第82話「嫉妬の対象は『魔力人形』」
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王都の外壁が見える廃墟の陰で、私たちは一時的な休息を取っていた。
先ほどの騎士団との遭遇戦は、アルフォンスによる一方的な「掃除」で幕を閉じたけれど、魔法省のある王都中心部へ近づくにつれ、警備の密度は指数関数的に上がっている。
空には監視用の使い魔が無数に飛び交い、地面には対人感圧式の地雷結界が張り巡らされている。まさに、蟻の這い出る隙もない厳戒態勢だ。
「さすがに、正面突破だけじゃ骨が折れそうね」
私は瓦礫の上に腰掛け(もちろん、アルフォンスが敷いたふかふかのクッションの上だ)、遠くに見える白い巨塔――魔法省本庁を見上げた。
あそこにルシウスがいる。
そして、私たちを消し去ろうとする『神の鉄槌』の制御盤も。
「問題ありません、エルカ様。……ですが、少々手間がかかるのは事実です」
アルフォンスは紅茶の入った水筒の蓋を開け、
私に手渡してくれた。適温だ。
こんな戦場のど真ん中でも、彼は完璧な温度管理を怠らない。
「私が露払いに専念すると、その間、貴女への給仕やお世話がおろそかになってしまう。……それが一番の問題です」
彼は真剣な顔で言った。
敵の多さや罠の危険性よりも、私の紅茶が空になることや、靴紐が解けることの方を心配しているのだ。
「……別に、自分のことくらい自分でやるわよ」
「いけません。貴女は新世界の女王になるお方。……泥跳ね一つ、指先の乾燥一つ、あってはならないのです」
彼は眼鏡の位置を直すと、周囲に散らばる騎士団の鎧の残骸――先ほど彼が粉砕した鉄屑――を見渡した。
「……そうです。ちょうどいい素材がありますね」
アルフォンスの手袋が、妖しく青白く発光した。
彼は指先で空中に複雑な術式を描き始める。
ガシャッ、ガシャン……!
地面に散らばっていた鉄屑や石塊が、見えない磁力に引かれるように集まり始めた。
それらは空中で溶解し、混ざり合い、そして人の形を成していく。
すらりとした長身。
銀色の金属光沢を持つ、燕尾服姿の人形たち。
「……これって」
完成したのは、三体の自動人形だった。
顔にはのっぺりとした仮面をつけているけれど、その背格好、立ち振る舞い、そして手袋をはめ直す仕草まで、アルフォンスに瓜二つだった。
「私の魔力を分け与え、行動パターンを複写した『掃除人形』です」
アルフォンスが指を鳴らすと、三体の人形は一斉に私に向かって恭しく一礼した。
その角度、速度、優雅さ。完全にアルフォンスのコピーだ。
「私が戦闘で手を離せない間、彼らが貴女の身の回りのお世話と、護衛を担当します。……さあ、挨拶を」
人形たちが音もなく近づいてくる。
一体が私の足元に跪き、靴の汚れを拭い始めた。
もう一体は背後に回り、乱れた髪を整え始める。
最後の一体は、日傘のように手を掲げ、私を日差しから守る体勢をとった。
「……すごい。便利ね」
私は感心して、足元の「アルフォンス(人形)」を見た。
本物そっくりだ。触れられる感触も、丁寧で優しい。
「これなら、あんたがいなくても寂しくないかも」
「…………」
私が冗談めかして言うと、アルフォンスの眉がピクリと動いた。
でも、彼は何も言わず、人形たちに指示を出した。
「行くぞ。……貴様らはエルカ様の半径1メートルを死守しろ。私は道を切り開く」
私たちは王都へ向かって進軍を再開した。
先頭を行くアルフォンスが、次々と襲い来る魔法省の兵士や使い魔を薙ぎ払っていく。
その後ろを、私は三体の人形に囲まれて、まるでパレードのように優雅に歩く。
快適だった。
飛んでくる矢は、人形たちが体で受け止めて弾き返す。足元が悪い場所では、人形たちが即座に階段となって私を支える。
喉が渇けば、どこからともなく水筒が出てくる。
あまりにも完璧なサポート。
私はつい、気を良くしてしまった。
「ありがとう。助かるわ」
私は髪を直してくれた人形に向かって微笑み、
その冷たい金属の頬を撫でた。
「いい子ね。あんたを作ったご主人様みたいに、優秀だわ」
撫で心地は硬いけれど、その献身的な動きは愛おしい。私は人形の頭をポンポンと叩いた。
その瞬間だった。
ドォォォォンッ!!
