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イザベラに手を引かれるままついて行くが、別室へ移動している最中もイザベラの「声」は脳内へと直接流れ込み、決して止む気配はない。
(この後はお茶しながら王国に提出する「恩恵届け」を司祭様と作成する予定だけど、まだ緊張しているようね。ちゃんと受け答えできるか心配だわ。儀式が終わってから喋りかけても反応がないし…これは抱っこ案件かしら?待ちなさいイザベラ!今日は新しく仕立てたカミラとお揃いの豪華で素敵なドレスを着ているのよ!抱っこしたら着崩れてしまうかもしれないし、子供は前触れなく飾りを急に引っ張ったりするものだもの。今日はこんなに大人しくしてるけどいつもは元気ハツラツだし、私が抱っこするのは危険ね。教会の連中に、ローゼンブルク家の令嬢って行儀が悪いな〜とか思われて将来損をしてしまう可能性だってある。貴族としては従者に頼むべきだけど、どこの馬の骨かもわからない者にカミラを触らせるなんて論外。幼女趣味の変態だったらどうするのよ!やっぱり無理を言ってでも家の者を中に連れてくるべきだったわ!親族以外は教会の外でお待ち下さいってなんなのよ全く!これだから教会は嫌ね。いや、待って、そうだわ!旦那様が抱っこすれば教会連中にも、過保護な父親だなぁ〜くらいの印象で済むのではないかしら!?それに旦那様の逞しい腕に抱かれる可愛らしいカミラ…とっても愛らしい家族絵図になる事、間違いなしだわ。想像するだけで最高!教会連中に見せるのは勿体ない気もするけど、時には聖職者だって癒しが必要なはず。これも貴族の務めだと思って、至福の時間を与えてあげましょう。気づかいのできる優しい旦那様なら、目配せすれば私の思いを全て察してくれるはずよ。)
「カミラ、少し疲れたのではなくて?教会はとても立派な建物で広いですからね。焦らずゆっくりで良いのよ。」
イザベラはカミラに微笑みつつも、フリードリヒをチラチラと見ながら繋いでいたカミラの手を離す。当のカミラはイザベラの「声」の情報量に耐えられず気分が悪くなり、吐き気を催していた。
「教会の皆様をお待たせする訳にはいかない。カミラ、おいで。」
フリードリヒは長年連れ添った妻の意図を完璧に察したようで、屈んでカミラをヒョイと抱き上げた。父の首に縋りながら吐き気を堪えていると、今度は彼の「声」が流れ込んでくる。
(カミラの様子がおかしい⋯顔色が悪いな)
「従者殿、娘は体調が優れないようだ。早急に医務室に連れて行く。司祭様にもそちらに来て頂くよう伝えてくれ。」
「イザベラ、お抱えの医師を呼んで屋敷に待機させるよう連絡を頼む。」
了承し足早だが華麗に去っていくイザベラ。そしてフリードリヒの迅速な判断で、カミラはすぐに医務室へ運ばれた。
(これは『恩恵』による体調不良か……? 極稀に人体に影響を及ぼす恩恵があると聞いたことはあるが……。それにしても、私の可愛いカミラがああああああああああああ!)
テキパキと指示を出す威厳ある姿の裏で響いた、父の悲鳴のような絶叫。カミラは今日何度目かわからない衝撃を覚える。
(……私の両親って、思っていたのと全然違う?)
医務室のベッドに寝かされ、父の手が離れると、嘘のように「声」が止んだ。
(触れている間だけ「声」が聞こえるのかな……)
「司祭様がすぐ来てくれるから大丈夫だ。とりあえずゆっくり深呼吸していなさい。水を持ってこさせる。」
水をもらいちびちびと飲んでいると、吐き気も段々と治まってきた。連絡を受けた司祭も無事到着し、慌てた様子でフリードリヒから状況説明を受けている。司祭はベッド脇の椅子に座り、話し始めた。
「ローゼンブルク御令嬢。「恩恵」による体調不良なのか「恩恵辞典」で調べます。どのような「恩恵」なのか、またどのように気分が悪いのかお話頂けますでしょうか。」
カミラは少し緊張しながらも素直に答える。
「触れている人の「声」が頭に聞こえます。吐き気がありましたが、今は大丈夫です。」
「なるほど!その「恩恵」には私にも少し覚えがあります。お調べしますので少々お待ち下さい。」
司祭と共に教会の大人達が医務室にあったテーブルにとんでもなくぶ厚い「恩恵辞典」を広げ、あれやこれやと忙しなく話している。その間、フリードリヒはカミラの傍で「大丈夫だからな。」とだけ告げ、教会の者達を見張るように見ていた。教会の者達は話が纏まったようで、司祭が説明を始める。
「大変お待たせしました。「恩恵」は触れている相手の声が脳内に響く【脳内への響き】だと思われます。今誰にも触れられていない状態では何ともありませんね?」
カミラは頷いて肯定を示す。
「ローゼンブルク伯爵、ご令嬢に触れて声をだしてみて下さい。」
司祭に言われた通りフリードリヒはカミラの頭に優しく手を添えて話しかける。
(脳内に響くとは一体…。耳元で大声で喋られているみたいな感覚か?それならばカミラが驚くのも頷ける。少し小さめの声にしよう。)
「カミラ、どうだ?脳内に響いているか?」
気遣っていつもより小さめの声で話してくれているようだ。「声」は脳内に流れてくるので、カミラはこくこくと頷いた。名残惜しそうにフリードリヒの手が頭から離れると「声」は止む。
「ローゼンブルク伯爵、手袋をしてもう一度お願いします。」
司祭はどこからか用意した手袋をフリードリヒに渡した。今度は手袋をした状態で先ほどと同じ事を試みる。不思議なことに今度は先ほどと違い、触れているのに「声」は全くしなかった。
「今は「声」がしません。」
カミラは率直に答えると、司祭は納得した様子で説明をしてくれる。
「【脳内への響き】は珍しい「恩恵」で直接触れていないと脳内には響きません。「恩恵」を授かった初期の段階では、脳内へ響く感覚に慣れず吐き気などを引き起こす場合があります。ですが慣れてくれば生活に支障はないようです。」
「「恩恵」は個人の秘匿情報ですのであまり大きな声では言えませんが、王都にも数人ほど前例がございます。その者達から後日、体調不良に悩まされているなどの報告や相談は受けておりませんのでご安心ください。」
カミラとフリードリヒは司祭の言葉に深く安堵し、しばらくは自宅で様子を見る事となった。そのまま「恩恵届け」の書類を作成してもらっていると少し息を切らしたイザベラも医務室に着き、フリードリヒから説明を受けている。
この時カミラは、周りの大人達が単に「声が頭の中でリピートされる」程度の認識で片付けている事を全く理解していなかった。このすれ違いにより後々大変な事へと発展していくのだが、今はまだ誰も知る由はない。




