見学活動について
新入生としての最初の一ヶ月は、慌ただしくも穏やかに過ぎ去った。
魔界各地から集まった姿も習性も千差万別な新入生たちが、迷宮のように広大で独特なルールを持つこの学園に馴染むため、真央学院の恒例伝統行事——「学院理解最優良プログラム・全域大見学」がついに本格的に開幕した。
校内の掲示板には、派手に輝く蛍光文字と絶えず変化する魔紋図案で、行事ルールが大々的に宣伝されている。
ルールは極めてシンプル。
自由に五人一組でチームを編成し、学院側が各チームに専属ガイドを一名配置。新入生に開放されたほぼ全ての公共エリアを巡検し、真央学院の多種多様な種族文化と包容力を肌で感じ取るのが、この行事の最大の目的だ。
この学院の校訓は、時に矛盾し、時に相反する曖昧な言葉で構成されているが、その真意は一貫している。
ルールを守るものも、バレずに賢くすり抜けるものも。
種族も出自も、ここでは一切の障害にならない——それが真央の掟だ。
「骨折り損小隊」はいつものように自然に集結した。
骸骨の格賀、豹人のダイク、犬人の爪原、狼男のウォフ・ルフ。
ただ、規定の五人チームに、あと一人だけ枠が空いていた。
「格賀、君のルームメイトはどうしたの?」
ダイクが首を傾げて問いかける。格賀が自分の寮「幽寂回廊」には、自分一人だけではないと、以前話していたのを覚えていたのだ。
格賀の幽藍の魂火が一瞬揺らぎ、わずかに戸惑った気配を見せる。
「少し待て」
彼は振り返り、傍らに生える肉厚の大きな魔界発光植物の濃い影の中へ歩み寄る。
そして空気ではなく、植物根元の、泥土と完全に同化した濃い闇の気配に向かって、淡く声をかけた。
「マッシュル、見学行事だ。来るか?」
その瞬間、地面の暗い気配がゆっくりと蠕動し、一つの存在が地上へと「成長」し始めた。
まず灰白色で、腐木の樹皮やキノコの菌柄のようなざらついた肢体が浮かび上がり、続いて暗く沈んだ斑紋の真菌胞子に覆われた胴体が現れる。
ゾンビの硬直感と菌類の無機質な呆板さを併せ持つ顔がゆっくりと持ち上がり、肩や頭頂からは鮮やかな毒キノコが次々とぽつぽつ生え、瞬く間に枯れて灰になり散る。
体には一年生の制服をまとっているが、生地には既に無数の暗い菌斑が滲みついていた。
「見学……行事……」
マッシュルと呼ばれた真菌不死混合種は、胞子の噴き出すような緩慢な口調で言葉を繰り返す。
「はい……格賀……同級……」
ぎこちないながらも安定した動作で歩み出し、一歩ごとに湿った腐木と土の香りの足跡を残すが、その痕跡はすぐに風に消える。
ダイクの鼻が思わず皺み、爪原の犬耳は警戒で後ろに張りつく。好奇心旺盛なウォフだけが鼻をひくつかせ、腐敗、土腥、それに微かな奇妙な甘い香りが混ざった独特な気配を嗅ぎ分けていた。
「僕はマッシュル……真菌族……不死族……混合種です……」
ゆっくりと、淀みなく自己紹介を終える。
これにて、五人チームは完全編成となった。
一同は案内に従い、中央集合広場へ向かう。
広場には既に、あらゆる姿形の新入生チームと、慣れた雰囲気の上級生ガイドたちが大勢集まっていた。
やがて、彼らの担当ガイドが人混みから笑顔満面に現れた。
「よっ、君たちが担当チームだな!いい縁だぜ!」
姿を現したのは、記憶に新しい改造人間・ヴィグ・ヴィニン。
相変わらず鉄鎧の外装を身にまとい、胸の冷蔵庫扉はしっかり閉じられ、光学センサーが愉快な輝きを放っている。
「ガイドが、ヴィグ先輩か……」
格賀の魂火は安定したまま、驚きの色は一切見られない。
「そうだよ、俺だよ〜!」
ヴィグは機械の腕を軽快に振り、にこにこと笑う。
