表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/122

第91話「外界なしの朝、管理2.0の幕開け」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

ナラ・エンの霧の森に建てられた、私たち二人の愛のマイホーム。  

その最上階にある寝室に、朝の光が差し込んでいる。


「……ん」


私は目覚めると同時に、違和感を覚えた。  

いつもなら隣にいるはずの、体温の高い銀髪の執事(兼・夫)がいない。  

ベッドサイドには、彼の抜け殻のような微かな窪みと、蜜蝋の香りだけが残っている。


「……アルフォンス?」


私が呼びかけると、クローゼットの奥から「はい、愛しい妻よ」という甘い声と共に、完璧に身支度を整えたアルフォンスが現れた。  

燕尾服の裾を翻し、手には銀の盆ではなく、何やら怪しげな魔導具と、数種類の小瓶を持っていた。


「おはようございます、エルカ。……素晴らしい朝ですね」


「おはよう。……何それ?」


私が彼の持っている道具を指差すと、彼は眼鏡を光らせ、ニヤリと笑った。


「本日の外出に向けた『装備』です。……貴女を外界の不浄から守るため、そして貴女の美しさを極限まで引き立てるため、抜かりなく準備いたしました」


彼はベッドサイドに道具を並べ始めた。

見たこともない色の液体が入った瓶。  

複雑な術式が刻まれた、皮膚に貼るタイプの薄いシール。  

そして、なぜか医療用の聴診器のようなものまである。


「……ねえ、アルフォンス。ただのデートよね?散歩して、ご飯食べるだけの」


「ただのデート?とんでもない!」


彼は私の言葉を遮り、大げさに両手を広げた。


「これは、新生『エルカ・クライン』のデビューステージです。……ナラ・エンの民草に、私の妻の美しさを知らしめる儀式。一分の隙も、一点の曇りも許されません」


彼の目は本気だった。  

この男にとって、妻を美しく見せることは、世界平和よりも重要なミッションなのだ。


「さあ、まずはボディチェックから始めます。……服を脱いでください」


「えっ、自分で脱ぐの?」


「いえ、私が脱がせます。貴女の手を煩わせるわけにはいきませんから」


彼は私のパジャマのボタンに手を掛けた。

白い手袋の感触が、素肌に触れる。  

慣れた手つきでボタンを外し、パジャマを脱がせていく。  

朝の冷たい空気に晒された肌が、少し粟立つ。


「……ふむ。肌の調子は良好。昨夜の保湿パックが効いているようですね」


彼は聴診器のような魔導具を私の胸に当てた。


「心拍数、血圧、魔力循環……すべて正常値。ですが、ここが少し凝っていますね」


彼は私の肩甲骨のあたりを指先で押した。


「っ、いたっ……」


「やはり。……昨日の建築作業で魔力を使いすぎた影響でしょう。……ほぐしておきましょう」


彼は小瓶の蓋を開けた。  

柑橘系の爽やかな香りと、少しスパイシーなハーブの香りが広がる。  

特製のマッサージオイルだ。


「うつ伏せになってください」


言われるままにベッドに横たわると、背中に冷たいオイルが垂らされた。  

直後、アルフォンスの温かい手が、背中全体を包み込むように滑り始めた。


「んっ……」


「力を抜いて。私の指に身を委ねてください」


彼の指は魔法のようだった。  

凝り固まった筋肉を的確に捉え、絶妙な力加減で揉みほぐしていく。  

オイルの滑りと、彼の体温。  

背骨に沿って指が這うたびに、甘い痺れが腰の方まで走る。


「……アルフォンス、そこ……」


「ここですか?ええ、わかっていますよ」


彼は私の反応を楽しむように、一番気持ちいい場所を重点的に攻めてくる。  

執事としての奉仕精神と、夫としての独占欲が入り混じった、濃厚なタッチ。


「……あ、んぅ……っ」


私は枕に顔を埋めて、漏れそうになる声を必死に抑えた。  

ただのマッサージのはずなのに、なんでこんなに情熱的なのよ。


「我慢しなくていいですよ、エルカ。……この塔の中には、私と貴女しかいないのですから」


彼は耳元で囁きながら、首筋にキスをした。  

チュッ、という濡れた音が響く。


「……ダメよ。これから出かけるんでしょ?変なスイッチ入れないで」


「おや、残念。では、仕上げに入りましょう」


彼は名残惜しそうに私の背中から手を離し、

タオルでオイルを拭き取った。  

そして、最初に並べていたシールのようなもの――魔術刻印シールを手に取った。


「これは?」


「『守護のガーディアン・チェーン』です」


彼は真顔で説明した。


「これを貴女の肌――具体的には鎖骨の下と、背中、そして太腿の内側に貼ります。……もし万が一、貴女に『害意』を持つ者が近づいた場合、あるいは貴女が『恐怖』を感じた場合、この刻印が即座に発動し、貴女を無敵の結界で包み込むと同時に、私の元へ強制転移させます」


「……強制転移って」


私は左足首を少し持ち上げて見せた。

そこには、彼が最初にくれたアメジストのアンクレットが輝いている。


「それなら、このアンクレットがあるじゃない。……確か、あんたから10メートル離れたら強制的に戻されるんでしょ?」


「ええ。ですが、それはあくまで『迷子防止』のリードです」


アルフォンスは眼鏡を光らせ、怖いほど真剣な顔で言った。


「外界には、空間切断や拘束魔法など、アンクレットの転移を阻害する術式も存在します。それに、万が一アンクレットそのものを破壊されたら……私は貴女を見失ってしまう」


「……破壊って」


「あり得ない話ではありません。……ですから、予備フェイルセーフが必要です」


彼はシールを私の鎖骨の下に押し当てた。  

ひんやりとした感触と共に、魔力が皮膚の下へと浸透していく。


「このシールは、貴女の生体電流……つまり『命』そのものにリンクさせました。物理的に破壊することは不可能ですし、アンクレットが機能しない状況でも、最優先で貴女を私の腕の中へ『緊急脱出』させます」


