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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第9章 辺境に芽吹く、魔法の自由

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第53話 ジークとの出会い


 ジーク・ハイエンに会う機会ができたのは、地脈探針を修理した翌朝だった。


 夜明け前、鉱山組合から使いの男が旧測量小屋を訪れた。


 東坑道へ戻された二本の探針は、どちらも正常に動作したらしい。強い地脈流を受けた後も針は基準位置へ戻り、俺が使用を避けるよう伝えた深部区画では、事前に予備器へ交換されたという。


 さらに、修理後の探針が示した細かな偏向から、坑道脇に設置された反力杭の劣化も発見された。


 大きな事故を防いだわけではない。


 ただ、事故になる前の異常を一つ見つけた。


 辺境では、それが信用になるらしい。


 使いの男が差し出したのは、鉱山組合工廠への一時入場札だった。


「東坑道から探針を一本、検査用に引き上げた。ジーク技師が、修理箇所を設計者自身に開かせて説明させろと言っている」


 フィンが目を輝かせた。


「向こうから呼んだのか?」


「探針の修理方法を確認したいだけだ。呼ばれたからといって、ジーク技師がお前たちを信用したわけじゃない」


 使いの男は念を押すように答えた。


 ミーナが隣で小さく笑う。


「十分よ。道具に興味を持たせれば、職人本人との話は始められる」


「修理が悪かった場合は?」


「工廠から追い出されるでしょうね」


「分かりやすい評価制度だな」


「辺境は、肩書きより動いたものを見るから」


 俺は一時入場札を受け取った。


 昨日直した探針が、次の扉を開いた。


 ただし、その扉の向こうにいる男が、歓迎してくれる保証はない。


     ◇


 鉱山組合の工廠は、グレインベルの上層区画にあった。


 天井は高く、梁から滑車と太い鎖が下がっている。壁には煤が染みつき、奥では大型炉が赤く鳴っていた。


 王都の工房のような装飾はない。


 工具。

 型枠。

 黒鉄の台車。

 坑道用の反力杭。

 分厚い石英板。

 補修待ちの地脈測定器。


 置かれているもののほとんどが、見せるためではなく、動かすために作られている。


 金属と熱と油の匂いが混ざる空気の中を、組合の案内役について進む。


 工廠中央の検査台には、木箱が一つ置かれていた。


 昨日修理した地脈探針が入った箱だ。


 蓋には東坑道の返却札と、未分解を示す封印紐が残っている。


 その横に、一人の男が立っていた。


 ジーク・ハイエン。


 年齢は三十代半ばほど。

 肩幅が広く、作業着の袖を肘までまくっている。指は太く、細かな傷と古い火傷の跡がいくつも残っていた。


 彼は俺たちではなく、木箱を見ていた。


「修理したのは、どちらだ」


「二人です」


 フィンが答えた。


「黒鉛層と固定具は俺。銀線疲労の原因を判断したのはユウマです」


 ジークが俺を見る。


「開けろ」


 挨拶はなかった。


 フィンは少しだけ眉を動かしたが、何も言わずに封印紐を確認した。


「切っていいのか?」


「そのために呼んだ」


 フィンは工具袋から細い刃を取り出し、封印紐を切った。


 木箱を開ける。

 中には、東坑道から引き上げられた探針が固定具に留められていた。


 フィンは探針を検査台へ移し、留め具を順番に外していく。


 ジークは手を出さない。


 ただ、フィンがどの工具を選び、どの順番で分解し、外した部品をどこへ置くかを見ていた。


(探針だけじゃない)

(作業手順を見ている)


