ゴミ屋敷の魔王?
石小屋の内部は外観よりも一層暗く、複雑極まりない気配が充満していた。
錆びた古い金属の臭い、薄く漂う防腐薬の気配、刺激的な有機溶剤の鼻に刺す臭い、それに回路過負荷で焼け焦げたような独特な焦げ臭い。それらすべての下に、微かな塵と古い石材の土臭さが潜んでいる。
ヴィグが先頭に立って足を踏み入れる。鎧の擦れる金属音が、がらんと空いた石室に虚しく反響する。続いて四人も中に入り、暗がりに目を慣らしていく。
眼前に広がる光景を見て、ダイクが思わず小声で嘆息する。
「なんだこりゃ、めちゃくちゃボロボロじゃん」
「研究室だよ」
ヴィグはあっさり答えるが、この空間は研究室と呼ぶにはあまりに乱雑だ。
まるでハリケーンに蹂躙されたゴミ捨て場と、魔獣解体場が混ざり合ったような有様だった。
壁際の棚には、見るだけで不安を煽る奇怪な素材が無造作に並んでいる。濁った保存液に浸かった巨大な魔獣の眼球、鱗や硬殻のついた切断肢体、新旧入り混じった歯車やピストン、絡まり合った導線——微かに魔紋が明滅し、不穏な魔力を湛えている。
床には古い書籍、朽ちた巻物、空の試薬瓶、用途不明の奇妙な装置が散乱し、入口から差し込むわずかな光に埃が舞い踊っている。
「すごい人物、どこにも見えないけど……」
爪原が鼻をひくつかせ、錯綜した臭いの中から生気の気配を探ろうとする。だが情報が雑多すぎて、何も読み取れない。
「ほら、あそこだよ」
ヴィグは悪戯っぽく笑い、部屋の奥、最も大きな作業台に背を向けて俯く人影を指し示す。
「あの方こそ、今回一番のすごい人物だ」
人影は汚れに塗れ、裾の擦り切れた白衣をまとっている。広い肩幅は少し猫背に丸まり、手中の作業に完全に没頭し、侵入者たちに一切の反応を示さない。
瞬く間にウォフの瞳が輝きを増す。
金色の瞳孔が暗がりに煌めき、全身の筋肉がぴんと張り詰め、彼特有の「強者挑戦モード」にスイッチが入る。
ダイクと爪原も好奇心から首を伸ばし、格賀の魂火は静かに安定燃焼、マッシュルは菌膜の瞳をゆっくり瞬かせ、ただじっと佇んでいた。
「先生!お邪魔します!」
ヴィグは合成音を高め、快活に声をかける。
「新入生の後輩たちを連れて、見学に来ましたよ!」
作業台の前の背中が一瞬固まる。邪魔された苛立ちが滲む、長年の睡眠不足と疲労に塗れた嗄れた声が響いた。声質は奇妙に金属摩擦の質感を帯び、冷たく重たい。
「……ん?」
ゆっくりと、人影が振り返る。
薄暗い光でも、その異質な姿は鮮明に捉えられた。
破れた白衣の下の服も汚れと不明な痕跡にまみれ、乱れた黒髪と肩には埃や金属屑が積もり、まるでもう一枚外套を纏っているかのようだ。
成人男性の端正な輪郭を持つが、全身に冷たい金属ネジと接続口が点在している。首筋、手の甲、肌の露出部分に顕著に現れ、縦横に走る粗い黒い縫合線が、まるで凶悪な蜈蚣のように肌を這っている。襟元から覗く胸元にまで、無数の縫い目が刻まれていた。
顔立ちは骨格自体は整っている。高い鼻梁、鮮明な輪郭——だが無数の縫合線が顔を不規則に分割し、端正な五官を完全に歪め、非人間的な不協和な雰囲気を生み出している。
額中央から鼻梁を伝い唇元まで垂直に走る一本の太い縫い目、こめかみから頬骨へ水平に伸びる二本の線。
この三本の縫合線が顔を区切るため、わずかに表情を動かすだけで、不自然で悍ましい歪みが生まれる。
最も異質なのは双眸だ。