「つまり、二重ロックってこと?」


「はい。貴女を失う可能性を、0.0001%でも残したくありませんから」


アンクレットという物理的な鎖に加え、肌に直接刻み込まれる魔法の鎖。  

この男の過保護は、もはや防災訓練のレベルを超えていた。


「……過保護すぎない?」


「愛です」


彼は有無を言わせぬ笑顔で、私の太腿の内側にもシールを貼った。  

指先が触れる場所が際どくて、私は思わず声を漏らした。


「んっ……」


「おや、感度が良いですね。ここなら誰にも見えませんし、私の魔力を一番近くで感じられるでしょう?」


恥ずかしい場所に、彼との繋がりが刻まれる。  

でも、抵抗しても無駄だし、何より……この束縛感が、嫌いじゃなかったからだ。  

どこにいても、彼が私を見守っている。  

私が危機に陥れば、必ず彼が飛んできてくれる。  

その安心感は、何物にも代えがたい。


「……完了です」


アルフォンスは満足げに頷き、私を起こした。  

そして、用意されていた服――ナラ・エンの伝統的な着物をアレンジした、和洋折衷のドレス――を広げた。


「さあ、着替えましょう。今日は、この国の『お姫様』になっていただきます」


淡い藤色の生地に、金糸で繊細な刺繍が施された着物。帯は濃い紫で、全体を引き締めている。  

足元は、歩きやすいようにブーツを合わせるスタイルだ。


「……可愛い」


「ええ。貴女のために特注しました。この色合いは、貴女のアメジストの瞳を最も美しく引き立てます」


彼は手際よく私に着物を着せ付けていく。  

帯を締める時、彼の手が私の腰を抱くように回る。その一瞬の密着に、胸が高鳴る。


「……苦しくないですか?」


「うん、大丈夫」


「では、髪を」


彼は私を鏡の前に座らせ、櫛で髪を梳き始めた。  

黒髪を丁寧にまとめ上げ、かんざし一本で留める。うなじが露わになり、少しスースーする。


「……美しい」


鏡越しに、アルフォンスがため息をついた。  

その目は、完全に陶酔しきっている。


「私の妻は、世界一……いえ、宇宙一美しい」


「……大げさよ」


「事実です。……ああ、このまま閉じ込めておきたい」


彼は私のうなじに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「でも、見せびらかしたい。この矛盾に、私の心は引き裂かれそうです」


「面倒くさい男ね」


私は苦笑いしながら、鏡の中の彼の手を握った。


「大丈夫よ。誰に見られたって、私はあんたのものなんだから」


「……っ!」


アルフォンスが息を呑んだ。  

そして、鏡越しに私を見つめる瞳が、ゆらりと揺れた。  

あ、またスイッチが入ったかもしれない。


「……エルカ。……もう一度、言ってください」


「え?だから、私はあんたのもの……」


「愛しています!!」


彼は私を椅子ごと回転させ、正面から抱きしめた。着物が着崩れるのもお構いなしだ。


「貴女のその言葉だけで、私は魔王にだってなれる!……さあ、行きましょう!世界中の人間に、私たちの愛を見せつけに行くのです!」


彼は私を抱き上げ、そのまま窓を開け放った。え、玄関からじゃないの?


転移テレポートするの?」


「いいえ。今日は『道中』も楽しんでいただきたいので」


彼はニヤリと笑い、バルコニーの手すりに足をかけた。


「空の散歩と洒落込みましょう」


ヒュンッ!


彼は私を抱いたまま、塔の最上階から飛び降りた。 落下する浮遊感。  

驚く間もなく、彼の足元に風の魔力が渦巻き、

ふわりと着地……するのではなく、空中を蹴って滑空し始めた。


「きゃあぁぁっ!?」


「ご安心を。私から落ちることなど、万が一にもありえません」


彼は私の体をしっかりと支え、霧の森の上空を滑るように飛んでいく。  

眼下には、緑の海原。  

その向こうに、ナラ・エンの古都が朝日に輝いている。


「綺麗」


「ええ。ですが、貴女ほどではありません」


彼は空中散歩を楽しみながら、甘い言葉を囁き続けた。  

風を切る音と、彼の心音。  

そして、私の鼓動。


外界への扉は開かれた。でも、私は知っている。  

どんなに遠くへ行っても、どれだけ多くの人に見られても。  

私の世界は、この男の腕の中だけで完結しているのだと。


「……着きますよ、エルカ」


アルフォンスが速度を緩めた。

街外れの広場が見えてくる。  

そこには、朝市で賑わう人々の姿があった。


「さあ、管理2.0の幕開けです。私の完璧なエスコートに、身も心も委ねてください」


彼は優雅に、音もなく広場の石畳に着地した。  

周囲の人々が、空から降りてきた私たちを見て、

驚きに目を見開く。  

そして、その驚きはすぐに、感嘆のため息へと変わった。


銀髪の美丈夫と、藤色の着物を纏った黒髪の美女。  

あまりにも浮世離れした二人の登場に、広場は静まり返った。


「……行きましょうか、奥様」


アルフォンスは恭しく腕を差し出した。  

私はその腕に手を添え、少し緊張しながらも、

誇らしげに顔を上げた。


「ええ。連れて行って、あなた」


私たちは歩き出した。

注がれる視線は多いけれど、怖くはない。  

だって、私の隣には、世界最強で、世界一重い、

私の夫がいるのだから。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