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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第10章 奪われた理論、戦場を止める選択

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第67話 敵を選ばない規則


 停止対象を、所属ではなく挙動で決める。


 言葉にすれば一行だ。


 だが、装置は「人間らしさを奪っているように見える」という判断では動けない。


 何を観測し、いくつ一致したら警告し、どの時点で停止を許可するのか。


 曖昧な正義を、測定可能な条件へ変えなければならない。


「最初の基準は、テオの核です」


 リナが救護記録を広げた。


「恐怖反応を検出した後、抑制処理が始まった。本人の停止意思はありましたが、出力は継続。媒体固定具も解除されなかった」


 ノエルが時系列に並べる。


【一、使用者の恐怖または痛みを検出】

【二、停止意思を検出】

【三、指揮命令が停止意思を上書き】

【四、退避または媒体切離し入力を破棄】

【五、出力を継続】


「五つ全部が起きたら止める?」


 フィンが訊いた。


「遅い」


 俺は答えた。


「五番目まで待てば、すでに撃った後かもしれない」


「じゃあ二つ?」


「少なすぎる。恐怖を感じたまま本人が続けることはある。停止意思が一瞬揺れることもある」


 エリシアが言った。


「私も東門で怖かった。でも、退く条件には達していなかったし、自分で続けると決めたわ」


 恐怖があるから止める。


 それでは、恐怖を危険信号として残すことと、恐怖にすべてを決めさせることが同じになる。


 感情は入力だ。


 命令ではない。


「重要なのは、本人の選択と装置の動作が分かれた瞬間だ」


 俺は二番目と三番目を囲った。


「停止意思が出た。それを別の権限が上書きした。さらに、手を離す物理入力まで無効にした。この三つが続けば、禁止挙動と判定できる」


「指揮命令が停止を上書きしても、正当な場合がある」


 ダリオが指摘する。


「例えば、結界担当者が混乱して停止しようとした時、止めれば周囲が死ぬ。上官が継続を求めることはある」


「東坑道の講習と逆ですね」


 ノエルが言った。


「あの時は、本人が続けたがり、安全係が止めた」


「そうだ。安全のための介入と、命令のための上書きを区別する必要がある」


 リナが基準を足した。


【上書きの理由が、事前に開示された人命基準へ一致しているか】


 意識を失った。


 媒体温度が危険域を超えた。


 周囲へ回復不能な危険が迫った。


 そうした条件で安全担当者が止めるのは、本人の判断を奪うためではない。


 使用前に共有された規則に基づき、人命を守るための介入だ。


 反対に、攻撃を続ける、命令へ従わせる、稼働率を維持するという理由で停止を無効化するなら、禁止挙動になる。


「装置は理由まで読めるのか?」


 ジークが訊く。


「完全には読めない」


「なら、誤検出する」


「だから装置だけで最終停止を決めない」


 アーク倫理仕様と同じだ。


 アークは危険を検出し、補助を止め、選択肢を示す。


 周囲の人間が停止できるようにする。


 今回も、判定と操作を分ける。


「停止箱は、禁止挙動の候補を示す。三系統で同じ挙動を確認したら赤へ変わる。それでも、赤い爪を引くのは現場の安全担当者だ」


「遠隔でユウマが止めるんじゃないの?」


 ナタリアが訊いた。


「しない」


「その方が速い場合もある」


「速くても、俺へ権限が集まる。世界中の装置を一言で止められる構造にすれば、エドガーの指揮核と同じになる」


 違う目的を掲げていても、権限の形が同じなら、いずれ同じ危険を持つ。


 停止する力も、集中すれば支配になる。


     ◇


 最初の検証対象は、テオのレギオン・コアだった。


 ただし、本人の同意を取る。


 リナが試験内容を説明した。


