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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第11章 誰の命令でもない革命

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第76話 退避路の合図


 審問場の扉が閉じた直後、最初に動いたのはザレスだった。


「その男を拘束しなさい!」


 教会兵が左右から進む。


 六人。


 正面に二人。


 回廊へ続く階段に二人。


 槍の先端には、魔力出力を乱す聖銀が埋め込まれている。


 俺の出力は元から小さい。だが、媒体杖との接続を崩されれば、場干渉の精度が落ちる。


 戦う場所ではない。


 審問場には武装していない記録官と立会人が数十人いる。回廊の貴族たちは出口へ集まり、閉じた扉を叩いている。


 ここで火球や圧縮場を使えば、逃げ場のない人間を巻き込む。


「何もしません」


 俺は両手を上げたまま言った。


「抵抗する意思はない。拘束するなら、正式な命令と停止条件を示してください」


「今さら手続きで逃げられると思うな!」


 ザレスの声が裏返る。


「逃げるためではありません。あなたたちが何を選んだか、記録へ残すためです」


 投影板は消えた。


 だが、審問場の内部記録はまだ動いている。


 公開審問を中止しても、記録義務までは即座に消せない。


 マルティンが杖を床へ置いた。


「天城ユウマ。両手を後ろへ」


 彼の声は平坦だった。


 俺は従うふりをして、クラリス先生との距離を測る。


 六歩。


 床の聖印線が三本。


 先生の拘束具は、中央椅子の下を通って審問台へ接続されている。


 白光が強すぎる。


 言葉を削るだけの出力ではない。


 移送用の固定状態へ切り替えたのだ。


 このまま供給線を切れば、拘束具に残った出力が先生の腕へ戻る。


 先に逃がす。


 ほどく。


 それから切る。


 帝国の同期塔で使った順序は、ここでも変わらない。


 装置の形が違っても、人体へ接続された出力の扱いは同じだ。


 教会兵の一人が、俺の腕を取った。


 その瞬間、審問場の照明が一度だけ暗くなった。


 ほんの一呼吸。


 完全に消えたわけではない。天井を巡る白い聖印灯の出力が落ち、中央の審問席と回廊が薄い灰色へ沈んだ。


 事前に決めていた合図だった。


 裁きの塔の地下には、修道院時代の給水路が通っている。給水路は審問場西側の床下を抜け、記録補助員が使う保守階段へつながっていた。


 途中には、鉄格子が二枚ある。


 一枚目はカイが前夜までに解錠している。


 二枚目は錆で固着し、鍵が入らなかった。


 その接合部をエリシアが加熱し、金属の膨張を利用して外す。格子が開いたら、カイが保守端子へ確認針を差し込む。


 その信号が、審問場の照明を一度だけ暗くする手順だった。


 つまり、地下給水路から西側保守階段までの経路が開いた。


 だが、俺たちはまだ審問場の中央にいる。


 退路が存在することと、そこへ辿り着けることは同じではない。


 照明が戻る。


 胸元のアークが受動監視から低出力監視へ切り替わった。


【退避経路の開通を確認】


【経路:地下給水路――西側保守階段】


【最終隔壁:記録補助扉】


【外部担当者:エリシア/カイ】


【人員担当者:ダリオ/リナ】


 最後の記録補助扉は、まだ閉じている。


 エリシアたちは今、その向こう側にいる。


 俺たちが西側まで移動できなければ、開いた水路に意味はない。


 照明が落ちた一瞬、俺の腕を掴んでいた教会兵の視線が天井へ向いた。


 その隙に、掴まれた手首を相手の親指側へ捻る。


 力で引けば勝てない。


 握力が最も弱くなる方向へ、肘と肩を同時に沈めた。


 指が外れる。


 俺は腕を抜き、中央の審問席へ走った。


「止めろ!」


 命令と同時に、左右から槍が伸びる。


 一本目は正面。


 穂先ではなく、柄の動きを見る。


 踏み込みに合わせて身体を半歩ずらし、手の甲で柄を外側へ流した。聖銀の穂先が外套の脇をかすめ、石床へ火花を散らす。


 二本目は死角から来た。


 避けきれない。


 身体を捻り、胸と首だけを射線から外す。


 槍先が左肩の外套を貫いた。


 布が裂ける音。


 その直後に、熱い線を引かれたような痛みが走った。


