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処刑されるはずの偽聖女ですが、冷徹女騎士さまだけが私を信じてくれます  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第7話 優しさの置き場所

 扉が開く音は、思っていたよりも静かだった。


 だが、その静けさがかえってフィリアの緊張を煽る。騎士の荒々しい踏み込みではない。王宮仕えの役人らしい、よく訓練された礼節の音だった。粗暴さではなく、整えられた圧力。そういうもののほうが、今のフィリアにはよほど怖かった。


 入ってきたのは三人。


 先頭に立つのは、五十代ほどの痩身の男だった。灰色の髪を後ろへ撫でつけ、濃紺の長衣を一切乱れなく着こなしている。顔立ちは穏やかで、眼鏡の奥の目も落ち着いて見えた。だが、そこにあるのは温情ではなく、長年人を見る仕事をしてきた者の冷えた観察眼だと、フィリアにもすぐにわかった。


 その後ろに、若い書記官らしい男と、王宮付きの護衛と思しき騎士が一人。


 先頭の男は部屋の中央まで来ると、丁寧に一礼した。


「お初にお目にかかります、フィリア・エルソン嬢。私は王宮予備聴取官、アーノルド・レヴェインと申します。本日は正式な審問ではなく、事実確認のための予備的な聞き取りに参りました」


 声音は柔らかい。

 けれどそれは、優しいから柔らかいのではない。相手を怯えさせすぎず、口を開かせるために整えられた柔らかさだ。


 フィリアは膝の上で指を握り締めながら、どうにか頭を下げた。


「……フィリア・エルソンです」


 声が少し上ずる。

 だが昨日までのように、声そのものが喉で潰れてしまうほどではない。


 背後にはセレスティアがいる。

 その気配が、言葉にならない支えになっていた。


 アーノルドはゆるやかに視線を動かし、フィリアの斜め後ろに立つセレスティアを見た。


「そして、セレスティア副団長。ご同席とのこと、承っております」


「保護対象ですので」


 セレスティアの返答は短い。

 だがその一言だけで、応接間の空気がぴんと張る。


 アーノルドは少しだけ目を細めた。


「もちろん、異存はありません。私としても、不必要な圧迫を与えるつもりはありませんので」


「その言葉通りであることを期待します」


 平坦な声音なのに、針のように鋭い。


 フィリアはわずかに息を呑む。

 この人は本当に、一歩も引くつもりがないのだ。


 アーノルドは対立を避けるように軽く肩をすくめ、書記官へ目配せした。若い男がすぐに小机を広げ、筆記具を用意する。細かな動作一つにも無駄がない。


「では始めましょう。フィリア嬢、確認します。あなたは地方教会出身の聖女候補として王都へ召し上げられ、その後、大聖堂の儀式における不首尾と、王家聖印具への異常関与を理由に拘束された。ここまではよろしいですね?」


