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心の声が聞こえる地味令嬢~溺愛してくる家族を安心させる為、今日も婚活に勤しみます~  作者: 丸ノ内きみこ


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風の塔から冬が去り、待ち望んだ春の足音が聞こえ始めた頃_カミラの修行は最終段階を迎えていた。


「許すこと」すなわち「無条件の愛」に気づいたカミラは、驚くべき速度でウルスの教えを吸収していった。もはや触れなくても「本音」が聞こえるようになったカミラだが、今のカミラは他人の「本音」に振り回されることはない。


今の彼女にとっては呼吸をするのと同じくらい、「本音」を聞くのが自然なことになっていた。


「カミラ様。最後の修行です」


ウルスがそう言うと、塔の最上階に、麓の村から集められた十数人の村人たちが連れてこられた。彼らは貴族の少女を前に緊張し、心の中で様々な雑念を渦巻かせている。


(……なんだってこんな偏屈な老いぼれの塔に呼び出されたんだ。……このお嬢ちゃん、ずいぶん細いな、ちゃんと飯を食ってるのか?……早く帰って畑を耕したいのに、迷惑なことだ)


以前のカミラなら「無礼な」と怒るか、あるいはその生活感の泥臭さに顔を背けていただろう。

しかし、今のカミラは、両手をそっと重ね、彼ら一人一人に柔らかな微笑みを向けた。


「遠いところを、わざわざ来てくださってありがとうございます」


カミラの瞳が、人々の心の奥にある「色」を鮮明に捉える。不安、焦り、不満――。それらの黒く濁った感情の霧がカミラに向かって流れてくる。


だがカミラの「心」にそれが触れた瞬間、不思議なことが起きた。


カミラの心そのものが巨大な「綿」となり、彼らのトゲトゲした本音を優しく包み込み、無害な温かさへと変えて、そのまま風へと流れて還っていく。


(……おや、なんだかこのお嬢ちゃんの前にいると、妙に心が落ち着くな。……あぁ、家に残してきた娘の顔が見たくなってきた)


村人たちの本音が、見る見るうちに穏やかなオレンジ色や桃色へと変わっていった。

ウルスは、光を失った目でその光景を「視て」、深く、満足そうに頷いた。


(……素晴らしい。他人の毒を拒絶するのではなく、自分の愛で包み込んで無力化する。お前はただの器ではない。嵐を凪に変える、聖域そのものだ)


「お見事です、カミラ様。私から教えることは、もう何もありません」


ウルスが深く頭を下げたその時、塔の階段を激しい足音を立てて登ってくる者がいた。扉が勢いよく開くと、そこには息を切らせ、肩を激しく上下させるイザベラの姿があった。


いつも完璧に整えられている夜会巻きの髪は少し乱れ、高級なドレスの裾には泥が跳ねている。女主人の仕事を力技で片付け、夫の制止を振り切って馬車を飛ばしてきたのは明白だった。


「カミラ……!」


愛しい娘の名を呼ぶイザベラの声は震えていた。彼女の全身から、この半年間ずっと胸を焦がし続けていた、狂おしいほどの愛と不安の「残響」が爆発するように溢れ出す。


(あぁ、カミラ! 私の可愛いカミラ! なんて細くなって…。アナの言う通り、、やっぱり酷い目に遭っていたのよ…!!!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…。今すぐ連れて帰るわ。二度とあなたを一人にしたりしない!!ウルス、覚えてらっしゃいただじゃ置かない!絶対痛い目に合わせてやるんだからあああああ!!)


それは、娘を失う恐怖に怯える、母親の剥き出しの悲鳴だった。激しく波打つ、濃い赤と紫の混ざり合った、痛々しいほどに鮮烈な感情の色彩。


一年前のカミラなら、そのあまりの愛の重さと情報量の多さ、歪んだ解釈に困惑していただろう。けれど、今のカミラは違った。


カミラは静かに歩み寄ると、愛おしい母親の体を小さな両手でそっと抱きしめた。


「お母様、大丈夫よ」


(お母様、大丈夫。私はどこにも行かないわ。私を想って流してくれたお母様の涙も、全部、全部大好き)


カミラが愛を込めてイザベラを受け止めた瞬間、イザベラの体から吹き荒れていた不安の暴風が、ピタリと止んだ。カミラの透明な心が、母親の張り裂けそうな本音を、まるごと柔らかい「綿」で包み込んでいく。


「……え?」


イザベラは目を見開いた。抱きしめたカミラの身体からは、以前のような、他人の顔色を窺うような緊張感が完全に消え去っている。それどころか、母である自分を優しく包み込んでくれるような、圧倒的な包容力と静謐な温かさが伝わってきた。…これではどちらが母親かわからない…。


イザベラの心を満たしていた濁った赤と紫の霧が、カミラの心に触れた瞬間見る見るうちに穏やかな、陽だまりのような黄金色へと変わっていった。


「カミラ……あなた、…」


イザベラはカミラの肩をそっと掴み、その顔を覗き込んだ。痩せた頬。けれど、その瞳は絶望の予言に怯える様子など微塵もなく、ただ深く、澄み渡った輝きを宿している。


「ウルス様、ごめんなさい。お母様を不安にさせてしまいました。でももう大丈夫です」


カミラはウルスに向かって丁寧に一礼すると、再びイザベラに向き直り、その涙を小さな指先で優しく 拭った。


「お母様、私をここへ行かせてくれてありがとう。私ね、お母様が教えてくれた『綿で包む』の本当の意味が、やっと分かったの」


(学園にどんな毒が渦巻いていても、私は大丈夫。お母様がくれたこの愛があるし、人と違っていても、私は私を愛せる気がする)


