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~父と叔父の秘密会議~
カミラがカイルと庭で遊んでいる間、本邸の書斎では、重苦しい沈黙が支配していた。
王都から戻ったばかりのセルジオは、埃を被った古い羊皮紙を机に広げる。その顔にはいつもの余裕はなく、兄のフリードリヒを真っ直ぐに見据えた。
「フリードリヒ、覚悟して聞いてくれ。禁書庫の最下層、禁忌とされる記述の中に……ようやく見つけた。カミラの恩恵、その真の力を」
フリードリヒは何も言わず、組んだ手に力を込める。
セルジオは震える指先で、羊皮紙の一節をなぞった。
「恩恵名――【真実の残響】。遥か昔、建国時代の聖女が授かったとされる『神の耳』の再来だ。だが……」
「だが、何だ。続きを言え、セルジオ」
「……この力を授かった者は例外なく、悲惨な末路を辿っている。記述によれば、十代を待たずして発狂するか、自ら命を絶つか、あるいは二度と人の言葉を解さぬ廃人となる。他人の悪意、嫉妬、醜い欲望……。防ぐ術のない『本音』の奔流に、持ち主の精神が焼き切られてしまうからだ」
フリードリヒの顔から血の気が引く。
机を叩く音が、静かな書斎に虚しく響いた。
「神の耳だと? 笑わせるな。そんなものは呪いではないか。あんなに幼く、優しいカミラが、これから先ずっと他人の汚泥を浴び続けろと言うのか!」
フリードリヒの心の奥底から溢れ出すのは、父親としての激しい感情と、運命に対する怒りだった。セルジオもまた、羊皮紙を握りしめ、苦渋に満ちた声を出す。
「記録によれば、「恩恵」を授かった初期は触れなければ「本音」は聞こえないが、年齢を重ねると触れずとも「本音」が聞こえるようになるとある…。歴代の継承者はその止まない「本音」を拒絶しようとして、心を閉ざしていった。あの子は今イザベラが言っていたように、相手の毒を『綿で包もう』としている。……だが、それだって限界がある。いつか、包みきれないほどの巨大な悪意に触れたとき、あの子はどうなるかわからない……」
二人は同時に、窓の外を見た。そこには、泥だらけになった弟のカイルを笑いながら追いかける、カミラの姿がある。
フリードリヒは、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、家主としての冷徹な意志と、父としての燃えるような決意が宿っている。
「セルジオ。この調査結果は、イザベラと私、そしてお前だけの秘密にする。カミラには、そして世間には……断じて知らせるな」
「……あぁ、分かっている。ローゼンブルク家が総力を挙げて、あの子の耳に届く「本音」を精査しなければならない。あの子の周りを、信頼できる人間だけで固めるんだ」
「それだけでは足りない。カミラがいずれ人の悪意に触れるのは避けられないだろう。……ならば、それを無力化できるほど、この家を、私を、あの子を強くする。あの子がどんな残響を聴こうとも、ここに戻れば安らげると確信できる場所にしてみせる」
フリードリヒの強い決意が、静かな部屋に満ちていく。
セルジオは、目の前の男がこれほどまでに激しい感情を露わにするのを初めて見た。
「……ふ。君がそこまで言うなら、僕もとことん付き合うよ。それならば内密に、賢者ウルス様にカミラの事を相談してみないか?かのお方なら、僕等よりも絶対に適任だ。厳しいお方だから、カミラには辛いかもしれないけど…。」
フリードリヒは頷き、二人の男は固く握手を交わした。それは愛する一人の少女を守るため、父たちの密かな誓いだった。
窓の外では、カミラの明るい笑い声が風に乗って聞こえてくる。彼女を待ち受ける過酷な運命を、今はまだ、この温かな屋敷の壁が優しく遮っていた。




