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魔力最下位の理系転生者は、魔法を誰でも使える技術に変えたい ~詠唱はコード、魔法陣は回路。才能がないなら、法則を探せ~  作者: Ita
第6章 魔獣の森と、命を守る魔法

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第28話 森のノイズ


 第一観測地点は、小さな開けた場所だった。


 今回の野外演習では、森の中に設けられた三つの実習地点を順に回ることになっている。

 入口に近い第一観測地点では、地脈の乱れが比較的小さい場所で初等火花と風圧を確認する。

 次の第二地点では小川沿いの湿った環境で発動差を見る。

 最後の第三地点では、古い結界柱の近くで簡易結界を展開する予定だ。


 つまり、ここは一番安全なはずの場所だった。


 周囲を背の高い針葉樹に囲まれ、中央だけ芝生のような短い草が生えている。

 学院が実習用に整備したのだろう。

 地面には薄い円陣が埋め込まれ、四方に白石の杭。

 遠目には、安全な演習場の縮小版に見える。


 だが、俺には違って見えた。


(円陣の線幅が不均一)

(南東の杭だけ沈んでる)

(地脈流は北東から南西)

(風は西から東)

(熱核を置くと、外皮が流される)


 安全な場所というより、安全に見せるための場所だ。


 教師は学生たちを半円形に並べ、いつもの調子で説明を始めた。


「野外魔法運用において重要なのは、環境への適応である。屋内演習場と異なり、地形、風、湿度、地脈の乱れが発動に影響を与える」


 正しい。

 正しいことを言っている。


「ただし、学院管理林は結界によって調律されている。諸君は標準詠唱を守り、過度な応用を避けること」


 半分だけ正しい。

 結界はある。

 調律もされている。


 だが、調律が現時点で有効かどうかは別問題だ。


 改めて教師からの説明が入る。


「本日の課題は三つ。第一、低出力火花。第二、簡易風圧。第三、二人一組による遮蔽結界。高出力術式は禁止。独自術式は禁止。持ち込み補助具の使用は教員許可を得ること」


 最後の言葉で、教師の視線が俺に刺さった。


 分かりやすい。

 人間もラベルが好きだが、視線にもラベルがある。


 俺は小さく頷いた。

 今は反論しない。

 反論すると、観測時間が減る。


「各班、準備に入れ」


 学生たちが散る。


 リオネルは風圧の確認へ。

 エリシアは火核の低出力化へ。

 フィンは円陣の端を見て、早速しゃがみ込んでいる。

 カイは他班との距離を確認し、リナは救護鞄を広げていた。


 俺は開けた場所の中央ではなく、少し外れた苔の多い地面へ向かった。


「また変な場所に行く」


 フィンが言った。


「中央は整えられすぎてる。外周の方が本当の森に近い」


「それ、普通は危ないって言うんじゃね?」


「だから見る」


 俺は黒鉛針を刺した。

 石英片が薄く光る。

 針は北東へ倒れ、戻り、また倒れた。


 六拍。

 昨日まで第七環で見た地脈ノイズと似た周期。

 だが、ここでは重なっているものが違う。


「……一、二、三、四、五、六」


 針が戻る。


「一、二、三――」


 途中で、針が跳ねた。


 六拍周期の途中に、別の短いパルスが割り込んだ。

 まるで、誰かが地面の下から指で弦を弾いたように。


(自然ノイズじゃない)

(獣の足音? いや、地面振動ではなく場の位相変化)

(R-IDを持つ入力?)