 フィンも気づいたらしい。


 最初は少し速かった手の動きが、途中から一定になる。部品を外すたび、配置と向きを揃えて並べていく。


 黒鉛層が露出したところで、ジークが口を開いた。


「ここを入れ替えた理由は」


「湿気を吸って固まってた。削るだけだと内部の偏りが残るから、層ごと交換した」


「材質は」


「組合標準より質の悪い黒鉛。だから厚みを増やして、石英粉を少し混ぜた」


「質の悪い材料を使ったのか」


「使える材料がそれしかなかった」


「結果は」


「東坑道で動いたんだろ」


 ジークは表情を変えなかった。


 だが、否定もしなかった。


 次に銀線を指差す。


「疲労を履歴と判断した根拠は」


 今度は俺が答えた。


「単純な断線なら、針は不規則に止まる。だが、修理前の探針は強い流れを受けた方位で固定されていた。銀線の一部が塑性変形して、過去の偏向を保持していると考えた」


「見ただけで分かったのか」


「針の戻り方と、銀線の変色から仮説を立てた。分解して確認したら、同じ方位に疲労亀裂があった」


「仮説が外れていたら?」


「別の原因を探す」


「最初から正解だったように話すな」


「そのつもりはない。修理記録にも仮説と確認結果を分けて書いてある」


 俺が記録紙を差し出すと、ジークは受け取り、短く目を通した。


 成功した理由。

 失敗の可能性。

 交換した部品。

 使用を避けるべき条件。

 次回検査の目安。


 記録紙を読み終えると、ジークは探針の銀線を指先で軽く持ち上げた。


「修理は悪くない」


 フィンの表情が少しだけ明るくなる。


「ただし、細い」


「何が?」


「銀線も固定具もだ。王都の机の上なら、これでいい。坑道では振動と粉塵で長く持たん」


 フィンの顔が引き締まる。


「修理用の材料が限られてた」


「だから直せないとは言っていない」


 ジークは外した固定具を指で弾いた。


「次は形を変えろ。線を太くするだけでは曲がりにくくなる。固定点を増やし、交換しやすい構造にしろ」


 フィンが探針を見下ろす。


「……確かに。太くするより、短い線を分けてつないだ方が現場で替えやすい」


「そうだ」


 短い肯定だった。


 褒めているのか、叱っているのか分かりにくい。


 だが、少なくとも話をする余地はある。


 少しだけ、ガルドに似ていると思った。


 口数は少なく、簡単には認めない。

 その代わり、道具を見る目は正確だ。


     ◇


 探針を元の形へ戻した後、ジークはフィンに言った。


「再組立ては悪くない。検査記録も、組合のものより細かい」


「それ、褒めてる?」


「評価だ」


「同じじゃないのか?」


「違う」


 フィンが俺を見る。


「この人、やっぱり厳しいな」


「相性が良さそうだ」


「どこが?」


「説明より先に問題点を出すところ」


「お前同士で会話してくれ」


 ミーナが小さく咳払いした。


 ここまで来た目的は、探針の評価だけではない。


 彼女が俺へ目配せする。


 俺は持ってきた設計板を検査台の端へ置いた。


「もう一つ、見てもらいたいものがある」


 ジークはすぐには手に取らなかった。


「何だ」


「低魔力者と非連結者の入力を検出する補助装置だ。最初は発動させない。入力の監視と停止意思の検出だけを行う」


「探針とは関係ないな」


「直接はない。ただし、地脈から供給を受ける。反力と余剰出力を安全に逃がす台座が必要になる」


 ジークの視線が、設計板へ移った。


「だから俺か」


「大型設備と反力処理について、俺たちには経験が足りない」


「正直だな」


「嘘をつけば、動かした時に壊れる」


 ジークは設計板を手に取った。


 外部演算核。

 入力整形。

 非連結入力の検出。

 停止補助。

 地脈からの供給制御。


 細い線を目で追う。


 その沈黙は長かった。


 フィンが小声で言う。


「これ、怒ってる?」


「集中しているだけだと思う」


「怒ってる集中じゃねぇ?」


 やがて、ジークは設計板を机へ戻した。


「無理だ」


 低い声だった。


「まだ詳しい説明をしていない」


「線を見れば分かる」


 ジークは設計板の中央を指で叩いた。


「演算核を支える台座が細すぎる。地脈入力の逃がし先が一系統しかない。石英核の品質を前提にしすぎている。銀線は高純度品が必要。黒鉛層は均一でなければ補正誤差が出る」


 ジークの指が、設計板の中央にある空白部分で止まった。


「この『古代素子相当部』というのは何だ」


「封印書庫に残されていたアークの構造記録に記載されていた部品だ」


 俺は設計板の注釈を指した。


「ただし、実物も詳細な製造法も残っていない。記録から判断できるのは、演算核から生じる複数の入力を分離し、位相を整えながら次の層へ渡していたらしい、ということだけだ」


「つまり、何で作られていたかも分からないのか」


「分からない。便宜上、古代素子と呼んでいるだけだ。現代の石英、銀線、黒鉛層を組み合わせて、同じ機能を分割して再現するつもりだった」


 ジークは設計板を見下ろしたまま、低く息を吐いた。


「実物なし。材質不明。製法不明。それなのに、一つの部品で同じ機能を再現しようとしている」


 指が、石英核と銀線の経路を順番に叩く。


「高純度の素材も足りない。予算もない。現地で交換できる構造にもなっていない。このままでは無理だ」


 フィンが横で小さく呟いた。


「すげぇ。説明が早いけど心が折れる」


 ミーナは平然としていた。


「言ったでしょ。ジークは現実的だって」


「現実的というより、会話の初期値が崖だな」


 ジークは俺の言葉を無視した。


「一個だけなら作れるかもしれん」


「無理ではないのか」


「今の設計では無理だ。材料を選び、職人が付ききりなら、一個は動く」


「なら、まず試作を――」


「だが、運用できない」


 ジークが遮った。


「壊れる。直せない。部品が揃わない。現場が扱えない。作った本人がいなければ止められない。そんなものは装置ではない。見世物だ」


「試作で動作原理を確認することには意味がある」


「ある。だが、試作で満足するなら、ここへ持ってくるな」


 ジークの声は低いままだった。


「一個だけ動く装置は、職人の自慢だ。百個動き、百人が直せる装置は社会を変える」


 その言葉で、俺は少しだけジークを見る目を変えた。


 彼は反対しているのではない。


 完成品の条件を、最初に突きつけている。


「あなたは、量産まで考えているのか」


「作るならな」


「まだ動くかも分からない」


「動いた後に考え始めれば遅い。交換できない部品を中心に置けば、後から構造を変えることになる」


 フィンが目を輝かせた。


「いいこと言うな、この人」


「お前も考えろ」


「今考えてる」


「遅い」


「厳しいな!」


 ジークはフィンの工具袋を一瞥した。


「王都式の細工は悪くない。だが、線が細い。辺境ではすぐ切れる」


「俺の工具に喧嘩売ってんのか」


「売ってない。評価だ」


「やっぱり同じだろ」


 工廠の炉が低く唸った。


 その赤い光を背に、ジークはもう一度設計板を手に取った。


 無理だと言いながら、突き返すつもりはないらしい。


 彼の視線は、今度は図面の欠点ではなく、どこまで削れば現実の材料で動かせるかを探していた。


「無理だと言った割に、まだ図面を見ているな」


 俺が言うと、ジークは設計板から目を離さず答えた。


「まだ評価の途中だ」


 どうやら、最初の試験には通ったらしい。


 ただし、次に試されるのは探針の修理技術ではない。


 俺たちが、理想のために何を捨てられるかだった。


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