サークル難民ダイク、生徒会へ強制配属
石屋の訪問者たちが去り、一瞬の静寂が空間を満たす。
作業台に並ぶ導線、魔水晶、生体組織で構成された複雑な装置は、絶えず律動的な蛍光を脈打たせ、暗い室内に淡い光を落としている。
ウラミシュタイン——本人の望む通り、シュタインと呼ぼう——は縫合線と金属接続口が無数に残る指先で、エネルギー節点を精密に調整していた。
乱雑極まりない実験室の環境、奇怪な縫合姿とは対照的に、その動作は極めて安定で、熟練の冴えを見せている。
ヴィグはまだ退出せず、扉枠に身を預けて佇んでいる。胸の冷蔵庫扉を少し開き、冷気をシューッと漏らしながら、光学センサーで興味深くシュタインの実験風景を眺めていた。
「なぜ、あの新入生たちを連れてきた?」
シュタインは顔も上げず、淡い声を落とす。
「面白いからだよ」
ヴィグの合成音は軽快で、まるで当然のように響く。
「特にあの骸骨、まさか君の崇拝者で、サインまで欲しがるなんて!はは、あの必死な様子は最高だった」
格賀が骨片を掲げていた姿を思い出し、センサーがくるりと弧を描く。
「お前はますます狂ってきたな」
シュタインは平坦な口調で評する。
まるで天気の良し悪しを述べるような、何の起伏もない声音だ。
彼は慎重に、電弧が煌めく銀色の特殊溶液を一滴、装置の中心に滴下する。
「先生だって同じでしょ」
ヴィグは自然に反論し、親しげな雰囲気を滲ませる。
「こんなゴミ屋敷みたいな実験室に籠もって、勝手に『魔王』の肩書きを押しつけられてるんだから」
シュタインの動作が一瞬止まる。
異色の双瞳が冷ややかにヴィグを一瞥し、暗金色の瞳奥に細かい雷光が一瞬流れた。
「俺はどうでもいい」
声がわずかに低く沈み、嫌な記憶をなぞるような重たさが宿る。
「ここでも、外界でも、実験室でも、魔王庁でも……何になろうと、大した差はない。俺の研究さえ邪魔されなければ、それでいい」
「なら僕も同じだね」
ヴィグは機械の手を広げ、周囲に散乱する魔獣の臓器や機械パーツを眺める。
「この学院では、異常な奴が普通で、普通な奴がかえって浮いてしまう。
つまり——『正常』な方が、ここでは『異常』なんだ」
この言葉を受け、シュタインは短く黙り込む。
縫合線で区切られた顔の筋肉が微かに動き、苦笑なのか、複雑な感慨なのか、読み取れない表情が過ぎる。
「どうでもいい」
やがて吐き捨てるように呟き、再び眼前の装置に全神経を集中させる。
銀色の溶液が生体組織と奇妙な融合反応を起こし、装置の脈動光は一層鮮やかになる。
「議論するだけ無駄だ」
ヴィグはこれが会話終了の合図だと悟る。
それ以上口を挟まず、ただしばらく、孤独に研究に没頭する背中を見守っていた。
やがて静かに踵を返し、金属の足音を殺して石屋を後にする。
伝説の魔王が抱える、知恵と混沌に満ちた孤独な空間を、再び彼一人に返した。
入学一ヶ月と二週目、水曜日。
採光に恵まれ、校内でも随一の静かな自習室に、「骨折り損小隊」の五人が集まっていた。
宝探しの騒動、突然の襲撃、豪勢な夕食、伝説の魔王との予期せぬ遭遇——数々の波乱を共に乗り越えたことで、五人の間には奇妙な連帯感が生まれていた。
動作も言動も緩慢な真菌ゾンビのマッシュルでさえ、無言で小隊の一員として同行することを自覚している。
今、ダイクは爪で頭を掻きむしり、ひどく頭を悩ませていた。
豹人特有の耳は垂れ、尻尾も椅子の後ろで力なく垂れ下がり、全身に憂鬱な雰囲気が漂っている。
「なんだよ、この学校……新入生にサークル加入を強制するなんて」
彼は『真央学院サークル管理条例(新入生特別版)』の羊皮紙をテーブルに叩きつけ、不満を漏らす。
「加入しなかったら、自動的に生徒会に強制配属?こんな理不尽な規則、ありえない!」
向かいの爪原は、今日の訓練でついた泥を濡れ布で丁寧に拭き取っていたが、言葉を聞いて顔を上げ、犬耳を警戒的に立てる。
「生徒会、すごく怖いって聞いたよ。
管理がめちゃくちゃ厳しくて、各種評価指標があって、達成できないと罰則まであるんだ」
声を潜め、身に寄せて続ける。
「同族の先輩がこっそり話してくれたんだけど、以前任務に失敗して、一ヶ月間『蠕動楽園』粘液区の掃除を強制されたらしい……地獄だったって」
傍らのウォフは、ようやく魔王との戦いで痺れた体を回復させたところだ。
毛先は少し焦げて縮れたままだが、彼はわざと数房残し、「強者挑戦の勲章」だと自負している。
肉干を大口で咀嚼しながら、ざっくりと補足する。
「しかも生徒会の連中、実力が桁違いに強い!
