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心の声が聞こえる地味令嬢~溺愛してくる家族を安心させる為、今日も婚活に勤しみます~  作者: 丸ノ内きみこ


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08

ローゼンブルク家の屋敷に親戚にあたるゲルシュタイン子爵家の令嬢、ベアトリス・フォン・ゲルシュタインが遊びにやってくる。母イザベラの従妹の嫁ぎ先でベアトリスとカミラは同い年なのもあり、これまで何度か遊んだ事があった。


会うのは久しぶりなので、カミラは朝から凄く楽しみにしている。また今日は何故か母イザベラから手袋をしないよう言われており、みんなの「本音」をもっと聞きたいと思っていたカミラは解放された気分だった。


ローゼンブルク家の屋敷に、一台の豪華な馬車が到着する。


降りてきたのはオティーリエ夫人とその娘、ベアトリスだ。オティーリエ夫人はイザベラの従姉妹にあたり、王都の流行を全身に纏ったような華やかな装いをしている。


「お久しぶりね、イザベラ。あなたが地方に引っ込んでしまってから、王都の社交界は少し寂しくなったわ」


夫人はイザベラと頬を寄せ合いながら、完璧な微笑みを浮かべる。だが、カミラが挨拶のために夫人の手にそっと触れた瞬間、脳内に響いたのは冷ややかな声だった。


(……相変わらずね、イザベラ。昔から鼻につくほどお上品ぶって。カミラもパッとしないような「恩恵」だったようだしこんな辺境の伯爵家、もう王都では誰も話題にすらしていないのに。さあ、ベアトリス。あなたの「恩恵」で、この家の娘との格の差を見せつけてやりなさい)


カミラは一瞬、失礼な本音にムッとしたが、すぐにベアトリスの方へ向き直った。一年ぶりの再会。カミラは朝からこの時間を楽しみにしていたのだ。


「ベアトリス、お会いしたかったわ!」


カミラが手を握ると、今度は娘の方からトゲのある本音が流れ込んできた。


(……ふん、相変わらず地味なドレス。カミラ、あなたの【脳内への響き】なんていうおまけみたいな恩恵、私にはちっとも脅威じゃないわ。私なんて、花を瞬時に開花させる【緑の手】を授かったのよ。格の違いを教えてあげるわ)


(……オティーリエ夫人もベアトリスも、同じことを考えているのね…)


カミラは、内心でため息をついた。かつての「うきうき」は、今や「観察」へと変わっていく。大人たちがテラスでお茶を飲み始めると、夫人が誇らしげに語り出した。


「うちのベアトリスは、先日【緑の手】を授かりまして。庭園のバラを一度に開かせたと、王都でも評判ですのよ。カミラ様も何か……素晴らしい恩恵を授かったのでしょう?」


「……ええ。私は、触れた相手の声が脳内に響く力を」


イザベラが少し言いよどみながら答えると、オティーリエ夫人はにこやかに微笑み「あら、とても素晴らしい「恩恵」を授かったのね。」と言った。


カミラは触っていないので「本音」は聞こえないが、絶対内心では違う事を思っていると確信していた。先ほどの「本音」を聞いた後では、にこやかな微笑みも嘲笑っているようにしか見えない。


「私の「恩恵」を見せてあげるわ!」


ベアトリスが得意げにカミラを誘った。テラスのそばに咲いていたバラの前まで手を引かれる。カミラはベアトリスの「観察」を始めた。


(この力を見せつけてやらなくちゃね!まだ力が弱くて咲かせた花はすぐに枯れちゃうんだけど、そんな事カミラは知らないものね)


「カミラ様、あちらの蕾のバラを見て。私が元気を分け与えてあげますわ」


ベアトリスがバラに触れると光が走り、蕾がゆっくりと開き始めた。


(……さあ、驚きなさい。震えなさい。あなたには逆立ちしたってできない芸当よ!)


「いかが? 王都で磨いた私の力ですわ」


カミラはバラを見つめ、にっこりと微笑んだ。そして、ベアトリスの肩にそっと手を置く。


「すごいわ、ベアトリス。……でも、このバラ、無理に咲かされて少し苦しそう。ヘンドリック、この子に新しい肥料をあげてくれる?」


「えっ……?」


ベアトリスは凍りついた。カミラは、ベアトリスが先ほど「本音」で言っていた「すぐ枯れてしまう」理由が植物に「無理をさせるから」な気がして、それを逆手に取る。


(な、なんで…… なんでそんな、私が無理をさせているみたいな言い方……! 恥をかかされたわ!)


