第十話 彼の背負う性
こんばんは。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
馨と綸は、降り立った夕柊に思わず見惚れていた。
「か、かっこいい……」
綸の口から無意識に零れる賛辞。
「い、一瞬のことで何があったかよくわからなかった。えっと、妖?が今襲いに来て……」
言い淀む馨と口を両手で押さえている綸を挟むように、両端に並んだ玄葉と槐。
「あいつにとってはあれが日常だ」
夕柊の後ろ姿を見て玄葉は呟く。
「夕柊は生まれたその瞬間から妖に命を狙われているんだよ」
玄葉の言葉を補うように槐が続けた。
「初代と同じ特別な能力を持ってしまったがために、な」
視線を斜め下に移し、物寂しげに言葉を零した槐。
「故にこれからも、死ぬまでか、いずれ訪れるその時までか、夕柊は命を狙われ続ける」
「気が休まる瞬間なんてないだろうよ。けど、そんな素振り一ミリも見せなかっただろう? まだ15年、たった15年しか生きていないこどもが背負うような性じゃねぇよな」
「生意気で憎たらしい奴だが、それでも俺たちが傍で見ていてやらないとひとりですべてを背負いかねない」
玄葉と槐は交互に言葉を紡いでいく。
「お前らは生き別れとなって別々の世界で生きていた。違う。夕柊に特別な能力があったからあいつはこっちの世界で生きなければならなかった。夕柊だけが親元を離され……、いや、この話は今は関係ないな。とりあえず、お前が命を狙われるようになると言われた理由がわかっただろう?」
と、頭を傾け隣にいる綸の顔を覗き尋ねた槐。
綸は「はい」と頷く。
「私は夕柊くんの枷になる」
「そうだ。お前が人質に取られる、命を奪われる、そんなことがあれば夕柊は乱れる。優しい子だから」
「妖側もそれを狙っているということですね」
「ああ」
槐は綸の言葉に頷いた。
「表情や声色をあまり変えないのも、感情を相手方に悟らせないためなのかもな。弱みを見せないという意味で。真偽は定かじゃねぇけど」
眉を下げた槐は、前方で一つ目の猫妖と戯れている夕柊を見ながら微笑む。
「だから、今ここで覚悟を決めろ」
隣にいる馨の肩に手を置いて玄葉が告げた。
「……え?」
「言い方悪いが、お前がこっちの世界に来たという事実は夕柊の重荷をひとつ増やしたことと同義だ」
その言葉に息を呑んだ馨。
「知能を持った妖が確実にいる以上、夕柊と少なくとも関係をもつお前が狙われない保証はない。俺は聖人ではないからはっきり言うが、俺たちはお前より夕柊を優先させる」
馨の背を流れる汗。緊張感が彼を包んでいた。玄葉の手が離れても、肩は熱を帯びているようだった。
「もっとはっきり言おう」
「おい、玄葉! それ以上は――」
彼がこれから繰り出そうとしている言葉を塞き止めようと声を張り上げた槐だったが虚しく、玄葉は言葉を続けた。
「夕柊を守るために俺はお前に死を選ばせる」
馨の喉がヒュッと音を立てる。突然突き付けられた現実。別世界。
俯いた馨は束の間の沈黙後、小さく声を零した。
「……玄葉さんも大概じゃないですか」
その言葉に、腕を組んで目を瞑っていた玄葉は片目を開いて耳を傾けた。
「優しいですよ。聖人とまでは言いませんが、十分に。きっと夕柊は俺に限らず誰が亡くなっても悲しむ。おそらく彼を小さい頃から知っているあなた方はそれをよくわかっている。なのに、誰かに死を促すわけがないんです」
俯いていたはずの顔は、今や玄葉の目を真っ直ぐに見つめていた。自分と同じ高さにある緑青色の瞳を真っ直ぐと。
「自意識過剰と言われるかもしれませんが、俺を案じてくださっているのでしょう。そして、鼓舞してくださったんでしょう? 強くなれ、と」
馨の口が弧を描く。
「……都合の良い脳みそをしているな」
「ありがとうございます」
「皮肉だ(クソ。調子が狂う)」
玄葉は控えめに舌打ちを零した。
「まあ、そういうことだ。覚悟はちゃんとできているようだな」
苦笑いを浮かべた槐が顔を向けると、馨は力強く頷く。だが、その手は微かに震えていた。
「那珂町さん」と、綸は彼の名を呼ぶ。
彼女へ視線を向けた馨。
「共に頑張りましょう」
その顔からは彼女自身も改めて覚悟を決めたことが伺えた。
頷き返した馨は、いまだ猫妖と戯れている夕柊へと駆け寄る。それに続く綸。
「……ここは娑婆だ。ハンッ。これが罪悪感、かね?」
腰に両手を当てて肩眉を下げた槐が呟く。
「ああ。この選択が吉と出るか凶と出るか」
「おやおや、お前がいるのにそんな心配しちゃう?」
玄葉の言い草に、口に片手を当ててニヤニヤしている槐。
「どういう意味だ」
「だってお前の能力、『幸運』じゃん」
「……そうだな。俺が傍にいる以上不運は訪れない」
その言葉に呼応するように、彼の左頬に緑色の四葉の紋様が浮かび上がった。
「ひゅー、かっくいー!」
「やめろ三つ目。お前こそその額の目で上としっかり『視覚共有』できているんだろうな」
