16.5
セルジオ・フォン・ローゼンブルクは、いくつかの報告書を前に静かに指を組んでいた。
一見すればただの陽気で軽薄な男に見えるセルジオだが、その瞳の奥にある冷静な眼は、間違いなくローゼンブルクの血を引く男のそれだ。
「――やはり、あの『風の塔』での修行は正解だったな、フリードリヒ兄上」
セルジオは、兄である当主フリードリヒから極秘裏に届いた「カミラの現状」に関する定期報告書を、満足そうに魔火で焼き尽くす。
カミラが授かった「恩恵」の能力―【真実の残響】について、セルジオは調べ続けていた。ローゼンブルク家の人間として、その「恩恵」がもたらす恐るべき政治的価値と、同時に一歩間違えれば娘の精神を崩壊させる危険性に注視していた。
だからこそ魔力と精神を鍛える「風の塔」、信頼できる元賢者ウルスがいる元で隔離するよう、兄に強く進言したのだ。
「カミラ、君がどれほどその力を制御できるようになったのか……。叔父さん心配だな。いや〜心配すぎて朝も眠れないよ!」
セルジオは、誰もいない部屋で大真面目にそう呟くと、一人で楽しそうに肩を揺らした。普段の彼は、とにかく軽薄で、お調子者で、掴みどころがない。王都の社交界では「ローゼンブルク当主の、ちょっと頭のネジが緩んだ弟」として通っている。
真面目な会話の最中に「おや、あそこに綺麗な蝶々が」と話を逸らし、美人が通れば「やあ、僕の未来の奥さん」と声をかけるような男である。
だが、その適当で陽気なピエロの仮面こそが、王都の狐どもを欺くためのセルジオ最大の武器だった。
「さてと、カミラちゃんが王都に来る前に、叔父さんもう一仕事してこなきゃね。あ~あ、働くのって本当に体に悪いと思うんだよねえ。不労所得だけで生きていきたいな」
独り言をこぼしながら、セルジオはだらしなく伸びをすると、上質な仕立ての、けれどわざと少し着崩した上着を羽織った。
彼がこの半年間でやってのけた根回しは、凄まじいものだった。
王家をはじめとする権力者たちが、カミラの【真実の残響】という国家を揺るがしかねない異能に気づかぬよう、セルジオはあらゆる「煙幕」を張り巡らせてきたのだ。
「あ、学園長? いやあ、実はね、うちの可愛い姪っ子が今度入学するんだけど、これがまた僕に似てちょっとおっちょこちょいでさあ! 魔法の制御がちょっと苦手っていうか、ほら、実技の授業でうっかり学園の建物を半分くらい吹き飛ばしちゃったら困るでしょ? だから、彼女のクラス配置や魔力測定のデータは、僕の個人研究室で一括管理させてもらうね。その代わり、次の魔導具の利権はそっちに回すからさ。よろしくね、おじいちゃん!」
そんな風に、持ち前の軽薄なノリと、魔導具の利権をチラつかせるやり方で、学園の要職たちをすでに丸め込んでいた。
周囲には「またセルジオが身内びいきで適当な要求をしている」と思わせつつ、完璧にカミラのデータを秘匿する算段を整えたのだ。
さらに、セルジオはカミラの能力をカモフラージュするための「偽の恩恵」の噂まで、王都の社交界にそれとなく流してあった。
『ローゼンブルク家の令嬢は、どうやら人の嘘を見抜く小さな直感の恩恵を授かったらしい。ただし、本人の思い込みも激しいようだ』
ただ「ちょっと勘の鋭い女の子」という可愛らしいレベルに格下げして噂で流しておいた。これなら、もし学園でカミラが他人の嘘を指摘するようなことがあっても周囲は「ああ、あの噂の恩恵ね」と納得し、深く探ろうとはしないだろう。
「本物を隠すには、ちょっとした偽物を差し出すのが一番だからね。いやあ、僕ってば本当に天才。」
セルジオは鏡の前で髪を軽く整え、ニカッと完璧な「営業用の軽い笑み」を作った。瞳の奥にある、すべてを見透かすような冷徹な光は、一瞬でその笑顔の裏へと隠される。彼にとってカミラは守るべき愛おしい姪であり、ローゼンブルク家が王都の濁流で生き残るための、絶対に他人に渡してはならない至宝だ。
「さあて、それじゃあ王太子派閥のバカ息子たちの様子でも見に行きますか。適当にヨイショして、カミラちゃんへの警戒度を下げておかないとね」
セルジオは鼻歌を歌いながら、軽快な足取りで部屋を後にする。王都という名の巨大な戦場で、この陽気なピエロが整えた舞台へと、まもなくカミラが到着しようとしている_
