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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第9章 辺境に芽吹く、魔法の自由

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第52話 合流する火種


 辺境研究所が研究所らしくなる前に、表向きの依頼人が来た。


 ミーナが鉱山組合へ、旧測量小屋を「王都帰りの技師が始めた測量器修理所」として届け出ていたからだ。


 研究所の存在を隠すには、誰も近づかない場所にするより、怪しまれない程度に役立つ場所へした方がいい。壊れた探針や媒体器具を修理していれば、工具や石英、黒鉛を運び込んでも不自然ではない。


 ただし、依頼を持ち込めるのは、ミーナが信用できると判断した鉱山組合の関係者だけだった。


 最初に来た鉱山組合の男は 壊れた地脈探針を二本、麻袋に入れて持ってきた。ミーナの話では、町の東坑道で使っている古い測量器らしい。針が北を指したまま戻らなくなり、鉱夫たちが「呪われた」と言い出したため、修理に回された。


「呪いではないな」


 俺は探針を分解しながら言った。


「黒鉛層が湿気を吸って固まってる。あと、銀線が疲労で割れてる」


 鉱山男は眉を寄せた。


「直るのか」


「直る。ただし、精度は落ちる。東坑道の深部では使わない方がいい」


「なぜ分かる」


「地脈流が強い場所では、割れた銀線が過敏に反応する。針が戻らなくなるのは、呪いじゃなくて履歴が残っているからだ」


「履歴?」


「前に受けた強い流れを、部品が忘れていない」


 男はしばらく考えた。


「道具にも記憶がある、ってことか」


「かなり近い」


 彼は納得したように頷いた。


 この説明は、王都の学院なら笑われるかもしれない。

 だが、鉱山町では通じる。

 道具が癖を持つことを、現場の人間は知っている。


 修理を終えると、男は革袋から規定の修理代を取り出した。


 その横には、廃棄予定らしい黒鉛粉と、欠けた石英片の入った小袋も置かれている。


「その部材は?」


 フィンが訊くと、男は小袋を指で押した。


「修理代とは別だ。組合じゃ使えないと判断された廃材だが、お前たちなら何かに使えるんじゃないか」


「もらっていいのか?」


「廃棄処理の記録は俺の裁量で切れる。探針を予定より早く直してくれた礼だ」


 フィンは黒鉛粉を指先で確かめ、満足そうに頷いた。


「質は悪いけど、緩衝材には使える。ありがたくもらう」


 男は修理代の革袋を机に残し、部材の小袋もその隣へ置いていった。


 ミーナが横で小さく笑った。


「辺境式会計。好きになった?」


「研究費としては悪くない」


「あなた、本当に順応が早いわね」


     ◇


 二人目は、少年だった。


 年は十二、三ほど。

 痩せていて、手に古い布袋を握っている。

 小屋の入口で何度も足を止め、入るべきか逃げるべきか迷っていた。


 リナが最初に気づいた。


「どうしました?」


 少年はびくりと肩を震わせた。


「ここ、媒体修理……ですか」


「表向きは」


 俺が言うと、フィンに脇を小突かれた。


「表向きとか言うな」


 少年はますます怯えた顔になった。

 リナが俺を軽く睨む。


 俺は咳払いした。


「媒体修理所だ。何か直したいものがある?」


 少年は布袋から、小さな木片を取り出した。


 丸。

 波線。

 四角で囲った点。


 俺の息が、一瞬だけ止まった。


 タリヤがくれた木片と、同じ記号。

 いや、完全に同じではない。

 線は不格好で、意味の順番も少し違う。

 だが、確かに、SOPの図記号だった。


「どこでそれを?」


 俺の声が少し硬くなった。


 少年は怯えながらも答えた。


「王都から来た人が、教えてくれました。火を使う時は、先に止める印を覚えろって」


「名前は?」


