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第十一話 神使と苦労人

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。




 「初めまして。(いと)ちゃんに(かおる)くん」


 吟丸(うたまる)は朗らかに挨拶をした。二人もすかさず挨拶を返す。


「僕は『吟丸』。もう聞いているかもしれないが、これから君たちが通う学校の先生をしている。ちなみに初めのクラスの担当だから、君たちの担任だよ。それから(しゅう)――夕柊(ゆうひ)の親代わりでもあってね」


 その微笑みは優しくもあり、仄かに色っぽさも滲ませていた。吟丸には男性でありながら美人という言葉が似合う。


 夕柊はというと――


「みんな、ただいまー」

 そう言いながら、石灯籠の後ろに隠れていたこども烏天狗の手を取り一緒に庭園に駆けていった。その声を聞いて、翼をはためかせ一斉に彼の元へ集まり出す烏天狗たち。


「見て、あの子俺の妹」

 と、夕柊は綸をみんなに紹介しだす。


 烏天狗たちは、言葉は発さずただ微笑みを浮かべていた。言葉はちゃんと伝わっているようだ。


「あっちはね、思わぬハプニングで仲間になった子」


 と、今度は馨を紹介する。烏天狗たちは目を見開いたり、口に手を当てたり、驚きの反応を見せていた。


 馨に気の毒そうな視線を送った烏天狗たち。そのうちの一人が馨に手を振った。馨は反射のように手を振り返す。


「あ、そうだ。今日(ゆう)くんがね……」


(ちょっと、何言うつもり?)

(あれとあれの話)

(どれだよ)


 夕との脳内会話も織り交ぜつつ、夕柊は言いたいことを一方的に話して満足げだ。


「みんな、またあとでね」

 そして手を振ると吟丸たちの元へと帰っていく。(せわ)しないが、夕柊にとって烏天狗たちも家族。挨拶や会話は彼にとって日常のことなのだ。それから、自分の中にいる夕を仲間と話せるようにするという意図もある。


「それじゃあ行こうか」

 夕柊が返ってきたのを見計らい、吟丸は歩き出した。


 祠から屋敷へと繋がっている長方形の飛石(とびいし)の上を進んでいく。


「ねぇ、ここ現代? (こんな立派な屋敷、昔にタイムスリップしたみたいだ)」


「そうだよ」

 口に手を当てこそっと聞いてきた馨に夕柊は淡々と答えた。そして、跳びはねるように一個飛ばしで飛石の上を渡っていく。


――カァ、カァ

 頭上から聞こえてきたのは烏の鳴き声。


 いち早く反応した夕柊は右腕を伸ばした。その腕にうまく足を絡めてとまった烏。しかし足は三本。この烏は『八咫(やた)(がらす)』だ。


「ただいま、『(きゅう)』ちゃん」

 夕柊は自分の腕にとまった烏の柔らかい羽根で包まれた体を優しく撫でる。


 玖と呼ばれた烏はもう一度鳴くと翼をはためかせ夕柊の腕から離れた。そして、煙を出して人間の姿へと変化(へんげ)した。


「おかえり、柊」

 陰りはあるものの細められた優しげな目元を携えた男性へと変わった玖は、お返しと言うように夕柊のふわふわな髪を撫でる。


「烏が、に、人間になった!?」

 驚きの声を上げた馨に玖は笑いを零した。


「はじめは驚くよな。俺の場合は妖力量が多いから人間に変化することができるんだ。人間と同じ言語を話すこともできる」


「すごいです!」

 目を輝かせる綸に玖は吹き出して笑う。


「ははっ。夕柊にこんな可愛らしい妹がいたなんてな」


「でしょう」

 夕柊は胸を張って自慢げに答えた。


「改めまして、俺は八咫烏の『玖』。よろしく二人とも」


 馨と綸に対して名乗った玖。後ろに組紐で一本に結わえられた短めの黒い髪と黒い瞳が烏らしさを(かも)し出しているも、その姿かたちは人間そのものであった。


「玖は僕の筆頭『神使(しんし)』なんだ。神使というのはいわゆる相棒みたいな妖かな? 詳しいことは学校で説明するけどね」


 吟丸の説明に「ほお」と関心を示す馨。

(神使。また新しい単語だ)


