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第73話「禁忌の共鳴、重なる吐息」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

優雅な朝食の時間は、唐突に終わりを告げた。


ズズズズズ……。


微かな地響き。

先ほどの「害虫」のような足音ではない。  

もっと重く、組織的で、そして圧倒的な圧力を伴う振動。  

大気がビリビリと震え、テーブルの上のティーカップに波紋が広がる。


「……来たわね」


私はカップを置いた。魔力が空っぽの私でも肌で感じるほどの、濃密な殺気。  

これは、ただの兵士じゃない。  

ルシウス直属のエリート部隊――「魔導騎士団」の本隊だ。


「ええ。……どうやら、先ほどの掃除では不十分だったようです」


アルフォンスは静かに立ち上がり、眼鏡の位置を直した。  

その表情から優雅さは消えていないが、アイスブルーの瞳は絶対零度の冷気を宿している。


「数は……およそ五十。洞窟を完全に包囲し、対魔術結界を展開しています。私の『灰化トラップ』も、数によるゴリ押しで突破するつもりのようですね」


五十人の魔導騎士。

一人一人が小隊長クラスの実力者だ。  

万全の状態ならともかく、今の私は魔力切れ(ガス欠)。  

アルフォンス一人で守りきれる数ではないかもしれない。


「……どうするの、アルフォンス。逃げる?」


「いいえ。この包囲網では、逃げ道を作るのに時間がかかります。その間に、貴女に傷一つでもつけば……私は一生自分を許せないでしょう」


彼は私の元へ歩み寄り、恭しく手を差し出した。


「エルカ様。……私と、『一つ』になりましょう」


ドキリとした。 その言葉の響きが、あまりにも官能的だったからだ。


「……一つって?」


「『二重詠唱デュアル・キャスト』です。貴女の魔力回路を私がジャックし、私の魔力を流し込む。貴女の『器』と私の『技術』を直結させ、一撃でこの不潔な害虫どもを殲滅します」


それは禁忌の秘術だ。  

他人の魔力を体内に受け入れ、操作を委ねるなんて、心身ともに完全に信頼していなければ、拒絶反応でショック死する。

まさに、魂のセックスのようなもの。


「分かったわ。あんたになら、私の全部を預けられる」


私は迷わず彼の手を取った。  

アルフォンスは満足げに微笑み、私を強く引き寄せた。



洞窟の中央。

アルフォンスは私を背後から抱きしめるような体勢を取った。彼の胸が私の背中に密着する。  

ドクン、ドクンと力強い鼓動が伝わってくる。


「力を抜いてください。……私の魔力を、貴女の中に注ぎ込みます」


彼の右手が私の腹部に、左手が私の心臓の上に置かれた。  

そして、耳元で甘く囁くような詠唱が始まる。


「――接続コネクト。……我が魂、我が主人の器へ」


熱い。彼の手のひらから、濁流のような魔力が私の中に流れ込んでくる。  

普段の「検品」のような優しいものではない。  

荒々しく、太く、私の内側を強引にこじ開けて満たしていく感覚。


「ぁっ……!う……んっ……!」


声が漏れる。異物が体の中を駆け巡る感覚に、

背筋がゾクゾクと震える。  

それは快感であり、同時に恐怖でもあった。  

私が私でなくなっていくような。  

アルフォンスという存在に、塗り潰されていくような。


「大丈夫です、エルカ様。怖がらないで。私を受け入れて」


彼は私の首筋に唇を寄せ、あやすようにキスを落とした。その甘い刺激が、恐怖を熱情へと変えていく。


「……ん、もっと……もっと奥まで……来て……」


私は彼の腕に爪を立て、喘いだ。回路が繋がる。  

視界が白く弾け、私の意識の中に彼の意識が流れ込んでくる。


彼の視覚情報。

外の騎士団の配置が、手にとるように分かる。  

彼の思考速度。  

世界がスローモーションに見える。  

そして――彼の痛み。


「――ッ!?」


鋭い痛みが、私の胸を走った。

物理的な痛みではない。

もっと深く、魂に焼き付けられたような、焼け焦げるような苦痛。  

私はその正体を知っていた。


(……これ、は……!)


