第十三話 一葉落ちて天下の秋を知る
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
吟丸の言葉に息を呑む馨と綸。
空気は肌がひりつくほど重くなっていた。
だが――
「先生」
彼の声が空気を一変させる。
首に風呂敷をかけて夕柊が戻ってきたのだ。彼は皆を驚かせるために閉鎖領域を張って帰ってきていた。故に、誰に悟られることもなく馨と綸の背後につけたのだ。
「その脅しね、もう玄葉がやっちゃったのよ」
「……柊。帰ってきていたんだね。おかえり」
「ただいま」
突然現れた夕柊に驚くも、優しく戻った声色から安堵が滲み出ていた。このタイミングで帰ってきてくれてよかった、と。
首から風呂敷を取りながら夕柊は話し出す。
「先生が玖ちゃんに頼んだ伝書って真幌くんにだったんだね。本当に『みかちゃん』に送っていたら面白かったんだけどな。あ、はいこれ受け取ったやつね。真幌くんが待ち構えていたからスムーズに受け取りできたんだ。呉服屋はね、夜でも忙しそうだったよ。みんなバタバタとしていてね。あ、そっか。神威学園の入学式で制服の注文が殺到していたのか。大変だ。そうそう、帰り際に真幌くんがおつかいのご褒美だってうい――」
(それは内緒なんじゃないの?)
激唱する夕柊がいらぬ情報を口走ったタイミングで、脳内で止めにかかった夕。
「……あ」
と、遅れて気付き夕柊は慌てて両手で口を押さえた。口の中に残る甘さがういろうの味を思い出させる。
「柊……、よくしゃべるね」
「ふん」
吟丸に様子の違いを指摘され、夕柊は鼻を鳴らす。
「ごめん、ごめん。君がそんなにしゃべるほど空気を重くさせちゃっていたとは。馨くん、綸ちゃん、改めてすまない」
「……いえ。たしかに那珂町さんは玄葉さんに脅しをかけられていましたが、私はされませんでしたので。その機会がいただけて身が引き締まる思いです」
頭を下げる吟丸に、綸は反対の意味で頭を下げ返した。
一方、いまだ心臓が早鐘を打っている馨。
その馨の心境たるや、
(いや、わかっている。飛び入り参加の俺だからこそ釘を打っておかないと、と思うのは普通だ。けど、けど言わせてくれ! ……脅し方が怖い! 死を選ばせる、とか、この世界には必要ない、とか、もっとちゃんとオブラートに包んでよ! 真っ向から受け止めるの正直きついの!)
あの時玄葉に脅された時も、一向に堪えないふりして内心はドギマギしていたのだ。
「ですよね、那珂町さん?」
「え? あ、う、うん!(やばい。何も聞いていなかったのに肯定しちゃった)」
そんな馨にグイっと顔を近づけた夕柊。
「忙しない奴だね」
「君に言われたくはないけどね……!」
隠れていた馨の素がだんだんと出てき始めた瞬間である。長い前髪に隠れている目にはいつしか失っていた生気が宿っていた。
「……吟丸先生。今日、目の前で友人が神隠しに会いました。原因は妖だと知りました。この世界に入ったのはたしかに夕柊の落ち度ですが」
「うむ。否定はしない」
「……。あの瞬間、無関係ではなくなったんです。夕柊が言ってくれた。『一緒に奴を倒そう』と。この世界にいる理由はそれだけではいけませんか? 実力の差が開いていくとか、そんな先のことは正直わからないですよ。だから、俺は未来の心配より、今胸に点いた灯火を大切にしたい」
馨の真っ直ぐな気持ちを受け、吟丸は表情をやわらげた。
「……うん、いい覚悟だ」
和みつつある空気の中、夕柊が吹き出す。
「ぷくっ。今胸に点いた灯火を大切に……。ぷくっ」
「やめろ、真似するな! あと、ぷくって笑い方もやめろ! 馬鹿にされているみたいだから!」
「だって馬鹿にしているもん」
「なおやめろ!!」
そんなやりとりに笑い出す綸。
馨を真似する夕柊に、赤面する馨。生徒らを微笑ましく見守る吟丸。
客間はやっと客間らしい雰囲気を醸し出し始めた。
道場の一室に敷かれた布団の中で寝返りを打った馨。ひとり今日のことを思い出す。
(色々なことがあったな。妖が見える体質になっちゃったし。それに、勇成……。いや、もう俺は前を向いたんだ。君を奪ったあいつを倒すと決めている。だから、君の形見を使わせてもらうね。きっと勇気がもらえると思うから)
握りしめていた勇成の眼鏡を枕元において、馨はもう一度寝返りを打つ。疲れからか、瞼が重くなってきていた。
(そういえば、どうして七々扇さんを迎えにきたのがこのタイミングだったんだろう。生まれたその瞬間から離れ離れになっていたようだし。迎えに来た理由は、『夕柊と血がつながっているから命を狙われることになる。だから自分の身を守れるようにしてほしい』だっけ)
寝慣れていない布団だからか落ち着かなく、三度の寝返りを打つ。その最中に、ふと抱いた違和感。
(……あれ、じゃあ今までは大丈夫だったのか? 誰か守ってくれる人がいたという可能性もあるけれど、だとしても心当たりがまったくないなんてことあるんだろうか。なら、今までは狙われていなかったと仮定したら? 突然狙われる要因ができた。夕柊の妹であることが敵にばれたのか? ……いや、待て。俺は何か根本的なことを履き違えているんじゃないか?)