 深く息を吸う。


 肺は動く。


 左腕も上がる。


 傷は浅い。


 少なくとも、今すぐ止まる理由にはならない。


 俺は槍の間を抜け、クラリス先生の椅子へ滑り込んだ。


 膝が石床へぶつかる。


「先生、聞こえますか」


「ええ」


 呼吸は速い。


 顔色も悪い。


 だが、視線は俺を捉えている。意識は明瞭だ。


「拘束具を外します。先に残留出力を床の聖印へ戻します。指先に熱、痺れ、強い痛みが出たら、すぐに言ってください」


「天城君」


「話は後で」


「あなた、肩から血が出ています」


「浅いです」


「それを判断するのはリナさんです」


 この状況でも、先生だった。


「リナは退避路の入口にいます。合流したら診てもらいます」


「……分かりました。ですが、痛みが増したらあなたも申告してください」


「了解」


 フィンの切離し爪を、先生の手首と拘束具の間へ差し込む。


 幅は合った。


 以前、俺が着けられた拘束具の傷から推定した寸法は外れていない。


 だが、内部の構造が違う。


 銀線が二重になっている。


 外周線は審問場の聖印へ接続し、発話と魔力入力を制限している。


 内周線は地下の固定台へ伸び、先生の身体を移送用の制御網へ移そうとしていた。


 二本を一度に切れば、逃げ道を失った残留出力が先生の腕へ逆流する。


「アーク、接続順序を読む」


【解析】


【外周線:審問場聖印へ接続】


【内周線:地下移送固定台へ接続準備】


【現在、二経路の切替中】


【推定切替完了まで:十二拍】


 十二拍。


 それを過ぎれば、拘束具の制御先が審問場から地下へ移る。


 床側の構造を読み直す時間はなくなる。


 背後で靴音が重なった。


 教会兵が向きを変え、こちらへ迫っている。


「天城ユウマから離れろ!」


 クラリス先生の椅子を中心に、三人が半円を作る。


 槍を大きく振れないほど近い。


 だが、こちらも逃げられない。


 回廊からセリナの声が響いた。


「被審問者の身体に異常が発生しています! 安全確認中の技術者へ攻撃すれば、王国立会規則への重大な違反となります!」


「そいつは技術者ではない! 異端者だ!」


「では、拘束具の安全を説明できる方を出してくださいませ!」


 セリナが王国立会人を前へ押し出す。


 兵士たちの足が一瞬鈍った。


 教会の命令には従いたい。


 だが、王国の正式な立会人を槍で押し退ければ、その行為も記録される。


 セリナが作ったのは、安全ではない。


 十数秒の迷いだった。


 それで十分だ。


「外周を床へ戻す。内周はまだ切らない」


 切離し爪の第一歯を外周線へ掛ける。


 反対側の手で、黒鉛楔を床の聖印へ接触させる。


「逃がす」


 短い入力を与えた。


 拘束具の白光が黒鉛楔へ引かれる。


 熱が指先へ伝わった。


 楔の表面が赤くなり、焼けた鉱物の匂いが立つ。


 出力の一部が人体側ではなく、床へ流れ始めた。


 先生の右手がわずかに開く。


「感覚は?」


「親指と人差し指は戻りました。中指は痺れています。小指は、まだほとんど分かりません」


「痛みは増えていますか」


「いいえ。熱だけが少し弱くなりました」


【切替完了まで:八拍】


 教会兵の一人が、王国立会人を押し退けた。


 槍がこちらへ向く。


 ナタリアが回廊から身を乗り出し、記録板を掲げた。


「被審問者への追加出力を記録中! 所属と氏名も残っています!」


「記録を止めろ!」


「もう三か所へ複写してる!」


 兵士がナタリアを見た。


 さらに一拍、遅れる。


「次に、外周と内周の同期をほどく」


 第二歯を入れる。


 爪を半回転させた。


 重なっていた二本の銀線が、互いに逆向きへ震える。


 拘束具が先生の手首を強く締めた。


「っ……」


 先生が息を呑む。


「痛みは?」


「あります。手首から肘まで。でも、増え続けてはいません」


「中止を要求しますか」


「いいえ。続けてください」


 本人の確認。


 俺は第二歯をさらに押し込んだ。


 金属が軋む。


 二本の銀線の拍が外れる。


 床へ落ちていた白光と、地下へ向かおうとしていた光が分離した。


【切替失敗】


【外周線と内周線の同期を解除】


【残留出力:黒鉛楔へ移行】


 教会兵が迷いを振り切った。


「退け!」


 槍が真っ直ぐ、俺の背中へ突き出される。


