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第18話『救出』

 俺のマスターを名乗るアネットさんより、魔人の巣への突撃を命じられた。かといって、反抗すると体に電撃が走るとか、催眠効果で行動を余儀なくされるとか、そういうこともないんだ。アネットさんは俺を抱き上げて、頭をぐりぐりと撫でまわしてくる。


 「あー。無理ならいいんだよー。ごめんねー。ワンコロちゃん」

 「誰か、魔法薬ないか?結界は?」

 「収集班、だたちに素材を探しに出る!」


 アネットさんが俺と遊んでいる間も、騎士団の人たちはあれやこれや、あたふたと対策を練りつつ慌てている。それどころか、ここに留まっているだけで強烈な臭いにやられてしまうのか、うずくまったり木陰に逃げ込む人すら続出している。なのに、俺は女の人に可愛がられながら、ただ見ているだけ。なんだか申し訳ない。


 「……どうしたの?ワンコロちゃん」

 

 アネットさんの腕と、控え目な胸のふくらみから抜け出して、俺は人々の足元をぬって逃げ出した。すると、今度は別の人に首根っこをつかんで持ち上げられる。


 「なにしてんだ。あっち、近寄るとあぶないぞ」


 この人は……さっきアネットさんを叱りつけていた、目つきの怖い男の人だ。俺を片手で軽々と持ち上げて、安全な場所まで運んでくれた。見た目は闇属性なのに、意外と優しい……。


 「……なんだよ」


 男の人は仕事へ戻ろうとするも、俺の視線に気づいて振り返った。目と目があう。あ……やっぱり、人と目をあわせるのは怖い。俺は視線を逃がして、そっぽを向いてしまう。


 「……もしかして、お前……騎士団長を助けに行きたいのか?」

 「……?」


 俺の目線が洞窟の方を向いていたせいか、意図せずして気持ちが伝わってしまった。男の人は俺の前まで戻って来て、ヤンキー座りながらに俺をにらみつける。


 「……解った。もう俺は止めないからな。勝手にがんばれよ」

 「ワンコロちゃーん!どこー?」


 アネットさんが追ってきた。俺は男の人の股下をくぐって、洞窟へ向けて駆け出した。正直、俺が行ったところで何ができるのかは解らない。もし俺が炭だったら消臭もできそうだろうけど、普通に石だから魔人の悪臭を吸うこともできそうにない。なお、嗅覚のスキルをオフにしているから、今のところは体に問題もない。


 「おぉい!なんか、ちっこいのが魔人の巣に入っていったぞー!」

 「アネットが騎士団長に魔物をけしかけた!」


 なんだか外が騒がしいが、目つきの怖い男の人の期待には応えよう。洞窟の中は暗くて視界が悪い。まず、それを解決するべく、スキルを確認してみる。


 「……」


 悪臭を取り除くスキルは……一覧から探してもないな。まだ騎士団長の居場所までは少しあるし、『発光』のスキルで暗闇を照らしながら進もうと思う。


 「……?」


 魔人の巣はダンジョンの体をなしており、通路は岩でゴツゴツして歪だ。階層もあって構造は複雑。ドアはないけど小部屋らしきものは随所に設備されていて、各部屋にはインテリアこそないものの、ワラで作った寝床がある。魔人の住んでいた部屋なのだろうか。もう家主が戻ることはないのだと考えると、やや物悲しさが残る。


 「……」


 通路に宝箱みたいなものが置かれている。RPGじゃあるまいし、勝手に盗ろうなどとは考えないが……リアルダンジョンの宝箱に何が入っているのか、ささいな興味がわいてしまう。だが、俺は騎士団長を助けに来たのだ。こんなことをしている場合ではない。なので、すみやかに箱を開けよう。小さな犬の姿では、大きなフタを開けられないな……そうだ。


 『ラーニングスキル ミラトル 造形(レベル2)』


 ミラトルというのは、カブトムシみたいな姿の魔物だ。これに変形して……長いツノで箱のフタを下から押せば……よし。開いた。しかも、この体なら飛べる。ブンブンと羽を動かし、石の体を箱の上へと持って行く。宝箱の中身は……。


 「……」

 

 ……ヨロイだ。魔人のヨロイ……すごく大きいな。これは人間じゃ装備できない。そういえば、村へ行こうとしていた魔人たちは、武器こそ持っていたけど防具は軽装だった。力のない人間の集落へ向かうという気持ちから、装備を怠って出かけたのかもしれない。