「夕柊くんや玄葉(くろば)さん、(えんじゅ)さんにも神使はいらっしゃるのですか?」


 いまだに顔を輝かせていた綸は前のめりに尋ねる。


「いるよ。俺の神使はコロポックルの『ちま』」


 夕柊のその言葉を合図に、彼の懐がもぞもぞと動きだし中から小さな生き物がでてきた。(ふき)の葉帽子を被ったその小さな生き物は綸と目を合わせると、よっ、と言いたげに片手を上げる。姿かたちは人間だが、大きさは手のひらほどで顔には口がついていないため話すことが出来ないようだ。


「か、かわいぃ! 着物着ている!」


 顔をちまに近づける綸。その可愛さにもう既に夢中になっているようだ。ちまの小さな体が纏っている着物、その裾にはたくさんの霞草(かすみそう)が散りばめられている。


「玄葉さんと槐さんの神使は?」

 綸に変わり尋ねた馨。


 槐はやっと出番が来たぜと言わんばかりに、ガバッと前髪をかきあげた。現れた額には彼の目と同様の目が付いている。


「俺の神使は今ちょっとお仕事中で姿は見せられないが、三つ目小僧だ。名前は『(じん)』。そんで能力は『視覚共有』」


「……つまり、今現在誰かと視覚を共有しているということですね。だから仕事中だ、と」


「そういうこと」

 言い当てた馨に弾いた指先を向けると、またまた額の目がウインクを飛ばした。そのなんとも様になっていること。


 真似してウインクをした夕柊だったが、結果はただ両目を瞑っただけだった。彼にはまだウインクは早いようだ。


 自分の番が終わり前髪を下げた槐は、視線を隣へ向ける。皆の視線も能動的に彼へと向いていた。


「早く、玄葉さん。みんな待っていますよ?」


 催促する馨に、

「そうだそうだ」と悪乗りする夕柊。


「……ケサランパサラン、ブランシェ、幸運。以上」


 玄葉は自分に集中した視線に辟易(へきえき)した態度を見せながら、要点だけを単語で答え有無を言わせず終わらせた。


 その勢いに圧巻されている馨と綸に、槐は丁寧に説明しなおし始める。


「ごめんな、ぶっきらぼうで。こいつの神使はなんと、かの有名な幸運を呼ぶ生物『ケサランパサラン』! 名前は体が白いから白を意味する『ブランシェ』。なんて安直な。そして能力はご想像通り『幸運』。能力発動時に自身に幸運が降りかかるというもの。これが案外イカしててさあ――」


「おい、槐。口が過ぎるぞ」


「ちなみにラシェが隠れているのはあいつの髪の毛の中! でも恥ずかしがり屋でなあ、なかなか顔をお目にかかれないのよ、これが」


 言葉を次から次へと繋げていく槐に睨みを利かせた玄葉だったが、彼は止まることを知らない。


「ケサランパサラン!」

 目を輝かせる綸にため息を零した玄葉は、自分の神使に声をかけた。


 すると、彼のハーフアップの団子がもぞもぞと動き出す。その団子こそがケサランパサランだったのだ。彼か彼女か定かではないが、ブランシェは毛の塊をもぞもぞさせ玄葉の頭の上に姿を現した。