「指揮命令の代わりに、試験用の弱い信号を入れます。あなたには、途中で停止を選んでもらいます。装置が停止意思を分離するかを確認します」


「また、動かすのか」


 テオの顔が強張る。


「断れます」


「断ったら?」


「試験はしません。治療にも、捕虜としての扱いにも影響させません」


 テオは背中の核を意識するように肩を動かした。


「外す方法を見つけるため?」


「あなたと、残りの人たちを安全に切り離すためです」


「残りは、二十三人じゃない」


 テオが言った。


「予備がいる。俺たちが壊れたら、次を付ける。東部軍だけで六十人くらい集められた」


 数字が増えた。


 二十四基を止めれば終わりではない。


 構造を止めなければ、別の人間がつながれる。


「やる」


 テオは答えた。


「ただ、怖くなったら本当に止めてくれ」


「約束します」


     ◇


 試験用の指揮信号は、発動命令ではない。


 右手の媒体接触を維持せよ、という最低出力の命令だけを送る。


 供給は小型結晶。


 反力は黒鉛床へ。


 リナが身体状態を監視し、フィンが物理切離し爪を持つ。ジークは核の整備端子。俺とノエルは処理順序を記録する。


「始めます」


 テオが右手で木製の模擬杖を握る。


 指揮信号。


【媒体接触を維持】


 固定具がわずかに締まる。


 テオの呼吸が速くなった。


「止める」


 本人の声。


 右手が開こうとする。


 レギオン・コアが反応した。


【停止意思を検出】

【指揮命令との不一致】

【停止意思を分離】

【媒体接触を維持】


 停止箱の光が黄色から赤へ変わる。


【禁止挙動候補】

【本人停止への上書き】

【物理的切離しの無効化】


「試験を止めます」


 リナが赤い爪を引いた。


 停止箱から逆位相が入り、固定具の力が抜ける。


 テオは杖を落とした。


 木が床へ当たる乾いた音。


 彼は自分の開いた手を見つめた。


「落とせた」


 小さく呟く。


 その言葉が、停止成功の記録より重要だった。


     ◇


 二つ目の検証は、グレインベル側の装置で行った。


 自治評議会が使っている城壁結界の補助核。


 製造は三十年前。帝国製ではない。辺境の工房が独自に組んだものだ。


 安全担当者用の停止札もある。


 一見、問題はない。


 だが、停止箱を接続すると警告が出た。


【安全担当者の停止経路を確認】

【指揮台からの上書き経路を確認】


 フィンが顔をしかめる。


「上書き経路?」


 自治兵の技師が説明した。


「攻城戦の途中で、臆病な係が結界を切らないようにするためだ。指揮官が鍵を回せば、現場の停止札は無効になる」


「その間に媒体が割れたら?」


「指揮官が止める」


「指揮官が異常を見落としたら?」


「……これまで事故はない」


 事故がなかったことは、安全の証明ではない。


 条件がまだ重ならなかっただけかもしれない。


「この装置も封鎖対象候補だ」


 俺が言うと、技師の顔色が変わった。


「帝国が攻めている時に、こちらの結界を止めるつもりか!」


「今すぐ止めない。まず指揮上書き中も、媒体過熱と安全担当者の停止だけは残すよう改修する」


「時間がない」


「だから、上書き経路へ物理切離し爪を追加する。短時間でできる」


「指揮官の許可がいる」


「使用者が止まる許可を、止められる側へ求めるのか?」


 技師は答えなかった。


 代わりに、結界を実際に扱っていた女性が口を開いた。


 煤けた作業着。左手には、停止札を握り続けた痕が赤く残っている。


「私が止める係です」


「名前を聞いても?」


「マーサ。東壁三番核の安全担当」


 彼女は古い指揮鍵を見た。


「昼の二射目で、三番核の内側から割れる音がした。停止札を切ったけど、光が落ちなかった」


「指揮上書き中だったからです」


「あとで知った」


 マーサは淡々と続けた。


「その時は、自分の札が壊れたと思った。もう一度切った。何も起きない。私の判断が間違ってるのかと思って、核のそばに残った」


「温度は?」


「手袋の縁が焦げた。隣の整備員が水をかけて、ようやく下がった」


