第110話 自由を支える約束
市場の火災から一夜が明けた。
焼けた天幕は撤去されたが、石畳の溝には黒い煤が残っている。昨夜、杖から逃がした熱が通った跡だ。
ナタリアは朝の記事へ、こう書いた。
【新仕様で初の公開火術事故】
停止要求が受理されるまでの時間。警告を閉じれば、訓練を受けていない者でも危険な出力を実行できた表示上の欠陥。避難誘導と残留熱処理が機能したこと。負傷者二名と、焼失した天幕三枚、屋台一台。
見世物のために集められた金額まで載っていた。
「止められたから安全だった、とは書かないんだな」
俺が言うと、ナタリアは炭筆を止めなかった。
「二人が怪我をしているもの。止まった仕組みと、起きた事故は別々に書くわ」
記事の端には、まだ空欄がある。
【次の事故を防ぐための変更:審査中】
そこを埋める仕事が残っていた。
◇
公開審査には、火を出した男も出席した。両手には治療師が巻いた布があり、紙を持つことができない。
「小さい火にするつもりだった」
男は焼けた指先を見ながら言った。
「大きさの数字と温度の数字を取り違えた。警告は見たよ。でも、閉じられたから、続けていいと思った」
警告を閉じられるようにしたのは、俺たちだ。
危険な術式の実行を誰が制限するか、決めきれなかった。血統や身分を別の名前で持ち込むことを恐れ、実行側の条件を【訓練を推奨】という表示に留めていた。
その迷いも、事故の原因欄へ入れる。
審査の結果、火術の入口へ新しい条件が加えられた。
【理論、危険、停止手順、低出力の模擬試験は、誰でも閲覧・実行できる】
【人の集まる場所で危険出力を実行する場合、公開実技試験の修了、または指導者の立会いを必要とする】
【実技試験は血統、身分、信仰を受験条件に使用しない】
【条件を満たさない場合、拒否理由と再試験手順を表示する】
表示の文章だけで済ませない。危険な出力を選んだ時には、訓練記録か立会人の確認を装置側でも求める。
一方で、火の理論や事故記録は隠さない。実技試験の内容も公開し、受験を拒まれた人が異議を出せる経路を付ける。
「自由になったのに、また許可が要るのか」
傍聴していた男が言った。
「誰か一人から許しをもらう仕組みにはしません」
俺は答えた。
「火を学ぶことはできます。ただ、人がいる場所で大きな火を出すなら、止められることを先に確かめる。条件がおかしいと思えば、その条件自体に異議を出せます」
「試験に通らなければ、結局は使えないんだろう」
「どこを練習すれば使えるのか、理由を示します。その試験で本当に安全を確かめられるのかも、公開して検証します」
男は納得した顔をしなかった。
俺も、これで事故がなくなるとは言えなかった。試験を作る側が人を閉め出すかもしれないし、今の試験には見つけられない危険があるかもしれない。
だから、審査結果には見直しの日付も付けた。
焼けた市場で決まった条件を、永遠の正解にはしない。
◇
その夜、移行支援所の仕事を当直へ引き継いでから、俺はエリシアを探した。
彼女は中庭で、杖の黒鉛板を外していた。昨夜、燃える布の熱を逃がした板だ。表面に細い亀裂が入っている。
「まだ仕事?」
「これは明日でいいわ」
エリシアは板を布に包み、こちらを見た。
俺は手に持っていた連絡札を握り直す。
「今夜、みんなに話したい」
彼女の表情が変わった。
「あなたの過去のこと?」
「ああ。戻ったら話すと約束したからな」
神域から帰還した直後は、身体を確かめ、アークを起こし、街の設備を動かすので精一杯だった。その後も、治療具の不具合と市場の火災が続いた。
話せなかった理由はある。
けれど、話さないままでいてよい理由にはならない。
「私にも、まだ聞いていないことがあるわ」
「最初から話す。途中で止めてくれていい」
エリシアは俺の連絡札を見た。
「誰を呼ぶの?」
「先生と、研究所で一緒にやってきた仲間たち。話を聞くかどうかは、向こうに選んでもらう」