「冷たい飲み物、いる?めちゃくちゃ冷えてるぜ!」
言うが早いか、胸の扉を開けようとする。
「結構です!!」
ダイクが慌てて手を振り、爪原とウォフも全力で首を横に振る。
マッシュルだけが菌膜の瞳をゆっくり瞬かせ、「飲む」という概念をぼんやり理解しようとしていた。
ダイクはふと気づき、疑問を投げかける。
「ヴィグ先輩、どうして新入生の校章をつけてるんですか?」
上級生なのに、肩には一年生限定の校章ステッカーが貼られているのだ。
ヴィグの光学センサーが三日月型に緩み、少し得意げな合成音が響く。
「だって毎年留年してるからだよ!」
「もっと学院で遊びたいから、自主的に留年申請して、独自研究を続けてるんだ。校長先生はこれを『深度進修』って認定して、特別許可を出してくれてるぜ!毎年デザインの違う新入生校章をコレクションしてるから、俺は新入生でもあり、先輩でもあり、先輩の先輩でもあるんだ」
「……誇らしげに言うところ、すごいです」
爪原が小声で呆れ気味にツッコむ。毎年留年して誇れるなんて、一種の天性だ。
「それよりみんな!」
ヴィグは金属音のする拍手を打ち、全員の注目を集める。
「俺は何年も深度進修してるから、この学院の裏も表も知り尽くしてる!普通の見学ルートだけじゃつまらないから、ちょっと普通じゃない場所、普通じゃない連中を見せてやる。めちゃくちゃすごいぜ〜」
「本当!?」
ウォフの狼の瞳が一瞬で輝き、耳がぴんと立ち、尻尾が落ち着かずに激しく揺れる。
最近戦闘の練習相手に恵まれず悩んでいた彼にとって、強者の話は最高の刺激だ。
ダイクと爪原も好奇心を覚え、前のめりになる。
格賀は黙ったまま様子見、マッシュルはゆっくりと頷いて追随する。
「じゃあ、出発だ!」
ヴィグが先頭に立ち、「骨折り損小隊+真菌ゾンビ」の五人を率い、大勢の見学行列に合流した。
最初のルートは公式定番コースだが、それでも五人の目を奪うには十分だった。
一行は、有翼族専用エリア「蒼穹の頂」を巡検する。
巨大な開放式円塔と空中浮遊プラットフォームが空に連なり、強風が轟音を立てて吹き抜ける。
無数の羽毛、鱗、翼膜が天光を反射し、有翼族の学生たちが高速で空を掠め、優雅に滑空する姿が次々と見える。
ヴィグは、一般公開されていない風洞訓練室を指し示す。
室内からは、刺激に絶えた悲鳴と興奮した歓声が絶えず漏れてくる。
「ここは超刺激的だけど、高所恐怖症やバランスの悪い奴は絶対入らない方がいい」
ヴィグは、少し高所を怖がって尻尾を震わせるダイクをちらりと見て、にやりと笑う。
続いて、スライム族の居住区「蠕動楽園」を通り過ぎる。
このエリアは二つに分かれており、静かに形体を変えて芸術や瞑想を楽しむ半固体の「ゲル区」、そして流動性が強く、集団で融合分裂遊びや弾み跳び大会を開く活発な「粘液区」に別れている。
壁も地面も特殊な防着塗装で覆われ、空気には高級清浄剤の、雨後の土のような清々しい香りが漂っている。
爪原は気泡の振動で楽しげに会話する粘液スライムたちを慎重に迂回し、警戒心を緩めない。
ウォフは好奇心から、城の形に伸びて遊んでいるゲルスライムを指でつつく。
指先が柔らかく飲み込まれ、またふわりと吐き出される感触に、彼は大きく笑い声を上げた。
遠くからは、厭光種族の領域「永夜尖塔」が眺められる。
昼間にもかかわらず、一帯は不自然な暗闇と淡い血霧に覆われ、猩紅と幽藍の微かな灯火だけが点在している。
ヴィグは真剣な口調で警告する。
招待されていない者、特に満月の夜に無断で近づくのは絶対に危険だと。