片方は褪せた鉄のような薄灰色、もう片方は深い暗金色で、瞳の奥に微かな電弧が絶えず閃いている。
その異色の瞳が五人をざっと眺め、最後にヴィグに落ち着く。
縫い目で引き攣った唇が歪み、薄暗い空間に不気味な笑みが浮かぶ。白い歯並びは整っているのに、その笑みだけが底知れぬ不安を煽る。
「ヴィグ……こんなにガキを連れ込んで、何のつもりだ?」
疲労と金属質が混ざった声が重く響く。
「まさか、新しい実験体のスカウトか?なら、俺はますます忙しくなるな」
その「忙しくなる」の語尾には、身の毛のよだつような期待感が仄めかされていた。
格賀以外の四人は、無意識に半歩後退する。
本能的な危機感が、全身の毛を逆立たせる。
その瞬間、誰も予想しなかった行動を、格賀が取った。
彼の眼窩の魂火が猛然と躍動する。
いつもの穏やかな幽藍色ではなく、激しく燃え盛る亮藍色に変わり、空洞の眼窩いっぱいに輝きが満ちる。
骨の足裏が雑然とした床を踏み、澄んだ「カチ、カチ」という硬質な音を響かせ、数歩前に進み出る。
下顎骨が興奮で微かに震え、細かい骨鳴りを立てながら、格賀は震える声を紡ぐ。
「あなた……あなたは——釈雷王・ウラミシュタイン、魔王様ですか?」
石室は一瞬で完全な静寂に包まれ、機械の微かなジジイという電子音だけが残る。
ウラミシュタインの顔から、不気味な笑みが完全に消える。
縫合線だらけの手を上げ、不機嫌そうに手を振り払う。
異色の瞳に、気まずさと懊悩、そして面倒くささが混ざった色が閃く。
「ちっ……その気まずい称号を呼ぶな」
語気は少し荒ぶる。
「魔王?十大魔王?だるい、超だるい。そんな肩書き、一切欲しくない」
否定はしない。
この反応だけで、格賀の推測が完全に正しいことが証明された。
「十大魔王……!」
ダイクとウォフは顔を見合わせ、衝撃に瞠目する。
魔帝大戦終結後、魔界の均衡を支えるために選出された魔界最強の十人。武力だけでなく、知略、権勢、特殊能力すべてが魔界の頂点に立つ伝説の存在。
普段は雲隠れし、滅多に姿を現さないはずの魔王が——このゴミ屋敷のような研究室に、縫合怪人の姿で隠れ住んでいる?
格賀はますます興奮し、軽く腰を折って敬意を払う。
「まさかここでお目にかかれるとは!私はずっとあなたの崇拝者です!
どうか……どうか、私の骨にサインをください!」
言うが早いか、肋骨の隙間から滑らかな白い予備骨片を取り出し、どこからか魔法の光るペンを携え、両手で恭しく差し出す。
ウラミシュタインは骨片とペンを一瞥し、眉間の縫合線を歪め、心底面倒くさそうな表情になる。
「……いやだ。みっともない。暇もない」
婉曲な言い訳すらせず、一刀両断に拒否する。
その瞬間、衝撃から立ち直ったウォフの血が騒ぐ。
見た目が奇怪でも、生活環境が荒れ放題でも、相手は伝説の十大魔王。
絶対的な強者だ!
狼人族の本能である強者への挑戦欲が、先ほどの不安を一瞬で塗りつぶす。
千載一遇の好機——逃すわけにはいかない!
「おい!魔王!」
低い咆哮が石室に響く。
ウォフの全身に戦意が漲り、誰の制止も待たず、足元の地面を強く蹴り砕く。
瞬く間に最終狼形態に変身し、鋭い爪に闘気を纏わせ、薄暗い空間に灰色の残影を残し、真正面からウラミシュタインの胸元に飛びかかる。
風圧が巻き上がる、全力の一撃だ。
「ウォフ、ダメ!」
ダイクと爪原が驚き叫ぶ。
だが——
ビシッ!