「分かった」
彼女は一歩近づいた。
「先に言っておくけれど、私はまだ怒っているわよ」
「分かってる」
「今日話したから、それで全部許したことにはしない」
「ああ」
「でも、聞くわ」
エリシアは連絡札を持つ俺の手から目を逸らさなかった。
◇
使ったのは、支援所の奥にある小さな記録室だった。
扉には手動の錠がある。連絡環には送信先と接続時間が表示され、どの拠点も自分の側から切断できる。アークは室内の音声を公開記録へ転送しない設定を、俺たちの前で読み上げた。
『接続先は、聖都、グレインベル、王都の三地点です。各地点の受信者を確認しますか』
「頼む」
聖都にはクラリス先生、ダリオ、ナタリア、ミーナが来た。
グレインベルの連絡環には、フィン、ノエル、ジーク、ルカの姿が映る。向こうでは遅い時間のはずだ。ジークの作業着には、まだ炉の煤が付いていた。
王都からはリナが応答した。治療所の夜勤を交代したばかりで、肩へ掛けた布を外していない。
「聞いてほしいことがある」
俺は全員に言った。
「個人的な話だ。聞かない選択もできるし、途中で抜けても構わない。危険な情報かどうか、俺にもまだ全部は判断できていない」
「それなら、なおさら聞く」
フィンが即座に答えた。
「ただし、話したくない部分まで無理に言うなよ」
他の仲間も、接続を続けた。
ナタリアが記録板を伏せる。
「記事にはしないわ。あとで必要な記録があれば、範囲を決めて」
喉が乾いた。
机の上に置いた自分の手を見る。指先には、今日の審査で使った炭筆の黒が残っている。
「俺は、この世界で生まれた人間じゃない」
向こう側で、炉の音が小さく鳴った。
「魔法のない、別の世界にいた。天城ユウマという名前で、大学の研究室に通っていた」
クラリス先生の視線が静かに上がる。
先生は俺の名前を知っている。けれど、その名前がどこから来たかは、話していなかった。
「夜中、一人で実験を続けた。装置の共振に気づいて、止めようとした。でも非常停止に届かなかった。装置が壊れて、俺はそこで死んだ」
「……死んだ?」
ノエルが聞き返した。
「ああ」
言い直しても、起きたことは変わらない。
白い閃光。床の硬さ。指先から逃げた赤いボタン。
「次に目を覚ましたのは、世界と世界の境界にある白い場所だった。そこでセリアに会った。彼女が、この世界へ移る手続きを担当した。行き先を選んだのは俺だ」
「神様に、この世界を救えって言われたのか?」
ルカの問いに、首を振る。
「言われてない。セリアは行き先と、登録がうまくいかなかった時の手段を示しただけだ。俺がこの世界で何をするかは、決めなかった」
エリシアは黙って聞いている。
「この世界へ来た時、俺の魂には既存の血統登録に一致する参照先がなかった。S―四〇四という記録は、その照合結果だ。低魔力なのも事実だけど、参照先がないことを、能力や人間としての価値と結びつけたのは、この世界の登録の仕組みだった」
「待って」
ルカが身を乗り出した。
「じゃあ、非連結の人は、みんな別の世界から来たの?」
「違う。俺がそうだったというだけだ。ほかの人が接続されなかった理由を、俺の来歴だけで説明することはできない」
ルカは少し考え、頷いた。
「そこを一緒にされたら、困る」
「ああ。俺も、したくない」
フィンが両腕を組んだ。
「前の世界に、マナはあったのか」
「なかった。少なくとも、俺の知る実験では観測されていない」
「じゃあ、あの火の式も、地脈の逃がしも、最初から知ってたわけじゃないんだな」
「知らなかった。前の世界で数学や物理、実験の手順を学んだ。でも、マナ場も、血統印も、石英に残る熱の逃がし方も、ここへ来てから観測した」
「最初の負荷箱は、三回割れた」
フィンが言った。
「三回目はお前が上限値を読み違えた」
「覚えてる」
「四回目は俺が銀線の太さを間違えた」