セルジオ・フォン・ローゼンブルクは、いくつかの報告書を前に静かに指を組んでいた。
一見すればただの陽気で軽薄な男に見えるセルジオだが、その瞳の奥にある冷静な眼は、間違いなくローゼンブルクの血を引く男のそれだ。
「――やはり、あの『風の塔』での修行は正解だったな、フリードリヒ兄上」
セルジオは、兄である当主フリードリヒから極秘裏に届いた「カミラの現状」に関する定期報告書を、満足そうに魔火で焼き尽くす。
カミラが授かった「恩恵」の能力―【真実の残響】について、セルジオは調べ続けていた。ローゼンブルク家の人間として、その「恩恵」がもたらす恐るべき政治的価値と、同時に一歩間違えれば娘の精神を崩壊させる危険性に注視していた。
だからこそ魔力と精神を鍛える「風の塔」、信頼できる元賢者ウルスがいる元で隔離するよう、兄に強く進言したのだ。
「カミラ、君がどれほどその力を制御できるようになったのか……。叔父さん心配だな。いや〜心配すぎて朝も眠れないよ!」
セルジオは、誰もいない部屋で大真面目にそう呟くと、一人で楽しそうに肩を揺らした。普段の彼は、とにかく軽薄で、お調子者で、掴みどころがない。王都の社交界では「ローゼンブルク当主の、ちょっと頭のネジが緩んだ弟」として通っている。
真面目な会話の最中に「おや、あそこに綺麗な蝶々が」と話を逸らし、美人が通れば「やあ、僕の未来の奥さん」と声をかけるような男である。
だが、その適当で陽気なピエロの仮面こそが、王都の狐どもを欺くためのセルジオ最大の武器だった。
「さてと、カミラちゃんが王都に来る前に、叔父さんもう一仕事してこなきゃね。あ~あ、働くのって本当に体に悪いと思うんだよねえ。不労所得だけで生きていきたいな」
独り言をこぼしながら、セルジオはだらしなく伸びをすると、上質な仕立ての、けれどわざと少し着崩した上着を羽織った。
彼がこの半年間でやってのけた根回しは、凄まじいものだった。
王家をはじめとする権力者たちが、カミラの【真実の残響】という国家を揺るがしかねない異能に気づかぬよう、セルジオはあらゆる「煙幕」を張り巡らせてきたのだ。
「あ、学園長? いやあ、実はね、うちの可愛い姪っ子が今度入学するんだけど、これがまた僕に似てちょっとおっちょこちょいでさあ! 魔法の制御がちょっと苦手っていうか、ほら、実技の授業でうっかり学園の建物を半分くらい吹き飛ばしちゃったら困るでしょ? だから、彼女のクラス配置や魔力測定のデータは、僕の個人研究室で一括管理させてもらうね。その代わり、次の魔導具の利権はそっちに回すからさ。よろしくね、おじいちゃん!」
そんな風に、持ち前の軽薄なノリと、魔導具の利権をチラつかせるやり方で、学園の要職たちをすでに丸め込んでいた。
周囲には「またセルジオが身内びいきで適当な要求をしている」と思わせつつ、完璧にカミラのデータを秘匿する算段を整えたのだ。
さらに、セルジオはカミラの能力をカモフラージュするための「偽の恩恵」の噂まで、王都の社交界にそれとなく流してあった。
『ローゼンブルク家の令嬢は、どうやら人の嘘を見抜く小さな直感の恩恵を授かったらしい。ただし、本人の思い込みも激しいようだ』
ただ「ちょっと勘の鋭い女の子」という可愛らしいレベルに格下げして噂で流しておいた。これなら、もし学園でカミラが他人の嘘を指摘するようなことがあっても周囲は「ああ、あの噂の恩恵ね」と納得し、深く探ろうとはしないだろう。
「本物を隠すには、ちょっとした偽物を差し出すのが一番だからね。いやあ、僕ってば本当に天才。」
セルジオは鏡の前で髪を軽く整え、ニカッと完璧な「営業用の軽い笑み」を作った。瞳の奥にある、すべてを見透かすような冷徹な光は、一瞬でその笑顔の裏へと隠される。彼にとってカミラは守るべき愛おしい姪であり、ローゼンブルク家が王都の濁流で生き残るための、絶対に他人に渡してはならない至宝だ。
「さあて、それじゃあ王太子派閥のバカ息子たちの様子でも見に行きますか。適当にヨイショして、カミラちゃんへの警戒度を下げておかないとね」
セルジオは鼻歌を歌いながら、軽快な足取りで部屋を後にする。王都という名の巨大な戦場で、この陽気なピエロが整えた舞台へと、まもなくカミラが到着しようとしている_