「ここの血族の先輩たちは、普段は高貴でクールだけど、時折めちゃくちゃ热情好客になるんだ。特に新鮮な生気の匂いがする同級生にはな」
意味深にダイクとウォフを見やり、ヴィグは肩を竦める。
「だから、この神秘的な暗黒エリアには近づくなよ」
次に一行は、不死族の憩いの場「沈眠大庁」の外周を巡る。
幽霊、リッチ、死霊術師、骸骨、ゾンビが集うこの場所は、空気が厳かで光は薄暗く、温度は低く穏やかだ。
格賀とマッシュルはこの雰囲気に完全に馴染み、自然体で歩いている。
ダイクは肌寒さを感じ、爪原も防腐剤と古塵が混ざった独特な匂いに少し苦手そうな表情を浮かべる。
最後にヴィグは、獣人族の専用エリア「咆哮原野」「嚎叫峡谷」の裏側へと案内する。
一般公開されていない秘匿訓練場、獣族同士の技術交流コーナーを見せ、濃厚な獣臭のする獲物処理スペースまで紹介する。
ダイク、爪原、ウォフは普段見られない環境に大興奮、大収穫を得た様子だ。
「学院、本当に果てしないな……」
ダイクは疲れた足を揉み、延々と広がる奇幻な建築群を眺め、感嘆のため息をつく。
「ずっと歩いてるのに、まだ終わらないです……」
爪原は舌を少し出し、くたびれながらもひたすら頷く。今日一日、鼻に入った情報と匂いが多すぎた。
「美味しい店がめちゃくちゃ多い!全部覚えた!」
対照的にウォフは元気いっぱい、通りすがりの露店や食堂の美味しそうな匂いを一つ残らず記憶していた。
格賀は全程黙って観察を続け、魂火は周囲の環境変化に合わせて微かに明滅する。
マッシュルはゆっくりと追随し、湿った暗所や菌類の生える場所にだけ、短い興味を示して立ち止まる。
主要な種族エリアを見終えたところで、ヴィグはにやりと笑い、道を変える。
「定番コースはここまで!ここからは——ヴィグ特別裏ルートだ!」
興奮気味に宣言し、人通りの少ない裏路地、隠れた中庭、そして装飾彫像に擬態した短距離転送陣を次々と活用し、一行を案内していく。
廃棄温室で発光食人花を育てる植物系変わり者の学生、小屋を完全な機械工房に改造した蒸気パンク精霊、遠くで触手や鱗を覗かせる奇妙な着ぐるみ集団が秘密の演劇練習をする姿——
普通の新入生が絶対目にすることのない、学院の裏の日常を次々と見せていく。
全員が足の疲労を限界に感じ、ヴィグの「深度進修」がただの留年ではないことを心底理解した頃、一行はひっそりとした古いエリアに辿り着いた。
この一帯の建物は古く、重厚な巨石で築かれ、濃い蔓草と歳月の苔に覆われ、他の華やかな区域とは完全に雰囲気が異なる。
やがて、前方に質素で無骨な石小屋が姿を現す。
窓は一切なく、分厚い一枚の木製扉だけが取り付けられ、周囲は完全に静寂に包まれ、外界の喧騒は一切届かない。
「ここだ」
ヴィグは振り返り、光学センサーで期待に胸を躍らせるウォフを中心に、全員を眺める。
「中に、今回一番の『すごい奴』がいる。」
だが、彼は少し声を潜め、悪戯っぽい促狭な笑みを浮かべる。
「事前注意しておく。
心の準備をしろ。
中の『すごさ』は、君たちが想像してる強さとは、ちょっと違うかもしれないぜ」
「問題ない!!」
ウォフは待ちきれず、尻尾を鞭のように振り、闘志を漲らせる。
「強ければ何でもいい!開けてくれ、ヴィグ先輩!」
ダイクと爪原も好奇心に駆られ、扉の前に近づく。
格賀の魂火が微かに躍動し、静かに内部の気配を探る。
マッシュルはゆっくり首を回し、真菌特有の感知で、石小屋の奥の存在を捉えようとしていた。
ヴィグはくつくつと笑い、手を伸ばして無骨な木製扉に触れる。
扉の木目が微かに流動し、隠された魔紋が一瞬だけ浮かび上がる。
「では——特別見学、続行!」




