立ち上がり、北斎に軽く一礼すると能面の人物の隣に並んで出入口へと歩き出す。
「俺も行くか。また後でな、吟」
「うん」
北斎も資料を持っている手を上げ、出入口へと歩いていった。
「苦労人、北斎」
夕柊は彼の背を見つめ小さく呟いた。その苦労をかけている者の中に自分がいるということを彼はわかっているのか、いないのか。
「……さて、今回はどうかな」
と、呟いた吟丸は講堂の中央に残っている入学生達の元へと歩き出した。
「入学おめでとうみんな。そして、最初の試練によく耐えたね。僕は神威学園 初めのクラス『初羽』を担当する吟丸といいます。よろしくね」
吟丸は微笑んだ。首には柊の実のように赤い組紐を巻いており、首の後ろで蝶々結びされた長い紐の先が揺れ背から現れる。
入学生たちは一様に頭を下げた。
「よし、じゃあ教室へ移動しようか」
『初羽』と書かれた室名札が上方に付けられている教室へと入っていく吟丸。彼らも続いた。席が横に三列、縦に五列のこぢんまりとした教室。
「自由に座ってくれていいよ」
吟丸の言葉を受け、生徒たちは各々好きな席に移動を始めた。知り合い同士で近くに座る者、初対面でも話しかけにいく者、ひとり静かに席に座る者、様々である。
最後のほうに教室へ入った馨と綸は、なぜか窓際一番後ろの席を陣取っている夕柊を見つけ、その近くの席に腰を下ろした。夕柊の隣には馨、前には綸が座る。
「お前、入学式の間どこ行っていたんだよ」
久しぶりというほどではないが、少々姿を見ていなかった夕柊に尋ねる馨。
「その時の俺に、重力は働いていなかった」
「あ、そう」
いつも同様意味不明な物言いに、彼は華麗にスルーを決め込む。
「前座ってもいい?」
という声が聞こえてきて彼らは顔を上げた。
背は馨と同じくらいで、スタイルがよく和テイストの制服もよく似合っている。大きめな縹色の目は優しげで、柔らかな話し方が好印象な青年だ。
髪はグレーに近い黒色。左耳は髪が掛けられており、その見えている左耳にはガラス玉とタッセルの耳飾りが付いていた。
「いい、かな?」
彼の傾けられた顔の動きに合わせて揺れる耳飾り。
窓から入り込む太陽の光を受け、ガラス玉はキラキラと輝いた。薄暗い講堂では夜空のように見えたガラス玉だが、実際は晴天の青空を写し取ったかのよう。
「あ、はい。どうぞ」
馨は笑みを浮かべ承諾した。
「ありがとう。僕は『霄 トト』。歳は16なんだけど、気軽に『トト』って呼んでね」
それが、彼との出会いであった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
小面の能面は、若い女性を現した面です。是非、調べてみてください。