フィンは連絡環越しに俺を見る。
「だったら、最初から答えを持ってた人間の仕事じゃない」
その言葉に、胸の奥が少し緩んだ。
だが、フィンの表情は明るくならない。
「でも、どうして言わなかった。俺たち、何度も一緒に止める箱を作っただろ」
答えを選ぶ時間が、長く感じられた。
「最初は、信じてもらえないと思った。異端として捕まるのも怖かった」
クラリス先生の顔を見る。
「学院にいた頃は、俺だけじゃなく、先生やみんなにも疑いが及ぶと思った」
「その後は?」
フィンが訊いた。
「別の世界の知識で全部作ったと言われるのが怖くなった。みんなの仕事まで、俺が持ち込んだ特別な答えの一部にされそうで」
「それを言うかどうかまで、俺たちに相談できなかったんだな」
「……できなかった」
「腹は立つ」
フィンははっきり言った。
「でも、その怒りまで、お前一人で計算して答えを出すなよ」
俺は頷くしかなかった。
リナが連絡環の向こうで口を開いた。
「事故のことを思い出して、止まれなくなる時はありますか」
「ある。帝国との戦争の時も、神域でもあった」
「それなら、今後の作業手順にも関係します。過去の事故を詳しく公表するかどうかとは別に、疲労や恐怖で判断が狭まる時の確認役を決めましょう」
医療担当としての提案だった。
俺の話を、珍しい来歴として眺めて終わらせない。今ここにいる俺が、また一人で危険を抱えないための問いに変える。
「研究所でもやってきたことですね」
ノエルが言った。
「危険なものは一人で開かない。設計者自身の判断も、例外にしない」
「俺も確認役に入る」
ジークが短く言った。
「作業を止める理由に、出身地の説明は要らん。危ないと見えたら止める」
ダリオも頷く。
「現場では、言葉を探している間に間に合わなくなることがある。止めた後で理由を聞けばいい」
クラリス先生は、それまで口を挟まなかった。
「天城君」
「はい」
「私は、あなたが何かを伏せているとは感じていました。でも、正体を見抜いていたわけではありません」
先生はまっすぐに言った。
「知っていたふりをして、話したことを軽く扱いたくありません。驚いています。そして、あなたが話せなかった間のことも、今すぐ分かったとは言えません」
「はい」
「続きは、また聞かせてください。前の世界で学んだことだけでなく、失ったものについても」
返事をしようとして、声が詰まった。
その横で、エリシアが口を開く。
「私も、まだ聞くことがあるわ。今日で終わりにはしないから」
「うん」
「次にあなたが一人で抱え込んだら、今日の話を持ち出して怒ると思う」
「それは困るな」
「困らせるために言ってるのよ」
エリシアの声には少しだけ笑いが混じった。
ナタリアが伏せていた記録板を指で叩く。
「確認するわ。この場の話を、そのまま公開記録にはしない。神域の記録に残っているセリアとの会話も、本人の過去と、世界の仕様に関わる検証情報を分けて扱う。それでいい?」
「頼む。S―四〇四の履歴も消したくはない。でも、俺の来歴を公表するかどうかは、今ここでは決められない」
「保留、と記すわ」
ナタリアは記録板に短く書いた。
「私が記事に書かないのも、記録がなかったことになるのとは違うから」
アークが青い表示を開く。
『送信先と参加者の記録は保持します。会話の内容については、本人の指定した非公開範囲を適用します。神域で既に作成された記録には別の管理条件があるため、消去を約束することはできません』
「それでいい」
消せない記録があることも、隠さない。
連絡環が切れる前、フィンがもう一度こちらを見た。
「戻ってきたら、負荷箱の新しい試作を見るか」
「見たい」
「前の世界のやり方でも、この世界のやり方でもいい。おかしいところがあったら言え」
「分かった」
「俺も言うからな」
連絡環の向こうで、フィンが切断レバーを下げた。
青い光が消える。