テラスでは、子爵夫人が顔を引き攣らせていた。


「あら……カミラ様は、植物の「声」も聞こえるのかしら?」


「いいえ。ただ触れた人の発した声が脳内に響くだけですわ」


イザベラはしれっと答えた。銀のティーポットから注がれる紅茶の香りが漂っている。イザベラは穏やかに微笑んでいるが、向かいに座るオティーリエの扇を動かす速さは、先ほどから少しずつ増している。


「それにしてもイザベラ、この屋敷の静かさには驚かされますわ。王都の喧騒を忘れて『隠居』するには、これ以上ない場所ね。カミラ様も、こんなに静かなところで育っては、外の世界の……そう、社交界の『毒』への耐性がつかないのではないかしら?」


オティーリエは扇で口元を隠しながら、イザベラを憐れむような目を向けた。


「オティーリエおばさま。私、おばさまのおっしゃる『毒』というものが、どんなものなのかとっても気になりますわ」


カミラは小首を傾げ、この上なく無垢な瞳でオティーリエを見つめた。


「あら、それは……」


「おば様は今、私のことを心配して仰ってくださったのでしょう?」


カミラの無垢な問いかけに、オティーリエ夫人は勝ち誇ったような笑みを深くする。


「ええ、もちろん。親戚として、あなたの将来を案じているの。王都の社交界はね、言葉の裏側を読み合う恐ろしい場所なのだもの」


そう言ってオティーリエ夫人が、カミラの頭を撫でようと手を伸ばす。カミラは避けることなく、むしろ自分からその手に頭を寄せていく。夫人の手のひらが触れた瞬間――。


(……ふふ、可哀想に。お人好しの母親に似て、言葉通りにしか受け取れないのね。心配しているふりをして、あなたの無能さを際立たせてあげているのよ。これだから地方の伯爵家は御しやすいわ。イザベラがどんなに悔しそうな顔をするか、見ものだわ!)


流れ込んできたのは、どす黒い悦びに満ちた嘲笑。カミラは心の中で「やっぱり」と確信し、さらに深く踏み込むことに決める。


「ありがとうございます。おば様は先ほど「隠居」する場所にはこれ以上ない場所。と言っておられましたが、何か裏の意味があるのですか?」


「そ…それは… 」


「是非今後の為にも本当の意味を教えていただけると嬉しいです」


テラスの時が止まる。

注がれようとしていた紅茶の滴が、静寂の中に響くほど。オティーリエ夫人の顔から血の気が引き、扇を持つ手がふるふると震え始める。


「カミラ、やめなさい。ごめんなさい、オティーリエ夫人。カミラは王都に興味深々で、今日お二人に会えるのをとても楽しみにしていたんですのよ」


イザベラの言葉は一見娘をたしなめるものだったが、その瞳の奥にはオティーリエの動揺を見透かすような冷ややかさが宿る。


オティーリエは引き攣った笑いを浮かべ、何とか喉を鳴らして言葉を絞り出した。


「い、いいのよイザベラ。……カミラ様、裏の意味なんて、そんな物騒なものありませんわ。ただ、王都に比べて刺激が少ないということを、少し誇張して表現しただけですの……。ほら、比喩、というやつかしら」


(……この子、一体何なの!? さっきから私の言った言葉を正確に拾って、わざとらしく突いてくる。偶然? それとも本当に何か気づいているの!? 嫌だわ、なんだか気味が悪い!)


夫人の本音は恐怖で波打ち、触れているカミラの手のひらに不快な振動となって伝わる。カミラはさらに無垢な笑みを深め、夫人の手を両手でぎゅっと包み込んだ。


「比喩…。とっても勉強になりますわ、おば様!少し手が震えているようですが、大丈夫ですか?」


オティーリエ夫人の手がカミラの頭から離れる。


「何でもないわ……少し、風が冷たくなってきましたわね……」


「ベアトリスも、バラを咲かせて疲れてしまったのでしょう? お部屋で少し休みましょうか」


カミラがベアトリスの方へ歩み寄り、優しく手を繋ぐ。


(来なきゃよかった……! カミラなんて、どん臭い「外れ」の恩恵持ちじゃない。何なのよ!お母様まで恥をかかされて…)


ベアトリスの本音を聴きながら、カミラは優雅に会釈をする。


「お二人とも、お顔色が優れませんわ。お母様、おば様たちに、王都の流行に負けないくらい滋養のあるハーブティーを淹れてあげて?」


イザベラは娘の完璧な「おもてなし」に、扇で口元を隠してにこやかに笑った。


「そうね、カミラ。オティーリエ、せっかく来てくださったのだから、ゆっくりしていってちょうだい?」


「い、いいえ! 思い出したわ、これから王都で大事な夜会があったはずですの! ベアトリス、帰るわよ! さあ、早く!」


オティーリエ夫人は、もはや社交界の作法も忘れたような早口でまくしたてると、ベアトリスの腕を掴んで、逃げるように馬車へと駆け込んでいった。


馬車の扉が閉まり、激しい音を立てて車輪が回り出す。遠ざかっていく馬車の中から、二人の「二度とここには来たくない!」という切実な合唱のような本音が響き、やがて静寂に消えていった。


