第17話『契約』
調査隊の話を聞いたところによれば、帝国騎士団の本隊は魔人のアジトへ向かったらしい。村からでは確認できなかったけど、この場所からならマップで居場所を探せるかもしれない。
「……」
マップを縮小して、見える範囲を広げていく。すると、人間の居場所を示す緑色のマークが、10も20も集まっている場所があった。魔人の一件があったばかりの現状、この近くにいる集団なんて騎士団くらいなものだろうし、ここが魔人の巣だと考えて間違いないはずだ。ちょっと遠いけど、オオカミの姿に変身して走れば10分くらいで着くと思う。
「……」
俺は調査隊に見つからないよう、丸い体を転がして岩陰に隠れ、四足の姿に変形して駆けだした。下り坂は道もキレイに作られていて、崖には転落防止用の柵もついている。山道をぐるりと螺旋状に降りていく途中、遠くの景色にお城が建っているのを見つけた。
空へかかるほど存在感のある城だ。あれほど大きな建物は、景色の中にも他に見当たらない。あそこが、騎士団を派遣した帝国の領地だろうか。
このまま俺が全力で走っても、城までは丸1日はかかりそうな遠さだ。いつかは行ってみたいものだけど、今日は騎士団の様子を見るという当初の目的を優先した。小さな川にかかった橋を飛び越え、マップを頼りにしつつ森へと入った。
モンスターの居場所はマップに表示されているから、危険な場所は避けて通ることはできる。しかし……この先に巨大な赤い丸印があるんだけど、あれはなんだろう。赤マークだから、きっと敵なんだろうけど……用心しつつ、俺は迂回しながら騎士団の元へと向かった。
「……?」
……待てよ。敵の居場所が解るんだから……そうだ。じゃあ、魔人のアジトに残党がいるかどうかも知ることができるかもしれない。よし。これも試してみよう。
ええと……洞窟の中に、敵を示す赤い印はない。その代わり、洞窟の奥の方に緑色のマークが1つあり、洞窟を進んでいる緑色のマークも1つ見つけた。他の騎士団の人たちは、洞窟の外にいるようだ。
「……?」
突然、森が終わった。陽の光の下へ出て誰かに見つかることを恐れ、俺は木の陰に隠れて周辺をうかがってみる。
ここは海……いや、砂浜がないから大きな湖か。広い水面が風になでられて、白い波をさーっと遠くまで流していく。高低差はマップで確認することができたけど、水のある場所はよくマップで見た事がなかったから、草原のような場所があるのだと漠然と勘違いしていた。
さっき見つけたマップ上の大きな赤いマークは、湖の中にあるらしい。水の青さで底が見えないけど、つまり……怪獣みたいなモンスターが水の中にいると考えられる。ネッシーでもいるのか?ぜひ、見たい。怖いけど……やっぱり見たい。でも俺って、カナヅチどころか体が石だし、沈めば浮上するのに苦労する可能性もある。それは困る。やっぱりやめよ……。
気をとりなおして、俺は騎士団の人たちがいる場所を目指した。青々としていた森の空気がよどみ始め、火事でも起きているのではないかと見間違える黒い霧が立ち込めてきた。視界は悪いけど、マップを頼りに先へと進む。何度か木に頭突きしてしまったが、人の声が聞こえてくる場所まで無事に辿り着いた。
「早く!魔人の巣から漂う不浄を消せ!」
「やっている!魔導部隊は全力を尽くしている!」
大勢の人だかりがある。その向こうで、ビュービューと風の吹く音がしている。魔法で魔人の巣を浄化しようと試みているみたいだけど……人が多くて、よく見えない。あまり近づくと騎士団の人たちに気づかれるし、見通しのいい場所を探してみる。
「……」
太い木の枝へ飛び乗ってみた。湖のほとりに洞穴の入り口があって、その中から黒い煙が発生しているようだ。魔導士風の格好をした人たちが、洞窟の中へ風の魔法を送り込んでいる。リディアさんのお兄さんの姿は……どこにも見当たらない。
「ナイト部隊。総員、突撃!」
「おお……ダメだ!無理無理!」
背の高い男の人たちが、剣をかかげながら洞窟へ駆け込もうとする。しかし、剣を鞘におさめつつ、鼻をつまんで戻ってきた。そんなに臭うの?興味本位から嗅覚スキルをオンにしてみようかと考えたが……人間の鼻で耐えられない臭いなんだろう?犬の嗅覚でかいだりしたら、精神崩壊をおこすかも解らない。やめよう。
「……!」
急に俺の体が浮かび上がった。腹の辺りを持たれているような感触がある。背後から、女の子のはしゃぐ声が聞こえてくる。
「なにこれー?ちっちゃいワンちゃん!みんなー!見てみてー!」
謎の人物は俺を持ち上げたまま、騎士団の人たちが集まっている場所へ降りていく。ポンと地面に置かれ、大勢の視線が俺に向けられる。目つきの悪いお兄さんが剣に手をそえながら、じろじろと俺をにらみつけている。
「こいつ……犬か?でも、体が石だぞ?学者班。こんなの知ってるか?」
