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第82話「嫉妬の対象は『魔力人形』」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

王都の外壁が見える廃墟の陰で、私たちは一時的な休息を取っていた。


先ほどの騎士団との遭遇戦は、アルフォンスによる一方的な「掃除」で幕を閉じたけれど、魔法省のある王都中心部へ近づくにつれ、警備の密度は指数関数的に上がっている。

空には監視用の使い魔が無数に飛び交い、地面には対人感圧式の地雷結界が張り巡らされている。まさに、蟻の這い出る隙もない厳戒態勢だ。


「さすがに、正面突破だけじゃ骨が折れそうね」


私は瓦礫の上に腰掛け(もちろん、アルフォンスが敷いたふかふかのクッションの上だ)、遠くに見える白い巨塔――魔法省本庁を見上げた。  

あそこにルシウスがいる。  

そして、私たちを消し去ろうとする『神の鉄槌ケラウノス』の制御盤も。


「問題ありません、エルカ様。……ですが、少々手間がかかるのは事実です」


アルフォンスは紅茶の入った水筒の蓋を開け、

私に手渡してくれた。適温だ。  

こんな戦場のど真ん中でも、彼は完璧な温度管理を怠らない。


「私が露払いに専念すると、その間、貴女への給仕やお世話がおろそかになってしまう。……それが一番の問題です」


彼は真剣な顔で言った。  

敵の多さや罠の危険性よりも、私の紅茶が空になることや、靴紐が解けることの方を心配しているのだ。


「……別に、自分のことくらい自分でやるわよ」


「いけません。貴女は新世界の女王になるお方。……泥跳ね一つ、指先の乾燥一つ、あってはならないのです」


彼は眼鏡の位置を直すと、周囲に散らばる騎士団の鎧の残骸――先ほど彼が粉砕した鉄屑――を見渡した。


「……そうです。ちょうどいい素材ゴミがありますね」


アルフォンスの手袋が、妖しく青白く発光した。  

彼は指先で空中に複雑な術式を描き始める。



ガシャッ、ガシャン……!


地面に散らばっていた鉄屑や石塊が、見えない磁力に引かれるように集まり始めた。  

それらは空中で溶解し、混ざり合い、そして人の形を成していく。  

すらりとした長身。

銀色の金属光沢を持つ、燕尾服姿の人形たち。


「……これって」


完成したのは、三体の自動人形オートマタだった。  

顔にはのっぺりとした仮面をつけているけれど、その背格好、立ち振る舞い、そして手袋をはめ直す仕草まで、アルフォンスに瓜二つだった。


「私の魔力を分け与え、行動パターンを複写した『掃除人形クリーナー・ドール』です」


アルフォンスが指を鳴らすと、三体の人形は一斉に私に向かって恭しく一礼した。  

その角度、速度、優雅さ。完全にアルフォンスのコピーだ。


「私が戦闘で手を離せない間、彼らが貴女の身の回りのお世話と、護衛を担当します。……さあ、挨拶を」


人形たちが音もなく近づいてくる。  

一体が私の足元に跪き、靴の汚れを拭い始めた。  

もう一体は背後に回り、乱れた髪を整え始める。  

最後の一体は、日傘のように手を掲げ、私を日差しから守る体勢をとった。


「……すごい。便利ね」


私は感心して、足元の「アルフォンス(人形)」を見た。

本物そっくりだ。触れられる感触も、丁寧で優しい。


「これなら、あんたがいなくても寂しくないかも」


「…………」


私が冗談めかして言うと、アルフォンスの眉がピクリと動いた。  

でも、彼は何も言わず、人形たちに指示を出した。


「行くぞ。……貴様らはエルカ様の半径1メートルを死守しろ。私は道を切り開く」


私たちは王都へ向かって進軍を再開した。  

先頭を行くアルフォンスが、次々と襲い来る魔法省の兵士や使い魔を薙ぎ払っていく。

その後ろを、私は三体の人形に囲まれて、まるでパレードのように優雅に歩く。


快適だった。

飛んでくる矢は、人形たちが体で受け止めて弾き返す。足元が悪い場所では、人形たちが即座に階段となって私を支える。  

喉が渇けば、どこからともなく水筒が出てくる。


あまりにも完璧なサポート。

私はつい、気を良くしてしまった。


「ありがとう。助かるわ」


私は髪を直してくれた人形に向かって微笑み、

その冷たい金属の頬を撫でた。


「いい子ね。あんたを作ったご主人様みたいに、優秀だわ」


撫で心地は硬いけれど、その献身的な動きは愛おしい。私は人形の頭をポンポンと叩いた。


その瞬間だった。


ドォォォォンッ!!