誰も、すぐに俺を許したとは言わなかった。
けれど、続きを話せる相手が残った。
◇
二週間後。
聖都中央広場で、最初の移行会議が開かれた。
開環仕様の修正案を集め、各地へ公開し、聖都で必要な作業を調整するための暫定会議だ。ここで採用案をまとめても、すべての地域へ一斉に強制する権限はない。
広場には、同じ高さの机が七つ置かれた。
行政。治療。工房と生活設備。信仰と文化。現場安全。接続して魔法を使う者。非連結者と手動設備を使う者。
席ごとに任期、交代手順、撤回条件が表示されている。外側には市民や職人、司祭、兵士が座り、各地の通信代表も発言できる。
レナード王は王都から投影で出席した。
『王国が登録根の専有を放棄した先の宣言を、ここに法令として追認する』
王の声が広場へ響く。
『王国は国籍、相続、公共負担の記録を今後も担う。されど、それらを魔法へ接続する価値の判定には用いぬ。余は行政の一席を王国に求めるが、最終拒否権は求めぬ』
拍手と反対の声が、同時に上がった。
エリシアは王家代表の机ではなく、移行支援側の記録席にいた。
「名門のご令嬢が、市民を代表なさるのですか」
傍聴席からの問いに、彼女は首を振る。
「いいえ。私は、血統術式を使ってきた一人として試験記録を提出します。王家の判断は王家の席が、非連結者の判断は当事者が話すべきです」
リオネルは会議の外で輸送表と倉庫の在庫を確かめていた。
「村ごとに停止日も受け取れる量も違う。全便を同時に動かした頃の方が、表の上では簡単だった」
「だから、あなたが調整するのでしょう」
セリナは旧式治癒具の貸出契約に赤い線を引く。
「この『寄付』という言葉も削ります。公共資源を使える場所へ戻すのですから、利用者へ感謝を求める文面にはできません」
ミーナは、押収した偽の【中央認可済み】札を机へ置いた。
「中央認可はもう存在しない。でも、読めない人に嘘をつけば売れる。異議を出す窓口と、無料で確かめられる相談所が必要ね」
ナタリアは議事録を各地へ送る。
非公開を求められた議題でも、空白にはしない。誰が、なぜ非公開を求め、いつ再審査するか。その三点は記録へ残す。
俺は、その意味を以前より重く感じていた。
誰にも見せたくない過去があることと、誰かの都合で記録を消してよいことは違う。公開する範囲を決める者まで奪えば、記録はまた支配の道具になる。
アークは各地の演算核へ更新案を送った。
『強制更新は行いません。旧版を続ける地点には、既知の不具合と、新版へ移る場合の手順を表示します』
「各地のアークが違う版を選んだら?」
ノエルが通信環から尋ねる。
『結果を比較し、必要なら理由を交換します。現在の私が、常に最も正しい版だという保証はありません』
アークの声は穏やかだった。
◇
会議の最後に、共存条項が読み上げられた。
【旧式詠唱、新式入力、非魔法の手動手順を、利用可能な複数の方式として併置する】
【接続すること、接続しないこと、一度離れて再接続することを、身分、信仰、忠誠の判定へ使用しない】
【危険と結果への責任は、使用した方式ではなく、行為と予見可能性に基づいて記録する】
【代替手順の維持費を、利用者が少ないことだけを理由に、当事者へ全額負担させない】
最後の一文で議場が割れた。
「使う者の少ない手動水路へ、税を出し続けるのですか」
商業組合の代表が立ち上がる。
「中央水路が動いている間は無駄でしょう」
「中央水路が止まった三日前、その水を何人が飲んだ?」
南区の女親方が返した。
「非常口は、普段使わないから非常口なんだ。使う日まで錆びさせない費用を、外にいる奴だけへ払わせるな」
ヨハン司祭は、礼拝堂を移行支援所として開く条項へ署名した。ただし、礼拝をやめることを利用条件にはしない。
非連結者の代表は、支援を受けた者へ入信や感謝を求めないことを条件に加えた。
職人組合は、新式部品の販売だけでなく、手動弁の保守講習を引き受けた。
