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第41話「侵入者は「大型ゴミ」につき」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

翌朝。

私が目覚めて最初に見たのは、窓の外を塞ぐ巨大な「泥の壁」だった。


「……なに、あれ」


寝室のカーテンを開けた私は、絶句した。

昨日、アルフォンスが撃退した魔法省の軍隊は、諦めるどころか戦術を変えてきたらしい。

塔から五百メートルほど離れた位置に強固なバリケードを築き、そこから見上げるような巨大な――泥と鉄で構成されたゴーレムを三体も配備していたのだ。


「……おはようございます、エルカ様」


背後から、氷点下の声が聞こえた。

振り返ると、アルフォンスが立っていた。

彼は完璧にプレスされた燕尾服を身に纏い、

白手袋を締め直しているところだったが、

その背後には黒いオーラが揺らめいているように見えた。


「ア、アルフォンス……ああれ、どうするの? 完全に包囲されてるけど……」


「……不愉快です」


彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹な目で窓の外を一瞥した。


「せっかくの美しい朝霧の風景が台無しだ。あのような悪趣味で、泥臭く、美学のかけらもない粗大ゴミを私の庭先に不法投棄するとは」


彼はサイドテーブルに置かれていた銀のトレイを手に取った。 さらに、掃除用具入れから愛用の「ミスリル合金製モップ」を取り出す。


「分別収集の時間です。少々『運動』して参りますので、貴女はそこで優雅に紅茶でも飲んでいてください」


「えっ? 魔法で撃退するんじゃないの?」


「魔法? ……あんな汚らわしい泥人形に、私の神聖な魔力を使うまでもありません」


彼はニヤリと笑った。

その笑顔は、執事のものではなく、獲物を前に舌なめずりをする捕食者のそれだった。


「たまには身体を動かさないと、鈍ってしまいますからね」

        


塔の前庭。

魔法省の精鋭部隊五十名と、巨大ゴーレム三体が待ち構える中、アルフォンスはたった一人で、優雅に歩み出た。

手には杖ではなく、長いモップ。

その姿を見て、指揮官が嘲笑う。


「ハッ! 弾切れか? 執事風情がモップで何ができる!」


指揮官の合図と共に、兵士たちが一斉に斬りかかった。 魔法で強化された身体能力を持つ近接戦闘のエリートたちだ。 剣速は疾風のごとく、前後左右、逃げ場のない同時攻撃。


だが。


「……遅い」


アルフォンスの姿が、掻き消えた。


「なっ!?」


兵士たちが剣を振り下ろした先には、誰もいない。 次の瞬間。


ドガッ!!


鈍い音が響き、先頭の兵士がピンボールのように弾き飛ばされた。 アルフォンスだ。

彼は兵士たちの包囲網の中央に「着地」していた。 上空からの急降下。 一瞬で跳躍し、兵士の頭上を飛び越えていたのだ。


「貴方たちの動きには無駄が多い。……埃の舞うような剣筋だ」


アルフォンスはモップを片手で回した。

ブンッ! 風切り音が唸る。


「やれッ! 囲め!」


再び兵士たちが殺到する。

しかし、アルフォンスは動じない。

切っ先が喉元に迫る寸前、彼はまるで流水のように上体を逸らし、剣を回避した。 最小限の動き。 紙一重の見切り。


そして、反撃は一瞬だった。


ガィィィン!!


モップの柄が、兵士の剣を弾き飛ばす。

すれ違いざま、彼は兵士の懐に潜り込み、白手袋をした掌底を、鎧の継ぎ目――鳩尾みぞおちへと叩き込んだ。


「ガハッ……!?」


衝撃が鎧を貫通し、兵士が白目を剥いて崩れ落ちる。 魔法ではない。 純粋な体術。 人体構造を熟知し、急所を的確に破壊する「掃除屋」の技だ。


「次」


アルフォンスは止まらない。

三人、四人と襲いかかる兵士たちの間を、ダンスを踊るようにすり抜けていく。

モップの柄で足を払い、体勢を崩したところへ肘打ちを叩き込む。 後ろから斬りかかってきた兵士の腕を掴み、その勢いを利用して背負い投げ、別の兵士にぶつける。


「うわぁぁぁ!」

「な、なんだコイツ!? 速すぎる!」


「騒がしいですね。……静かに散りなさい」


アルフォンスは無表情のまま、燕尾服の裾を翻した。 その動きは洗練されており、戦場にいるとは思えないほど優雅だった。

返り血の一滴すら、彼の白いシャツには届かない。


「くそっ! ゴーレムだ! ゴーレムですり潰せ!」


指揮官が絶叫した。 ズシン、ズシン……!

高さ五メートルを超える泥の巨人が、アルフォンスに向かって拳を振り上げた。

質量数トンの暴力。

直撃すれば、人間など肉塊に変わる。


「アルフォンス! 危ない!」


塔の窓から見ていた私が叫んだ。

しかし、アルフォンスは逃げなかった。

彼は迫り来る巨大な拳を見上げ、眼鏡の奥で冷ややかに目を細めただけだ。


「……汚い手で、私の庭を踏み荒らすな」


ドォォォン!!


ゴーレムの拳が地面を粉砕した。

土煙が舞い上がる。

潰されたか――そう思われた瞬間。


ヒュンッ!


土煙の中から、銀色の影が垂直に駆け上がった。 アルフォンスだ。 彼はゴーレムの腕の上を、平地を走るかのような速度で疾走していた!


「なっ!?」


ゴーレムが反応するより速く、彼は巨人の肩へと到達した。 そして、空中で身を翻し、強烈な回し蹴りをゴーレムの顔面に叩き込んだ。


バゴォォォン!!