 最初の問いは簡単だった。

 事実の確認。

 答えやすいように見える。


 だがセレスティアに言われた通りだ。相手が用意した言葉を、そのまま受け入れてはいけない。


 フィリアは一度だけ息を吸い、ゆっくり答えた。


「……王都へ聖女候補として呼ばれたのは事実です。拘束されたのも、そうです。ただ……」


 そこで言葉を切る。

 アーノルドの目がわずかに細くなった。


「“不首尾”と“異常関与”については、わたし自身は、そう言われただけで……自分では、していないと思っています」


 言えた。

 曖昧だが、逃げてはいない。

 自分で見聞きした範囲に限って答える。セレスティアの言葉を思い出しながら。


 アーノルドは即座に否定も肯定もせず、穏やかな顔のまま次を問う。


「なるほど。では“大聖堂の儀式における不首尾”とは、あなたの認識では何ですか」


 これもまた、答えにくい問いだ。

 相手の表現を借りれば楽になる。

 だが、その“楽”に乗れば足元をすくわれる。


 フィリアは膝の上の指先へ力を込める。

 背後から、かすかにセレスティアの声が落ちた。


「ゆっくりでいい」


 ほとんど息のように小さな声。

 それでも、はっきり聞こえた。


「……儀式で、わたしは他の候補生のような奇跡を見せられませんでした」


 フィリアは少しずつ言葉を選ぶ。


「傷をすぐに癒やしたり、目に見える光を起こしたり……そういうことが、できませんでした」


「つまり、聖女として必要な力を示せなかった?」


 誘導だ。

 その瞬間、フィリアは胸の中で小さく息を呑んだ。


 だが今度はすぐに答えず、言葉を探す。


「……“必要な力”が何なのかは、わたしにはわかりません」


 静かな沈黙が落ちる。


「ただ、その場で求められたことには応えられませんでした」


 それが、今の自分に言える精一杯の正確さだった。


 アーノルドの眼鏡の奥の目が、わずかに変わる。

 先ほどより少しだけ注意深くなった。


「なるほど」


 穏やかな声音のまま、彼は書記官へ軽く頷いた。後ろで紙を走る筆の音がする。


「では次に、あなたの拘束前後の行動について伺います。大聖堂の儀式の後、あなたの部屋から禁じられた祈祷文の断片が見つかったと記録されています。あれに心当たりは?」


「ありません」


 即答だった。

 これだけははっきり言える。


「一度も?」


「はい。一度も見たことのない紙でした」


「誰かが置いたと?」


「……わかりません。でも、わたしのものではありません」


 アーノルドは頷きながらも、表情は変えない。

 信じてもいないし、露骨に疑ってもいない。ただ記録しているだけの顔。


「あなたの部屋には、自由に出入りできる者がいたのですか」


「候補生付きの侍女や、掃除の方は……」


「候補生仲間は?」


 その問いに、フィリアの心が少しだけざわついた。


 候補生たちの顔が浮かぶ。誰も彼も、最初は丁寧だった。けれど儀式の失敗以降、自分を見る目は明らかに変わった。露骨に避ける者。あからさまに見下す者。何も言わず距離を取る者。だが、自分の部屋へ何かを仕込んだかどうかまではわからない。


「……いた、かもしれません」


 答えながら、自分でも曖昧だと思う。

 アーノルドはそこを逃さない。


「かもしれない、とは?」


「候補生棟は、完全な私室ではありませんでした。出入りを見ていない時間もあります」


「特定の人物を疑っているわけではない?」


「……はい」


 それが答えだった。

 疑わしい空気はあっても、断言できることはない。


 アーノルドは一度頷いてから、今度はさらに柔らかい声になった。


「フィリア嬢。安心してください。私どもは、あなたへ不利な証言を無理に引き出すために来たわけではありません。ただ、記録のずれを確認したいのです」


 その言い方に、フィリアは一瞬だけ気持ちが緩みそうになる。

 だが同時に、マリエッタの忠告が脳裏をよぎった。


 “相手がどれだけ丁寧でも、優しげでも、全部を信用しすぎないこと”


「……はい」


 短く答えるに留める。


 アーノルドはそれ以上その点を押さず、話題を変えた。


「では、王家聖印具への異常について。あなたはそれが起きた前後、聖印具の保管室付近にいたと証言されています」


 フィリアは顔を上げる。

 その件は何度か押しつけられたが、具体的にどういう証言があったのかまでは知らない。


「……保管室の前を通ったことは、あります」


「通った」


「はい。候補生の移動経路に含まれていたので」


「中へ入ったことは?」


「ありません」


 アーノルドはそこで初めて、ほんの少しだけ攻める角度を変えた。


「ですが、目撃証言では“扉の前で立ち止まっていた”と」


 フィリアの喉が詰まる。


 立ち止まった。

 その記憶はあった。


 あの日、自分はたしかに聖印具の保管室の前で足を止めた。理由は、扉の向こうから嫌な圧迫感のようなものを感じたからだ。頭痛に似た、胸の悪くなる感覚。怖くて、けれど声にも出せず、ほんの数秒立ち尽くした。


