12
カミラが恩恵を授かり一年がたった。家の者達の優しい「本音」を聞き、徐々にそれが当たり前になっていたカミラ。他の者には聞こえない「特別」な力を持つことで、この世の全てを理解している気分になっていたカミラは、知らず知らずのうちに傲慢になっていた。
リリカル王国では、貴族は七歳から王都にある王立リュミエール学園に通う事になる。
カミラの変化を感じ取っていた両親と叔父セルジオが下した決断は、6歳のカミラを領地の北端、切り立った断崖にそびえる「風の塔」へ預けることだった。そこには、かつて王国の至宝と謳われながら、自ら両目の光を捨てて隠居した盲目の賢者、ウルスが住んでいる。
「カミラ、ここでお前は「聴く」のではない。「視る」ことを学ぶのだ」
フリードリヒの言葉は厳しかったが、その掌からは(……愛しいカミラ。お前がその力に溺れ、心を壊す前に、真の強さを知ってほしい。嫌われても構わない、これもお前を守るためなのだ)という、泣き出しそうなほど深い慈愛の「本音」が伝わってきた。
だが今のカミラにとって、その愛さえも「父が自分の事を愛するのは当たり前」という、傲慢への材料にしかならない。
カミラは侍女のアナを連れ、風が吹き荒れる「風の塔」の門を潜った。
風の塔に到着した六歳のカミラは、自信に満ち溢れていた。
これまで屋敷で大人たちの本音を読み、先回りして望まれる答えを出すことで、「私はすべてを見抜いている」と錯覚していたからだ。
だが、塔の最上階で待ち受けていた盲目の賢者ウルスは、カミラが挨拶のためにその手に触れた瞬間、言葉ではなく「圧倒的な精神の圧力」を叩きつけた。
(……自惚れるな、小娘。お前が見ているのは、水面に浮かぶ泡に過ぎぬ。深淵の暗さを知らぬ者が、光を語るな)
「っ……!」
カミラはあまりの冷たさに手を引っ込めた。これほどまでに拒絶され、見透かされたのは初めてだった。
「今日から、お前の目は必要ない。そして、その口もな」
ウルスが合図すると、付き添ってきた侍女のアナが、泣きそうな顔でカミラの目を厚い布で覆った。
(何故カミラお嬢様がこんな事をしなければならないの…!とても見てられないわ…)
「修行の一段階目だ。お前はこれから一ヶ月、この暗闇の中で、塔を吹き抜ける『風の音』と、私が放つ『本音の残響』を完全に判別できるようになるまで、一歩も動いてはならん」
カミラは最初、鼻で笑った。本音は脳内に直接響くのだから、風の音と間違えるはずがない。そう思っていた。しかし、修行が始まるとすぐに、カミラは己の未熟さを知ることになる。
塔は絶壁に建っており、常に激しい風が鳴り響いている。
目隠しをされた暗闇の中で、風の「ヒュオオオ」という音が、次第に人の「恨み節」や「怒鳴り声」のように聞こえ始める。
(……お前なんて。……いなくなれ。……邪魔だ)
「あ、やめて……。ウルス様、意地悪なことを考えないで!」
カミラが叫んでも、ウルスは答えない。
むしろ、ウルスの本音はますます激しく、カミラの脳内をかき乱す。
(……死ね。……消えろ。……汚らわしい)
カミラは恐怖で耳を塞いだ。いつもなら触れなければ聞こえない人の「本音」が、塔の石床や手すりを通じて、絶え間なく「不快な振動」として流れ込んでくる。
カミラが「本音」だと思っていたものは、実は外界の音や空気の震えと混ざり合い、彼女の心のフィルターを通して勝手に「言葉」として翻訳されていたものに過ぎなかったのだ。
(……お前が聴いているのは、お前自身の『恐怖』が作り出した幻だ。真実の残響とは、もっと純粋なものだ。音に意味を乗せるのをやめろ。言葉を捨てろ)
ウルスから放たれる、冷徹な指導。
一週間が経つ頃、カミラは極限の精神状態に追い込まれていた。
「自分は何でも知っている」と思っていた少女は、今や自分が「何も正しく聞き取れていなかった」という事実に打ちのめされ、暗闇の中でガタガタと震えることしかできなかった。
食事を運んでくる侍女アナの(……カミラ様、お可哀想に。奥様にもうやめさせるよう進言したけど…聞いてくれなかったわ…)という憐れみの本音さえ、今のカミラには「私をバカにしている」という刃となって突き刺さる。
「……もう、嫌。何も聴きたくない……!」
カミラが泣き崩れた時、ウルスの低い声が響いた。
「よろしい。ならば、その「嫌だ」という自分の心の声さえも、一度捨ててみなさい。お前が空っぽにならぬ限り、真実の風は通らぬ」
六歳のカミラにとって、それは初めて経験する「自己の完全な否定」だった。
傲慢な仮面が剥がれ落ちたあとに残ったのは、ただの小さな、震える一人の少女。
ここから、カミラの本当の修行が始まるのだった。




