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心の声が聞こえる地味令嬢~溺愛してくる家族を安心させる為、今日も婚活に勤しみます~  作者: 丸ノ内きみこ


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修行が始まって半年。


季節は冬へと移り変わり、風の塔を吹き抜ける風は、肉を裂くような冷たさを帯びていた。


数ヶ月前に「自分の内なる闇」を突きつけられたカミラの精神は、一度、木っ端微塵に砕け散っていた。かつての傲慢な微笑みは消え、頬は痩せ、その瞳には光を拒絶するような虚無が宿っている。


「もう……無理」


カミラは塔の冷たい石床の上で、胎児のように丸まっていた。修行の第二段階。それは「執着の解体」だった。


他人の本音が聞こえるから、先回りして愛されようとする。他人の悪意を知るから、傷つく前に攻撃しようとする。


「特別でありたい、愛されたい」という執着が、カミラを言葉の牢獄に繋ぎ止めていた。ウルスは、そんな彼女の傍らに音もなく立ち、あえて波風を立てる。


(……カミラ。お前は今、自分を憐れんでいる。自分は可哀想な被害者だと、その悲劇に浸っているな。それもまた、醜い執着だ)


「……っ、うるさい……! 放っておいて!」


カミラが震える声で拒絶するが、ウルスは容赦しない。


「視えていないのは私ではない。お前自身だ。……世界には『良い本音』も『悪い本音』もない。ただ、そこに在る事を許すだけで良いのだ」


(…我を失くせ。言葉を捨てた先に残る、何も描かれていない透明なキャンバスになりなさい)



ある夜、塔の頂上で猛吹雪が荒れ狂った。窓のない吹き抜けから雪が舞い込み、カミラの小さな体を凍えさせる。寒さと飢え、そして絶え間なく脳内を叩く「風の唸り」と「自分自身の呪詛」。


(寒い。苦しい。お父様、お母様、助けて。どうして私を助けてくれないの。……このままでは死んでしまう。どうして……)


死んだらどうなるんだろうと恐怖に包まれるカミラ。


極限状態になり、本当に死ぬと思ったその瞬間_走馬灯のように、今まで幸せだった家族との思い出が頭に流れた。もう枯れてしまったと思っていたのに、自然と涙が溢れる。



(今死んだら私はあの世で家族を恨むかな…?いや、、どんな扱いを受けようが、大好きだもん、許しちゃう)


「……あ」


カミラは、気づいた。


自分が誰に愛されているか、誰から憎まれているか。家族から愛される事ばかりを考え、自分は被害者だと嘆き苦しんでいたカミラ。


だか愛されていようがいまいが、蔑まれようが嫌われようが、結局自分は家族を許し、愛してしまうだろうなと思った。


(もう何でもいい、全部許す…)


すると、どうだろう。今まで自分を突き刺していた鋭い「本音」の残響が、急に静かになる。


まるで世界が変わったかのように、さっきまでの世界とは違い色が鮮明に視えた。


(……寒い。……あぁ、風が冷たいと言っているだけだ)


(……苦しい。……あぁ、体が生命を維持しようと脈打っているだけだ)


カミラは目隠しの中で、初めて「視た」。

自分の中に渦巻いていた黒いドロドロとした感情が、風と共に塵になっていく。


ウルスの心が初めて、ひだまりのように柔らかい温かさを放った。


(……ようやく辿り着いたか。自分を空にし、許容する術を。)


半年間、少し離れたところで座り続けていた老賢者が、初めてカミラの隣に腰を下ろした。


カミラはその震える細い手を、ウルスの手に重ねる。


そこにはもう、以前のような「暴いてやろう」という邪念も、「愛されたい、嫌われたくない」という恐怖もない。


ただ二つの魂がお互いに存在する事を許し、静かな冬の夜に並んで存在しているという、圧倒的な「肯定」だけがあった。


(許すって、愛だ。何で今まで人から愛をもらう事ばかり考えて、先に愛さなかったんだろう。こんなに簡単なのに)


「……風が、笑っているわ」


「ああ。お前が笑っているからだ、カミラ」


半年かけて、傲慢だった少女が愛とは何かを知った。そして透明な器が出来上がった瞬間だった。



◇◇◇◇


一方その頃_


ローゼンブルク家の屋敷でカミラの父フリードリヒと母イザベラが書斎の重厚な机を挟み、一触即発の空気を放っていた。


「何度言ったらわかるんだ。修行の邪魔になるから風の塔にお前を行かせる訳にはいかない」


「私もカミラと共に修行に準ずれば、何も問題ないはずですわ。それとも何か、私に隠している事でもあるのかしらフリードリヒ」


「それは…」


イザベラは一歩も引かない。


「勿論、私もウルス様にカミラをお任せするのには納得しておりました。ですが侍女のアナからの報告では、令嬢らしからぬ生活を送っていると言うではありませんか。それは聞き捨てなりませんわ。」