 だがそれを言えば、余計に疑われるのではないか。

 “やましいから立ち止まったのだ”と取られるのではないか。


 フィリアの迷いを読んだように、セレスティアが低く口を開いた。


「フィリア」


 それだけ。

 だが意味は伝わる。

 知っていることだけを言えばいい。


 フィリアは小さく息を吸った。


「……立ち止まりました」


 アーノルドの目が少しだけ鋭くなる。


「理由は?」


「扉の向こうが、少し……苦しく感じて」


「苦しく?」


「はい。頭が重くなるような、息が詰まるような感じがして」


 アーノルドは無表情のまま、指先で机を一度だけ叩いた。


「それを、誰かに報告は?」


「できませんでした」


「なぜ」


「……うまく説明できないと思ったからです」


 言いながら、情けなさが胸に広がる。

 あのとき声を上げていれば何か変わったのかもしれない。

 だが、候補生の中で最も実績のない自分が、聖印具の保管室は苦しいなどと言っても、まともに取り合われたとは思えなかった。


「なるほど」


 アーノルドは頷いた。


「では、あなたは“異常を感じた”だけで、触れてはいない」


「はい」


「ですが、その感覚が何であったかはわからない」


「……はい」


 そこまで聞くと、アーノルドは一歩引くように椅子へ深く腰かけた。

 まるで今の答えをどう扱うべきか考えているようだった。


 そこで、これまで黙っていた護衛騎士が初めて口を開いた。


「失礼ながら」


 低く硬い声。


「それでは、都合のいい後出しにも聞こえますな。処刑台へ上がる段になってから“実は異常を感じていた”と言い出すのは」


 フィリアの肩がびくりと跳ねる。


 その言い方は、今まで散々浴びせられてきた疑いと同じだった。王都の人々が自分を見る目と。


 けれど次の瞬間、背後で空気が変わった。


「発言は控えろ」


 セレスティアの声だった。

 低いが、一切の揺らぎがない。


「あなたは護衛であって、尋問官ではない」


 護衛騎士が一瞬、口をつぐむ。


「しかし、副団長。証言の整合性を疑問視するのは当然の――」


「疑問は記録官が扱う。私の保護下で、証人に威圧を加えることは許しません」


 応接間の温度が一段下がったようだった。


 アーノルドはすぐに手を上げ、護衛騎士を制した。


「失礼しました。副団長のご指摘はもっともです」


 穏やかに言いながらも、その視線はフィリアから外れていない。

 今のやりとりで、フィリアがどれほど揺れるかも観察しているのだろう。


 怖い。

 やはり怖い。


 だが不思議と、完全には崩れない。

 セレスティアが即座に止めたからだ。

 ひとりで矢面に立たされていないと、身体が理解している。


 アーノルドは咳払いひとつで流れを戻した。


「では、質問を変えましょう。フィリア嬢、あなたはご自身の力について、どう認識していますか」


 その問いは、今まででいちばん答えづらかった。


 自分の力。

 何を持っているのか、何を持っていないのか、自分でもわからない。だからこそ偽聖女だと断じられてきた。


 フィリアは少しだけ黙り込んだ。

 背後の気配は動かない。

 急かさない。

 だからこそ、ゆっくり考えられる。


「……人を、少しだけ落ち着かせることがある、と言われたことはあります」


 慎重に言葉を置く。


「苦しさや、痛みや、不安が……少し和らぐことが」


「治癒ではなく?」


「はい。すぐに傷が消えるとか、熱が下がるとか、そういうものではなくて……」


 アーノルドは初めて、はっきりと興味を示した。

 眼鏡の奥の目が細くなる。


「それは、王都へ来る前から?」


「……はい」


「報告は?」


「地方教会では“やさしい祈りだ”と言われていました。でも、聖女の奇跡だとは……」


「誰にも認定されなかった?」


「はい」


 そこでアーノルドは視線を落とし、書記官へ何か短く指示した。筆の音が少し速くなる。