「知りません。でも、足が速い人でした」


 カイだ。


 たぶん、彼が王都で隠した子どもたちの一部が、辺境へ流れている。

 あるいは、手順だけが先に流れてきた。


 少年は木片を握りしめる。


「ぼく、魔力が低いって言われました。教会の人が、名前を書けって。母さんが、山へ行けって。ここなら、火を止める方法を知ってる人がいるって」


 リナの表情が変わった。

 エリシアも、静かに杖を握る。


 俺は少年の前にしゃがんだ。


「名前は?」


「ルカ」


「ルカ。ここでは、火を出す前に、まず止め方を覚える」


「火は、出せるんですか?」


「すぐには出さない」


 少年の顔に、落胆が浮かぶ。


 その顔を見て、胸が痛んだ。


 彼は力が欲しいのではない。

 自分が捨てられた存在ではない証拠が欲しいのだ。

 魔力が低いと言われ、非連結だと疑われ、ここまで逃げてきた。


 だからこそ、簡単に火を見せてはいけない。


「火を出せることより、自分で消せることの方が大事だ」


「どうして?」


「消せない火は、君を守らない。君を危険にする」


 ルカは理解しきれない顔をした。

 だが、木片を握る手だけは緩めなかった。


「リナ」


「はい」


「まず体調確認。食事と睡眠も」


「分かりました」


「フィン、木片の意味を図で教えてくれ」


「任せろ。字が読めなくても分かるやつにする」


 エリシアが俺を見る。


「あなたは?」


「地脈の弱い場所を探す。子どもに初回訓練をするなら、ここは強すぎる」


「……そうね」


 ルカが小さく訊いた。


「ここ、いていいんですか」


 答える前に、ミーナが横から言った。


「いるなら働く。水汲み、掃除、食器洗い。ここは孤児院じゃない」


「ミーナ」


「優しくするなら、役割も渡しなさい。役割のない保護は長持ちしない」


 正しい。

 言い方は冷たいが、正しい。


 俺はルカに言った。


「水汲みから頼む。あと、危ないものには触らない」


「はい」


 ルカは少しだけ背筋を伸ばした。


 それが、辺境研究所に来た最初の非連結者だった。


     ◇


 三人目と四人目は、姉弟だった。


 夕方、ミーナが二人を連れてきた。

 一人は小柄な少年で、抱えるように方眼ノートを持っている。

 もう一人は、旅装の女性。帽子を深く被り、胸元に小さなペン記章をつけていた。


「紹介する」


 ミーナが言った。


「ノエル・リース。学院の魔導理論専攻。たぶん、あなたの後輩」


 少年――ノエルは、緊張で顔を青くしていた。


「は、初めまして。ノエル・リースです。先輩の論文……いえ、記録断片を、旧東棟で少しだけ見ました。あの、勝手に見たわけではなくて、クラリス先生の許可で、えっと、その……」


「落ち着いて」


「はい。すみません」


 彼はますます縮こまった。


 ミーナが次に女性を指す。


「ナタリア・リース。王都新聞社の記者。ノエルの姉」


 ナタリアは帽子を取り、にっと笑った。


「どうも。異端者様」


 エリシアの目が細くなる。


 ナタリアは両手を上げた。


「冗談です。半分だけ」


「残り半分は?」


 俺が訊く。


「王都では本当にそう呼ばれてるって意味。いい? 今のあなた、教会にとっては異端者、王国にとっては逃亡者、学院にとっては面倒な事故物件、民衆にとっては噂の人。情報価値が高すぎる」


「取材か」


「最初はね」


 ナタリアは表情を少しだけ変えた。


「でも、非連結者申告令を見た。弟みたいな低魔力者まで、教会の申告名簿へ登録するよう求められていた」


 ナタリアの声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「一度名簿に載れば、定期的な聴取を受け、移動や就学を監視される。危険思想に接したと判断されれば、本人だけでなく家族まで調査対象になる。低魔力の子どもたちは、自分の名前がその名簿に載ることを怖がっていた」