「おお、抜かりはねぇよ?」
そう言って、槐は額にかかっている前髪をかきあげた。露になったのは、額に付いたみっつめの目。その目がモデルよろしくウインクを決める。
玄葉はお得意の舌打ちを打ち鳴らした。
「ちょっとー、イチャイチャしてないではやくー」
戯れていた猫妖が離れて行ってしまい手持無沙汰になった夕柊は、袖に隠れた手を後方に振って呼びかける。
顔を見合わせた二人。玄葉は頬から紋様を消し、槐は前髪を戻して額の目を隠し歩き始めた。
夕柊は二人が動き出したのを見て、長い袖を遊ぶように腕を振って歩きだす。その顔からはわずかに嬉しさがにじみ出ていた。
「あ、『東久邇』の駄菓子屋。寄ってもいい?」
「ダメだ」
「えー」
ここらじゃ有名な駄菓子屋が見えてきてお願いした夕柊だったが、玄葉に即刻却下されたのだった。
ほどなくして――
「ついたー」
と、袖に隠れている両手を上げた夕柊。
「どこに?」
立ち止まった先を見ようと後ろから顔を覗かせてきた馨と綸に、夕柊は右横を袖でさした。
「えっと、祠?」
と、綸が戸惑いの声を零す。
そこには大きな祠があった。人が優に十人は入れるほどの大きさの。様式は神明造、瓦の屋根、紙垂のついたしめ縄、そして象徴的な本坪鈴。まごうことなき立派な祠だ。
「こんなところに祠ってあったっけ? こんな立派な祠あったら忘れないと思うんだけど」
馨の問いに首を振る綸。
この地に住む二人は、今夕柊が立ち止まったこの道もよく知っていた。だが、いくら記憶を辿っても祠の存在は確認できない。
「今までは見えていなかったのよ。だってこれ、妖だもん」
記憶を辿っていた二人に教える夕柊。
そして、両腕を祠に向けきらきらと手を振って紹介をする。
「こちら付喪神の宿った祠『社』さんです」
祠――社さんはその紹介に「どうも」と言うように木でできた体を前に軽く曲げた。その人間らしさに思わずお辞儀を返してしまった馨と綸。
「その能力はなんと『祠同士を繋ぐこと』。つまり瞬間移動」
夕柊の言葉に合わせて社さんは、今度は木の体を後ろに反らせた。その様はまるで、えっへんと胸を張っているようだ。
(動いている祠、ちょっと可愛いかも)
(あまりに生き物的過ぎて、ちょっと怖いな)
各々感想を抱くがそれは正反対であった。
「それではみなさんお乗りになって」
夕柊の促しに社さんは観音開きの扉をゆっくりと開く。祠の中も木でできていたが、床には羽毛でできたふかふかの絨毯が敷かれてあった。四つ角には青い光を放つ盆提灯。
「こ、こんな神聖な場所に入っても大丈夫なのですか?」
そう尋ねた綸に社さんは扉を勢い良く全開にして、歓迎の意を見せた。
「社さんも歓迎していることだし遠慮なく入れって」
躊躇っている二人の背を押し槐が入るよう促す。夕柊と玄葉はというと、我先にと祠の中に入っていた。
馨と綸は祠へと繋がる階段を一段一段噛みしめて中に足を踏み入れたのだった。
抑揚のない声で夕柊は言い放つ。
「ではでは皆さんお揃いですので、出発進行ー。行き先『葦名道場』」
それは一瞬の出来事だった。揺れるでもない、動くでもない。ただ、内側の扉の上にあった『行き先』という看板がくるくると高速で回転し、『長野県 伍』から『葦名道場』とへ変わっただけ。
――シャラン、シャラン
祠正面に付いていた本坪鈴が鳴り響く。到着の合図だ。
観音開きの扉が開かれ、夕柊を先頭に玄葉、槐、馨と綸の順で祠から出る。
全員を送り出した社さんは観音開きの扉を完全に閉じた。その外見は祠そのものであり、命が宿っているとは到底思えない。
最後尾の二人は飛び込んできた外の光に一瞬目を細め、そしてゆっくりと開いた。
その先の光景に思わず息を呑む。
目前に広がるもの、それは回遊式庭園であった。
夕日を帯びて金色の筋が入った橙色に輝く広大な池。その上をゆったりと進む舟、架かる太鼓橋、築山、名石の上にいるのは、夕柊と同じ濡羽色の二対の翼を背中から生やしたブロンドの髪と瞳の人間たち。一点違う点は烏の嘴をもつこと。
――コトリ
付近でした物音に視線を向ける。
ぽつんと建つ石灯籠、その後ろで隠れるようにこちらを伺うこども。だが、その姿は庭園にいる人間たちと同じ。
そう。彼らこそが妖『烏天狗』だ。
「やあ、待っていたよ」
包み込むような暖かく優しい声。
黒い髪を左耳の下で緩くまとめたたらし団子、目尻の下がった優しい目、夕柊に勝るとも劣らない白い肌の儚げな雰囲気を纏う男性が立っていた。首には柊の実のように赤い組紐を巻いており、首の後ろで蝶々結びされた長い紐の先が風に揺れる。
男性は馨と綸と視線を合わせると柔らかく微笑んだ。
彼の名は『吟丸』。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
『娑婆』は仏教用語で「苦しみを耐え忍ぶ世界」という意味です。




