表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/122

第40話「監査官の影、そして本当の「毒」」

◆ 更新スケジュール ◆


この作品は、平日は毎日21時、土日祝は8時と21時に更新しています。

「続きが気になる」と思っていただけたら、ブクマで応援していただけると励みになります。

「エルカ様。申し訳ありませんが、本日のティータイムは少し遅れそうです」


泡騒動から一夜明けた朝。

塔の中は、昨日の惨劇が嘘のようにピカピカに磨き上げられていた。アルフォンスが徹夜で復旧作業を行ったのだ。しかし、その空気は張り詰めていた。


「……アルフォンス、外……」


「見ないでください」


私が窓に近づこうとすると、アルフォンスが素早くカーテンを引いた。

彼の顔には、いつもの柔和な笑みはなく、冷徹な仮面が張り付いている。


「少し、大きなゴミの処分が必要です。埃が舞いますので、貴女は一番空気の綺麗なこの寝室でお待ちください」


「ゴミって……昨日のビーコンで呼び寄せられた、魔法省の人たちでしょ?」


「……ええ。害虫駆除業者が、逆に害虫を連れてきたようなものです」


彼は私をベッドに座らせ、ふわりと毛布をかけた。


「ここなら結界密度が最も高い。私が『掃除』を終えるまで、決してここから出ないでくださいね」


「……掃除って、戦うつもり?」


「いいえ。一方的な『廃棄処分』です」


彼は私の額にキスをした。

その唇は冷たく、そして微かに震えていた。

恐怖ではない。

獲物を前にした猛獣の、武者震いのように。


「行って参ります」


ガチャリ。

重厚な扉が閉ざされ、外から鍵がかけられる音がした。 まただ。 また彼は、私を蚊帳の外に置いて、一人ですべて背負い込もうとしている。


「……バカ」


私は毛布を握りしめた。

言うことを聞く義理はない。

私はベッドから飛び降り、カーテンの隙間から外を覗いた。


「……うそ……」


息を呑んだ。

塔を取り囲む森の木々が切り倒され、そこには黒い制服に身を包んだ数百人の兵士が展開していた。 上空には、魔導砲を搭載した飛行船が三隻。 完全に戦争の配置だ。

たった一人の魔女と、一人の執事を捕らえるために、これだけの戦力が投入されたのか。


          

一階、玄関ホール。

アルフォンスは、優雅に白手袋を締め直し、玄関の扉を大きく開け放った。


「――おやおや。随分と騒々しい朝ですね」


目の前には、数十人の重装歩兵が杖と剣を構えていた。 その中心に、一人の男が進み出る。

魔法省監査局、局長補佐の男だ。


「アルフォンス・クラインだな! そして奥に潜んでいるのは『ゴミ屋敷の魔女』エルカ・シュヴァルツ! 貴様らに、国家反逆罪および禁忌魔法使用の容疑がかかっている!」


局長補佐が高らかに宣言した。


「抵抗は無意味だ! この塔はすでに『対魔女用結界』で完全に包囲されている! 大人しく投降しろ!」


「……投降?」


アルフォンスは小首をかしげた。


「何を言っているのですか? ここは私有地ですよ。……アポイントメントもなしに土足で踏み込み、芝生を荒らし、騒音を撒き散らす……」


彼は懐から杖――ではなく、銀色のトレイを取り出した。


「マナー違反にも程がある。……全員、粗大ゴミとして焼却処分いたします」


「なっ……たかが執事風情が! やれッ!」


号令と共に、一斉に攻撃魔法が放たれた。

炎弾、氷槍、雷撃。 塔を消し飛ばすほどの火力が、アルフォンス一人に集中する。


ドォォォォン!!