 俺は探針を抜かず、記録紙に線を引いた。


【異常パルス:六拍周期に非同期】

【位相跳び:短時間】

【方向:森奥、北北東】


「ユウマ」


 エリシアが近づいてきた。

 彼女の火核は杖先に灯っていない。

 それでも、彼女の周囲の空気はわずかに温かい。

 火属性の高C-index者は、発動前から場を整える。


「火がざらつくわ」


「朝の“重い”とは違う?」


「違う。重いのは外皮が沈む感じ。今は、核の内側に砂が混じる感じ」


「砂か」


「笑わないで」


「笑ってない。対応表に足す」


 俺は書いた。


【エリシア感覚:火核内に砂】

【仮説:高周波ノイズ/核内部の微小発振】


「……便利ね、その紙」


「便利だ。人間の感覚は測定器になる」


「貴族の直感を測定器扱いする人、あなたくらいよ」


「高価な測定器だな」


「褒めているのかしら」


「かなり」


 彼女は少しだけ目を逸らした。


 その時、リオネルが戻ってきた。

 表情が硬い。


「風が変だ」


「具体的には?」


「鳥が飛ばない」


「鳥?」


「普段、この森なら樹上に小鳥がいる。だが、さっきから上層の風が空だ。小動物も南へ逃げている」


「魔獣の気配か?」


「分からない。だが、自然な静けさではない」


 リオネルの報告は簡潔だった。

 彼は風を読む。

 俺が針で地脈を見るように、彼は空気の空白を見る。


 俺は森の奥を見た。


 聞こえる音は変わらない。

 葉擦れ。

 遠い小川。

 学生たちの詠唱練習。


 だが、その奥に、空白がある。

 音がない場所。

 獣が避ける場所。


「フィン」


「おう」


「探針二号」


「はいよ」


 フィンが工具袋から小型の振動板を出した。

 薄い石英板に黒鉛粉を塗り、端に銀線を引いたもの。

 音ではなく、場の震えを拾う板だ。


「これ、昨日の夜に作ってたやつだろ。完成度六割」


「十分」


「俺の試作品はだいたい六割で動く」


「残り四割は?」


「現場で気合い」


「そこが危険なんだが」


「動いたら正解」


 フィンはそう言いながら、板を地面に置いた。

 俺は仮杖の先で軽く触れ、最低出力で場を撫でる。


「……phase。低域掃引」


 石英板に薄い縞が浮かんだ。

 波紋のような線が広がり、北北東の方向でひずむ。


 フィンが顔をしかめた。


「うわ、何か引っかかってる」


「見える?」


「見えるっていうか、板が嫌がってる。ギギって感じ」


「擬音は後で対応表に入れる」


「入れんな」


 カイが近づいてきた。


「何か見つかった?」


「まだ“何か”の段階だ。君は周囲の班の位置を覚えてるか?」


「だいたい。第二班が西、第三班が南の小川側、教師が中央、下級生の補助班が入口寄り」


「退避するとしたら?」


「入口に戻るより、南西の小川沿い。道が広い」


「ただし地脈流は南西へ落ちてる。魔法失敗時の流れもそっちに行く」


「じゃあ、負傷者は?」


「地脈の谷の手前。流れに乗せない位置」


 カイは一瞬だけ黙り、それから頷いた。


「分かった。合図があったら、俺が誘導する」


「まだ合図はしない」


「分かってる。でも、先に決めとく」


 いい判断だった。

 カイは理論を全部理解しているわけではない。

 だが、人がどう動くかを見ている。

 現場には、そういう目が要る。


 リナが救護鞄を持って近づいてきた。


「あの、念のためですけど、負傷者が出た場合の集合地点を決めてもいいですか?」


「決めよう。あの倒木の陰。地脈流から少し外れてる。風も抜ける」


「はい。治癒術式は重傷者への止血と生命維持を優先します。軽傷への痛覚緩和や小さな修復は、状況が落ち着くまで後回しにします」


「理由は?」


「治癒魔法は、見た目より消耗が大きいからです。外部媒体が十分でない野外で軽傷まで順に治していたら、本当に必要な時に魔力も薬も足りなくなります」


 俺は少し驚いて彼女を見た。

 リナは柔らかく笑う。


「この前の理論魔法研究会で聞いていましたから」


「研究停止中だけど」


「聞いたことまでは止められません」


 その言葉は静かだったが、強かった。


 俺は頷いた。


「助かる」


「こちらこそ。止める手順があると、治癒も落ち着いてできます」


 小さな火花は、もう移り始めている。

 研究室は封鎖された。

 SOP配布は禁止された。


 でも、人は覚える。

 必要だと思ったものは、忘れない。


 その時、教師の声が響いた。


「第一課題、開始!」


 各班が低出力火花を始める。

 標準詠唱が森に散った。


「火の種よ、掌に灯れ」


「火の種よ、掌に灯れ」


「火の種よ――」


 いくつもの小さな赤が灯る。

 実技庭園よりも不安定だ。

 火が左右に揺れ、ある者はすぐ消え、ある者は大きくなりすぎて教師に止められる。


 屋外環境。

 地脈ノイズ。

 湿度。

 風。


 すべてが、標準詠唱の誤差を広げる。


 俺は発動しない。

 観測する。


 火花が灯るたびに、森の地脈がわずかに揺れる。

 正常な揺れ。

 失敗の揺れ。

 封印札の揺れ。


 その中に、別のものが混じっていた。


 北北東。

 森の奥。

 短いパルス。


 火花に反応している。


(向こうが、こちらの発動を拾ってる?)


 背筋が冷える。


「エリシア、火核を出さないで」


「分かったわ」


「リオネル、上層風は?」


「……さらに空いた。鳥が完全に消えた」


「フィン、杭を準備。打つな。持ってろ」


「了解」


「カイ、第二班と第三班の距離を見てくれ。近づきすぎてたら離す」


「任せて」


「リナ、集合地点の印を」


「はい」


 指示を出すと、全員が動いた。

 不思議なことに、誰も理由を長く聞かなかった。

 まだ何も起きていない。

 だが、何かが起きる前の手順として動いている。


 それは、旧東棟地下の小実験室で何度も確かめた形に近かった。

 発動者、観測者、停止係。

 役割が先に決まると、人間は少し落ち着く。


 教師がこちらに気づいた。


「天城ユウマ! 課題を実行しなさい。独自行動は禁止だ」


「課題前に環境確認を――」


「許可していない」


 教師の声が硬くなる。

 周囲の学生がこちらを見る。


 その瞬間だった。


 森の奥から、低い音がした。


 獣の唸り。

 いや、違う。


 唸りにしては、音程が揃いすぎている。

 喉から出る音ではない。

 空洞を通した笛のような、湿った低音。

 その音が、地面の下のマナ場を叩いた。


 黒鉛針が跳ねた。

 石英板の縞が割れた。


 エリシアが息を呑む。


「火が、裂けた」


 リオネルが剣に手を置く。


「来る」


 教師が振り向いた。


「全員、課題中止! 待機姿勢――」


 言葉が終わる前に、北北東の茂みが弾けた。


 黒い影が、森の奥から飛び出してくる。

 一体ではない。

 三体。

 五体。

 十体。


 狼に似た体躯。

 だが、背中には石のような突起。

 口元からは青白い泡。

 目は赤く濁り、動きが揃っていない。


 群れだ。

 ただし、統率された群れではない。


 何かに追われるように、何かに操られるように、魔獣たちは開けた実習場へ雪崩れ込んできた。


 学生たちの詠唱が、悲鳴に変わる。


 俺は仮杖を握った。


(やっぱり)

(安全域なんかじゃない)


 森が隠していたものが、姿を現した。


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