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学園の荘厳な正門をくぐった瞬間、カミラの頭に、それまで経験したことのないほど巨大な「音」の濁流が押し寄せてきた。
この国で最も権威ある、サンクチュアリ王立学園。
「聖域」の名を冠した格式高い石造りの校舎、美しく整えられた庭園。そこに集うのは、きらびやかな衣装に身を包んだ、この国の未来を担う若者たちだ。
しかし、カミラの脳に響く【真実の残響】は、その神聖な学園の名とはあまりにもかけ離れていた。
(ふん、辺境の田舎貴族が……)
(あいつ地味な恩恵の持ち主らしいじゃん、かわいそ)
(高位貴族はいいわね。家柄だけでここにいるようなものだわ。関わらないようにしましょう)
(王子との出会いイベント…ここでハンカチを落とせばいいのよね?)
(ブスばっか。早く帰りてー)
(貴族ばっかり…私みたいな庶民がこんなところでやってけるかな…)
冷笑、侮蔑、嫉妬、 影のように蠢く得体の知れない優越感。
何百人もの人間が放つ、ドロドロとした悪意の残響が、まるで不協和音の嵐のようにカミラの脳内を殴りつける。一瞬、めまいで視界がぐにゃりと歪んだ。
(……すごい。これが、サンクチュアリ王立学園……)
カミラはドレスの裾を握りしめ、小さく息を吐く。あまりの音圧に、今すぐ耳を塞いで逃げ出したくなるような衝動が襲う。けれど、その時、胸の奥で小さな温もりがふわりと灯った。
(修行を思い出そう…どんな悪意も、塔の風の音と何も変わらない。ただ、風が吹いているだけ)
カミラはふっと口元に笑みを浮かべ、毅然と視線を上げた。
ローゼンブルク家の大人たちが「地味こそ至高」とドヤ顔で語っていた言葉は本当だ。派手な魔法や恩恵で注目を浴びる必要などない。この悪意の渦巻く学園で、カミラは自身の「恩恵」を隠しながら、静かに、しかし確実に自分の居場所を切り開いていこうと決めた。
(みんな、見ていてね。私、頑張るわ)
愛している家族の為に、そして自分の為に、一歩を踏み出したカミラ。背筋をピンと伸ばし、優雅な足取りで入学式が行われる大講堂へ向かった。
◇◇◇◇
サンクチュアリ王立学園の大講堂。天高くそびえるステンドグラスから差し込む光は、まるで神聖な儀式の場のように美しい。しかし、一歩中に入れば、そこは新入生たちの放つギラギラとしたプライドと、値踏みし合っていた。
指定された席を探し、カミラは静かに歩を進めた。周囲では、互いの家柄や授かった「派手な恩恵」を自慢する「本音」が響いている。
(……風がうるさいなぁ…)
頭の中に響く(私は公爵家の……)(私の恩恵は炎の……)という誇示と見栄の残響を、カミラは右から左へと受け流す。
やがて見つけた自分の席。その椅子の背もたれに手をかけた瞬間、カミラの耳に、周囲の騒音を掻き消すほどに激しく、細かく震える「音」が飛び込んできた。
(どうしよう、どうしよう……! 座る場所、ここで合ってるのかな。場違いだったらどうしよう。みんな、すごく綺麗……私みたいな庶民が、本当にここにいていいのかな……。怖い、帰りたいよ……)
それは、嵐の日に巣から落ちて震えている小鳥のような、圧倒的な「不安と恐怖」の残響だった。
カミラが視線を落とすと、隣の席には、一応は学園の制服を着ているものの、仕立ての良さそうな周囲の貴族令嬢たちとは明らかに違う、少し着古された生地の制服を着た少女が座っていた。少女は両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、青ざめた顔で下を向いてガタガタと震えている。
カミラは静かに、その隣の指定された席へと腰を下ろした。カミラの気配に気づいた少女が、びくりと肩を跳ね上げて、おそるおそるこちらを見上げてくる。その瞳には、高位貴族から何か意地悪を言われるのではないかという、強い警戒と怯えが浮かんでいた。
カミラはただ、ふわりと穏やかに微笑みかける。
(この子の残響、お腹が空きそうなほど一生懸命だわ……)
周囲の悪意の雑音に比べれば、この少女の「恐怖」はあまりにも純粋だった。かつて塔の上で孤独な風の音を聴き続けていたカミラにとって、その必死な響きは、不思議と嫌なものではない。
カミラは、少女に向かってそっと声をかけた。
「こんにちは。お隣、失礼いたします。……少し、冷えますわね、この講堂」
少女は目を丸くした。貴族特有の、見下すような冷たい声ではない。どこか包み込むような柔らかい響きに、少女の胸の奥の震えが、ほんの少しだけ小さくなる。
「あ……は、はい。あの、こんにちは……っ」
消え入りそうな声で、少女が頭を下げる。その瞬間、少女の心の残響が(あ、優しい人なのかな……? でも、私なんかとお喋りしたら、令嬢様に迷惑が……)と、健気にもカミラを気遣う形へと変化した。
カミラは表情を変えず、彼女を観察する。
「私はカミラ・フォン・ローゼンブルクと申します。あなたのお名前は?」
「あ、私は……リーゼロッテ、です。特待生として、この学園に入学しました……!」
リーゼロッテ。凄く真面目そうな良い子にカミラは思えた。
「よろしくね、リーゼロッテさん」
周囲の貴族令嬢たちが(あら、あの田舎貴族、さっそく庶民とつるんでるわ)と冷ややかな視線を送ってくるが、カミラにとってそんなものは、そよ風にも満たない。
大講堂の重厚な鐘が鳴り響き、入学式が始まる。悪意の嵐のただ中で、カミラは初めての「隣人」の手元を見つめながら、静かに前を向いた。