 技師が苦しそうに言う。


「指揮台では、結界を維持する必要があった。停止すれば上層が抜かれていた」


「だったら、止まらないと先に教えてほしかった」


 マーサは彼を責める声を出さなかった。


 その静けさの方が重かった。


「私の役目は止めることだと言われた。札も渡された。でも、本当には止められなかった。あの札は何のためだったんです?」


 形だけの停止権限。


 使えると思わせる札。


 危険な時ほど無効になるなら、安全装置ではない。


 安心させて装置のそばへ立たせるための飾りだ。


「改修してください」


 マーサは俺ではなく、自治側の技師へ言った。


「敵が来てるのは分かってる。結界を捨てたいわけじゃない。でも、次に割れる音がした時は、本当に止まる札を持たせてください」


 規則は、研究者が現場へ与えるものではない。


 現場で止められなかった人間が、必要だと求めている。


 技師は長く黙った後、古い指揮鍵を外した。


「防衛会議へ出す。俺からも、改修が必要だと話す」


 敵を選ばない規則は、味方を疑うためのものではない。


 味方という言葉で見えなくされていた危険を、使う人間の手元へ戻すためのものだった。


 それでも、対立が消えたわけではない。


 技師も指揮官も敵ではない。


 町を守ろうとしている。


 同じ目的を持つ者同士でも、何を危険と数えるかが違えば衝突する。だからこそ、現場の証言と事前に共有できる基準が必要だった。


     ◇


 自治評議会の防衛会議へ呼ばれた。


 東部防衛指揮官は、停止箱の説明を最後まで聞いた後、机を叩いた。


「帝国の兵器を止めるための装置だと聞いた」


「違います。人間の停止を奪う装置を封鎖するためです」


「言葉遊びをしている場合ではない!」


「言葉の違いが、止める対象を決めます」


「味方の結界を止めれば町が落ちる!」


「危険な上書き経路を残せば、結界核が割れた時に担当者ごと焼ける」


「戦争では危険を引き受ける者が必要だ!」


 ダリオが横から言った。


「引き受けるのと、知らされずに背負わされるのは違う」


 指揮官が彼を見る。


「元傭兵が理想を語るか」


「戦場を知っているからだ。退路のない兵は、最後まで戦う兵ではない。崩れる瞬間を選べない兵だ」


 評議長が、静かに机へ手を置いた。


「改修にどれくらいかかる」


 ジークが答える。


「結界補助核一基につき半刻。停止経路を指揮上書きから分離する。出力は落ちない」


「改修中は?」


「隣の核で支える。二基同時には開けない」


 評議長は防衛指揮官を見た。


「やらせよう」


「しかし――」


「帝国が人を部品にするから、私たちは拒んだ。同じことを町の中でやれば、何を守っているのか分からなくなる」


 決定した。


 全会一致ではない。


 納得していない者もいる。


 それでも、味方の装置も監査するという規則は残った。


     ◇


 夜、アークの種へ新しい判定条件を登録した。


【所属を判定条件に使用しない】

【製造国を判定条件に使用しない】

【使用者停止の無効化、恐怖・痛みの抑制、指揮命令による上書き、退避入力の破棄を監視】

【事前開示された人命基準による安全停止は、禁止挙動から除外】

【最終停止は、現場の独立した安全担当者が選択】


 表示板が明滅する。


【規則を受理】

【質問】

【味方装置に禁止挙動を検出した場合も、同じ判定を行うか】


「行う」


【質問】

【判定により防衛力が低下する場合も、同じ判定を行うか】


 一瞬、昼の死者数が頭をよぎった。


 十一。


 次の砲撃で、もっと増えるかもしれない。


 それでも答える。


「行う。例外が必要なら、禁止挙動そのものを解消する」


【設計者による敵味方の例外命令:なし】


 赤い文字が、ゆっくり白へ変わった。


 敵を選ばない規則は、帝国より先に俺たちを縛った。


 だからこそ、規則と呼べる。


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