言葉には出さないカミラの強い決意の残響が、イザベラの胸にじんわりと染み渡っていく。イザベラは察した。自分が必死に守らなければ壊れてしまうと思い込んでいた雛鳥は、この半年間の孤独の中で、自分たちよりも遥かに気高く、強い翼を手に入れていたのだと。


「あぁ……カミラ……」


イザベラは再び娘を抱きしめた。今度は恐怖の涙ではなく、我が子の信じがたいほどの成長に対する、誇りと安堵の涙だった。


遠くで見守るウルスの心が、静かな満足感で満たされていく。


親たちの愛の裏返しだった「孤独」の修行。


乗り越えたカミラは、今、真の意味でローゼンブルク家の誇り高き令嬢として、王都という名の戦場へ向かう準備を整えつつある。


◇◇◇◇


ウルスにお礼を言い、名残惜しくもウルスとカミラは再会を約束し、イザベラと共に風の塔を後にした。


馬車がガタゴトと心地よい音を立てて進む中、車内にはこれまでになく穏やかで温かい空気が満ちている。


イザベラはカミラの細くなった手をずっと両手で包み込み、まるで一瞬でも離せば消えてしまうのではないかというように、愛おしそうに見つめていた。


「カミラ、本当に……本当に無理はしていなくて? 食べたいものはなくて? 屋敷に戻ったら、あなたの好きなものを何でも作らせますわ。シェフに今から手紙を書きたいくらいですけれど」


矢継ぎ早に問いかけるイザベラの心からは、まだ少しだけ(本当に大丈夫かしら、私の前で無理をして強がっているのではないかしら)という、母親特有の心配が淡い桃色の霧のように小さく揺れていた。


カミラはそんなイザベラの心をそっと見つめ、クスリと微笑んだ。


「お母様、本当に大丈夫よ。あそこでの生活は、確かに屋敷とは違って大変だったけれど……ウルス様が淹れてくださるハーブティーはとっても美味しかったの。今度、お母様にも淹れてあげるわね」


「まあ……あなたが淹れてくれるハーブティーですって?」


イザベラは驚き、それから胸がいっぱいになったように目元を緩ませた。


(あぁ、本当にこの子は、私が知らない間にこんなにもお姉さんになって……。淑女の手調法まで身につけてしまうなんて、ウルス様はいったいどんな魔法を使われたの?やはり腐っても賢者…なのかしら。酷い仕打ちをしたのかと思ったけど…。カミラがこう言っている事だし、今回ばかりはしょうがないわね許しましょう。カミラが成長して誇らしくもあるけど、少し切ないわね…。お嫁に行くまでに子離れしなきゃと悠長に考えていたけど…カミラがこれだけ成長したんだもの、私も成長しなきゃね…。)


カミラの言葉ひとつで、イザベラの心の中の心配の霧が、みるみるうちに歓喜の金色と、活力に塗り替えられていく。カミラは、自分の発する言葉と愛が、これほどまでに目の前の人を幸せにするのだと知り、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。


「それにね、お母様。離れている間、私、カイルのこともたくさん思い出したの。カイルは元気にしている?」


カミラがそう尋ねると、イザベラは少しだけ複雑そうな、困ったような苦笑いを浮かべた。


「カイルなら、それはもう元気すぎて困ってしまうくらいですわ。あなたが塔へ行ってからというもの、毎日毎日『カミラはまだ帰らないの?』『お姉様はどこ?』と、私やフリードリヒの後を追いまわして大変だったのですから。……今頃は、あなたが帰ってくるのを首を長くして待っているはずよ」


イザベラのその言葉の裏から、カイルが寂しさのあまり屋敷のあちこちでカミラを探して泣いていたことや、姉の部屋の前に座り込んでいたという、愛おしい弟の「本音」の残響がありありと伝わってきた。


(カイル……。私がいなくて、寂しかったのね。ごめんね、もう帰るから)


カミラは窓の外を流れゆくローゼンブルク領の豊かな景色を眺めながら、心の中でそっと弟に語りかけた。


「それから……お父様は? お父様、お怒りになっていなかった?」


カミラが少し悪戯っぽく首を傾げると、イザベラは「まあ」と扇で口元を隠しながら、今度は本当に楽しそうに笑った。


「…あなたがいない間の書斎は、まるで火の消えたように寒々としていましたのよ。フリードリヒも、ウルス様からの報告書が届く日は、他の仕事をすべて放り出して読んでおられましたわ。お父様には、私からたっぷりと文句を言って差し上げましたの。全く言う事を聞いてくれませんでしたけど。」


(……。ふふ、お父様も、本当はとっても寂しかったのね)


イザベラの記憶を通じてフリードリヒの不器用な愛の残響が流れ込んでくる。それは深く、重く、まるで大地のようにカミラを支えようとする静かな群青色の光だった。


誰もが自分を愛し、必要としてくれている。以前はその愛が欲しくて、嫌われるのが怖くて、他人の顔色ばかりを窺っていた。けれど今のカミラには分かっている。自分が先に家族を、そして世界を許し、愛しているからこそ、この温かな残響が自分に還ってくるのだと。


「お母様、私、ローゼンブルク家に生まれて本当によかった」


カミラがイザベラの胸にそっと頭を預けると、イザベラは愛おしそうにその絹のような髪を何度も撫でた。


「私の方こそ、あなたを私の娘として授かれて、これ以上の幸福はないわ、カミラ」


幸せな親子の会話を乗せた馬車は、やがて見慣れたローゼンブルク家の格式高い白亜の屋敷へと差し掛かる。


正門の前には、今か今かと待ちわびる父フリードリヒと、使用人の手を振り切って今にも走り出しそうな小さな弟カイルの姿が見えた。



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