昨日、生徒会主催の治安演練を見かけたんだけど、一人の風紀委員が暴れるガーゴイル三体を瞬く間に制圧してた!めちゃくちゃすごい!」
瞳に再び好戦的な光が宿るが、石屋で感電した記憶が蘇り、すぐに気落ちして肉干を強く噛み締める。
「あ……ぷすぅ——」
マッシュルが胞子の漏れるような緩慢な声を上げ、会話に加わる。
肩に生えた小さなキノコが音と共に弾け、無害な淡黄色の胞子霧が陽光の中でゆっくり漂う。
隣の格賀は動じず、骨の指で小さな気流を作り、胞子を窓の外へ誘導する。
厚い専門書を机に置き、平静な魂火をダイクに向ける。
「それで、どのサークルに入るか決めたか?」
「まだ全然……お前たちは?」
爪原は元気よく答える。
「僕はもう『疾風犬社』に入部したよ。速度訓練、追跡、集団連携が中心で、すごく自分に合ってるの」
ウォフは胸を張り、力強く宣言する。
「俺は『剛岩強勁社』!
腕利きの猛者がたくさんいて、訓練は厳しいけど効果抜群だ!社長に才能があるって褒められたんだ!」
純粋な肉体強化を旨とするこのサークルに、彼は心底満足している様子だ。
「俺は『魔導科技深層原理研究社』、略して魔研社。既に主力メンバーだ」
格賀は淡々と告げるが、眼窩の魂火が微かに明るくなり、わずかな自負が滲む。
膨大な知識を持つ彼にとって、理論研究を重視する魔研社から重宝されるのは当然のことだ。
ダイクは最後にマッシュルに目を向ける。
きっとこいつは何も決めてないだろう——と思いきや。
マッシュルはゆっくり首を回し、菌膜の瞳でダイクを眺め、緩慢に一言漏らす。
「あ……」
「マッシュルは『自然植物研究社』にスカウトされた」
格賀が代わりに説明する。
「植物社のメンバーが、彼の体から希少な変異菌株が安定的に採取できることを発見し、宝物のように扱っている。
聞くところによると、社長は我先にとマッシュルを引き抜いたらしい」
ダイクは一同をぐるりと見渡し、絶望に近い茫然に包まれる。
「マジ?……俺だけ、どこにも決まってないの?」
マッシュルを含む四人が、無言で頷く。
「……」
ダイクの豹人生は一瞬、色彩を失った。
「だめだ!絶対に嫌だ!」
ダイクは猛然と椅子から跳び上がり、爪を握り締め、落ち込みを一蹴して決意を固める。
「地獄の生徒会に行くくらいなら、どんなサークルでも入る!
今日から、全部片っ端から挑戦してやる!」
こうして、ダイクの絶望的なサークル探し——いや、連続壁打ちの旅が始まった。
第一陣:魔導科技深層原理研究社
場内は精密魔導機器、複雑な魔紋図、浮遊する魔水晶、不安定なエネルギー波動に満ちている。
リッチ、エルフ、構造体生命体、格賀のような頭脳派ばかりが集い、魔獣知能付与、遠距離魔導伝送、空間魔具構造などの難題を熱狂的に討論していた。
ダイクはまるで高等学術研究所に迷い込んだ原始人のように、ただ立ち尽くす。
一人の幽霊部員が初級魔紋二十七基礎理論を解説し始めた瞬間、羅列された鬼のような記号と天文学的な数式を見て、頭が完全にパンクする。
「無理だ……符文も魔理論も、まるでわからない……」
頭を抱えて脱走。
格賀が「基礎知識から学べばいい」と慰めるが、ダイクには何の励ましにもならなかった。
第二陣:剛岩強勁社
闘技場並みの広大な訓練場に、歓声、重物衝突音、筋肉と肉体の激突音が轟く。
空気は汗と熱血の匂いで満ち、一部の獣人族は訓練の勢いで本気で血を流している。
身長三メートル近く、黒曜石の硬殻に全身を覆われた竜裔社長が、豹人は敏捷型だと聞き、「温情」をもって基礎耐久試験を課す。
自身の体重三倍の魔鉄鉱石を背負い、訓練場を百周走破せよ、と。
ダイクは全力で半周走ったところで、肺が焼けるように痛み、足は鉛のように重くなり、尻尾さえ引きずれなくなる。