 フィリアは、自分が何か余計なことを言ってしまったのではないかと不安になった。けれど今のは、自分が知っている範囲のことだ。隠してもいない。飾ってもいない。


「副団長」


 アーノルドが今度はセレスティアへ向く。


「ひとつ、確認を」


「内容によります」


「この娘を保護下へ移した後、何らかの異常反応を確認されましたか」


 セレスティアは一拍だけ間を置いた。


「確認しました」


 フィリアは思わず背筋を伸ばす。

 そこまで言うのか。


「詳細は?」


「こちらで精査中です。現時点で断定的な提供はできません」


 ぴしゃりと言い切る。


 アーノルドは食い下がるように首を傾けた。


「ですが、処刑台における聖縄の反応は、すでに公然の事実です。保護後の異変も、それに連なるものであれば王宮として看過は――」


「だからこそ、精査中だと言っています」


 セレスティアの声音は変わらない。

 変わらないのに、圧だけが強くなる。


「未整理の現象を不用意に王宮へ渡して、別の政治判断へ利用されることは避けたい。少なくとも、この場では」


 アーノルドは数秒沈黙し、やがて小さく笑った。

 あくまで感じよく、だが本心までは見せない笑い。


「なるほど。副団長らしいお考えだ」


「理解できたなら結構です」


 応酬は静かだった。

 だが互いに一歩も引いていないことは、フィリアにもわかる。


 しばらくのやりとりのあと、アーノルドはようやく椅子から腰を上げた。


「本日のところはここまでにしておきましょう。正式な召喚前の確認としては、十分な収穫がありました」


 収穫。

 その言葉に、フィリアの胸がかすかにざわつく。

 自分の言葉が、相手にとってどういう意味を持ったのかはわからない。


「フィリア嬢」


 アーノルドは最後にもう一度、穏やかな目を向ける。


「あなたが本当に何者であるか、まだ私には判断できません。ですが少なくとも、“無能な偽物”という単純な記録では済まないようだ」


 フィリアは息を止めた。


 それは肯定ではない。

 救いでもない。

 だが、これまで王都で向けられてきた断定とは、確かに違っていた。


「では失礼します」


 アーノルドが一礼し、書記官と護衛騎士も続く。扉が閉まるまで、セレスティアは一切姿勢を崩さなかった。


 そして完全に気配が遠ざかった瞬間、応接間の空気がふっと緩む。


 フィリアはようやく大きく息を吐いた。

 思っていた以上に身体へ力が入っていたらしく、指先が冷えている。


「……終わった」


 思わず漏れた言葉に、セレスティアが短く答える。


「ひとまずは」


 ひとまず。

 それでも十分だった。


「よくやりました」


 その言葉に、フィリアはぱっと顔を上げる。


「え……」


「答えられていた。誘導にもすぐ乗らなかった」


 セレスティアは事務的に評価を告げているだけのようでいて、その実、かなり明確に褒めている。


 フィリアの胸の奥がじんと熱くなる。


「……でも、途中、怖くて」


「当然です」


「護衛の人に言われたとき、少し……」


「それでも崩れなかった」


 言い切られる。

 まるで事実確認のように。

 だからこそ、余計に嬉しい。


 マリエッタが、いつの間にか運び込んでいた茶を卓へ置きながら口を挟んだ。


「副団長にしては、かなり褒めていますね」


「事実を述べているだけです」


「はいはい」


 そのやりとりに、フィリアは少しだけ笑った。

 緊張がほどけた反動で、膝から力が抜けそうになる。


 セレスティアはそれを見逃さなかった。


「座って」


 短く促され、フィリアは素直に椅子へ腰を下ろした。すぐに茶が差し出される。温かい。香りも穏やかだ。


 カップを両手で包みながら、フィリアはふと気づいた。


 先ほどの聴取の間、セレスティアは一度も“優しい”言葉を使っていない。

 大丈夫ですよ、と甘く励ましたわけでもない。

 可哀想だと庇ったわけでもない。


 ただ、必要なところで止めて、必要なところで支えて、終わった後に“よくやった”と一言だけ言った。