爆煙が上がり、玄関ホールが揺れる。

二階の寝室にいた私も、その振動に悲鳴を上げた。


「アルフォンス!!」


煙が晴れる。

兵士たちが勝利を確信した、その時。


「……埃っぽい」


煙の奥から、無傷の影が現れた。

アルフォンスだ。 彼は片手で鼻を押さえ、もう片方の手でトレイを掲げていた。 そのトレイの表面には、複雑な幾何学模様の魔法陣が展開されている。


全反射フル・リフレクション。……お返しします」


カッ!! トレイから閃光が放たれた。

兵士たちが放った魔法が、倍の威力となって彼らに跳ね返ったのだ。


「うわぁぁぁッ!?」


前列の兵士たちが吹き飛ぶ。 悲鳴と怒号。

アルフォンスは一歩も動かず、ただ冷ややかにそれを見下ろしていた。


「……私の燕尾服に煤がつきました。……クリーニング代、高くつきますよ?」


彼が顔を上げる。 眼鏡の奥の瞳が輝いた。

いつもなら、冷徹なアイスブルーのはずだ。

だが、今の彼の瞳は違っていた。

アイスブルーの中に、妖艶なアメジスト色の光が混ざり合い、不気味な紫色に発光していたのだ。


「……あれは……」


窓から見ていた私は気づいた。『血の契約』だ。

私の魔力が彼の中に流れ込み、彼自身の強大な魔力と融合して、異次元の出力を生み出しているのだ。


「ひ、ひるむな! 第二波、撃てぇ!!」


指揮官が叫ぶが、兵士たちは足がすくんで動けない。 目の前の執事から放たれるプレッシャーが、ドラゴンのそれをも凌駕していたからだ。


「……遅い」


アルフォンスが指をパチンと鳴らした。


「『超広域・瞬間洗浄ジェノサイド・クリーン』」


ヒュンッ!! 空間が歪んだ。

次の瞬間、兵士たちの足元の地面が、底なし沼のような「洗浄液」に変わった。


「な、なんだこれは!? ぬめるぞ!?」


「足が……沈んでいく!?」


「強力な界面活性剤を含んだ魔法泥です。……鎧の隙間に入り込み、貴方たちの動きを封じ、ついでに汗臭い身体も洗って差し上げましょう」


アルフォンスは優雅に掃除用のハタキを指揮棒の様に振った。 もがけばもがくほど、泡立つ泥が兵士たちを飲み込んでいく。


「さて、リーダーの方は……貴方ですね?」


彼は泥沼の上を滑るように歩き、指揮官の目の前に立った。


「ぐっ……化け物め……!」


「よく言われます」


アルフォンスは指揮官の胸ぐらを掴み上げた。


「一つ聞きましょう。……何を使って、彼女の魔力を探知しましたか?」


「は、はぁ? 何を言って……」


「とぼけないでください。……私が張った隠蔽結界は完璧でした。ビーコンが発信されたとはいえ、ピンポイントで彼女の居場所を特定するには、別の『マーカー』が必要なはずです」


アルフォンスの声が低くなる。


「貴様ら……彼女に何を仕込んだ?」


「……ふん。気づいていなかったのか?」


指揮官は苦し紛れに笑った。


「我々は何もしていない。……彼女自身が、強烈な魔力を垂れ流しているのだ。どれだけ隠そうとしても、あの『特異点』のような魔力は、世界中から観測できる!」


「……ほう」


アルフォンスの目が細められた。


「つまり、私の隠蔽工作が足りなかったと?」


「そうだ! あの魔女の力は、一介の執事が隠せるような代物ではない! 諦めて引き渡せ!」


「……なるほど。理解しました」


アルフォンスは指揮官をゴミのように投げ捨てた。


「やはり、外側からの隠蔽だけでは不十分でしたか。……ならば」


彼は懐から、小さな小瓶を取り出した。

中に入っているのは、透明な液体。

彼はそれを太陽にかざし、どこか悲しげに、

しかし狂気を孕んだ瞳で見つめた。


「……内側から、消すしかありませんね」

          