隣で巨木を担いでスクワットしながら談笑する巨人や牛頭人を見て、潔く諦める。
「訓練強度がバグってる……絶対続かない」
ふらつく四足で、訓練場から這い出る。
第三陣:自然植物研究社
高温多湿の巨大温室は、泥土と独特な発酵臭、植物の青臭さが充満し、あらゆる奇形植物と妖しいキノコが繁茂している。
植妖、花精、マッシュルのような特殊生命体が、静かに観察と記録を続け、空気は緩慢でほとんど停滞している。
ダイクは『夢魘藤』の角度観察記録を任される。五分ごとに蔓先の曲がり角度を記録する、単調極まりない仕事だ。
三十分耐えたところで、緩慢なリズムに睡魔に襲われかけ、更に突然開花した『睡癒花』の催眠胞子を顔面に浴びる。
「退屈すぎる……もう無理……」
あくびを噛み殺し、ふらふらと温室を後にする。
第四陣:疾風犬社
最後の希望を懸け、爪原の所属する敏捷系サークルを訪れる。
犬人族、狐族、豺狼人など敏捷獣人が集い、高速転回、集団狩猟、嗅覚追跡の訓練に励む、活気溢れる場所だ。
だが、鋭い眼光のドーベルマン犬族社長はダイクを一瞥し、礼儀正しく断る。
「申し訳ないが、君は猫科だろう?
当サークルは犬族の連携体系を基盤としており、種族特性が合わない」
「……そ、そっか」
その後数日、ダイクはすべてのサークルを片っ端から試し尽くす。
『深淵詩歌同好会』——自身の野太い朗読に、聴衆が次々と感知器官を塞ぐ大惨事。
『錬金術興味サークル』——初実習で腐食性粘液を生成し、実験台を半壊させ、即刻退場。
『魔界美食鑑賞会』——食べ過ぎで、ただ飯目当てと疑われ除名。
『裁縫芸術部』——不器用すぎて、道具を壊しまくり脱落。
才能が合わない、興味が湧かない、単純に不手際で失敗——
結局、一つたりとも合格できなかった。
加入締切前日の夜。
ダイクは『咆哮原野』の自獣穴にへたり込み、虚空を眺めて力なく横たわる。
尻尾が無気力に地面を掃き、全身に絶望が漂う。
挑戦できるサークルはすべて挑戦し尽くし、残ったのは敷居が高すぎる理論系、特殊すぎて馴染めない専門系ばかり。
「うう……終わった……」
喉から哀しい鳴き声が漏れる。
「結局、生徒会に強制配属されるのか……」
翌日の朝。
真紅の生徒会印章が押された通知書が、正確に獣穴の入口に投函されていた。
真央学院生徒会 強制配属令
宛先:獣人族(豹人種)新入生 ダイク
審査の結果、貴殿は期限内に正式サークルへの加入を完了せず、『学院サークル管理条例』第三条第七項に抵触しました。
規則に基づき、貴殿を学院生徒会へ強制配属いたします。
当日日没までに、生徒会本部『秩序の塔』一階にて入部手続きを行うこと。
期限超過の場合、違紀記録並びに単位減点の処分を執行する。
——生徒会風紀監察部
ダイクは軽い一枚の羊皮紙を手に、全身の力が抜ける。
陽光が窓の蔓から差し込んでも、心に降り積もった暗雲を晴らすことはできない。
厳格な規則、過酷な評価、面倒な任務、実力桁違いで無表情な先輩たち——
生徒会での地獄のような日々が、ありありと想像できた。
小隊メンバーたちは知らせを聞き、それぞれ異なる反応を見せる。
爪原は同情し、優しく肩を叩く。
ウォフは無邪気に大笑いし、「生徒会なら強者だらけ、挑戦し放題だ!ラッキーだ!」とはしゃぐ。
格賀は一瞬沈黙し、淡く呟く。「生徒会図書館の禁書エリアは、高権限者のみ閲覧可だ」
マッシュルはゆっくり頷き、「あ……」とだけ返す。
ダイクは泣きたくても泣けない。
平凡で楽しいはずの学院生活は、強制的な生徒会入部によって、秩序と規則、面倒事に満ちた未知の未来へと転がり落ちていく。
この一連の出来事で、ダイクは一つの真理を悟った。
選択肢が多すぎても、選択肢がゼロでも、
最後に辿り着くのは、同じ胃の痛みを伴う結末なのだ、と。