「ウルス様からの定期報告を見ただろう、そこには「修行は順調だ」と書いてあったじゃないか。賢者より侍女を信じるのか?」


イザベラは溢れ出る怒りを抑えるように扇を広げ口元を隠し、反論する。


「そもそもウルス様は賢者とはいえ、男性です。女性であるアナと視点が異なっておられるのは当然の事。彼の元で、カミラが令嬢としての振る舞いを学べるとはとても思えません。ですので私が風の塔に赴き、平行して淑女とは何たるかを教えれば良いのですわ。」


「それが邪魔になると言っているんだ…。」


フリードリヒは溜息をこぼした。イザベラが何と言おうが平行線が続き、書斎には重い沈黙が広がる。だがイザベラの燃え上がる執念はメラメラと燃え上がり、消えそうにない。


「私はあの子の母親として、カミラを立派な淑女に育てる義務があります。その義務を放り出せと仰るのかしら…?」


「そうではない、、」


「では何と仰っしゃりたいのですか!私はあの子の将来の為なら、何だってしますわ。どんなにみすぼらしい場所であろうと、どんな扱いを受けようともかまいません。あの子の側にいたいのです」


いつも冷静なフリードリヒだが、しつこいイザベラに堪忍袋の緒が切れた。机をドンっと拳で叩き、怒りを爆発させる。


「いい加減にしろ!女主人としての仕事や、カイルはどうするんだ!あの子の為を思うなら、ローゼンブルク家を盤石にするのが最善じゃないか!過保護に守るだけが母親の仕事ではない!」


「お黙りなさい、フリードリヒ!!」


イザベラが負けじと扇を机に叩きつける。鋭い音が書斎に響き渡り、空気が凍りついた。いつもは完璧な淑女の仮面を崩さない彼女が、髪を振り乱さんばかりの剣幕で夫を睨みつけている。


「過保護? よくそんな言葉が言えましたわね! カイルも家の仕事も、私がいなくても回るよう手配は済ませてありますわ! 私が言っているのは、あの子の『心』の話です!」


イザベラの両目から、こらえきれずに涙が溢れ出た。


「あの子の未来に待ち受ける運命がどれほど残酷か、知っているからこそ、私は狂いそうなのです! ウルス様の元での修行が必要なのは分かっています。でも、だからといって、あんな最果ての極寒の塔に、たった六歳の子を一人きりで放り出して……! もし修行の途中で、耐えかねてあの子の心が「今」、壊れてしまったらどうするのですか!?」


フリードリヒは、叩きつけた拳をゆっくりと握りしめ、視線を落とした。 怒りで爆発したはずの彼の胸に、イザベラの痛切な本音が、言葉以上に重く突き刺さる。


彼にはイザベラの「本音」は聴こえない。だが、長年連れ添った妻が、今どれほどの地獄を味わっているかは、その涙を見れば痛いほど分かった。


「……イザベラ」


フリードリヒの口から、先ほどの怒気は完全に消え失せていた。代わりに、絞り出すような、ひどく掠れた声が書斎に響く。


「……私だって、あの子をあんな場所に置いておきたいわけがない。今すぐ馬車を走らせて、この腕に抱き戻したい。毎日、毎夜、そればかりを考えている」


「だったら……!」


「だが、ダメなんだ」


フリードリヒは顔を上げ、イザベラを真っ直ぐに見つめた。その瞳には、父親としての血を吐くような苦渋と、当主としての冷徹な覚悟が混ざり合っていた。


「ウルス様だけが、その呪いからカミラを救い出せる唯一の希望なのだ。あの塔の孤独と静寂の中で、言葉を捨て、己を空にする術を学ばなければ、カミラは……王都の、リュミエール学園で生きてはいけないだろう」


フリードリヒは一歩、イザベラに歩み寄り、その震える肩を強く抱きしめた。


「お前が行けば、カミラはお前に甘える。お前に縋り、己を空にすることを諦めてしまうだろう。あの子が自分の足で、その呪いを踏み越えるためには……親である私たちが、心を鬼にして、孤独に耐えさせなければならないんだ」


イザベラはフリードリヒの胸に顔を埋め、声を上げて泣き崩れた。 カミラを守るために、カミラを孤独にする。その矛盾に、親たちの心もまた、木っ端微塵に砕け散っていた。


大人たちが、王都の暗雲に怯え、互いの愛の重さに圧し潰されそうになっていた、まさにその時。自分たちが必死に守ろうとしていた雛鳥が、すでに嵐を飼い慣らす大鷲へと、羽ばたき始めているということをまだ知らなかった。

※これはファンタジーです。虐待ダメ、絶対。

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