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Aクラスの教室は、豪華な調度品で整えられていた。大きな窓からは暖かな光が差し込み、磨き上げられた机が整然と並んでいる。
カミラがベアトリス、リーゼロッテと共に中に入ると、教室内は一瞬でシン……と静まり返った。
(ゲルシュタイン子爵家の令嬢が、なぜあの庶民と……?)
(関わらないでおこう。ベアトリス様の機嫌を損ねたら面倒だし)
周囲の困惑に満ちた残響を、カミラは心地よい風のように受け流す。
座席はすでに指定されており、偶然か学園側の意図か、カミラとリーゼロッテは窓際の後ろから二番目と一番後ろの席に並んでいた。そして通路を挟んだ隣の列には、なぜかフンスと鼻を鳴らしたベアトリスが座る。
(たまたまカミラと席が近いようね…良かった…。って違う違う!カミラの事なんて、どうでも良いのよ!私はこの学園でエドヴァルド王子とお近づきになるんだから!まずは高位貴族をどうするか…カミラや庶民に気を取られてる場合じゃないわ)
可愛らしいベアトリスの残響に、カミラは思わず口元を緩めた。後ろの席のリーゼロッテからは、(カミラ様の後ろの席……! 授業中、カミラ様をずっと見守れる特等席だわ!)という、忠犬のような純粋な喜びが伝わってくる。
「ふふ、席が近くて良かったわ。よろしくね、二人とも」
カミラが二人に微笑みかけたその時、前方の扉がガラリと開き、一人の男性教師が入ってきた。仕立ての良いローブを纏い、神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げる男。Aクラスの担任、キリアン教授だ。
教壇に立ったキリアンは、冷徹な一瞥で教室内を見渡した。その瞬間、彼の頭の中から、見た目と態度とは裏腹な残響が漏れ出してくる。
(ふむ、今年は王子もいるし、厄介な高位貴族が多いな。それにしてもやっぱり子供って可愛い。これくらいの年齢の子が一番良いな、うん。あっちの娘は特待生の庶民か。庶民はいじめられるのが世の常…だがそれさえも青春…!!尊い…)
(………ちょっと気持ち悪い教授ね。ただの風よ…気にしない気にしない…)
もしかして、子供好きの変態では…?と不信に思いながらも、カミラは平静を保つ。
「静粛に。サンクチュアリ王立学園Aクラスの最初の授業を始める。当クラスは国を背負うエリートの集まりだ。……みな真面目に勉学に励むように。」
ギリアン教授は、冷ややかに告げた。
「当学園では、初日に必ず『実力測定』を行う。私が黒板に魔力で投影する数式や魔法陣の構築論を、制限時間内にどれだけ正確にノートに書き写し、理解できるかを測る。……言うまでもないが、便利な恩恵を持たぬ者や、基礎教育の足りん庶民には、いささか酷な課題かもしれんが。」
キリアンがニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。彼の本音は完全に透けていた。
(ここで庶民と圧倒的な点数の差をつければ、高位貴族として示しがつく。だが負ければ、貴族としての能力を問われる。どちらにせよ、無能をあぶり出せる訳だ。完璧なビジュアルの王子が馬鹿だったら、最高だ…。ギャップ萌え…至高である)
独特な嗜好の残響が、カミラの頭をチクリと刺す。やはり教授は、変な人だ。行動に移さなければ趣味嗜好は自由だが一応、危険人物として心に留めておこうとカミラは心に決めた。
「では、始める。制限時間は一時間。ついてこられない者は、初日から補修となる。」
キリアンが教壇で眼鏡を光らせ、黒板に膨大な魔力の数式を浮かび上がらせる。最初の授業なので、カミラは真剣に取り組もうと黒板に集中する。浮かびあがったのは、目も眩むような複雑な魔力数式と、幾重にも重なる精密な魔法陣の構築論だった。
「ひっ……」
後ろの席で、リーゼロッテが小さく息を呑むのが聞こえた。
特待生として基礎教育は受けているはずの彼女でも、王立学園のトップクラスが初手で突きつけてくる最高峰の理論は、あまりにも難解すぎたのだろう。周囲の席の貴族生徒たちからも、余裕の笑みが消え、必死にペンを動かす音が響き始める。
(あ、王子必死に書いてる。頑張れ王子、だが馬鹿であれ、そして俺にギャップ萌えを……!)
教壇からのキリアン教授の強烈な残響に、カミラは一瞬ペンを握る手が震えそうになったが、すぐに眼前の数式に意識を集中させた。カミラは静かにペンを走らせる。
キリアン教授の提示した課題は、複雑な文字の羅列と図形の正確な模写、そしてその構築プロセスの理解。つまり――完全なる筆記と実務の領域。
かつて、父フリードリヒが夜通しで他家の罠が仕込まれた膨大な書類を精査していた背中を見て育ったカミラ。叔父セルジオの無駄のない魔道具設計図の文字を読み込んできたカミラ。ローゼンブルク家においては、当たり前のように日常にあったものなので、特質して難しいという事はなかった。
カミラのペン先は、まるで滑らかな絹糸を紡ぐように、一切の迷いなく白いノートの上を躍った。キリアン教授が誇る複雑な数式が、カミラのノートへと写されていく。
通路の向こうのベアトリスからは、(な、何これ難しすぎる……! ゲルシュタインの名に懸けて白紙はありえないけど、頭が痛くなってきたわ……! ああ、隣のカミラは大丈夫かしら。筆記試験は良かったみたいだけど、泣いてないかしら!?)という、必死な文字書きと心配の残響が交互に聞こえてくる。
そんな声も集中しているカミラの心には届かない。修行で得た集中力が、ここで生きているようだった。
「そこまで。筆記用具を置きなさい」
キリアン教授の声と同時に、教室内には一斉に重いため息が漏れた。生徒たちの顔には一様に疲労の色が濃い。キリアンは満足げに頷きながら、教壇から生徒たちのノートを回収していく。その最中も、彼の頭の中は
(みんな疲れた顔をしていて可愛いな。あ、王子はちょっと記述が間に合ってないぞ? 惜しい、馬鹿とまではいかないが、このギリギリな感じも健気で萌える……!)と、相変わらずの不協和音を響かせていた。
そして、キリアン教授の手がカミラのノートに触れた、その瞬間。
(……ッ!? これは……!?)
キリアン教授の脳内に、今日一番の、激しい衝撃の残響が爆発した。
(書き写しの正確さは非の打ち所がない。それどころか、私が黒板に投影した数式の、文字の歪みや魔力のブレまで完璧に補正して、ノートに書き写されている……!? 採点基準を遥かに超えているぞ。このローゼンブルクの娘、地味な恩恵だっだよな…?見た目も恩恵も地味だが、頭脳は優秀…思わぬギャップがここに!?よいではないかよいではないかー!!)
驚愕と、そして「見つけたぞ」という興奮が、キリアン教授の残響を激しく震わせる。カミラは苦笑いしそうになるも、ただ背筋を伸ばしたまま真顔で教授を見上げた。
(この教授…やっぱり変だわ。この人に接する時は「無」を心がけよう)
ともあれ、回収されるノートを見送りながら最初の授業で補修にならなかった事に、カミラはほっと一安心した。不安がっていたベアトリスとリーゼロッテも、なんとか大丈夫だったようだ。




