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激動の入学初日のカリキュラムがすべて終わり、カミラは学園の敷地内にある女子寮へと戻っていた。
サンクチュアリ王立学園の寮は、貴族令嬢たちが暮らす場所とあり一人部屋とはいえ十分すぎるほど広々としたクラシカルな一室だ。高位貴族の令嬢たちは実家からお抱えの侍女を連れてきて身の回りの世話をさせているようだが、ローゼンブルク家の方針は違った。
『カミラ、我が家の人間たるもの、己の身の回りの実務を他人に任せては一流とは言えん。完璧に家事をこなせてこそ至高だ』
出発の朝、大真面目なドヤ顔で語っていた父フリードリヒの言葉を思い出し、カミラはふっと苦笑する。実際、カミラ自身の能力やこれまでの鍛錬を考えれば、下手に他人の目を気にするより侍女なしの一人きりのほうが「恩恵」を完全に遮断できて、精神的にも非常に快適だった。侍女のアナは寂しがっていたが、しょうがない。
カミラは仕立ての良い寝衣に着替えると、机の前に座り、お気に入りの万年筆を手に取った。ローゼンブルクの愛する家族へ、初日の報告を綴るためだ。
『親愛なるお父様、お母様、セルジオ叔父様、そして可愛いカイル。
無事にサンクチュアリ王立学園の入学式と、初日の授業を終えました。学園の校舎や食堂は驚くほど豪華で、王都の流行というものを肌で感じております』
そこまで書いて、カミラはペンを一度止め、今日の出来事を脳内で振り返る。
大講堂での悪意の嵐、裏で「全員死ねばいいのに」と毒づいていた金髪の第一王子、生徒の「ギャップ萌え」を期待している一癖も二癖もあるキリアン教授。
(……うん、このあたりの「雑音」は書かなくていいわね。お父様たちが心配したら大変だもの)
学園のドロドロした本音の濁流はすべて伏せ、カミラは楽しかったことだけを文字にしていく。
『以前我が家に遊びに来てくれたベアトリスとは、偶然にも同じAクラスになりました。彼女は王都で「完璧な令嬢」を目指してとても努力しているようで、今日も私の手を引いて、学園のルールを堂々と教えてくれる頼もしい幼馴染です』
(まぁ、半分くらいは私の誘導と、彼女のツンデレな本音のおかげだけど……嘘は書いていないわよね。ベアトリス、本当にいい盾……いえ、いいお友達になってくれそうだわ)
クスリと笑いながら、カミラは最も大切な約束について、ページを変えて丁寧に文字を紡いだ。
『そしてカイル。お姉ちゃんは今日、あなたに少し似ているリーゼロッテさんという、とっても真面目な一生懸命な女の子とお友達になりました。彼女は特待生として入学した物静かな子ですが、私をとても慕ってくれています。カイルと約束した通り、初めての授業のノートは、綺麗に書き写すことができましたよ。これからもカイルのくれた温もりを糧にして、お姉ちゃんは学園での難しいお勉強を頑張りますね』
手紙を書き終え、丁寧に封筒に収めてローゼンブルク家の紋章の蝋印を押す。手元を片付け、ふぅと息を吐いた。
(……よし、これで手紙は完璧ね。明日の朝、寮の受付に実家宛てで預けましょう)
カミラはパタンと日記帳を閉じると、ふと部屋の片隅に目を向けた。そこには、今回の荷物の中にこっそりと忍ばせておいた、小さな魔道具の湯沸かし器と、実家から送られてきた上質な茶葉がある。
お抱えの侍女アナが「お嬢様、王都の寮にはお湯を持ってきてくれる使用人がおりますから、そんな道具は置いていってくださいまし!」と半泣きで止めた代物だ。けれど、カミラにとっては他人の気配を気にせず、自分の好きなタイミングで一息つけるこの時間が、何よりも愛おしかった。
(アナには悪いけれど、やっぱり自分でやるのが一番落ち着くわ)
カミラは慣れた手つきで水を汲み、指先に魔力を込めて湯を沸かす。魔道具を効率よくパッと温めるその手際は、無駄な動きが一切ない。
部屋の外の廊下からは、他の部屋の令嬢たちが侍女に(お湯の温度が低くてよ)(申し訳ございません)などとやり取りしている、いかにも貴族らしい「残響」がうっすらと漏れ聞こえてくる。
(他人の手を煩わせるのって、本音が聞こえてしまう私にとっては、それだけでお互いに余計な雑音が増えるのよね……。お父様の言う通り、自分の身の回りの実務を自分でこなせるのは、本当に快適だわ)
コトコトと小さくお湯が沸く音を聞きながら、カミラは温かいお茶をカップに注いだ。
日中に浴びた有象無象の「雑音」――キリアン教授の妙な妄想や、エドヴァルト王子の物騒極まりない暴言、周囲の令嬢たちのドロドロした嫉妬――それらが、湯気と共に優しく溶けて消えていく。
ハーブの高貴な香りを胸いっぱいに吸い込み、温かいお茶を一口。
(私の「恩恵」は、人の本音を強制的に聞いてしまうこと。けれど、それに振り回されて自分を見失う必要なんてないわ。私は私らしく、静かに、地味に、完璧にこの学園を生き抜くのよ)
完璧な令嬢を目指して大パニックになっている幼馴染や、ストレスで胃に穴が空きそうになっている第一王子のことなど、今のカミラの頭にはこれっぽっちも残っていない。
カミラは深い静寂の中で、明日もまた始まる「少し騒がしい風」の吹く学園生活へ向けて、心と体を優雅に整えていくのだった。