意識の深淵。

アルフォンスの魂の中心核に、どす黒く絡みつく「鎖」が見えた。『双蛇の紋章』。  

かつて『真実の間』の鏡で見た、ルシウスが少年の彼に刻み込んだ、あの隷属の呪印だ。

あの時は映像として見ただけだった。

けれど今、魂が繋がったことで、その痛みを、

重さを、汚らわしさを、我が事のように感じてしまう。


焼けるような痛み。自由を奪われる屈辱。  

私の魔力と混ざり合おうとするのを、まるで汚泥のように阻害する異物感。  

アルフォンスは、こんなものを十年以上も抱えて、私に尽くしてくれていたの?


(……許さない)


激しい怒りが湧き上がった。

私のアルフォンスに。  

ゴミ捨て場で拾い、私がハンカチを渡したあの日から、私だけを見てくれていた彼に。

こんな汚い首輪をつけて、所有物扱いし続けてきたルシウスを、絶対に許さない。


『……エルカ、様……?』


私の怒りに共鳴して、アルフォンスの意識が揺らいだ。  

私は心の中で、彼の魂にあるその刻印を睨みつけた。  

私は誓ったはずだ。「その呪い、私が解いてあげる」と。  

今こそ、その時だ。


(邪魔よ、こんなもの!アルフォンスは私のものなんだから!)


私は無意識のうちに、流れ込んできた彼の魔力を、自分の意志で掴み取った。  

そして、その刻印をねじ伏せるように、さらに強く彼と混ざり合った。  

私の清浄な魔力が、彼の呪いを洗い流そうと荒れ狂う。


「……っ、あぁっ……!」


アルフォンスが大きくのけぞった。  

彼が私を制御するはずが、私の怒りと愛が、

彼を逆に飲み込み始めたのだ。  

二人の魔力が螺旋を描いて昇華していく。  

氷の冷たさと、闇の深さが混ざり合い、臨界点を超える。


「行こう、アルフォンス。……私たちの愛の巣を壊しに来たバカどもに、本当の『お掃除』を見せてあげる」


「……はい。……仰せのままに、マイ・ロード」


二人の声が重なった。

息が合う。心臓の鼓動が完全に同期する。  

私たちは今、二人で一人の「破壊神」だった。


洞窟の外。

魔導騎士団の隊長が、指揮剣を振り下ろした。


「攻撃開始!洞窟ごと生き埋めにしろ 総員、一斉放――」


その号令は、最後まで続かなかった。


カッッッッ!!!!


洞窟の入り口から、水平方向に漆黒の閃光がはしった。  

それはただの光線ではない。  

絶対零度の冷気を纏った、高密度のプラズマの奔流だ。


ズドォォォォォンッ!!


音すら置き去りにする速度。  

閃光は、最前列にいた騎士たちを、防御結界ごと蒸発させた。  

悲鳴を上げる暇すらなかっただろう。  

彼らは一瞬で凍りつき、次の瞬間には黒い粒子となって霧散した。


「な……ッ!?」

「ひ、退避ッ!退避せよぉぉッ!」


後続の騎士たちがパニックに陥る。  

だが、もう遅い。  

私とアルフォンスの魔力は、止まらない。


「逃がさないわよ。ねえ、アルフォンス?」


「ええ。一匹残らず、消毒です」


私たちは洞窟からゆっくりと歩み出た。  

アルフォンスが私の腰を抱き、私が彼の肩に手を置く。  

まるで舞踏会に入場するような優雅さで。  

けれど、その周囲には、触れるものすべてを消滅させる黒い雷が渦巻いている。


私は右手をかざした。

アルフォンスが左手を添える。  

二人の指が絡み合い、そこが照準となる。


「――消えなさい、不潔なゴミども」


ドォォォォンッ!! ドォォォォンッ!!