戦闘は一方的だった。

前衛部隊は壊滅し、飛行船もアルフォンスの撃ち出した「対空用高圧水流ウォーターカッター」によって撤退を余儀なくされた。


「……終わった……?」


私は窓辺でへたり込んだ。

勝った。 アルフォンスが、たった一人で軍隊を追い返したのだ。


ガチャリ。 寝室の鍵が開いた。


「……エルカ様」


アルフォンスが入ってきた。

衣服に乱れはなく、返り血一つ浴びていない。

ただ、その表情は能面のように硬かった。


「アルフォンス! すごい、本当に追い払っちゃうなんて……」


「……申し訳ありません」


彼は私の称賛を遮り、ベッドの脇に跪いた。

そして、サイドテーブルに置かれていた、飲みかけのティーカップを手に取った。

今朝、彼が淹れてくれた紅茶だ。


「……え?」


「私の見積もりが甘かった。……外部からの遮断だけでは、貴女の光を隠しきれなかったようです」


彼はティーカップの中身を、床に捨てた。

バシャッ。 茶色の液体が、白い絨毯に染みを作る。 そこから、ジュワッ……と微かな煙が上がった。


「……なに、これ」


「『魔力抑制剤マナ・サプレッサー』の原液を、希釈したものです」


アルフォンスは淡々と告げた。


「この一ヶ月。……貴女にお出しする紅茶、スープ、水……すべてに、これを混ぜていました」


「……は?」


頭が真っ白になった。

抑制剤? 毒?

私が毎日、美味しいと飲んでいたものに?


「微量なら、魔力波長をボカす程度の効果ですが……。長期服用すれば、魔力回路そのものを変質させ、外部から探知不可能な状態にします」


彼は顔を上げ、私を見つめた。

その瞳は、懺悔の色などなく、昏い独占欲で濁っていた。


「……つまり、貴女の魔力を『殺して』いたのです」


「……なんで……」


震えが止まらない。 彼を信じていたのに。

私の身体を気遣ってくれていると思っていたのに。 彼は、私の才能そのものを、自分の手の中に隠すために、毒を盛っていたのだ。


「貴女を奪われたくなかった」


彼は私の足首を掴んだ。 手袋越しの力が強い。


「貴女の才能が輝けば輝くほど、外の世界のハイエナどもが群がってくる。……だから、光を消そうとしました。誰にも見つからないように。私だけの暗闇に閉じ込めておけるように」


「……ひどい……」


「ええ。酷い男です」


彼は私の足の甲に頬を擦り付けた。


「ですが、まだ足りなかった。……これからは、濃度を上げます」


「……えっ?」


「今の倍……いえ、三倍の濃度で投与します。そうすれば、貴女の魔力は完全に消え、ただの人形のように無力になるでしょう。……そうすれば、もう魔法省も貴女を追尾できません」


狂っている。

魔女から魔力を奪うなんて、翼をもぐようなものだ。 でも。


「……怒りますか? 私を軽蔑しますか?」


彼が見上げてくる。

捨てられた子犬のような、それでいて絶対に離さないという執着に満ちた目。

不思議と、怒りは湧いてこなかった。

むしろ、そこまでして私を隠したいという彼の想いが、空っぽだった私の心を満たしていくのを感じた。


「……バカね」


私は溜息をつき、彼の髪を撫でた。


「……魔力がなくなったら、私、本当にただの穀潰しよ?」


「構いません。私が一生養います」


「研究もできなくなるかもよ?」


「私が代筆します。……貴女はただ、私の隣で笑っていてくださればいい」


彼は私の掌にキスをした。 毒を盛られた手。

でも、そのキスは甘く、痺れるほどに愛おしい。


「……分かったわ」


私は彼を受け入れた。

毒だろうが何だろうが、彼が淹れる紅茶なら飲む。 それが、私たちが選んだ「共依存」という形の愛なのだから。


「淹れてきて。……とびきり濃いやつを」


私が命じると、アルフォンスは蕩けるような笑みを浮かべた。


「御意。……最高の『毒』をご用意いたします、私の愛しいご主人様」


窓の外では、まだ黒い煙が上がっていた。

しかし、塔の中は再び静寂と、甘い紅茶の香りに包まれようとしていた。

世界中を敵に回しても、毒を飲み干してでも、

私たちはこの「檻」の中で生きていくのだ。

読んでくださってありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

感想や評価・ブックマーク、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