テラスに残されたカミラは、手袋のない自分の手を見つめて、ふぅと息を吐く。


「お母様。お外の方の本音って、屋敷のみんなよりずっとトゲトゲしていて、少し疲れちゃうわね」


「そうね。でも、いい経験になったでしょう?」


イザベラはカミラを抱き寄せ、その柔らかな髪を撫でた。


(私の「本音」をカミラに隠したくない。オティーリエ夫人とベアトリスの「本音」は黒いものだったに違いないもの。でもカミラに嫌われてしまうかもしれない…怖いけど、優しいカミラならきっと大丈夫。それに嫌われたとしても、私は母親として!!!!カミラに教えなければいけないの。さきほどの、スカっとはしたけど…貴族としては頂けないわ。今回カミラは彼女達の「本音」を見過ごさなかった。相手に恥をかかせてしまうと、敵を増やす事にもなる。腹の中にどす黒いものがあるとわかっていても、相手に流されず穏便にやり過ごす術を学ばせなければいけない。伝わるかしら…どうしたらいいの…カミラにどのように教えれば…可愛いカミラの為に私ができることは…)


「あの人たちが二度とここに来ないようにしてくれて、ありがとう、カミラ」


カミラは、頭の中を埋め尽くす「本音」の渦に戸惑っていた。


(お母様……そんなにたくさん、私のことを考えてくれているのね。でも……私のしたことは、お母様を困らせてしまったのかしら)


さっきまでの勝利の余韻はどこかへ消え、カミラは自分の手のひらをじっと見つめる。

相手の「黒い心」を暴いて追い払うのは、とても簡単で、胸がすくようなことだった。けれど、お母様の心にある「敵を増やす」「貴族としては頂けない」という言葉が、重く心にのしかかる。


「お母様……。私、おば様たちを怒らせちゃった?」


カミラは顔を上げ、不安そうにイザベラを見つめた。イザベラは一瞬、驚いたように目を見開く。そして、カミラの揺れる瞳を見て、すべてを悟ったように優しく微笑んだ。


(ああ……この子は、私の迷いさえも受け取ってしまっているのね。隠し事はできないのだわ。ならば、私は母親として、誠実に向き合わなければ)


イザベラはカミラの両手を包み込むように握り、真っ直ぐにその目を見た。


「カミラ。あなたは今日、私たちを守ろうとしてくれたわね。それはとても誇らしいことよ。ありがとう」


「……うん」


「でもね、カミラ。人の心は、あなたが今日見た『黒いもの』だけではないの。そして、その『黒いもの』をそのまま突き返してしまうと、相手はもっと鋭い毒を持って、いつかあなたを刺しに来るかもしれない」


イザベラの声は穏やかだが、そこには厳しい現実を知る大人の重みがあった。


「本当の強さは、相手の毒を知りながら、それを柔らかな綿で包み込んで、何もなかったかのように笑ってやり過ごすこと。……それが、自分自身と、大切な場所を守るための『盾』になるのよ」


(伝わるかしら。五歳のあなたには、まだ早すぎるかもしれない。でも、その力を持って生きていくあなたには、いつか必ず必要な知恵なのよ……。嫌わないで、カミラ。私はあなたに、傷ついてほしくないだけなの)


お母様の心から溢れ出すのは、切ないほどの深い慈愛だった。

嫌うなんて、とんでもない。カミラは、自分を想って葛藤するお母様の心が、どんな美しい宝石よりも価値があるものに思えた。


「……お母様。私、わかったわ。次からは、おば様が毒を吐いても、もっと上手に……『綿』で包んで、おうちに帰してあげるようにする」


カミラはイザベラの胸に顔を埋めた。


「私、お母様のことが大好きよ」


「……! カミラ。私の愛しい子」


イザベラはカミラを強く抱きしめた。その拍動は少しだけ速まり、安堵と愛しさが混ざり合った温かな本音が、カミラの全身を包み込んでいく。


「本音」を知ることは、相手の醜さを知ることだけではない。

お母様が自分をどれほど大切に想い、守ろうとしてくれているか。その、言葉だけでは足りないほどの大きな愛を、誰よりも深く受け取ることができる。


カミラはお母様の腕の中で、そっと目を閉じた。

手袋のない手で触れる世界は、少しだけ複雑で、けれど思っていたよりもずっと温かいものだと感じながら。

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