 空気が鳴った。


 次の瞬間、審問場上部の窓が外から割れた。


 冷たい風が回廊を横切る。


 槍の軌道が半尺ずれ、穂先が椅子の背へ突き刺さった。


 木片が俺の頬を打つ。


 灰色の外套が、砕けた窓から審問場へ舞い込んだ。


 リオネルだ。


 床へ着地する直前に風刃剣を抜く。


 だが、刀身を包むのは鋭い刃風ではない。


 幅の広い外皮風。


 人の身体を切らず、武器へ横向きの力だけを与える流れだ。


「窓から入るのが貴族の礼儀か?」


 俺は手を止めずに訊いた。


「正面の扉を閉じたのは教会だ!」


 リオネルが剣を振る。


 床を這った風が、迫っていた兵士たちの足首へ当たった。


 二人の身体が横へ崩れる。


 槍の石突きが石床を叩き、乾いた音を連ねた。


「招待客への礼を欠いたのは向こうだろう!」


「理屈が強くなったな」


「君ほどではない!」


 リオネルが教会兵と俺たちの間へ入る。


 時間ができた。


【残留出力:許容範囲】


【機械留め具の解放が可能】


 第三歯を引く。


「切る」


 銀線を断ち切るのではない。


 最後に残っていた機械式の留め具だけを、外側へ引き開ける。


 金属音が一つ鳴った。


 拘束具が先生の手首から外れ、床へ落ちる。


 黒鉛楔へ残った白光が流れ込み、表面に細かな亀裂が走った。


 楔は二つに割れた。


 光が消える。


 先生の両手が自由になった。


「指を動かせますか」


 先生が右手をゆっくり開く。


 親指。


 人差し指。


 中指。


 薬指は半分。


 小指だけが、わずかに動いた。


「完全ではありません。でも、動きます」


「立てますか」


「試します」


 先生が椅子の肘掛けへ左手を置いた。


 膝に力を入れた瞬間、身体が傾く。


 俺が右側から支えようとした。


 左肩に痛みが走り、腕へ力が入らない。


 その時、審問場西側の壁から鈍い衝撃音が響いた。


 一度。


 二度。


 三度目で、記録補助扉の蝶番が内側へ膨らんだ。


 赤熱した留め金が床へ落ちる。


 扉が勢いよく開いた。


 冷たい湿気と、古い水路の泥の匂いが流れ込む。


 扉の向こうには狭い石段。


 下方には、開かれた地下給水路が見える。


 エリシアが最初に飛び込んできた。


 紅のリボンが、薄暗い室内で揺れる。


 続いてカイ。


 その後ろにリナとダリオ。


 ようやく、退避路が審問場へつながった。


「一人で始めないと言ったでしょう!」


 エリシアが俺の肩の血を見て叫ぶ。


「始めたのは向こうだ」


「そういう問題ではないわ!」


 リナがすぐにクラリス先生の左側へ回った。


「先生、私につかまってください。右手は使わないで」


「歩けます」


「歩けるかどうかは、今から確認します」


 先生が一歩踏み出す。


 膝が揺れた。


 俺が背中へ手を添える。


 先生は右腕を俺の肩へ回しかけ、外套に広がった血を見て位置を変えた。


「こちらでは支えられませんね」


「浅いです」


「その話は後で伺います」


 先生は俺の傷へ触れないよう、左手でリナの腕を取った。


 カイが石段の位置を指す。


「この扉から三段下りたら保守階段。そこから給水路へ出る! 二枚目の格子も開いてる!」


 退避経路は見えた。


 あとは、審問場を横切って、全員をそこへ入れるだけだ。


 回廊では、セリナが王国立会人を壁際へ退避させていた。ナタリアは侍女の外套を脱ぎ、記録板を胸へ抱えている。


「全文、外へ出た!」


 彼女が叫ぶ。


「学院、写本ギルド、価格網。三つとも受領を確認!」


「侍女は口数を半分にと言ったはずです!」


 セリナが返す。


「もう変装は終わり!」


 教会兵の一人がナタリアへ槍を向ける。


 リオネルの風が床を横切った。


 穂先が逸れ、石壁へ突き刺さる。


「回廊から下りろ!」


 リオネルが叫ぶ。


 セリナが立会人を西側階段へ誘導する。


 ナタリアも記録板を抱えたまま続いた。


 審問場の人の流れが、開いた記録補助扉へ向き始める。


 クラリス先生の拘束は外れた。


 退避路も開いた。


 残る二十歩を越えれば、先生をここから連れ出せる。


 少なくとも、その時まではそう思っていた。


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