 彼女は隣に立つノエルへ一度視線を向けた。


「弟も同じだった。だから、スクープを書くより先に確認したくなった」


「何を?」


「あなたが本当に危険な狂人か、それとも危険な真実を持った面倒な人か」


「選択肢がどちらも危険だな」


「世の中、危険じゃない真実なんて売れません」


 フィンが小声で言った。


「この人、ミーナと相性悪そうで良さそうだな」


「聞こえてる」


 ミーナとナタリアが同時に言った。


 フィンは黙った。


     ◇


 ノエルが持ってきた方眼ノートには、俺たちの研究記録の写しではなく、彼自身の計算が書かれていた。


 初等火花SELの入力条件。

 呼吸周期の推定。

 C-indexが低い場合の補助媒体効率。

 停止語の反応遅延。


 式は拙い。

 記号も一部ずれている。

 だが、考え方は正しい。


「これ、自分で?」


 俺が訊くと、ノエルは小さく頷いた。


「先輩の定義を、完全には見られなかったので……残っていた断片と、再現試験に参加した学生の証言から、推定しました。間違っているところが多いと思います」


「多い」


「ですよね……」


「でも、入口は合ってる」


 ノエルが顔を上げた。


「本当ですか」


「ああ。特に停止遅延を成功条件に入れているところがいい。発動だけを見ていない」


 ノエルの目が、少しだけ潤んだ。


「ぼく、魔力は低くて。実技ではいつも、見てるだけでした。でも、式なら……式なら、少し分かる気がして」


 俺は、その言葉をよく知っていた。


 見ているだけ。

 触れない側。

 才能のある者たちが自然に動かすものを、外から眺めるしかない場所。


 前世の俺にも、似た夜があった。


「ノエル」


「はい」


「ここでは、見てるだけで終わらせない。ただし、最初の仕事は発動じゃない。検証だ」


「検証……」


「君には、実験ログの整理と誤差評価を頼みたい。俺たちは現場で動くと、どうしても記録が荒くなる。そこを補ってほしい」


 ノエルはノートを抱きしめた。


「や、やります」


 ナタリアが横で弟の頭を軽く叩いた。


「よかったわね、ノエル。憧れの先輩にこき使ってもらえるわよ」


「姉さん、言い方」


「事実でしょ」


     ◇


 夜、研究所の人数は一気に増えた。


 ユウマ。

 エリシア。

 フィン。

 リナ。

 ダリオ。

 ミーナ。

 ルカ。

 ノエル。

 ナタリア。


 ただ、研究所に必要な人材がすべて揃ったわけではなかった。


 今のフィンは、精密な媒体加工や小型装置の組み立てには強い。だが、アークの演算核を安定して支える台座や、地脈の圧を逃がす大型設備となれば、鉱山工廠の知識が必要になる。


 そこでミーナが協力者の候補として挙げていたのが、ジーク・ハイエンという技師だった。


 グレインベル鉱山組合の工廠で、大型炉、反力塔、坑道用の地脈制御設備を設計している職人らしい。ミーナによれば、理論よりも「現場で壊れず、誰でも修理できる構造」を重視する男で、試作機を実用品へ変える技術にかけては連邦でも指折りだという。


「ただ、工廠の中核技師を、素性の怪しい修理所へ紹介してくれと言っても通らないわ」


 ミーナはそう言いながら、昼間に修理した地脈探針が置かれていた机を指で叩いた。


「あの探針が東坑道で正常に動けば、少なくとも測量器を直せる技師だとは認められる。組合への紹介を頼むなら、その後ね」


「つまり、最初の依頼が俺たちの信用試験だったのか」


「半分はね。もう半分は、本当に壊れていただけ」


 ミーナは肩をすくめた。


「明日の朝、動作確認の結果が届く予定よ。結果が良ければ、ジークとの面会を取り付けてみる」


 フィンが腕を組んだ。


「会えたとしても、協力してくれるとは限らないんだろ?」


「もちろん。むしろ、最初は断られると思っておいた方がいいわ」


「なぜ?」


「壊れやすい試作品と、理屈だけ立派な研究者が大嫌いだから」


 ミーナの視線が、まっすぐ俺へ向いた。


「……相性が良さそうだな」


「どの辺が?」


「最初に問題点を言ってくれる人間は信用できる」


 フィンが呆れたように息を吐いた。


「会う前から喧嘩する準備ができてるじゃねぇか」


「喧嘩ではない。設計レビューだ」


「相手がそう受け取ってくれるといいな」


 まだ、ジークに会えると決まったわけではない。

 まして、俺たちの計画へ協力してくれる保証などなかった。


 だが、研究所の外で初めて引き受けた修理が、次の協力者へつながる可能性を作った。


 小さな探針を一本直しただけだ。


 それでも辺境では、肩書きより先に、動いたものが信用になる。


 そして、研究所の輪郭も変わり始めていた。


 俺一人の実験場ではない。

 エリシアとの共同研究室だけでもない。

 フィンの工房でも、リナの救護所でも、ミーナの隠れ家でも、ナタリアの取材拠点でもない。


 それらが全部、重なり始めている。


 壁にはフィンの図記号。

 机にはノエルの方眼ノート。

 棚にはリナの医療基準。

 入口にはダリオの退避地図。

 窓際にはミーナの暗号札。

 記録箱の横にはナタリアのペン。


 そして床の中央には、まだ空の演算核台座。


 エリシアが、静かに言った。


「火種が集まってきたわね」


「燃え広がらせるつもりはない」


「ええ。囲い方を作るのでしょう」


 俺は頷いた。


 その時、ルカが水桶を運びながら言った。


「火って、囲えば怖くないんですか」


 俺は少し考えた。


「怖い」


 ルカが目を丸くする。


「怖いままなんですか」


「怖いものを、怖くなくなったと思う方が危ない。だから、怖いまま扱える手順を作る」


 ルカはしばらく考え、木片を握った。


「じゃあ、ぼく、消す練習からします」


「それでいい」


 小さな返事だった。

 だが、それがこの場所の答えに近い気がした。


 王都では、知識が罪になった。

 ここでは、知識は役割になる。


 それが火種なら、燃やす前に炉を作る。


 辺境研究所の夜は、王都より暗かった。

 だが、机の上に置かれた小さな石英片が、地脈の揺れを受けて、淡く光っていた。


 まだ火ではない。

 まだ革命でもない。


 けれど、確かに温度は上がり始めていた。


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