泥が弾け飛ぶ。 だが、ゴーレムは再生する。

泥がうごめき、再び形を作ろうとする。


「無駄だ! そのゴーレムは核を破壊しない限り無限に再生する!」


指揮官が勝ち誇ったように叫ぶ。

だが、アルフォンスは空中で優雅に回転し、着地しながら冷たく言い放った。


「核? ……ああ、この不法投棄物の『分別マーク』のことですか?」


彼の手には、いつの間にかバスケットボール大の「魔石」が握られていた。 ゴーレムの動力核だ。 あの一瞬の蹴りのインパクトの瞬間に、彼は泥の中に手を突っ込み、核を抜き取っていたのだ。


「……バカな……!?」


ズズズ……。

核を失ったゴーレムが、ただの泥山へと崩れ落ちていく。


「あと二体ですね。……効率よく片付けましょう」


アルフォンスは残る二体のゴーレムに向かって走り出した。 今度はモップの先端に魔力を纏わせる。


「『高圧洗浄断ウォーター・スラッシュ』」


彼がモップを薙ぎ払うと、超高圧の水刃が飛んだ。 スパァァァン!! 二体のゴーレムの足首が、豆腐のように切断された。 巨体がバランスを崩して倒れる。 その隙を見逃す彼ではない。


アルフォンスは倒れゆくゴーレムの背中を足場にして跳躍。 月を背にするように空中で静止し、重力を乗せた踵落としを、二体目の核めがけて振り下ろした。


ドッゴォォォン!!


衝撃波が広がり、ゴーレムが粉砕される。

さらにその反動を利用して横へ飛び、三体目の頭上へ。 彼は白手袋の指を鳴らした。


「『分解デリート』」


パチン。 彼が触れた瞬間、三体目のゴーレムが砂のようにサラサラと崩壊した。 物質の結合を強制解除する、高度な錬金術の応用だ。


戦闘開始から、わずか三分。

前庭には、動かなくなった兵士の山と、ただの土砂に戻ったゴーレムの残骸だけが残されていた。


「ひ、ひぃぃぃ……!」


腰を抜かした指揮官が、後ずさりする。

アルフォンスは乱れた前髪を指で直し、コツ、コツ、と革靴の音を響かせて近づいた。


「……さて。散らかしてくれましたね」


彼はモップを地面に突き立て、ハンカチで額の汗を拭う仕草をした。


「この産業廃棄物の処理費用……魔法省に請求してもよろしいので?」


「あ、悪魔……!」


「執事です」


アルフォンスは指揮官の足元に転がっていた、

奇妙な鎖を拾い上げた。 対魔女用の捕獲拘束具だ。 ミスリル銀で作られた、頑丈で美しい鎖。


「……ほう。これはいい」


彼は鎖の強度を確かめるように引っ張った。


「錆びにくく、適度な重量感。……脱衣所のタオル掛けが古くなっていたので、ちょうどいい交換品になりそうです」


「き、貴様……それを何だと……!」


「リサイクル資源です。さあ、お引き取りを。これ以上、私の庭の空気を汚すなら……」


眼鏡が光る。


「次は貴方を『生ゴミ』として処理せねばなりません」


「うわぁぁぁぁ!!」


指揮官は悲鳴を上げ、這うようにして逃げ出した。 残された兵士たちも、這々の体で森の奥へと撤退していく。



「アルフォンスー!!」


私が玄関から飛び出すと、彼はちょうどモップについた泥を払っているところだった。


「凄いわ! 何あのかっこいい動き! 忍者みたいだった!」


「……忍者? いえ、ただの基本的な清掃動作です」


彼は涼しい顔で振り返った。

信じられないことに、あれだけの激闘を繰り広げたというのに、彼の服には泥一つ、皺一つついていなかった。 息も乱れていない。


「ゴーレムの頭を落とすには、少々ジャンプ力が必要だっただけですよ」


「ジャンプ力ってレベルじゃないでしょ! ……怪我は?」


「あるわけがありません。ゴミ掃除で怪我をする執事がどこにいますか」


彼は私に近づき、私の乱れた髪を優しく直した。 さっきまで人を殴り飛ばし、ゴーレムを粉砕していた手だとは思えないほど、その指先は繊細で優しい。


「それより、エルカ様。……外に出てはいけませんと言ったはずですが?」


「だって、あんたが心配で……」


「……困ったご主人様だ」


彼は苦笑し、拾った対魔女用拘束具を見せた。


「ですが、お土産ができました。……これで脱衣所が少しスタイリッシュになりますよ」


「……それ、私を縛るための鎖よね?」


「ええ。本来の用途としては不快ですが……デザインは悪くない。貴女のバスタオルを掛けるには十分な強度です」


彼は私を抱き上げ――本日二度目のお姫様抱っこだ――塔へと歩き出した。 背後に広がる惨状など、もう目に入っていないようだった。


「さあ、戻りましょう。……少し運動してお腹が空きました。ブランチにしましょうか」


「……あんた、本当に人間?」


「貴女だけの執事です」


彼の胸に顔を埋める。 汗の匂いはしなかった。

代わりに、爽やかな森の香りと、いつもの甘い蜜蝋の香りがした。 この男、本当に底が知れない。 でも、その強さが今は何よりも心地よかった。


「ありがとう、アルフォンス」


「お礼には及びません。埃を払うのも、害虫を駆除するのも、執事の仕事に大差はありませんから」


彼はさらりと言ってのけた。

閉ざされた扉の向こうで、最強の執事とポンコツ魔女の籠城生活は、こうしてさらに盤石なものとなったのだった。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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