「見た事のない生き物だ。博士なら知っているかもしれない」
学者風の人も、俺の正体が解らないらしい。人の視線が怖い……逃げ出したいけど、下手に動いたら攻撃される心配がある。ひとまず、降参の気持ちを込めて前足をのばしつつ、体を丸めてうずくまってみた。すると、俺を運んできた女の子が、また俺を持ち上げて胸に押しつけた。
「ほらー!怖がってんじゃん!やめたげてよー!」
「やめたげてよー……って、アネットが持ってきたんだろうが。つーか、どこ行ってたんだよ。仕事さぼるな」
「おい!お前ら、我らが騎士団長が1人で敵地に赴いているのだぞ!遊んでいる場合か!」
じゃあ、騎士団長は1人で魔人の巣に入っていったのか。マップを見る限りでは、洞窟の中にある緑色のマークは移動している。生きてはいるんだろうけど、道が解らないからか、はたまた視認性が悪いからか、一向に奥へは進んでいない。
「魔導部隊!浄化を再開しろ!」
「魔力0です!一旦、睡眠をとります!」
今の今まで手から嵐のように風を起こしていた人たちが、ぞろぞろとテントへ入っていく。魔力って、寝れば回復するものなのか。新しい知識を得た。それでもなんとか騎士団長の力になりたいのか、ナイト部隊はマントを外して、バサバサと洞窟へ風を送っている。
「あっ!そうそう!ワンコロちゃん。あっ。今日から君、ワンコロちゃんね。契約しちゃおーっと」
「……?」
ワンコロちゃんって……俺か?俺を連れてきたアネットという女の子が、俺を地面の上に戻しながら語り掛けてくる。契約?それなに?ハンコでも押すの?
「おい、アネット。遊んでんじゃねーぞ」
「だってだって、あの中に入るのとか無理だし、アネットにできることなんてないじゃん」
「新人は仕事を見るのが仕事なんだよ。よそ見してんなっての」
一応、アネットさんのステータスを見てみる。レベル10か……すると、リディアさんやエメリアさんよりは低かったはずだ。歳は……女子高生くらいだと思われる。赤くて透きとおるような長い髪で、ちょっと目は切れ長。転生前の俺だったら、生涯で一度たりとも関わらなかったであろう陽気な女子である……。
「成功するかな?とりあえず、やってみよー」
アネットさんは俺の体を囲うようにして、枝を使って魔法陣らしきものを地面に書いていく。なにやら思い出しながら書いている様子なのだが、線はゆがんでいるし陣の中にはハートマークとか星マークとかが並んでいる。これ……魔法陣なのかな。そんな俺と同じ疑問を持って、アネットさんより年上の女の人がやってきた。
「アネットって、弓兵でしょ?魔法なんて使えるの?」
「ふふん。ペットを飼いたいから、魔獣契約術式試験6級を取ったアネットちゃん!」
「6級って……ここにいる人、大体は4級以上よ?」
試験か。日本でいうところの、資格試験みたいなものに相当するのだろうか。でも、もし間違ってでも契約成立しちゃったら……俺、この子のペットとして生きるの?まだ今なら逃げだせるだろうか。そう思って立ち上がろうとしたところ、アネットさんに頭をなでられてしまった。
「もうちょい待ってねー」
横にいる年上の女の人の不安そうな視線を見るに、あまり成功する確率は高くないと思われる。楽しそうなアネットさんをガッカリさせるのも気の毒だったから、契約魔法とやらを受けてみようと腹をくくった……。
「……よし、できた!契約しちゃおー」
魔法陣のはしを枝の先につつく。すると、一瞬だけ魔法陣が光を発した。
「……」
……終わり?体には異変はないし、自分のステータスを見ても、契約関連の表記はない。戸惑っている俺を持ち上げ、ツルツルした岩の体へアネットさんはほおずりしている。
「せーこー!はい。ワンコロちゃんは、アネットのものー」
「……でも、契約の刻印ないけど?」
「じゃあ、書いちゃう」
アネットさんはピンク色に光るペンのようなものをバッグから取り出し、俺の背中に何かを書き込んだ。俺からは見えないけど……何を書かれたんだろう。
「ワンコロちゃん、アネットのものになっちゃったんだよ?今、どんな気持ち?」
どんな気持ちって言われても……なんにも実感がわかない。本当に成功したの?それすら解らないけど。
「おい、アネット!遊んでんなよ!騎士団長が1人で頑張ってんだぞ!」
「はいはーい」
おじさんに怒られているが、アネットさんは意に介さない。そんな中、ふと彼女が俺の目をじっと見つめてきた。はずかしさに2秒ともたず、俺は顔を下に向けてしまう。
「……そーだ!ワンコロちゃん!」
「……?」
俺を地面に置き直し、アネットさんが洞窟へと指を向ける。あれ……これって、まさか。
「最初のお仕事だよ。騎士団長を救出してきてちょーだい!」
「……!」
出た……陽気なギャル特有の無茶振り。こういうの、なんか新鮮だ……。
続きます。