誰も、ほかの方式を好きになったわけではない。
それでも、使わない入口を勝手に塞がない。そのために必要な費用と作業を、ようやく同じ机へ並べた。
「ユウマさんは、本文へ署名しないのですか」
書記に訊かれ、俺は証人欄を指した。
「ここに書きます」
「仕様を作った方なのに?」
「俺の名前が最終承認印になったら、本文を作った人たちが、あとから直しにくくなります」
クラリス先生も隣の証人欄へ署名した。
本文には、水路を守る人、装置を使う人、使わない人、祈る人たちの名前が並ぶ。
◇
公開審査も続いた。
オルフェウスは治療を終え、白い囚人衣で証言台に座った。神の声はない。質問を聞き、答えるか、黙るかを自分で選ぶ。黙秘したことも記録される。
ヴァレンが十二年間隠していた児童移送簿。ザレスが出した拘束命令。エドガーが署名した人体試験と再武装命令。
資料は同じ方法で照合する。
ただし、責任は一つにまとめない。誰が命じ、誰が実行し、どこで拒めたのか。それぞれの選択を分ける。
エドガーは帝国と被害地域による合同審理へ送られた。
『結果として死者を抑えた作戦もある』
彼はそう主張した。
『成果を無視すれば、次の戦争でさらに多くが死ぬ』
証言台のテオは、震える手を握りしめた。
『助かった人がいたことは消しません。でも、俺たちが止めたいと言ったことも、消さないでください』
どちらか一方だけを残せば、何が起きたのかを確かめられなくなる。
ザレスも、上位命令に利用されたという理由だけで責任を免れなかった。若い監督官たちは、命じられたことと自分で行ったことを分けて証言した。
王都の旧名簿から確認された非連結者の秘密登録は、八百三十一名。
名簿そのものは公開しない。人数、収集した機関、売買に利用した組織、改竄の手順を公表し、記載された本人へ個別に知らせる。
記録を消すか。自分の手元へ移すか。審理の証拠として期限を決めて封印するか。
本人が選ぶ。
その方針を決める場で、俺は二週間前の記録室を思い出した。
俺の過去と、この名簿に載せられた人たちの経験は同じではない。それでも、本人より先に他人が公開範囲を決めてはならないという点は、同じだった。
補償費を誰が負担するかを巡り、王国、教会、学院は何日も争った。
夜番を置く費用。手動弁を点検する費用。互換層を試す職人の賃金。移行で仕事を失った人への補償。
会議は延期される。
だが、延期した者の名と理由、次に話し合う期限は、空欄にされなかった。
◇
二十一日目の夕方。
聖都の移行支援所は、ようやく夜勤へ仕事を渡せるようになった。
未確認の旧式魔法具は、まだ倉庫一つ分ある。公開審査も補償協議も終わっていない。開環仕様の初期版には、毎日どこかから修正が届く。
それでも、俺が机から離れても作業は続く。
三日ぶりに何も考えず眠りかけたところで、エリシアが封筒を差し出した。
「ユウマ。手紙よ」
上等な通信紙ではない。煤のついた厚紙を、細い鉄線が二重に巻いている。
差出人は、ガルド=ハイメル。
【坊主。世界を直した気になる前に、帰ってこい。見せたい火がある】
その下に、子供の字が続く。
【お兄さん、今度は私が火をつけて、自分で止めてみせる。帰ってきたら、ちゃんと見ててね】
タリヤの名前の横には、三つの記号が描かれていた。
丸。波線。四角で囲った点。
始める。危険。止める。
俺がガレオン村で最初に作った合図を、彼女はまだ使っている。
「帰りましょう」
エリシアが言った。
「ああ」
俺は手紙を折り直した。
前の世界の実験室では、止めるために伸ばした手が届かなかった。
この世界では、俺一人がすべての停止位置を知っている必要はない。フィンは俺の間違いを指摘し、エリシアは俺が抱え込む前に問い、タリヤは自分の手で火を止めようとしている。
それを、実際に見に帰りたい。
聖都の机を離れ、俺たちはガレオン村への道を選んだ。