横に向いていた体を仰向けにし、腕で目を覆う。彼にとって集中できる体制である。
(そうだ。そうだよ。七々扇さん言っていたじゃないか。『父から聞いていたのです。いつか迎えが来たら、その手を取ってほしい、と』と。つまり、七々扇さんの父はこちらの関係者なのだ。そして……。違う。そうじゃない。根本的なこととはそっちじゃない。こっちだ。『彼女が命を狙われる』そこが違うんじゃないか?)
鹿威しの音も梟の鳴き声も耳に届かないほど、馨は集中していた。
(『彼女は命を狙われていない』。うん、しっくりくる。この謎の15年が埋まる。だっておかしいんだ。夕柊は特別な能力を持っている。この事実を知っていたから、敵は生まれてすぐに彼の命を奪いに来ている。なら双子である、つまり一緒に生まれた彼女のことを知らないわけがない。言い方悪いが敵側は彼女に価値はないと判断したのだ。それを周りは好機と捉え、彼女をこちらの世界に入れなかった。彼の足枷になりうるかもしれないから。それを今更こっちの世界に? おかしい。自ら弱点を増やす理由がてんでわからない)
体制をうつ伏せに変え、枕に顔をうずめる。息苦しさが彼を冷静でいさせてくれていた。
(そもそも彼女の存在は隠蔽できたはず。例え彼女が妖の関与で命を落としたとしても、他人であれば彼に影響はそうないのだから。いや、そうしていたんだ。だから彼女は今日まで現世で生きていた。……ああ、肝はここか。壊されていない器。『彼女が狙われないと分かった時点でこっちの世界に入る資格を剥奪できたのにしなかった』という点)
馨はこめかみを五指で押し思考を更に巡らせる。
(それって要は、夕柊に枷を増やしてでも彼女をこちらの世界に入れるべき理由があるということじゃないか。 その理由はなんだ? 彼女には『七々扇 綸』には何が隠されている? ここまで引き延ばされた理由は? ……いや、やめておこう。俺がいくら考えたってわからない領域だ。そうだ、自分のことを考えよう)
息を吐き出し体制をいつもの右向きに戻した。
(なんだか、おじいちゃんに会いたいな。そう言えば、玄葉さんとの電話がまともにできていなかったみたいだけど、おじいちゃん大丈夫かな。耳、遠くなっちゃったんだろうか)
ゆっくりと落ちかける瞼。まどろみに入りかけていた馨を呼び起こす違和感。それが再び脳を活性化させてしまった。
(……耳が、遠くなった? 耄碌? ありえない。おじいちゃんとは毎日電話している。それに、はじめ俺と話した時は普通だった。玄葉さんに変わった途端おかしくなるとは考えられない。それに、学校を変えて寮にまで入れる。それをあんな適当に終わらせていいものか?)
馨の脳裏を過るひとつの仮定。それはあまりにも、浮いていたピースが奇麗にはまっていくものであった。
(あの電話は俺に見せるための表面上のもの……。だとしたら、祖父とは事前にやりとりをしていたことになる。そして、そう矛盾だ。夕柊と少なからず関係をもった俺は彼の重荷になる。なら、なぜ問答無用で器を壊さなかったのか。逆を考える。『壊せなかった』のだ。なんのために?)
重くなっていたはずの瞼は完全に開いていた。興奮冷めやらない様子で、馨は思考を深めていく。
(そこから導き出されること。それは、『今日こちらの世界に迎え入れるのは、七々扇 綸と那珂町 馨の二人であった』ということ。そうだよ、考えれば考えるだけ変な点は出てくる。今日半日で夕柊の人となりはわかった。それを踏まえて、見ず知らずの人の食べ物に手を付けるような子だとは思えない。そしてなにより、……彼は、名乗ってもいない俺の名前を知っていた)
妄想甚だしいなと自分で思っておきながら、これ以上の理由はないとすらも馨は思っていた。
(槐さんが額の目で視覚共有していたものは何だったのか。玄葉さんはなぜ俺だけ脅したのか。これは仮説。確証のないこと。でもこう思ってしまうんだ。『俺は今日、誰かに見定められていたのではないか』。まあ、今ここにいるということはお眼鏡にかなったのだろう。俺にも何か価値があるということ? いや、その考えはまだ早計だ。……でも、そっか。今日の一連の件は、すべて計画されていたものだったんだね)
体に震えが走る。馨は頭まで布団を被り、膝を抱えた。
(ねぇ、夕柊。あの『ごめんね』は、俺に向けてだったの? 勇成の神隠しは、ただの偶然なんだよね……?)
◇
ここは学校の屋上。屋根がないため大雨に叩きつけられていた。
大雨の音に混じり、校舎に悲鳴が飛び交う。
手にはヌメっとした感触。見れば手のひらは真っ赤に染まっていた。
「……っあああああ!!」
雨に薄まった血がアスファルトに広がっていく。
邂逅 篇 ――完――
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第一章『邂逅』篇 完 です。
明日から第二章『神威学園 入学』篇 始動です。
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『一葉落ちて天下の秋を知る』は、わずかな前兆や現象から、事の大勢・本質・変化、または、物事の衰亡を察知すること、という意味のことわざです。一枚の葉が枯れて落ちるのを見て、秋の訪れを知るという意から。(出典:三省堂 新明解故事ことわざ辞典 第二版)