静電気の弾けるような軽い爆音が響いた。
全力で突進していたウォフの身体が空中で完全に硬直。
次の瞬間、そのままぽとりと地面に落下する。
全身の狼毛が一本残らず逆立ち、細い青い煙が立ち昇り、毛の焼ける臭いが漂う。
四肢がぴくぴくと痙攣し、白目を剥き、口から朦朧とした鳴き声が漏れる。
強力な静電気に感電し、一時的に行動不能に陥っていた。
ウラミシュタインはただ、灰色の瞳で地面のウォフを一瞥しただけだ。
防御も反撃も、一切の動作を取っていない。
「おい、突然の奇襲は勘弁しろ」
无奈な、子供を躾けるような口調が響く。
「加減できないんだ。体が勝手に反応しちまう」
体のネジが微かに低く嗡鳴し、瞬く間に収まって平常に戻る。
ダイクと爪原は慌てて駆け寄り、ウォフの体を支える。
幸い命に別状はないが、しばらく立ち上がれそうにない。
ウラミシュタインは完全に忍耐の限界を迎えたらしい。
ヴィグに向かって蝿を追い払うように手を振る。
「さっさと連れ出せ。実験が正念場だ。くだらないことに時間を無駄にしたくない」
特に、サインを待ち続ける格賀と、地面で煙を上げるウォフを冷めた目で眺め、顔の縫合線がさらに不機嫌に歪む。
「はいはい、すみません先生!」
ヴィグは最初からこの結末を知っていたかのように、屈託なく笑い、慌てて一同に促す。
「みんな、外に出よう!先生の研究の邪魔は厳禁だぞ!」
ダイクと爪原はふらつくウォフを支えて立ち上がる。
格賀は静かに骨片と魔法ペンを収め、明るく燃える魂火を少し鎮め、最後に深くウラミシュタインの姿を見つめる。
マッシュルはのろのろと振り返り、ゆっくりと後に続く。
一行はやや狼狈しながら、陰気な石小屋を後にする。
分厚い木製の扉が背後で音もなく閉まり、詭異な研究室の空気と、伝説の魔王の気配を完全に遮断した。
屋外の澄んだ空気に、ウォフを除く四人は一斉に安堵の息をつく。
ヴィグは振り返り、光学センサーを得意げな三日月形に曲げる。
「だろ?すごいだろ!本物の十大魔王だぜ!本人は絶対認めたがらないけど、間違いない」
「……確かにすごかった」
ダイクは冷や汗を拭い、心底肝を冷やした様子で呟く。
あの一瞬で全力の狼人族を封じる力、格賀が激しく動揺するほどの存在——偽りなき頂点の力だ。
ただ、誰もが想像していた威厳溢れる魔王の姿とは、あまりにもかけ離れていた。
「じゃあ、今日の見学はこれで解散だ!」
ヴィグが金属音の拍手を打つ。
「え?まだ時間がたっぷりあるのに?一日中の行事じゃなかったの?」
爪原が首を傾げる。
「俺が知ってる価値のある隠しスポットは全部案内したからな!」
ヴィグは金属の肩を竦め、摩擦音を立てる。
「残りの普通の場所は、自分たちで探索しろ。それも学院生活の楽しみだろ?」
言い分は一理あるが、完全にガイドの仕事を投げ出された気もする。
「骨折り損小隊」は、行動不能なウォフを抱えたまま、古い石小屋の前で顔を見合わせる。
予想外の魔王との遭遇、予想外の電気ショック、予想外の結末——
今回の新入生大見学は、誰もが思い描いた通りの形ではなく、極めて波乱に満ちた最高潮を迎え、慌ただしく幕を閉じた。
全校の新入生の中で、ただ彼らだけが、ゴミ屋敷で研究に没頭する不愛想な伝説の魔王に会うという、破格の経験を手に入れたのだ。
格賀は石小屋の方角を眺め、魂火を幽かに揺らめかせる。
ダイクと爪原は、ウォフを医務室に運ぶか寮に戻るか相談し始める。
傍らのマッシュルの頭頂からは、ぽつりと新しい小さな毒キノコが一本生え、すぐに淡い灰になった。
真央学院の日常は、いつもこうだ。
あらゆる常識を覆し、伝説の魔王さえも、ごく当たり前に新入生の見学ルートに紛れ込ませる。
この異質で混沌に満ちた学園の、唯一の「平常」なのだ。