指先から放たれる黒雷が、逃げ惑う騎士たちを次々と撃ち抜いていく。  

森の木々を薙ぎ倒し、地面を抉り、世界のことわりを書き換えるような破壊の嵐。

ルシウスのエリート部隊は、ものの数分で「静かな肥料」へと変わった。


静寂が戻った。

土煙が晴れていく。

あれほどいた騎士団は、影も形もない。  

残っているのは、深く抉られた地面と、キラキラと舞う氷の結晶だけ。


「……終わった、わね」


ふっと力が抜けた。  

魔力の供給が止まり、接続が解除される。  

途端に、激しい脱力感が襲ってきた。


「……っ」


膝が折れそうになる。

それを、アルフォンスが優しく支えてくれた。


「お疲れ様です、エルカ様。……素晴らしい連携セッションでした」


彼もまた、肩で息をしており、額には脂汗が滲んでいる。  

頬が少し紅潮し、目は潤んでいる。  

まるで、激しい情事の後のような色気。


「……あんたこそ。……凄かったわよ」


私は彼に凭れかかり、その胸に手を当てた。

服の上からでも分かる。  

あの忌まわしい刻印の場所。


「ねえ、アルフォンス」


「はい」


「これ……まだ痛む?」


私が刻印の場所を撫でると、彼はビクリと身を震わせた。


「……お気づきでしたか」


「当たり前でしょ。あんたと繋がってたんだから。……あの時、鏡で見たときよりも、ずっと酷い感触だった」


私は彼を見上げた。

彼は痛みに耐えるように、少し目を伏せた。


「……汚らわしいものでしょう。お見苦しいところをお見せしました」


「バカ言わないで」


私は彼の手を取り、強く握りしめた。


「汚いのはあんたじゃない。これを刻んだルシウスよ。……私、前に言ったわよね」


「……?」


「『その呪い、私が解いてあげる』って」


アルフォンスが目を見開いた。


「今、繋がってみて分かったわ。私の魔力なら、この呪いを溶かせる。……少し時間はかかるかもしれないけど、絶対に消してやる」


「エルカ様……」


「あんたの体も、心も、魔力も……全部私が綺麗にして、私だけのものにするの。……文句ある?」


それは、ただの所有欲ではない。  

彼を苦しめる全ての鎖を断ち切りたいという、

純粋な愛の決意だった。


アルフォンスは泣きそうなほど嬉しそうに微笑んだ。彼は私の手を持ち上げ、指輪にキスをした。


「……文句など、あるはずがありません。……貴女という方は、本当に欲張りで慈悲深い主人だ」


彼の目から、先ほどの冷酷さは消えていた。  

あるのは、私への絶対的な崇拝と、甘えるような依存の色だけ。


「……お願いします、エルカ様。私を、救ってください。……私を、貴女だけで満たしてください」


私たちは瓦礫の中で、泥と汗に塗れたまま口づけを交わした。二重詠唱の余韻。  

体の中に残る彼の魔力の熱が、私の心を焦がし続けていた。


「さあ、行きましょう。……ここはもう、酷く散らかってしまいましたから」


アルフォンスは私を軽々と抱き上げた。  

彼の腕の中は、どんな強力な結界よりも安心できる。


「……どこへ行くの?もう、隠れる場所なんてないんじゃ……」


私が不安げに尋ねると、彼は森の奥、地図にも載っていないほど深く濃い霧が立ち込める方角を見据えた。


「アテはあります。……この森の最深部には、磁場が狂っており、魔法省の探査網すら届かない『空白地帯』があるという噂を聞いたことがあります」


空白地帯。

それはつまり、誰も近づかない危険な場所ということだ。でも、今の私たちにはおあつらえ向きだ。


「そこなら、静かに暮らせるかしら」


「ええ。それに、どんな荒野であろうと関係ありません」


彼は歩き出した。

霧が深くなり、視界が白く染まっていく。  

けれど、彼のアイスブルーの瞳は、確かな未来を見据えているようだった。


「私が必ず、そこを貴女にふさわしい『楽園』に変えてみせます。掃除道具さえあれば、地獄の底でもスイートルームにしてみせましょう」


「ふふっ。頼もしいわね」


私たちは破壊の跡を背にして、深い霧の中へと消えていった。  

その先に、誰も知らない古びた塔が眠っていることも、そこが私たちの第二の愛の巣になることも、まだ知らずに。  

ただ、二人の体温だけを頼りに、私たちは未知なる逃亡生活の次なるステージへと足を踏み入れた。



読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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