前方で、爆発音がした。敵の攻撃ではない。

アルフォンスが、立ち止まっていた。  

彼は襲い来る兵士たちを放置し、ゆっくりと……本当にゆっくりと、こちらを振り返った。


眼鏡の奥のアイスブルーが、光を失って濁っている。


「……エルカ様?」


地を這うような低い声。背筋がゾクリとした。


「な、なに?」


「今、何をなさいましたか?」


彼は血塗れの手袋(敵の返り血だ)をはめたまま、ゆらりと近づいてくる。  

その圧力が凄まじい。  

私の周りを囲んでいた人形たちが、主人の怒りに共鳴してカタカタと震え始めた。


「何をって……この子たちを褒めてあげただけよ。優秀だから」


「『この子たち』……?」


「そうよ。だって、あんたの分身でしょう? 役に立つし、何よりあんたに似てて……」


「不愉快です」


アルフォンスが吐き捨てた。  

彼は瞬きする間に私の目の前まで移動し、私の髪を整えていた人形の首を鷲掴みにした。


「あ、アルフォンス!?」


「気安く触れるな。……たかが、泥人形の分際で」


バキボキッ!!


嫌な音が響いた。  

アルフォンスは、自分そっくりの人形の首を、ためらいもなくねじ切ったのだ。  

首を失った人形が、ガシャンと崩れ落ちる。


「ちょっ……!何するのよ!まだ使えるじゃない!」


「使えません。廃棄処分です」


彼は冷酷に言い放ち、残りの二体――私の靴を拭いていた人形と、日傘役の人形にも手を向けた。


グシャァッ!!


見えない圧力が空間を圧縮した。

二体の人形は、悲鳴を上げる間もなく鉄の塊へとプレスされ、ただのゴミ屑に変わった。

数秒前まで私を甲斐甲斐しく世話してくれていた「彼ら」は、見る影もない。


「……信じられない」


私は絶句した。

敵の攻撃から守るためなら分かる。  

でも、彼は何もないところで、自ら作り出した戦力を破壊したのだ。


「どうして……?私たちの味方だったのに」


「味方?いいえ、敵です」


アルフォンスは残骸を蹴り飛ばし、私の前に立った。そして、私の両肩を強く掴んだ。  

その瞳は、狂気的な独占欲でギラギラと燃えていた。


「貴女が……貴女が、私以外の『何か』に微笑みかけた。……私以外の『何か』に触れ、感謝の言葉を述べた。……それが許せなかったのです」


「……はぁ?だってあれ、あんたの分身よ?あんたの一部みたいなものじゃない」


「違います!」


彼は私の言葉を遮り、叫んだ。


「あれはただの魔力と鉄屑の塊です!心もなければ、魂もない!貴女への愛など、欠片も持ち合わせていない紛い物です!」


彼は私の頬に、血のついた手袋を押し当てた。

鉄の匂いと、彼の熱い体温。


「貴女に触れていいのは、この世界で私だけだ。……例え私のコピーだろうと、貴女の髪一本、指先一つたりとも触れることは許しません」


「……あんたが作ったんでしょ……」


「ええ、私の最大の失策です。……まさか、自分の作った道具にこれほど嫉妬するとは思いませんでした」


彼は自嘲気味に笑い、私の唇を親指で強く擦った。  

まるで、人形に向けた言葉や微笑みを、物理的に拭い去ろうとするように。


「二度としません。……貴女の世話は、たとえ腕が千切れようとも、私一人が行います。……他の何者にも、その特権は譲らない」


面倒くさい。

本当に、どうしようもなく面倒くさくて、重い男だ。自分の分身にさえ嫉妬して、八つ当たりするなんて。


でも。その狂気が、今の私には心地よかった。  

彼がそれほどまでに私に執着しているという事実が、指輪を通じて流れ込んでくる彼の激情が、私の空虚な心を埋めていく。


「……分かったわよ。じゃあ、責任持って最後まで世話しなさいよね」


私がため息混じりに言うと、彼は満足げに微笑んだ。  

そして、足元に転がる人形の残骸――鉄屑の塊を見下ろした。


「もちろん、ただでは捨てません。私の嫉妬の炎で焼き尽くされた彼らには、最後の仕事を与えましょう」


彼は鉄屑に向かって手をかざした。


鉄屑が再び溶け、今度は鋭利な棘を持つ「浮遊するビット」へと形を変えた。  

それは私の周りを自動的に旋回し始める。

人型ではない。ただの無機質な兵器だ。  

これなら、私が「いい子いい子」することもないだろう。


「これでよし。……このビットには、私の貴女への執着が込められています。どんな攻撃も、私の嫉妬深さより重くはないでしょうから、完璧に防ぐはずです」


「物理的な強度より、念の強さで守る気ね」


「それが最強の防御です」


アルフォンスは私の手を取り、再び歩き出した。  

今度は、私を抱きかかえることも、人形に守らせることもない。  

彼自身の左手で私の手を引き、右手で魔法で生成した黒い刃を振るう。


「行きましょう、エルカ様。……もう、寄り道はしません」


王都の門が見えてきた。

そこには、魔法省の精鋭たちが待ち構えているはずだ。  

でも、私の隣には、自分の分身さえ殺すほど私に焦がれる「本物」の怪物がいる。


私は彼の手を強く握り返した。  

その手は温かく、少し汗ばんでいて、何よりも頼もしかった。  

人形なんかには再現できない、生きた人間の、

私だけの執事の体温。


「ええ。邪魔者は、全部壊して進みましょう」


私たちは加速した。  

嫉妬という名の燃料を投下されたアルフォンスの進撃は、もう誰にも止められない。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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