 その在り方が、この人の優しさなのだと、フィリアは少しずつわかってきていた。


「セレスティアさま」


「何です」


「……あなたは、優しいですね」


 口にした瞬間、セレスティアの動きが止まった。


 目を細めるでもなく、怒るでもなく、ほんの一瞬だけ本当に反応に困ったような沈黙が落ちる。


「……どこがですか」


 ようやく返ってきたのは、少しだけ低くなった声だった。


 フィリアは茶の湯気を見つめながら答える。


「上手に、優しくする人ではないですけど」


「褒めていませんね」


「で、でも……」


 フィリアは勇気を出して続けた。


「わたしが怖いとき、怖いままでいていいって、ちゃんと言ってくださいます。必要なことしかしていないっておっしゃるけど、その“必要”の中に、ちゃんとわたしを入れてくださっているので……」


 言いながら、自分でも顔が熱くなる。

 重いだろうか。

 困らせるだろうか。

 そう思ったが、もう止められなかった。


「だから、優しいです」


 応接間はしんと静まり返った。

 マリエッタは口元を押さえて、あからさまに何かを堪えている。


 セレスティアはしばらく何も言わず、やがてわずかに視線を逸らした。


「……そういうものは、置き場所を間違えると刃になります」


 ぽつり、とこぼすような声音だった。


 フィリアは意味がわからず、瞬いた。


「置き場所……?」


「優しさも、庇護も、同情も。向ける場所と向け方を誤れば、相手を弱らせるだけだ」


 灰青の瞳が、まっすぐではなく少し遠くを見る。


「だから私は、あまり得意ではありません」


 その横顔はいつもより静かで、少しだけ寂しそうに見えた。


 優しさの置き場所。

 その言い方に、フィリアは何か胸を打たれる。


 この人は無造作に優しくしているのではない。

 むしろ、置き場所をずっと考えているのだ。

 だから言葉を選ぶし、甘やかしすぎないし、必要以上に踏み込まない。

 でも、それでいて見捨てない。


 フィリアはそっとカップを置いた。


「……それでも、わたしには、ちょうどいいです」


 セレスティアがゆっくりと視線を戻す。


「ちょうどいい?」


「はい。たぶん、あんまり優しくされすぎたら、わたし、きっと怖くなってしまいます。どうしたら返せるのかわからなくて」


 それは本音だった。

 フィリアは、与えられることに慣れていない。王都では期待ばかりを求められ、故郷では“そのままでいい”と言われることの方が多かった。だから、過剰な優しさにはどうしても身構えてしまう。


「でもセレスティアさまは、ちゃんと立たせてくださるので」


 守るだけではなく。

 隠すだけでもなく。

 怖いままで立てと、言ってくれる。


「だから……その置き場所で、いいです」


 言い切ると、今度こそ応接間に長い沈黙が落ちた。


 セレスティアは何も言わない。

 けれど、その表情からわずかな硬さが抜けたのがわかった。


 そして彼女は、ごく小さく息をついた。


「……そうですか」


 短い返答。

 それだけなのに、どこか柔らかかった。


 マリエッタが満足そうに茶を飲み、わざとらしく明るい声を出す。


「では、ちょうどいい優しさを持つ副団長に、少し休憩を命じましょうか。お二人とも、かなり消耗している顔です」


「私は平気です」


「副団長、それ昨日も聞きました」


 ぴしゃりと言われ、セレスティアが一瞬だけ言葉を失う。


 そのやりとりに、フィリアはまた少し笑ってしまった。

 こんなふうに笑えるのは、いつぶりだろう。


 笑ったあとで、胸の中に静かに広がるものがあった。


 優しさの置き場所。

 まだその全部はわからない。

 でも少なくとも、この人の優しさは、自分を甘やかして沈めるものではなく、怖いままでも立てる場所へ置かれている。


 それが、フィリアには何よりありがたかった。

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