 宝箱の中からも黒いもやが溢れ出してきたから、きちんとフタを閉めて俺はダンジョンの奥へ向かった。今の俺は体が小さいから、背中の羽を動かせば軽快に飛ぶ事ができる。階段と呼ぶには、いささか形の整っていない下り坂を進み、ダンジョンの深部へと騎士団長を探しに進む。


 上り階段と下り階段は離れていて、下層へと降りるには少し時間がかかる。奥へ行くにつれて段々と、洞窟の中は建物の中のようなしっかりした作りになってくる。上の階は下っ端の魔人の部屋で、深い場所には階級の高い魔人が住んでいたと考えられる。木でできたイスや、人間から奪ったと見られる酒のボトルなども散らかっている。


 「……」


 騎士団長の居場所は解るんだけど、あちらの歩いている深さまでは解らないから、俺の現在地と緑色のマークは何度か重なったりしている。そろそろ遭遇する可能性が高まってきたから、暗闇を照らしている体の光は消しておいた。目だけを弱く光らせておけば、最低限の視界は確保される。飛行も止め、ここからは6本足で頑張って進む。


 「……ああ……うう……んん」

 「……?」


 物の崩れ落ちる音しか聞こえなかった空気の中に、人のうめき声のようなものが混じって届いた。大きな人影と、揺れる小さな光が見える。あれは……あっ、いた。騎士団長だ。


 「……ううん。私は今……どこを歩いているのだろう。ああ……具合が悪くなってきた。今、魔人の残党とあいまみえよう。すれば、真っ向と戦えるか疑問だ」


 かなりはっきりと独り言を発している。さすがの騎士団長も、敵のアジトへ1人、しかも視界不良とくると、それなりに不安な様子だ。この部屋は豪華な作りとなっていて、上流階級の魔人が住んでいた場所と見られる。ボスの住処までは近いと思うのだけど……この階が最も入り組んでいて、道は割と複雑だ。


 「……うう」


 騎士団長は部屋の一角にしゃがみ込み、小さなガラスびんに口をつけて何か飲みつつ、弱々しく溜息をはいている。見た感じ、バリアや特殊な魔法をかけているようには見えないが、どうして騎士団長は巣に入っても大丈夫なのだろうか。


 「……」


 ボスの住んでいた場所が近いせいか、道の先にある黒い霧は濃くなる一方だ。これ以上、騎士団長に無理をさせると危険だ。さらわれた人を探し出し、ここまで俺が連れてきた方が安全かもしれない。そう考えて、俺は騎士団長がいない道へ回り込もうと後ろを向いた。


 「……なんだ。あれは」

 「……?」


 急に騎士団長は立ち上がり、剣を鞘から抜きつつ歩き出した。ダンジョン内に敵はいない気がするけど……いや、あの人。こっちに来る。見つかっては大変だ。俺は目の光を完全に消し、道の片隅へと身をひそめた。


 「……ネココだ。ネココが見えるぞ」


 騎士団長の持つ灯りは俺まで届いていない。もう体の光は消している。なのに、なぜか彼は俺の方へとにじりよってくる。それも、ネココという謎の単語を口にしている。俺、ヒカリとかワンコロとは呼ばれたけど、まだネココではないぞ?ちょ……。


 「待て!ネココ!」

 「……!」


 追いかけてきた!俺は目に弱い光を灯して視界を確保し、訳も分からずダンジョンの奥へと向かって逃げ出した。あちらは武器を持っているし、モンスターの姿をした俺には手加減はないかもしれない。幸い、通路は幾通りもあるから、騎士団長のいない道を進んで最深部を目指すことはできる。


 右。左。右。この坂を上がった先に、緑色のマークがある。捕らわれの人質がいるに違いない。折角だから、このまま騎士団長を誘導しよう。追いつかれないよう、置き去りにしないよう、俺はオオカミの姿へと変身し、数分ほど走り続けた。道の向こうに光が見えてきた。その中へと飛び込む。


 「……?」


 洞窟の奥に黒いもやはなく、金色や銀色、宝の山があった。天の光も届かない場所なのに、宝物は自らの輝きで部屋に光をあふれさせている。洞窟の中とは思えない豪華な部屋は、まるでここだけ王様の一室だ。そんな部屋の奥に、緑色にキラめく地底湖のようなものがある。