「うぅ、かわいい!」

 光を発していそうな綸の瞳とブランシェのつぶらな瞳が合う。見つめられて数秒、耐えきれなくなったブランシェは頬を桃色に染めて素早く定位置に戻った。


「団子に擬態させるとか、案外可愛いところあるんですね」


 玄葉のハーフアップにされた髪を覗き馨はそう述べる。


「……お前、あの瞬間から俺に遠慮しなくなったな」


「そうですかね?」

 玄葉は明らかに変化した馨の自分への態度を見て不満げに零した。だが、馨はその言葉に素知らぬ顔。


「俺のちまも擬態できるかな。蕗の葉帽子と玄葉の髪色似ているし」


 そう言って、手のひらの上に乗せたちまを玄葉の後ろ髪に近づけた夕柊。だが、ちまが移る前に青筋を浮かべた玄葉に腕を掴まれ阻止をされたため叶わず。


「ほら、そろそろ中に入っておいで」


 玄関前でわちゃわちゃしている夕柊らに笑みを零しつつ、吟丸は取次(とりつぎ)(取次:玄関で客を迎える場所)から声をかけた。


「はーい」

 と返事をして夕柊は下駄を脱ぎ式台(しきだい)(式台:高さのある玄関に備え付けられた段差)に上がる。脱いだ下駄を揃えるのも忘れない。


 立ち上がった夕柊は吟丸に声をかけた。


「先生、なんだか嬉しそう」


 吟丸は自分を見上げる小さな頭に手を置いて答える。


「君が楽しそうだからだよ」

 その眼差しは、子の成長を喜ぶ親そのものだ。


「そんじゃ無事お届けしましたので俺らはここらでお(いとま)させていただきますわ、吟丸先生」


 玄関前で吟丸に向けて片手を上げた槐は告げる。


「うん、ありがとう」

 吟丸は笑顔で緩やかに手を振り返した。


一方、「はい」と、一歩前に歩み出た玄葉は夕柊に手のひらを向けた。なにかを欲している素振り。


「なによ」

 夕柊は彼を見上げて首をこてんと傾げる。


「一万円」

 それはまさかのお金の請求であった。


「なんで」

「お前のおもり代」

「そんなの発生しないもん」


 などと言い合う二人。腕を組んだ長身の玄葉は顎を上げて夕柊を見下ろす。式台の上にいても見上げる形になる夕柊だが、負けまいと目線を合わせ続けた。


 そんな空気を引き裂くように打ち鳴らされた手のひら。夕柊は後ろに振り向き音の主である吟丸を見つめる。


 吟丸は眉を八の字に下げると、玄葉に対し申し訳なさそうに言葉を返した。


「そうだよね。忙しいところ頼んじゃったもんね」


「あ、いや……」

 予想外の吟丸の返しに言い淀む玄葉。


「うん。『御影(みかげ)』くんに伝えておくね」

「だから冗談で……」


 弁解する玄葉を知らんぷりに、吟丸はどんどん話を進めていく。


「希望は翌日払いでいいかな?」

「い、いらない……」


「結構大変そうだったから言い値の3倍はあってもいいかもな」


「ほんと、すみません……」

 次第に歪んでいく玄葉の顔。


 お構いなしに事を進める吟丸は、とうとう懐から出した紙と竹の矢立(やたて)(矢立:筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具)で何か文章を書き始めた。できたものをどこから出したのやら小さな筒に入れると玖を呼ぶ。


「玖。これを届けてきてくれる?」

「任された」


 人間の姿から煙を出して八咫烏の姿へと戻った玖は吟丸の腕に乗った。その足に吟丸は筒を括り付け、腕を前に振り彼を飛ばす。


「あーあ、先生に滅多なこと言うから」


 飛んでいった玖を、手をかざして見上げながら玄葉に苦言を呈した夕柊。


 玄葉は両手で顔を覆い項垂れている。あれほど冷静沈着な彼のこの変わりよう。


「クソ……(もう、この親子本当いやだ)」

 弱々しく彼は声を漏らした。


 そんな玄葉の姿を見て、腹を抱えてゲラゲラと笑っているのは槐。


「玄葉、思わぬ給金だな! 良かったなあ!」


「……良くねぇよ(わかってて言うなよ、クソが)」


 言葉遣いまでもが崩れ始めたようだ。これは相当ダメージが入ったもよう。


 豪快な笑い声を出し続ける槐は項垂れている玄葉の肩を叩きつつ押しながら、葦名道場を後にする。


「槐くん、玄葉、またねー」

 玄葉の気苦労を知らずか、知っていて()えてか、夕柊は大きく手を振って二人を見送った。


「はぁ……。もう引き受けない。ぜってぇ引き受けねぇ」


「あらまあ、言葉遣いが崩れていますことよ、玄葉さん」


「うっせぇよ」

「どうどう」

 そして、槐はいつも通り玄葉を宥めるのだった。



 『空蝉』では必ず『弐対(につい)』という二人組で行動をする。妖の能力等で一人が正気を失った際、もう一人が直ちに(ほふ)るためだ。


 生まれて間もない時期に、一日違いで孤児院の前に捨てられていた玄葉と槐。この弐対は22年来の相棒である。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


日本で有名な回遊式庭園というと、『日本三名園』の『兼六園』『後楽園』『偕楽園』が挙げられますね。


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