前方で、爆発音がした。敵の攻撃ではない。
アルフォンスが、立ち止まっていた。
彼は襲い来る兵士たちを放置し、ゆっくりと……本当にゆっくりと、こちらを振り返った。
眼鏡の奥のアイスブルーが、光を失って濁っている。
「……エルカ様?」
地を這うような低い声。背筋がゾクリとした。
「な、なに?」
「今、何をなさいましたか?」
彼は血塗れの手袋(敵の返り血だ)をはめたまま、ゆらりと近づいてくる。
その圧力が凄まじい。
私の周りを囲んでいた人形たちが、主人の怒りに共鳴してカタカタと震え始めた。
「何をって……この子たちを褒めてあげただけよ。優秀だから」
「『この子たち』……?」
「そうよ。だって、あんたの分身でしょう? 役に立つし、何よりあんたに似てて……」
「不愉快です」
アルフォンスが吐き捨てた。
彼は瞬きする間に私の目の前まで移動し、私の髪を整えていた人形の首を鷲掴みにした。
「あ、アルフォンス!?」
「気安く触れるな。……たかが、泥人形の分際で」
バキボキッ!!
嫌な音が響いた。
アルフォンスは、自分そっくりの人形の首を、ためらいもなくねじ切ったのだ。
首を失った人形が、ガシャンと崩れ落ちる。
「ちょっ……!何するのよ!まだ使えるじゃない!」
「使えません。廃棄処分です」
彼は冷酷に言い放ち、残りの二体――私の靴を拭いていた人形と、日傘役の人形にも手を向けた。
グシャァッ!!
見えない圧力が空間を圧縮した。
二体の人形は、悲鳴を上げる間もなく鉄の塊へとプレスされ、ただのゴミ屑に変わった。
数秒前まで私を甲斐甲斐しく世話してくれていた「彼ら」は、見る影もない。
「……信じられない」
私は絶句した。
敵の攻撃から守るためなら分かる。
でも、彼は何もないところで、自ら作り出した戦力を破壊したのだ。
「どうして……?私たちの味方だったのに」
「味方?いいえ、敵です」
アルフォンスは残骸を蹴り飛ばし、私の前に立った。そして、私の両肩を強く掴んだ。
その瞳は、狂気的な独占欲でギラギラと燃えていた。
「貴女が……貴女が、私以外の『何か』に微笑みかけた。……私以外の『何か』に触れ、感謝の言葉を述べた。……それが許せなかったのです」
「……はぁ?だってあれ、あんたの分身よ?あんたの一部みたいなものじゃない」
「違います!」
彼は私の言葉を遮り、叫んだ。
「あれはただの魔力と鉄屑の塊です!心もなければ、魂もない!貴女への愛など、欠片も持ち合わせていない紛い物です!」
彼は私の頬に、血のついた手袋を押し当てた。
鉄の匂いと、彼の熱い体温。
「貴女に触れていいのは、この世界で私だけだ。……例え私のコピーだろうと、貴女の髪一本、指先一つたりとも触れることは許しません」
「……あんたが作ったんでしょ……」
「ええ、私の最大の失策です。……まさか、自分の作った道具にこれほど嫉妬するとは思いませんでした」
彼は自嘲気味に笑い、私の唇を親指で強く擦った。
まるで、人形に向けた言葉や微笑みを、物理的に拭い去ろうとするように。
「二度としません。……貴女の世話は、たとえ腕が千切れようとも、私一人が行います。……他の何者にも、その特権は譲らない」
面倒くさい。
本当に、どうしようもなく面倒くさくて、重い男だ。自分の分身にさえ嫉妬して、八つ当たりするなんて。
でも。その狂気が、今の私には心地よかった。
彼がそれほどまでに私に執着しているという事実が、指輪を通じて流れ込んでくる彼の激情が、私の空虚な心を埋めていく。
「……分かったわよ。じゃあ、責任持って最後まで世話しなさいよね」
私がため息混じりに言うと、彼は満足げに微笑んだ。
そして、足元に転がる人形の残骸――鉄屑の塊を見下ろした。
「もちろん、ただでは捨てません。私の嫉妬の炎で焼き尽くされた彼らには、最後の仕事を与えましょう」
彼は鉄屑に向かって手をかざした。
鉄屑が再び溶け、今度は鋭利な棘を持つ「浮遊する盾」へと形を変えた。
それは私の周りを自動的に旋回し始める。
人型ではない。ただの無機質な兵器だ。
これなら、私が「いい子いい子」することもないだろう。
「これでよし。……このビットには、私の貴女への執着が込められています。どんな攻撃も、私の嫉妬深さより重くはないでしょうから、完璧に防ぐはずです」
「物理的な強度より、念の強さで守る気ね」
「それが最強の防御です」
アルフォンスは私の手を取り、再び歩き出した。
今度は、私を抱きかかえることも、人形に守らせることもない。
彼自身の左手で私の手を引き、右手で魔法で生成した黒い刃を振るう。
「行きましょう、エルカ様。……もう、寄り道はしません」
王都の門が見えてきた。
そこには、魔法省の精鋭たちが待ち構えているはずだ。
でも、私の隣には、自分の分身さえ殺すほど私に焦がれる「本物」の怪物がいる。
私は彼の手を強く握り返した。
その手は温かく、少し汗ばんでいて、何よりも頼もしかった。
人形なんかには再現できない、生きた人間の、
私だけの執事の体温。
「ええ。邪魔者は、全部壊して進みましょう」
私たちは加速した。
嫉妬という名の燃料を投下されたアルフォンスの進撃は、もう誰にも止められない。
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