 「待て!」


 ジャッジャッジャという、重い足音が聞こえてきた。騎士団長だ。俺は部屋にある宝の山へと身を寄せて擬態し、体も丸い石の形へと戻した。これなら見つからないはず……。


 「……ここは……むっ!」


 騎士団長は金銀財宝を踏み越え、部屋の奥にある湖へザブザブと入っていく。緑色の光を放つ水の中から、白いものを抱えて戻ってきた。真っ白い肌……あれは、裸の女の人だ。騎士団長は背中のマントを取って、女の人の体に巻きつける。


 「呼吸は……あるな。気は確かか?」

 「……」


 騎士団長が声をかけているが、女の人は気絶しているようで返事はない。その反応を見て、騎士団長はバッグの中からビンを取り出し、そっと女の人の口へと流し込んだ。女の人は顔をしかめて咳き込み始める。


 「かはっ……はあ……はあ」

 「すぐに連れ出す。もう大丈夫だ」


 近くにあった大きなイスへと女の人を寝かせ、騎士団長は光るペンで床に魔法陣を描き始めた。てっきり、このまま来た道を戻るのかと思ったが、あれは何をしているんだろう。

 

 「できたぞ。ん……?」


 騎士団長が……俺を見ている。もう体も光っていないし、形だって丸いただの石だ。なのに……間違いなく、俺を見ている。


 「これも持って行こう」

 「……?」


 俺を片手に握りしめ、女の人を抱えて魔法陣の中に立つ。騎士団長がカカトを鳴らすと、魔法陣から光が立ち上った。なにこれ?うわ……。


 「……」


 視界が光に包まれる。すると、いつの間にか、俺たちは洞窟の前に到着していた。ワープ魔法か?こちらの地面にも、似たような魔法陣が描かれている。これで魔法陣間を繋いで、テレポートできる仕組みなのかな。


 「みんな!騎士団長がご帰還!」

 「騎士団長だ!寝てる魔導部隊を起こせ!」


 待ちぼうけだった騎士団の人たちが騎士団長を取り囲み、救助された女の人を預かったり、ヨロイについた水を拭いたりしている。貫禄のあるオジサンの隊員が、書類を手にしつつ騎士団長に声をかけている。


 「騎士団長!あの闇の中、よくぞご無事で」

 「ネココが……ネココが私を導いてくれたのだ。ネココ」

 「……?」


 などと、また謎の単語を口にしつつ、騎士団長は俺を差し出した。おじさんは目を細め、俺をジッと観察している。


 「……たしかに、何か動物の顔らしきものが、魔法筆で描かれていますな」

 「あー!アネットのワンコロちゃん!団長、返してください!」


 あ、アネットさんだ。騎士団長から俺を受け取っている。丸い石の姿になっている俺をなでているからして、俺も犬の姿へと変形して顔をあわせた。


 「……君。新人のアネットだったか。それは……生き物なのか?」

 「そーだよ?アネットの使い魔のワンコロちゃん!騎士団長を助けてくれたんだよね?」

 「ほお……」


 騎士団長のヨロイに、俺の姿が映っている。濡れてぼんやりとしているが、俺の背中にピンク色の光がついているのを発見した。アネットさんが描いた落書きが光って、それを見つけた騎士団長が暗闇の中を追いかけてきたのだと察した。

 

 「ワンコロちゃん。汚れちゃったね。ふいてあげる」


 バッグから布を取り出し、アネットさんが俺の体を丁寧にふいてくれる。その様子を後ろから、まじまじと騎士団長が俺を見つめている。俺の背中が布で拭かれると、なにやら騎士団長は残念そうにまゆをひそめた。そんな様子を知ってか知らずか、おじさんが騎士団長にもタオルを渡しながら声をかけている。

 

 「しかし、さすが騎士団長。あの臭いに負けず、勇敢に敵のアジトを攻略されるとは」

 「臭い?言われてみれば……少しするな」

 「……え?」

 「……ん?」

 

 あの口ぶりからすると、いうほど酷い臭いではないのかもしれない。洞窟からは少し離れているしと考え、俺は好奇心に負けて嗅覚スキルをオンにしてみた。


 「……ッ!わううううん!わううううん!」

 「どうしたの?ワンコロちゃん?ワンコロちゃん!」


 もだえるほど酷い臭いだった。あの騎士団長、絶対に鼻が悪い……間違いない。


第19話へ続く

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